論考

Thesis

「地方×スタートアップ」考          ~浜松市スタートアップ推進課における行政実務研修より~

 筆者は2022年度の研修における一貫したテーマとして、「地方×イノベーションの探求」を掲げた。マンホール広告に着目した官民連携型ソーシャルビジネスへの挑戦、小国ながらイノベーションマインドに溢れたイスラエルやUAEでの海外研修、福岡県福津市での対話とコミュニティを基盤としたローカル経済圏の研究を経て、今回はイノベーションの主役であるスタートアップについて、行政の立場からその支援に取り組んだ。研修先は静岡県の浜松市役所スタートアップ推進課である。実際に行政実務に携わる中で考えた、「地方×スタートアップ」の可能性を記述する。

浜松市役所と筆者

1.地方創成の切り札としてのスタートアップ

 そもそもスタートアップとは何か。論者によって様々な定義が存在するが、浜松市においては「スタートアップとは、革新的なアイディア等で新たな価値を生み出し急成長を目指す企業をいう」と定義している。かつては和製英語であるベンチャー企業と呼ばれていた。 同じように起業によって生まれた新規企業であっても、既存市場において融資を元手に漸進的な事業成長を図る通常のスモールビジネスに対して、スタートアップは投資をベースとしながら市場自体を新たに作り出すことを目指す。当然、起業当初は大幅な赤字となるが、エンジェル投資家やベンチャーキャピタル(以下VC)の支援を得ながら「Jカーブ」と呼ばれる急速な成長を狙い、最終的にIPO(株式上場)もしくはM&A(企業による合併・買収)による株式売却を実現することで投資家に還元する。

スモールビジネスとスタートアップの比較(筆者作成)

 スタートアップの成功事例として特に有名なのが、米国におけるGAFAM(Google、Apple、Facebook(Meta)、Amazon、Microsoft)の存在である。いずれも革新的なビジネスモデルによってVCの支援を得ながら急成長を遂げ、今や世界の時価総額ランキングの上位を独占している。今や米国の新規雇用の50%(年間約290万人)をスタートアップが担っているというデータもあり[1]、米国経済の大黒柱となった。同様の動きは、中国におけるBATH(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)の勃興やインドのバンガロールにおけるIT企業等でも見受けられる。
 なお、GAFAMはいずれも本社がシリコンバレーもしくはシアトルにあり、BATHも北京本社のBaiduを除いて杭州市や深センに位置している。真の破壊的イノベーションはそれまでのスタンダードを否定しかねないことから、その国のスタンダードを享受する中心地域からは生まれない。だからこそ、筆者は地方こそスタートアップを推進すべきであると考える。
 スタートアップの聖地として世界に冠たるシリコンバレーも、そもそもの発端は雇用創出であった。西海岸の大学を卒業した人材が魅力的な仕事がないために東海岸のNYやワシントンに行ってしまう。流出を防ぐために、地元に新しい産業を興したい。そのような思いに基づく行動が、現在の繁栄を生み出した。共通の課題は、日本の地方都市も抱えるものであろう。スタートアップは地方創成の切り札となり得る。

2.日本におけるスタートアップ支援の現状

 米中や欧州、インド、イスラエル等に比べると出遅れてしまった日本も、ようやくスタートアップ支援に本腰を入れて取り組み始めている。岸田政権は2022年を「スタートアップ創出元年」であると宣言し、スタートアップ担当相を設置。「スタートアップ育成5か年計画」を策定して包括的な支援策を取りまとめた。
 そのような国の動きに連動する形で、諸外国に比べて見劣りしていた投資金額も伸びを見せている。スタートアップ情報プラットフォーム「INITIAL」によると、2022年には国内資金調達額が8774億円と過去最高を更新した。
 全国各地でもスタートアップ支援の動きが広がっている。中でも、政府により「スタートアップ・エコシステム拠点都市」指定された都市圏においては、起業家やVCはもちろん、大学や地方銀行、地域企業も巻き込んでスタートアップを育成し、オープンイノベーションの推進を図るエコシステム(生態系)形成が進んでいる。今回研修を行った浜松市も、「Central Japan Startup Ecosystem Consortium」として愛知県及び名古屋市と連携する形で、全国で4か所のみとなるグローバル拠点都市に認定された。
 では実際に浜松市においてどのようなスタートアップ支援が行われているのか。次章で説明したい。

スタートアップ・エコシステム拠点都市一覧(出典:JETRO HP[2]

