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他都市との比較で考える北九州の未来
~vs浜松、京都、テルアビブ、アブダビ~

 2023(令和5)年8月23日、筆者は地元である福岡県北九州市にて「北九州の未来を考える勉強会」の講師を務めさせていただいた。テーマは「他都市との比較で考える北九州の未来」、比較対象としたのは静岡県浜松市、京都府京都市、イスラエルのテルアビブ、アラブ首長国連邦のアブダビである。
一見何の関連性も見受けられないこの四つの都市であるが、いずれも北九州市に活きるヒントがあると考え、課題意識をもって研修に乗り込んだエリアであった。過去に研修報告を執筆した都市もあるが、今回の講演実施に伴い改めて「北九州市との比較」という視点で整理した。本レポートはその内容を記載するものである。

講演の様子(2023/8/23小倉城庭園研修室にて知人による撮影)

vs浜松─同じ政令市・工業都市なのに、借金の額は天地の差

2022年度の下半期、半年間の行政実務研修を浜松市役所産業部スタートアップ推進課で実施した。表のテーマは「地方×スタートアップ」の可能性の追求[i] であったが、裏テーマとして、財政難にあえぐ地元北九州市を念頭に、浜松市の健全財政の秘訣を探ることを掲げた。
 下記のグラフは政令指定都市の市民一人あたりの市債残高を比較したものである。一人当たりの借金が最も多いのが北九州市、最も少ないのが浜松市となっている。

令和元年度決算に基づく市民一人あたり市債残高の比較[ii]

 ともに大都市ながら県庁所在地ではなく、大規模な製造業を抱える産業都市であり、合併により拡大した都市であるという様々な共通点を持ちながら、この財政健全度の違いを生んでいる要素は何か。業務の合間に様々な部署へヒアリングを行うことで見えてきた仮説は、以下の二点である。

 第一に、自治会加入率の高さである。浜松市は都市部であるにもかかわらず、自治会加入率が95%にも達している。北九州市の65%と比較して30%も高い。この地域コミュニティへの高い参加率が、特に高齢者の孤立を防ぎ、外出やコミュニケーションの機会を提供することで、健康寿命を延ばすことに成功しているのではないか。実際に、浜松市は2016年、三期連続で20大都市の健康寿命で男女ともに一位となっている[iii]。これが、社会保障費の増大を抑制して財政を健全化することに寄与していると考えた。

 ではなぜここまで自治会加入率が高いのかという点については、担当課から市民まで幅広くヒアリングを行ったが、祭りが盛んだから、宿場町だった歴史が形成した市民性によるなど、様々な意見がありながらも、決め手となる要素の解明にまでは至らなかった。

 第二に、首長や行政による本気の行財政改革である。筆者が研修を行った当時の市長であった鈴木康友氏以前の浜松市は、財政的にあまり健全ではなかったという。かつて米沢藩の財政改革を断行した上杉鷹山公をモデルとし、経済界と協力しながら「入るを量りて出ずるを制す」が徹底された。筆者が驚いたのは、市役所の椅子の背もたれやエレベーターの床など、ありとあらゆる箇所に企業広告が掲示されていたことである。少しでも歳入を増やそうという執念が感じられた。

 また、行財政改革の一環として、元より七区存在した区を三区に減らす「区再編」も実施された。まちを二分する議論の末、年間約7億円の経費削減に繋がるとして実現した。北九州市も誕生当時は五区だったのが、人口増に合わせて七区へと増やし、その後合併当時の人口すら大きく下回っているにもかかわらず、いまだ七区のままである。浜松市の覚悟から学ぶべきものは多い。

浜松市の区再編[iv]

vs京都─財政難だからこそ、地域のことは地域で決める

 浜松市が健全財政としての比較対象であった一方、北九州市同様に財政的に厳しい状況にあるのが京都市である。

令和元年度決算に基づく政令市の将来負担比率及び実質公債費比率[v]

 日本を代表する観光都市として世界にその名を知られながら、市営地下鉄の失敗、学生や宗教法人を多く抱えるために人口の割に税収が少ないこと、コロナ禍による観光業へのダメージなどもあり、直近で財政危機に陥ったことは良く知られている。
 しかし、そうした事態が急に発生したものではなく、その放漫財政体質を以前より指摘し続けてきたのが、地域政党京都党[vi]である。「京都第一主義」「京都の京都による京都のための政治」を掲げてきたこの政党は、財政危機に陥る十年前よりそのリスクに警鐘を鳴らしてきた。

 地域政党とは、地域のことは地域で決める政治を実現すべく、本部を東京ではなくその拠点となる都市に設置し、地域密着での政策提案や行政管理を行うのが特徴である。筆者はそのあり方を学ぶべく、京都党の創設者や所属議員、支持者などへヒアリングを行った。
 京都党は自らの存在意義を国政政党と比較して、「メガバンクも大事だが地銀や信金も重要」という地域主義、「交通事故が起きてからではなく、起きる前に信号を設置すべき」という未来志向に特徴があるとした。また、地域独自の政策を主張する地域政党の存在により、国政政党の支部も生き残りのために政策の地域性を強めざるを得ないとして、たとえ地域政党がその地域の最大政党とならずとも、存在自体が地域にとってプラスとなることを強調している。

 実際に、京都党は新税「京都ブランド税」導入の提案など、地域性の高い政策提言を行っている。北九州市は八幡製鉄所以来、いかに中央政府から引っ張ってくるかという発想が根強い印象を受けるが、そこから脱却して独自のビジョンを掲げるためには、地域政党による政治的な意思決定の自立が一つの鍵になると考えた。

vsテルアビブ─人こそ資源。「スタートアップ×寛容性」でドライブするまち

 イスラエルは国土の大半が砂漠であるにもかかわらず原油が産出されない中、唯一の資源である「人」への投資を徹底することで、スタートアップ大国となった。人口も面積も四国と九州のちょうど中間程度の国であり、日本の地方がスタートアップやイノベーション政策を検討する上で、アメリカや中国といった大国よりもヒントになるものがあると考え、2022年7月2日から21日までの約三週間にわたり研修を行った[vii]

