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研究実践活動報告Ⅳ
~韓国・ソウル特別市における外国人政策の現状について~

 本稿では、韓国・ソウル特別市における外国人政策について行ったヒアリング・視察をもとに、その内容と研修成果をまとめる。日本において少子高齢化が深刻化する中、労働力不足を補うための外国人労働者受け入れや、多文化共生の推進が重要な課題となっている。日本と同様に急速な少子高齢化に直面した韓国は、これに対応するため、日本よりも一足早く移民の受け入れに舵を切った。特に2000年代以降、韓国は外国人労働者の受け入れ拡大や、多文化家族への支援など、移民政策を積極的に展開している。本稿では、韓国の移民政策を現地で調査した結果得られた知見をまとめ、それを日本の今後の外国人政策に活かすことを目的とする。

1.韓国における外国人政策の背景と研修意図

 OECDの中でも特に低い出生率にみられるように、日本と同様韓国も少子高齢化による労働力不足という社会的課題に直面している。
 韓東勲(ハン・ドンフン)法相(当時)は2023年12月6日、「移民政策を取り入れるかどうかについて悩む段階は過ぎている。取り入れなければ、国家消滅の運命は避けられない。出生率を上げる努力も強化するが、時間や規模を考え、それだけでは解決できないことを認める必要がある」と発言し、深刻な韓国の労働力不足に対応するために移民受け入れは必須だと主張し、移民庁の新設を訴えた[i][ii]
 急激な少子化による人口減に危機感を強める韓国政府は、移民受け入れに本腰を入れ始めており、外国人住民との共生を視野に様々な施策を行っている。実際、外国人比率はすでに日本の倍近い約5%[iii]となっており、今後さらに拡大するとみられる。ただ、移民受け入れへの国民的合意が成立しているわけではなく、住民の間に存在する外国人排斥感情も解消されていない。政府の意図による「トップダウン」の政策の社会的影響は不透明であり、今後韓国社会がどのように変容していくのか、注視していく必要がある。

 
 韓国政府は、外国人労働者の受け入れを円滑に進め、「雇用許可制(EPS)[iv]を導入し、不当な仲介業者を排除しつつ、政府主導で適正な労働環境を整えている。また、移民の社会統合を目的とした社会統合プログラム(KIIP)[v]を設け、韓国語教育や社会適応教育を通じて、移民の生活基盤を支援している。しかし、韓国社会における移民の受け入れは、主に労働力確保を目的としたものであり、移民の定住や社会統合に対する国民の意識は依然として低い傾向にある。移民に対する偏見や差別の問題、多文化家庭の子どもたちの教育支援の遅れ、低賃金労働や劣悪な労働環境に直面する外国人労働者の増加など、社会統合の面で克服すべき課題は多く残されている。
 韓国の成功事例と課題を整理し、日本に応用できるポイントを明確にすることで、特に移民の社会統合をどのように進めるべきか、また、移民を労働力としてだけでなく、社会の一員として受け入れるための施策について深く考察する契機としたい。

2.韓国における移民の複合的な支援と研修所感

 【訪問先:トンブ外国人住民センター 、ソウル市庁多文化担当課、ソウル移住女性相談センター、ソウル外国人住民センター、ソウル青少年支援センター、ソウルグローバルセンター、労使発展財団、日本大使館経済課、移民政策研究院】
 文字数の関係上、ソウル市内における以上の施設を訪問した中でも、特に生活支援に絞り得られた知見についてまとめる。本研修にあたり、特にお世話になったソウル市庁多文化担当課が、ソウル市の条例に基づき主に外国人住民センター、ソウル移住女性センター、ソウル青少年支援センター、ソウルグローバルセンターを通じて多岐にわたる外国人支援を行っている。
 外国人住民の多くは最寄りの外国人住民センターで生活に関わる事柄についての支援を受け、相談を行うことができる。これらの住民センターは、現場のスタッフに大きな裁量を持たせる形で運用がされており、現地の外国人住民の民族構成やニーズによって支援の内容は大きく異なる。生活支援の他、共通して言語習得支援、文化体験が行われているが、中には韓国人住民支援センター(住民票を受け取ったり、福祉サービスを受けられる)の2階に外国人住民センターを設置し、ビザ関連の支援を行う等、既存の施設を活用する形で連携を強化することで、国民となるべく同様の支援を受けられるよう配慮と効率化がなされているセンターも存在した。
 特に力を入れて医療支援を行っているトンブ外国人住民センターでは、1000万円以上の寄付を集め購入した機材で歯科治療を提供している。外国人住民の中には保険に加入しておらず、適切な医療を受けられないものも多いという。スタッフは社会福祉士の資格を有しており、生活から住宅探し、雇用主とのトラブルまで多様な相談に乗るが、職務はそれに留まらず、積極的に財団や市民団体、企業に呼びかけ支援物資や資金を調達しながら職務を遂行している。
 激務を理由に「想いが無ければとてもではないが務まらない」と口にする者も多かった。「今、最も必要な支援は?」と問うと、「住宅支援」との答えが返ってきた。限界がある中でも生活支援を行うことはできるが、そもそも外国人に提供できる賃貸住宅の数が不足しており、劣悪な居住環境や高い家賃に支援する側としても苦労しているという。
 住宅センターの運営予算は、上昇傾向にあるが、組織再編や市長交代などでの方針変換の影響は免れない。現在は、韓国政府として外国人住民を受け入れる方針を採っており、移民政策を推進していることからも今後の支援拡大は進みそうだ。しかし、一つのセンターの予算は限られており、こうした職員の地道な資金獲得の工夫や資材のやりくりがコスト以上のパフォーマンスを生み出しているように感じた。

