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起業大国イスラエルから「地方×イノベーション」の可能性を探る

 前回の研修報告[1]において、ルネサンスや産業革命、シリコンバレーを例に、真に社会を変革するイノベ―ションは、中央ではなく地方から、大企業ではなくスタートアップからしか生まれ得ないことを述べた。
 イノベーションを意図的に生み出すことは不可能であるが、イノベーションが起こりやすい環境を創ることは可能なはずだ。そこで、実際にイノベーションが次々と生み出される地域において背景に存在する因子を探求すべく、筆者は起業大国(現地では”Startup Nation”の呼称がよく用いられる)として世界にその名を轟かせるイスラエル[2]にて、2022年7月2日から21日までの約三週間にわたり研修を行った。
 イスラエルは国土の大半が砂漠であり、原油などの天然資源にも恵まれず、政治的・宗教的背景から常に安全保障上のリスクを抱える中で、唯一の資源である人材に投資することで発展を続けてきた。世界の主要マーケットから遠い場所に位置し、人口、国土面積ともに四国と九州の中間程度であるこの小規模な国が、農業灌漑技術からファイアーウォールまで多様なイノベーションを生み出し続けている事実は、リソースが限られる中で新しい繁栄のかたちを探らねばならない日本の地方にとって光明となるのではないか。小国ゆえ、辺境ゆえのイスラエルの戦略から、地方でイノベーションを起こすためのヒントを探った。

イスラエルの地図[3]
(地図中の黄緑色の部分はパレスチナ自治区(ヨルダン川西岸及びガザ地区)を示す)

1.イスラエルに見るイノベーション因子

 今回の研修では、イスラエル政府の招聘プログラムであるYoung Leaders Program[4]に参加し、エルサレムからパレスチナ自治区国境のキブツ(農村共同体)まで全土を幅広く巡ったのち、経済都市テルアビブに延長滞在してユニコーン企業(評価額が10億ドルを超える設立10年以内の未上場企業)の創業者やスマートシティ関係者、教員養成大学などにヒアリングを行い、イノベーションやスタートアップに特化した追加調査を行った。
 イスラエルにおいてイノベーションとそれを担うスタートアップがこれほど盛り上がっている背景にある因子は何か。現地での学びを以下の4つのキーワードに落とし込んだ。

未来志向
 「ユダヤ人は歴史的に少数派であり、生存のために未来志向にならざるを得なかった。」そう語ったのは、イスラエル国会議員のZvi Hauser氏である。彼は、より良い未来や夢を描く力こそがイノベーションの源泉であるとし、アメリカにおいてユダヤ系がハリウッドを作り上げる原動力となったエネルギーが、イスラエルにおいては起業国家という形で発出していると述べた。
 また、未来志向型のマインドセットは、失敗を乗り越え挑戦を続ける気風にも繋がる。ユニコーン企業Sisense社の共同創業者であるAviad Harell氏は、「3回資金が底を尽いたが、VC(ベンチャーキャピタル)が成長を見越して投資を続けてくれ、4回目の出資により一気にユニコーン企業へ駆け上がった」と語った。
 イスラエルにおいてもスタートアップのうち98%は失敗に終わるが、失敗した者も事業アイディアを売って次の挑戦に繋げたり、挑戦を評価されて就職活動に有利になったりするため、失敗をいとわず挑戦する者が多い。失敗を次の成功のための過程として評価できる社会風土もまた、未来志向の国民性から来るものだと推察される。

左:クネセト[5]におけるZvi Hauser議員との面談(左がHauser議員、右中央が筆者)
右:Sisense社におけるAviad Harell氏へのヒアリング(左がHarell氏、中央が筆者)

②多様性
 日本がほぼ単一民族国家であるのに対し、移民国家であるイスラエルにはイギリス系、イエメン系、ロシア系、エチオピア系など多様な人種が存在し、そのバックグラウンドと視点の多様性が新しい思考(”think outside the box”と呼ばれる)をもたらし、イノベーションに繋がっている。先述のHauser議員は、移民政策を整えて多様性を推進することで、政治もまたイノベーションを後押ししていると述べた[6]
 また、多様性は人種や民族に限らない。イスラエルでは多くの女性リーダーが活躍しており、テルアビブは世界一LGBTQ[7]にフレンドリーな都市であることを標榜し、スタートアップの創業者の多くは20代や30代の若者であった。外国人移民に対していまだ心理的・制度的ハードルの高い日本においても、ジェンダーや世代の観点から意思決定層の多様化を取り入れることは可能なはずである。