 現地の国会議員が語っていたのは、「ユダヤ人は生存のために未来志向にならざるを得なかった」「より良い未来や夢を描く力こそがイノベーションの源泉だ」という話である。そのようなイスラエルの精神を代表する経済都市がテルアビブであった。
 テルアビブでユニコーン起業家からベンチャーキャピタル、NGO、教育大学など幅広くヒアリングを行う中で、起業都市の背景には二つの寛容性が存在していると感じた。

 一つは、失敗への寛容性である。イスラエルの教師のうち4分の1を輩出する教育大学Kibbutzim College of Educationでは、教師志望の学生にあえて失敗経験を多く積ませ、将来教師となった時に子供たちの失敗に寛容な人材を育成するという話があった。これは、失敗を恐れれば挑戦はできず、挑戦がなければ成功もないという思想に基づくものだ。

イベントを楽しむ外国人観光客及びメディア取材の様子
(2023/6/24 小倉城天守閣内にて筆者撮影)

 もう一つは、多様性への寛容性だ。起業家から大学まで多数の若者や女性のリーダーが存在したほか、人種も中東系から欧州系、アフリカ系まで多様であった。何よりテルアビブは世界で一番LGBTQにフレンドリーな都市であると自他ともに認めるまちである。こうした多様性への寛容性が自分の常識に縛られない多様な発想を受け入れることに繋がり、イノベーションの源泉となっている。

 北九州市も八幡製鉄所以来の産業都市化の中で、全国各地から人が集まって成長した移民都市といえる。では、その多様性を活かし未来へと繋げることのできる寛容性も存在しているだろうか。一市民として改めて考えたい。
 なお、一点留意すべきは、上記の寛容性はイスラエルという国家の存続に寄与するという前提で認められるということである。現在のガザ地区との紛争の状況を鑑みるに、万国へ広く適用されるものではない。

vsアブダビ─ゴーストタウンと化した未来都市から学ぶこと

 講演で最後に取り上げたのが、アラブ首長国連邦の首長国の一つ、アブダビである。筆者が注目したのは、このオイルマネーで潤う国際都市が潤沢な資金によって建設された「マスダールシティ」だ。

 マスダールシティは、アブダビ王族肝いりで建設された未来都市であり、最先端の再生可能エネルギーを存分に用いてサスティナブルな環境都市を実現することを目指したものである。北九州市も公害克服以来環境政策には重きを置いており、「日本の環境首都」を名乗るまちであることから、世界最先端の環境都市の実情を学びたいと考え、先述のイスラエル研修の合間である2022年7月15日から19日にかけて研修を行った。

 しかし筆者が目にしたのは、人類史上初の「グリーン・ゴーストタウン」であった。6万人が居住可能な人工都市には、わずか300人しか住んでいなかった。2016年に都市全体が完成する予定であったが、2030年に延期されている。街中をくまなく歩いても人をなかなか見つけられず、自慢の自動運転車である個人用高速輸送機関(Personal Rapid Transit : PRT)もあまり稼働している様子はなかった。

人影の見当たらないマスダールシティ(2022/7/16 筆者撮影)

 痛感したのは、どれほど潤沢な資金があろうが、最先端のテクノロジーを盛り込もうが、トップダウンでは理想のまちは作れないということだ。住民が参加し、自らが関与してまちが有機的に変化していく余地・余白が重要なのではないか。
 北九州市が今後も環境都市やテクノロジー都市を標榜するのであれば、それは必ず行政が独り歩きするものではなく、住民を巻き込み同じ目線でともに創り上げていく形で進むべきであると感じた。

最後に

 世の中に一つとして同じまちは存在しない。どこかで成功した施策が、別の場所でも成功するとは限らない。しかし、自らのまちの在り方や戦略を考える上で、他都市の事例をただ単に踏襲するのではなく、都市の特性を踏まえながら比較したり参考にしたりすることには大きな価値があるのではないか。

 なお、今回は国内外の他都市という「横」の比較であったが、これまでのまちの歴史を踏まえた「縦」の比較も重要であろう。こちらは今後の課題として、改めて突き詰めていく所存である。

講演会場の様子(2023/8/23小倉城庭園研修室にて筆者撮影)


[i] 伊崎大義(2023)「「地方×スタートアップ」考~浜松市スタートアップ推進課における行政実務研修より~」https://www.mskj.or.jp/thesis/38130.html (最終閲覧日:2023/10/31)

[ii] 福岡市(2021)「財政・予算に関する資料」
https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/10430/1/kakeiboR3_11-18.pdf?20210427115848
(最終閲覧日:2023/10/31)

[iii] 浜松市(2018)「20大都市の中で健康寿命が3期連続1位」
https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/miryoku/hakken/kurashi/nagaiki.html
(最終閲覧日:2023/10/31)

[iv] 浜松市(2023)「行政区の再編について」
https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/kikaku/kuseido/index.html(最終閲覧日:2023/10/31)

[v] 北九州市(2021)「本市の財政状況について」
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000955171.pdf (最終閲覧日:2023/10/31)

[vi] 地域政党京都党HP
https://www.kyoto-party.com/ (最終閲覧日:2023/11/8)

[vii] 伊崎大義(2023)「起業大国イスラエルから「地方×イノベーション」の可能性を探る」
https://www.mskj.or.jp/archives/39555.html (最終閲覧日:2023/10/31)

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