3.浜松市におけるスタートアップ支援の取り組み

 静岡県西部に位置する浜松市は人口79万人の政令指定都市であり、中部地方では名古屋市に次ぐ人口を誇る。ホンダ発祥の地にして、スズキやヤマハなどの製造業大手本社が立地しており、伝統的に二次産業が盛んな都市である。一方で、EVシフトやDXなどのトレンドの中、このまま既存産業に頼るだけでなく、かつてのような創業のまちとして新たな産業を創り上げていく必要があるのではないかという危機感も存在し、そのような背景から国に先駆けてスタートアップ支援政策に取り組んできた。
 浜松市のスタートアップ支援策の中でも特に注目すべきは、2019年より開始された「ファンドサポート事業」である。イスラエルの制度を参照して生まれたこの制度は、市が認定したVCによるスタートアップへの投資に対して、市が同規模の金額を交付金として追加で支給するという仕組みである。常に厳しい資金繰りを強いられるスタートアップにとっては心強い資金調達源となり、VCにとってもスタートアップの成長資金が増えることは自らの利益となり、浜松市としてもVCの専門的知見を活かした産業育成を行うことができる。条件として浜松市内での拠点登記と人材雇用を必須としているため、浜松市外のスタートアップの誘致にも繋がっており、殆どのスタートアップが東京に一極集中している現状においても、地方都市への誘引を促すことができる起爆剤となっている。浜松市が全国で初めて実施したこの制度は、浜松市がスタートアップに注力するまちであることを内外に印象づけた。現在は市内外で100社以上のスタートアップを育成し、市内スタートアップに対して年間50億円規模の投資が行われる、全国でも指折りのスタートアップ都市となるきっかけとなった。

ファンドサポート事業の仕組み[3]

 また、浜松市におけるスタートアップ支援は資金調達だけにとどまらない。サービス業が集積する中心市街地だけでなく、工業団地や農業エリアが広がる市内近郊、そして浜名湖や天竜川、南アルプス等における農林水産業や観光産業も盛んな、まさに「国土縮図型都市」であることを生かし、スタートアップに実証フィールドを提供する「実証実験サポート事業」。市内スタートアップコミュニティを構築・深化させるべく開催される毎年の恒例行事「浜松ベンチャー連合」。近隣の8市1町を巻き込み、広域で課題を共有して合同のスタートアップイベントを開催する「遠州広域連携」。幅広い取り組みが多層的に行政主導で行われ、スタートアップ・エコシステムの発展をもたらしている。

市内外からスタートアップ関係者が一堂に会する「浜松ベンチャー連合」の様子

4.地方におけるスタートアップのこれから

 浜松市スタートアップ推進課における研修を通して、国ではない、地方ゆえのスタートアップ支援の優位性をいくつも発見した。
 第一に、国に比べて小さい分、アジャイル、つまり、スピード感をもって新たな施策を打ち出せる点である。資金やマンパワーでは国に劣るかもしれないが、その分関係者が少なく、施策の見直しも行いやすい。役所内の部署をまたいだ連携がとりやすいのもポイントである。
 第二に、現場が近い点が挙げられる。実際にビジネスに挑戦する起業家や支援機関の人々が目の前におり、ビジネスが行われるフィールドが目の前にあり、リアルなニーズや課題を把握しやすい。国はどうしても現場が遠く、全国に画一的な政策を打ち出さざるを得ないが、地域による支援はひとつひとつのニーズに向き合うことができる。実証実験における漁協との調整など、意外な要素がボトルネックになりがちなスタートアップビジネスにおいて、現場が近くコミュニケ―ションが取りやすいことのメリットは大きい。
 第三に、大学や地方銀行、地域企業との連携が取りやすい点である。プレーヤーとしての「産」、ルールや補助金を通した支援を行う「官」、人材や技術を提供する「学」、ビジネスのガソリンたる資金を供給する「金」の産・官・学・金連携が行いやすいのは、日頃から様々な形で人間関係を構築し合える地方都市ならではではないか。東京では参加者が多すぎてキーパーソンが分かりにくいこともあるが、地方都市であれば鍵となるポイントが見えやすく、その分物事も進みやすい。
 一方で、課題も存在する。まず、スタートアップを生み出す上で必須である資金や人材が圧倒的に不足している。海外からの供給を図るにしても、東京や他都市との差別化が求められるが、明確に差別化したうえで発信まで行うのは非常にハードルが高い。結果、人材やノウハウの不足から東京本社のコンサルタンティング会社に外部委託するケースが多いのが現状である。そうなれば、せっかくの地域のお金が域外に流れてしまう。今は仕方なくとも、徐々に地域の人材を主軸に企画・運営を行えるような自力を身につけていく必要がある。
 また、属人性も課題である。浜松市だけでなく、スタートアップ政策で先進する福岡市や広島県、神戸市などにも言えるが、首長のリーダーシップが牽引している部分も大きい。民主主義国家である以上、同じ首長が永遠に引っ張り続けることは難しい。加えて、役所内の人材も、公務員であるがゆえにジョブローテーションからは逃れられない。シリコンバレーも深センも、エコシステムとして確立するには20~30年を要した。国のトレンドに左右されず、中長期的に腰を据えた支援を継続するにはどうすれば良いか。「地方×スタートアップ」の可能性を最大限生かすためにも、今後の研修を通して探求を深めていきたい。

鈴木康友浜松市長(右)と筆者
お世話になったスタートアップ推進課の皆様とともに

注)

[1] 内閣府科学技術・イノベーション推進事務局「スタートアップ・エコシステムの現状と課題」( https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/innovation_ecosystem/4kai/siryo2-1.pdf

[2]https://www.jetro.go.jp/invest/investment_environment/whyjapan/ch2.html

[3]https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/hamact/support/fund-support.html

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伊崎大義の論考

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Taigi Izaki

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第42期

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