エコシステム
 イスラエルが人口900万人程度の小国である事実は、マーケットという点からすると不利に思われるが、小国ゆえの特色をもたらしている。
 第一に、国内市場が小さいことから、スタートアップが最初からグローバル市場を目指す傾向にある。米NASDAQへの上場数は、表-1の通り米中に次ぐ。また、イスラエル企業への投資の6割は海外資本であり、インテル社など多国籍企業のR&D(研究開発)拠点も豊富である。そうした海外企業と国内スタートアップのつながりが、イスラエルをイノベーション大国たらしめるエコシステムの一端を担っている。

ハイテクスタートアップ企業数(人口比)世界1位(4,000社以上)
VC投資金額(人口比)世界1位(日本の約35倍)
NASDAQ上場企業数世界3位(米国、中国に次ぐ)
グローバル企業の研究開発拠点300社以上
エンジニア比率(人口比)世界1位
大学卒業比率(人口比)世界1位
■表-1 イスラエルのスタートアップに関する諸データ[8]

 第二に、人口が少ないからこそ人間関係が近く、組織や分野を跨いだコミュニケーションが盛んとなり、それが多様な連携に繋がりイノベーションを生んでいた。VCやエンジェル投資家は単に投資するのみならず、出資先スタートアップ間の社を跨いだノウハウ共有や事業提携に積極的であり、大企業によるスタートアップ向けイベントにおいてもネットワーク形成に重きが置かれていた。スマートシティなどの公共政策も、NGOが官民学横断のコミュニティを提供することで推進されている。
 軍の存在も忘れてはならない。兵役義務[9]のあるイスラエルでは、多様性ある国民が軍によって統合され、専門性を磨きながら人間関係が広がる機会となり、イノベーションに繋がることも多い。イスラエルにおける軍は安全保障のみならず、人材育成機関、ネットワーク形成の場、さらには研究開発における巨大な投資家として貢献している。

④教育
 教育も重要である。イスラエルの教師のうち4分の1を輩出するKibbutzim Collegeでは、教師志望者にロボットや3Dプリンタ、動画配信スタジオといった最新設備に触れさせることで、生徒よりも前に、まず教師自身に新しいアイディアやテクノロジーを積極的に取り入れやすいマインドセットを会得させるための工夫が施されていた。
 また、教師が新しいスキルや教育手法を学ぶたびにクレジットが発行され、クレジットを獲得するほど給与が上昇する仕組みも存在する。教師が成長し続けることへのインセンティブを用意することで、結果的に生徒も最新の教育やテクノロジーを享受でき、それがイノベーティブな人材の育成に繋がっている。
 日本は、いまだに「早くて正確」「横並び」を求める教育システムに固執しているが、そこから脱却し、イノベーションを生み出す人材を育成するには、第一歩として教員の育成が重要であると痛感した。

左:IBM社によるスタートアップ向けのイベント
右:Kibbutzim College見学の様子(左が筆者)

2.イスラエルに学ぶ、日本の地方が取るべき戦略

 先述の通り、イスラエルは四国と九州の中間程度の面積と人口規模であり、日本の地方が参照する上で、米中のような超大国に比べて参考にしやすいのではないか。参考までに、九州と主要データを比較したものが表-2である。

人口 (万人)面積 (㎢)名目GDP (億ドル)一人当たりGDP (ドル)
イスラエル93422,0004,01943,610
九州142644,5124,63132,475
■表-2 イスラエルと九州の比較[10]

 では実際に、イスラエルをモデルに地方でどのような改革が可能であるかを、前章で挙げた因子に基づき検討したい。

未来志向:「イスラエル人は歴史的に未来志向の国民性が形成された。日本人とは違う」と割り切るのは簡単であるが、イノベーションが重要であるのは我が国も同様であり、その因子としてマインドセットが存在するのであれば、変化させねばなるまい。
 まずはビジョンを持ち挑戦する人を一人でも増やすことであろう。「あの人ができるなら自分にもできるはずだ」というモデルケースが身近に存在することが重要であり、第一ステップとして挑戦のハードルを下げるための副業やカーブアウト(新規事業を外部資本で行う)を支援する制度設計が求められる。

