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筆者は2023年4月より地元である福岡県北九州市を拠点に研修活動を行っている。北九州市はかつて百万人以上の人口を誇った日本有数の大都市であり、製鉄業を主軸に北九州工業地帯の中核をなす産業都市であった。しかし、製鉄企業の域外流出や空港政策の失敗等により衰退が進み、2022年の人口減少数は7,190人と日本の全市町村の中で最大となった[i]。まさにいま、最も地方創生が求められている自治体であるといえる。
読者諸賢は北九州市に対してどのようなイメージを抱かれるだろうか。前述の「工業都市」のほか、公害克服に伴う「環境都市」、はたまた、かつての反社会勢力の印象からネットで揶揄される「修羅の国」というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれない。
筆者は高校卒業とともに北九州市を発ち、大阪や東京など様々な都市で生活したが、北九州市出身であることを伝えた際に最も多かった反応は「ああ、あの成人式が有名なまちだね」というものであった。そのような反応が返ってくるたびに、この知名度を地域資源として活かせば域外から人を呼び込めるのでは?という考えが強まっていった。
北九州市の成人式は金銀やビビッドな原色、スワロフスキーなどをふんだんに取り込んだ「ド派手衣装」で有名であり、毎年各種メディアやインフルエンサーなどが全国各地からその様子をカメラに収めようと集まってくる。
ド派手衣装の生みの親であるレンタル衣装みやび[ii]代表の池田雅氏によると、全ての始まりは2003年の成人式に際し、二人の男性が「全身金色と銀色の羽織袴を着たい」と無茶な要求を行ってきたことだという。スタッフが困り果てる中で「面白い!」と考えた池田氏は試作を重ね、無事「金さん銀さん」として成人式に出席した二人は会場の度肝を抜いた。それ以来「あの金さん銀さんより目立つ衣装を!」という若者が殺到し、年々進化していく独自の衣装文化が出来上がることとなる。
成人年齢の引き下げに伴い「北九州市二十歳の記念式典」とイベント名が変わった今もド派手衣装は発展を続け、国内だけでなく世界からも注目を集めている。今年9月には世界四大ファッションウィークの一角である「ニューヨーク・ファッション・ウィーク2023」に招聘され、世界にその名を轟かせた[iii]。
そのような強力なコンテンツを北九州市の新たな魅力としてアピールできないか。松下政経塾第24期生の谷中修吾先輩[iv]と43期生の後輩たちに相談しながらイベントの企画を練り上げた。その後、ただちにレンタル衣装みやび及びまちのシンボルである小倉城の指定管理団体に対してプレゼンテーションを行い、二者の快諾を無事獲得。2023年6月24日及び25日に「小倉城ド派手新成人なりきりイベント[v]」として開催した。
「小倉城 ド派手新成人なりきりイベント」の案内画像
(被写体は小倉城スタッフ、写真撮影はレンタル衣装みやびスタッフ、画像作成は筆者)
イベントに際しては池田氏が着付けの難しい外国人向けに独自に開発した陣羽織型の衣装を採用し、私服の上から直接羽織ることができる形とした。レンタル衣装みやびの全面協力により体験料金は無料(※小倉城天守閣への入場料は必要)として実施した結果、二日間で500名を超える来場者を数え大盛況に終わった。武内和久北九州市長も体験に訪れたほか、フジテレビや毎日新聞など多くのマスメディアが取材に訪れ、ド派手衣装のコンテンツ力が改めて示される機会となった。
また、来場者のデータやアンケートを分析したところ、男性より女性の体験者が多かったこと、年齢は3歳から70代まで幅広く楽しんでいただけたこと、台湾を筆頭に外国人観光客の体験も多かったことなどが確認された。
小倉城内の会場に並ぶレンタル衣装みやびのド派手衣装
(2023/6/24 小倉城天守閣内にて筆者撮影)
イベントを楽しむ外国人観光客及びメディア取材の様子
(2023/6/24 小倉城天守閣内にて筆者撮影)
この成功を受け、7月29日及び30日には期間限定で実施中の「兜被り体験」とのコラボとして「兜×ド派手新成人?!唯一無二の小倉城オリジナルスタイル体験イベント[vi]」としてリバイバル開催を行い、こちらも600名近くの来場者を集めることに成功した。
兜被り体験とのコラボの様子
(2023/7/30 小倉城天守閣内にて筆者撮影)
二つのイベントの結果から、域外からも多くの人を集めうるコンテンツ力が確認でき、特に台湾をはじめとする外国人旅行客へのPRによって新たな北九州の観光資源として発展しうる潜在性を現場で体感することができた。
