論考

Thesis

文部科学省の人事に見る教育改革

8月1日付で文部科学省の人事が発表された。ミスター教育改革と呼ばれた寺脇研氏が文化部長として、河合隼雄長官の文化庁へと移動になった。文化庁の今後に目が離せなくなるような頼もしい人事であるが、しかし、その一方で教育改革はどうなっていくのだろうか――。

 寺脇氏と言えば「ゆとり教育」「生きる力」を標榜する教育改革の旗頭であった。私たち国民の目には、まるで寺脇氏が教育改革を先導しているようにも映っていた。それが、この人事である。役所とはこんなものだと言われればそれまでであるが、しかしこの人事が教育改革に何らかの影響を及ぼすのは必至である。

 現在進行形の教育改革、ご存知のとおり、激しい受験戦争に追われ、本来の子どもらしい生活を失ってしまっている子どもたちにゆとりを、ということで押し進められてきた。しかし教科内容の3割削減などに対して「学力低下」が叫ばれるようになった。驚くことに文部科学省は反論できるだけのデータを持っていないというのである。結局皆が安心するだけの説明がなされることなく、今回のこの人事を迎えた。

 教育は結果がすぐに出るというものではない。30年、50年、100年と時が経過してはじめて結果がわかるものである。だからこそ、しっかりとした哲学と信念のもとに進めていかなくてはならない。時代を見据え、これからの日本がどうあるべきなのか、世界に対してどういう貢献をしていくのか、そのためにはどういう人間を育てなければならないのか――。今回の人事を見る限り、文部科学省は「教育はこうあるべきだ」という哲学と信念を持って、教育改革に取り組んでいるわけではないと思わざるをえない。「受験戦争が厳しすぎる」という世論を受けて「ゆとり教育」が標榜され、今度は「学力低下が危惧される」という世論を受けて、「ゆとり教育」の旗を降ろした。これでは日本の教育は決して前に進まない。

 現場の声も的確には反映されていない。というより、現場からの報告を受けてもそれを読んでいないというのである。各学校は何とか学校教育を立て直そうと様々な試みを行っている。それにより目を見張るような実績も上げている学校もある。しかしそのような取り組みがカリキュラムや教科書の作成に生かされるなり、文部科学省によって広く紹介されることはないのなら、その素晴らしい取り組みもひろがっては行かない。それは学校の先生にとっても子供たちにとっても不幸なことではなかろうか。

 さて話は変わるが、先日、日本語ブームを引き起こした斉藤孝氏がテレビで「今の国語の教科書は薄すぎる」と批判的な発言をした。「皆さん、一度小学校の国語の教科書を見てください。愕然としますよ。」と――。確かに薄い。こんなにも薄いのかと私も驚いた。しかし、学校の先生方はそれでも時間が足りず、何とかこなしているという状況なのである。とてもその文章の持つ美しさや凄みまでも伝えられるような余裕はない。斉藤氏の言うように、小学生の間に読むべき名文はたくさんある。斉藤氏がこのたび出版された「理想の国語教科書」はそういった名文が網羅され、素晴らしい内容であろう。しかし、この教科書が実際の教育現場で導入されるためにはカリキュラムを見直す必要がある。現行の国語の授業数では不可能である。

 教科間での調整も必要である。たとえば高校、家庭科と保健体育で内容が重複しているところがあるという。今現在、教科書はそれぞれの科目ごとに委員が集まって作成されている。しかし、文部科学省はすべての教科のカリキュラムをきちんと把握し、調整しているわけではない。だからこういう重複が起こるのである。3割削減してこのような重複が残るのであれば、これほどの無駄はない。
 今、日本の教育を立て直すため、日本中で多くの素晴らしい試みが行われている。そういう現場の知恵や経験をきちんと反映させて、衆知を集めながら、新しい日本の教育を形作っていきたい。

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山本満理子の論考

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Mariko Yamamoto

松下政経塾 本館

第21期

山本 満理子

やまもと・まりこ

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「教育に夢、希望、未来を取り戻す」

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