松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2002年3月

塾生レポート

現代入学式再考
山本満理子/卒塾生

 
 先日、14年ぶりに小学校の入学式に参列した。本来なら満開の桜が新入生を迎えてくれるところだが、今年はすでに葉桜、代わりに校庭の花壇の花々が彩りを添えていた――。

 20年前、私は希望と不安を胸に小学校の門をくぐった。とっても晴れやかな気持ちだったのを覚えている。きれいな体育館はピーンと緊張感に満ちていて、お兄さん、お姉さんたちがやさしい笑顔で迎えてくれた。母も保護者席で嬉しそうな、でもちょっと心配そうな面持ちで見守ってくれていた。新しい生活が始まるのだ・・・。

 ところが今の入学式、そんなものではない。やさしい笑顔も、暖かい雰囲気も、ピーンと張り詰めた緊張感もないのである。少し様子を紹介しよう。

 まず会場に入ってびっくりしたのが親の茶髪の多いこと!ざっと3分の1である。私自身も髪の色を染めているのでえらそうなことを言えた身分ではないが、それにしても黄色すぎである。今の親とはこんなものか・・・。また新1年生、つまり自分たちの子どもが入場してきても、その晴れ姿を写真やビデオに収めることに必死!!拍手などする気もない。式の間中もずっと、一緒に座った家族やお友達とおしゃべりを楽しんでいらっしゃる。自分の子どもがお世話になりますなんていう気持ちはないようだ。先生方に対しても式に対しても、ずいぶんと挑戦的な態度で臨んでいるようにみえた。

 在校生も同じ。式の間中ずーっと後ろを向いて友達とお話。新入生を迎えるなんて気持ちなど感じられない。騒いでもそれを注意する先生たちもいない。じっと座って聞いていることなんてできないし、そんな気持ちさらさらない。それよりはなぜ自分がここにいなきゃならないのか、といったかんじである。
 そんな気持ちになるのも無理はない。式は全部で1時間。出番もなくずっと座って聞いていなければならない子供たちにとっては長すぎて、集中力が持つはずがない。校長先生や来賓の祝辞は合わせて5人!その5人みんながみんな、長々と型どおりのお祝いスピーチ。内容はほとんど同じ。中には新1年生に5つの約束をお願いした方もいらっしゃった。1年生に5つはちょっと多すぎではないだろうか。その言葉は誰の心にも届かない。

 残念ながら、さんざんたる式であった、と言わざるを得ない。しかし、これは何もこの小学校の入学式に限ったことではない。日本の式典といわれるものの多くで見られる状況である。格式という言葉にとらわれて、誰も自分がなぜそこにいるのか、その自覚がない。式典には何か必ず核となるテーマがある。入学式なら新入生のお祝い、卒業式なら卒業生のお祝い、など祝う側、祝ってもらう側、その会場にいる全員がそのテーマを共有し、その目的のためにそこにいるのである。その自覚がないために、挨拶をするほうも、相手の心に本当に届く言葉を発することもないし、受け取る側もその言葉に聞く耳を傾けない。心に届かない挨拶は何も式典に限ったことではない。パーティーのスピーチや日常の会話にいたっても、今まで“言わぬが花”としてきた日本人は、自分の気持ちを伝えるのが下手である。またかつては式典とはずっと座って静かに聞いているのが当たり前という“常識“があったが、今はそんな無意味なことはする必要がない、というのが大方の意見だろう。本当に祝う気持ちがないのに、形ばかりの式典などやっても意味がない、と私も思う。きちんとテーマを徹底して、出席者全員がその自覚を持ち、会場が一つになるような式典作りをしていかなければ、ますます式典嫌いが増えるだけである。そのためには何よりもスピーチを見直す必要がある。
 
 本当に相手に届く言葉とは――。どんな小さなことでも自分の気持ち、心がこめられた、自分なりの言葉ではないだろうか。いよいよこの4月から言葉の教育プログラムが始まった。これからの時代、今まで以上に対話が必要になってくる。本当に相手の心に響く言葉でコミュニケーションが取れる、そんな子供たちに育ってくれるよう、私も真剣に取り組みたい。

2002年3月 執筆
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