なお、今回は無償かつ一過性のイベントであったが、地域にお金が持続的に落ちる仕組みを作るにはどうすれば良いか、イベントから地域観光資源への転換が今後の課題として残っている。
多くの来場者やメディアを集め盛況に終わった今回のイベントであるが、一方で、批判の声もあった。「荒れる成人式」の印象がメディアを通して強調されることで、北九州市のイメージが悪くなることを懸念している北九州市民も少なくない。
イベント参加をX(旧Twitter)に投稿した北九州市長へのコメント[vii](2023/6/25閲覧)
しかし事実として、北九州市の新成人はそこまで荒れてはいない。そもそも20歳前後の若者が数十万円にものぼるレンタル衣装代を捻出するのである。しっかりと計画立てて積み立てる必要があるほか、その過程で罪を犯そうものなら折角の晴れ舞台に立つことができなくなる。池田氏は「ド派手衣装を着るために、昔なら喧嘩をしていたような状況でも我慢した」という新成人の声をよく聞くと述べた。ド派手衣装の元祖である「金さん銀さん」も、池田氏が金銀衣装を承諾する前から毎月律儀に分割金を支払うために来店しており、その熱意に押されて引き受けた経緯があったという。
なお、北九州市の少年犯罪検挙数はレンタル衣装みやびがド派手衣装を始めた2003年を境に劇的に低下している。因果関係の有無は説明できないが、少なくともド派手衣装の影響で青少年が荒れてはいないことの証明にはなるのではないか。
北九州市の少年犯罪検挙数(長期時系列統計[viii]より筆者作成)
今回のイベントについても、ド派手衣装への負のイメージの払しょくの一助になればという思いがあった。実際に会場でもご年配の方から「着てみたら意外と楽しい」「自分たちの時にもあれば良かったのに」という声を頂いたほか、「障碍者である弟は当時成人式に参加出来なかった為、本人に今回のイベントの話をしたところ「僕も着物で写真を撮ってもらいたい!」と言うので小倉城に一緒に来ました。」という心温まるアンケートの回答もあった。
市民からの心配の声、懸念の声にもしっかり耳を傾けながら、誤解は解きつつ、イメージ改善を進め、賛否両論を乗り越えた先に初めて、新たな地域資源としての確立が期待できるのだと痛感した。
ロックミュージックもヒップホップも、誕生初期は「不良の音楽」とレッテルが貼られるアンダーグラウンドのコンテンツであった。しかし、大衆化に伴い洗練されていく中で世界に親しまれる文化として成長した。アメカジやストリートファッションも、その過程で歩調を合わせて一般化していく。新たな文化の胎動を「ヤンチャな人々」に独占させるのは実に勿体無い。
また、ド派手衣装は中世における「婆沙羅(ばさら)」や「傾き(かぶき)」など日本史上に確かに存在した文化遺伝子が現代に発露したものともいえるではないか。そうした文化を愛した後醍醐天皇や織田信長は「異類異形」「うつけ」と後ろ指を差されたが、批判をものともせず我が道を行き、我が国の歴史を切り拓いた。エスタブリッシュメントに飲み込まれないエネルギーが、「衣装」という対人の視覚情報の中でも特に大きな割合を占める要素から供給されるということを、筆者もド派手衣装を体験する中で片鱗として感じた。
金さん銀さんから20年。文化としてはまだようやく産声を上げたという段階であろう。そのポテンシャルを、気に入らないからと蓋をして抑え込むのか、これは面白いと引き伸ばしていくのか。選択権は北九州市民にある。
「地方創生」という言葉が初めて登場したのは、2014年の安倍内閣による記者会見であった。首相官邸による定義は以下の通りである。
「人口急減・超高齢化という我が国が直面する大きな課題に対し、政府一体となって取り組み、各地域がそれぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会を創生することを目指します。[ix]」
残念ながら、発表から10年近い歳月が経ったにもかかわらず、我が国の地方に復活の兆しは見られない。そもそも政府が主導する地方創生がうまくいかないことは、構造的に自明であった。
例えば、政府が地方創生推進のために各地域に求めた「地方版総合戦略」の策定にあたり、約8割の自治体はコンサルタント等への外部委託を行った。そのうち受注額・件数ともに5割以上が東京都に本社のある企業へと外注されている[x]。財源は国からの交付金である。特色ある地方戦略を策定するために地方へ配分された交付金が、結局東京の企業へと戻ってしまい、その売上や税収が東京都のものとなるという本末転倒な事態となってしまった。せめて策定された戦略が各地域の特徴を活かしたものであれば良いが、短期間で1,700の自治体が地方版総合戦略を策定したことを考えると、東京の外部委託業者も地域特性を考慮しない表面的な戦略を提案した可能性が大きいという指摘もある[xi]。