多様性:前章でも述べたが、外国人移民の前に、まずは女性や若者を意思決定層に増やすことが第一歩となる。地方ほど保守的な思想が根強く難しい部分があるのは事実であるが、地方ほど人材が不足しており変革が求められているのもまた事実である。
 また、局所的に「移民特区」のような枠組みを試験的に実施し、少子化対策も見据えて本格的な移民政策を検討することも重要だ。今回アラブ首長国連邦でも研修を行った[11]が、人口の9割が外国人移民でありながら、エミレーツIDと呼ばれるIDにより厳正に管理することで、高い治安が保たれていた。各国の移民にヒアリングを行ったが総じて幸福度も高く、タブー視せず議論を深めて制度設計を行えば、日本でも世界に開かれた地域を作ることができるはずだ。

エコシステム:イスラエルで印象的であったのは、スタートアップ向けのイベントからスマートシティのコミュニティまで、分野を跨いだコミュニケーションの場が数多く用意されていたことだ。また、そうした場が高齢なリーダーによる合意形成の舞台ではなく、実務担当者がリアルな対話を行い、直ちにビジネスに繋がる環境となっていた。東京などの大都市では一言で官民学交流といってもカウンターパートが膨大になってしまうが、地方であれば企業や大学の数も限られているからこそ、ネットワークも形成しやすいはずだ。課題やソリューションを組織や分野を跨いで共有する中で、イノベ―ションの種が生まれるだろう。

教育:教員を育成するタイミングで最新テクノロジーに触れる機会を設けたり、教員が時代に合わせて自らをアップデートするためにインセンティブ設計を行ったりすることは、現在の教育システムの中でも可能ではないか。
 そのほか、イスラエルの教育制度から取り入れられるものとして、横並び教育ではなく生徒の潜在性に注目する早期選抜教育や、起業家精神を育成するためのスタートアップにおけるインターン、我が国の社会課題を認識し関心と共感性を高める介護施設や養護学校での研修などの取り組みも参考になる。

 イスラエルに滞在して強く感じたのは、1000万人に満たない小さな単位であるからこそ、人間関係が近く分野を跨いだ連携が盛んとなり、小回りを利かせながら実験的施策を行いやすいという点である。それは日本においても、1億人単位では難しい施策も、100万人、1000万人単位であれば可能性があることを意味する。議論ばかりして一向に進まない諸政策について、まず地方が率先して行い、イノベーションを生み出していくことが重要ではないか。
 正解の存在しない時代である。地方が未来志向型のマインドセットをもって多様な挑戦、多様なイノベーションを繰り返していくことこそが、我が国が閉塞感を打ち破り次の世代へ希望を示す唯一の道だと確信している。

[1] 伊崎大義「地方をイノベーションのプラットフォームに」https://www.mskj.or.jp/thesis/8734.html

[2] 外務省HP「イスラエル国基礎データ」(最終閲覧日2022/8/4)

[3] 外務省HP「イスラエル国」https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/israel/index.html(最終閲覧日2022/8/4)

[4] イスラエル政府が他国の将来のリーダーを招聘し、イスラエルについての見聞を深める機会を提供することで、将来的な協力関係を構築することを目指すプログラム。

[5] イスラエルの国会議事堂。

[6] Hauser議員は1990年代から2000年代にかけてのソ連崩壊に伴う旧ソ連圏からの大量移民を例に挙げ、異なる言語を用いる移民が短期間のうちに人口の20%近くも流入する未曽有の困難を乗り切った結果、それにより生まれた多様性がイノベーション推進に大きく貢献したと述べた。

[7] Lesbian(レズビアン=女性同性愛者)、Gay(ゲイ=男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシャル=両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー=心と体の性が異なる人)、Queer/Questioning(クィアまたはクエスチョニング=性的指向・性自認が定まらない人)を指す。

[8] 森川潤「【完全解説】グーグル、アップルが「イスラエル」にハマる3つの理由」NewsPicks

[9] 高校卒業後に男性は3年間、女性は2年間兵役に従事する。18歳からの兵役を前に、16歳のタイミングで一度全ての子供に試験が課され、そこでstrength, attitude, physics , creative, mathなどの様々な能力が測定され、その結果を元に各部隊に配属される。

[10] 外務省HP「イスラエル国基礎データ」公益財団法人 九州経済調査協会HPhttps://www.kerc.or.jp/economy/gaikan/ (最終閲覧日2022/8/4)

[11] イスラエル研修の合間の7月15日から19日にかけて実施。

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