 次に、ソウル青少年支援センターの活動をまとめる。ソウル青少年支援センターでは、言語習得を通して未成年の教育・社会適用支援を行っている。彼ら青少年は「選択してこの国に来たわけではない」との所長の言葉が印象的であった。親の仕事の都合等で韓国を訪れ、学校に入学する前の事前準備支援や、学校に通いながら補修的に言語支援を受ける他、学校になじめなかった児童の居場所としても機能している。
 センターは4人のスタッフで運営されており、現状では韓国に一つしかない状況だ。言語教育の根幹は児童の自尊心にも関わる重要な政策だ。なぜなら、児童は母国での慣れ親しんだ環境を離れ、友達、学業的達成、遊び等その子の生活の中で築き上げたすべての資産(その子にとっての全世界ともいえる)を放棄し異国に来ている。そこでは、「言葉が分からない」というだけでまるで自分が赤ん坊に戻ったかのような無力さを感じながら、0から新たな生活を築かなければならない。
 ソウル青少年センターでは、児童だけでなく、親にその子との接し方をアドバイスし、親子参加での文化体験を開催する他、親子/児童のみでのカウンセリングを提供する等、心理的な支援にも踏み込んでいる。
 その国で外国人をどのように受け入れていくかの指標として、いわゆる「移民の子ども」とどう向き合い、どのように処遇していくかに、移民受け入れの真剣度が表れていると感じた。

3.終わりに

 本研修では、特に外国人住民数の多い韓国・ソウル特別市の政府機関、外国人支援施設等を訪問し、政策の実施状況や現場の課題について現地調査を行った。政策担当者や現場の支援者との意見交換を通じ、韓国の成功事例と課題を整理し、日本に応用できるポイントを明確にしていく中で、特に移民の社会統合をどのように進めるべきか、また、移民を労働力としてだけでなく、社会の一員として受け入れるための施策について深く考察する契機とすることができた。また、課題の一つに、外国人の中でも強いコミュニティを持つ者とそうでない者の間に情報格差があると考えた。今回のヒアリングの中でも、20年以上韓国に居住していながら、外国人住民センターの存在を知らない等、入国の時期によっても支援が行き届いているかどうかで違いがあることが分かった。将来的に外国人労働者が高齢化してくると、必要な支援も変容していくだろう。
 本研修の意義は、韓国の経験を参考にしながら、日本がより包括的で持続可能な移民政策を構築するための指針を得ることにあり、単なる労働力確保にとどまらない、移民の社会統合を見据えた政策の在り方を探求し、日本に適した多文化共生の仕組みを考えることにある。本研修で得られた知見を活かし、日本の移民政策のより良い展開に貢献できるよう、引き続き考察を深めたい。

引用文献

[i] 毎日新聞2024/1/31 05:31(最終更新 2024/2/11 18:55)『トップダウンで「移民国家」へ政策変更する韓国 否定世論も根強く』
https://mainichi.jp/articles/20240130/k00/00m/030/093000c
, (最終閲覧:2025/06/09)

[ii] 外国人政策を統括するものとして法務部による출입국·외국인정책본부(出入国・外国人政策本部)が置かれている。(2025/06/09現在)

[ⅲ] KBS WORLD JAPANESE 2025/03/05 09:42(最終更新2025/03/05 09:48)『韓国の人口100人中5人が外国人 過去最高』
https://rki.kbs.co.kr/service/news_view.htm?lang=j&Seq_Code=89545
,(最終閲覧:2025/06/09)

[ⅳ] 韓国の雇用許可制は、国内労働市場で労働市場テストを行った後、必要な労働力を調達できなかった企業が外国人非専門人材を合法的に雇用するための制度。韓国政府によって管理され、2004年の導入後も滞在期間の延長や雇用許容業種の拡大などの改編が行われている。雇用許可制はブローカーの排除に成功し、高い評価を受けている。(2025/06/09現在)

[ⅴ] 社会統合プログラム(KIIP:Korea Immigration & integration program)は、法務部により無料で開講され、外国人登録証があれば誰でも受講可能。移住者が韓国語・韓国文化により早く慣れることで国民との円滑な意思疎通を行い、地域社会へ融和しやすいように支援するプログラム。永住権取得の必要項目に設定されている。(2025/06/09現在)

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