実際に筆者は複数の自治体の総合戦略を確認したが、政府の求める規定に合わせたためか内容に大きな差が見受けられず、地方創生を謳いながら全国一律な戦略策定となっている印象を受けた。その結果生まれるのは全国どこにいっても同じような金太郎飴のような地方であろう。戦略がこのような状況であれば、個別施策も推して知るべしである。
誰もが安心して推す施策というのは多くの場合前例が存在するものであり、二番煎じになる以上誰にも見向きもされない。粗削りであろうが小規模であろうが、各自治体が主体性をもって自らの地域資源を改めて洗い出し見つめ直し、域外から人や投資を惹きつける地域の武器として磨き上げることが求められている。
それは多くの場合、賛否両論が起こるアイディアであるに違いない。「やめてくれ」「うまくいくわけがない」と横やりが入るような施策でなければ、他自治体との差別化ができず、差別化ができなければ人々の目的地にはならず、目的地とならない地域は埋もれていき、静かに確実に衰退していくことになるだけだろう。
そのような観点から、筆者は北九州市におけるド派手新成人衣装に大きな可能性を感じている。重要なのはまちに物語が存在することである。ド派手衣装それ自体はどこの自治体でも真似ができるかもしれないが、それが20年かけて北九州のまちで育ったという事実はどこにも真似できない。金さん銀さんに始まるレンタル衣装みやびの物語はどのまちにも奪えない。ド派手衣装に限らず、地域企業や歴史なども含め、誰にも奪えない物語があることこそ、その地域にしかない真の「地域資源」といえるのではないだろうか。
ゆるキャラやSDGsなどどこもかしこも採用している戦略を掲げても地域は浮揚しない。その地域ならではの突き抜けた「何か」を賛否両論の中で磨き上げていくことこそが、真に地域の特色を反映した、あるべき地方創生の姿ではないかと考えている。
[i] 西日本新聞「人口増加数、福岡市が全国最多…減少数は北九州市が最多 全都道府県で人口減少」(2023/7/26付)https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1110816/ (最終閲覧日2023/8/18)
[ii] レンタル衣装みやびHP https://miyabi.shakan.co.jp/ (最終閲覧日2023/7/31)
[iii] RKBオンライン「北九州市の成人式を彩る“ド派手”衣装 NYのランウェイに登場し大反響「世界のエンタメに」」https://rkb.jp/contents/202309/202309137884/ (最終閲覧日2023/9/28)
[iv] 谷中修吾先輩 松下政経塾プロフィールページ
https://www.mskj.or.jp/profile/shugo-yanaka.html (最終閲覧日2023/8/18)
[v] 小倉城HP「6/24-25 小倉城 ド派手新成人なりきりイベント」
https://www.kokura-castle.jp/230624-25dohadeseijinshiki/ (最終閲覧日2023/7/31)
[vi] 小倉城HP「7/29-30 兜×ド派手新成人?!唯一無二の小倉城オリジナルスタイル体験イベント」
https://www.kokura-castle.jp/230729-30kabuto-miyabi/ (最終閲覧日2023/7/31)
[vii] 北九州市長 武内和久氏 公式X(旧Twitter)へのコメント
https://twitter.com/takeuchikazhisa/status/1672892510212071425 (最終閲覧日2023/6/26)
[viii] 北九州市 長期時系列統計【18. 警察、司法、消防】
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/soumu/file_0332.html (最終閲覧日2023/7/31)
[ix] 首相官邸HP「地方創生」
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/chihou_sousei/index.html(最終閲覧日2023/7/31)
[x] 坂本誠(2018)「地方創生政策が浮き彫りにした国-地方関係の現状と課題」地方自治総合研究所通信巻474号 2018年4月号
[xi] 宮﨑雅人(2021)『地域衰退』岩波新書
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Taigi Izaki
第42期
いざき・たいぎ
Mission
自立した地方政府による「多極国家日本」の実現