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「知己」から考える経営観
~株式会社ワコールでの経営実践研修活動報告Ⅱ~

(ジパング) 本レポートでは、株式会社ワコール[i]での2024年5月末から12月中旬まで、約7か月間にわたる経営実践研修での学びと、業務を通して「経営の要諦」について自分なりに考えたことをまとめる。
 はじめに、前回の『「知己」から考える経営観~経営実践研修活動報告Ⅰ~』に引き続き、人事部にて携わらせていただいた業務内容について簡潔に述べた後、7か月間の研修の総括としての学びをまとめ、経営実践研修の最終報告とさせていただく。

1.各担当課での研修内容について

DE&I・ウェルビーイング担当課での業務について 
 DE&I担当課(従業員の多様性を活かすべく、多様なキャリアパスや働き方の選択肢を拡充させるほか、新しい人材施策の導入を進める課)では前半の3か月に引き続き他企業との人事交流や情報交換を行い、ワコールならではのDE&Iについての考えを深めた。
 社内外での情報交換や勉強会を行う中で、ワコールに限らず組織のDE&Iを推進する上ではリーダー層にある人物像の多様性が重要なのではないかと考えるに至った。
 関西企業の交流会でDE&Iに関するディスカッションを行った際、女性管理職比率の全体的に低い日本企業において、課題の背景には女性の昇進意欲の低さもあるのではないかと話題に上がった。
 実際に、昇進することで「責任を負いたくない」、「(マネジメント業務を担うことで)今よりも負担が増える」、「そもそも(昇進を考える以前に)育児や介護との両立が困難」といった声もあり、女性社員が昇進試験を受けるよう促すための研修を行っている企業もあった。これらの声の裏側には、(既存の女性マネージャーをみて)「あそこまで私生活を犠牲にしたくない」、「あぁはなれない」といった本音があるようだ。
 性別にかかわらず、組織のトップ人材が画一的なリーダーの在り方を発信するのではなく、ロールモデルとしても多様であることが重要なのではないだろうか。そのうえで、多様な生き方や働き方を支える社内環境を整備することが、組織内でのDE&Iを前進させるのだと考える。

戦略・人事DX担当課での業務について 
 経営実践研修の後半期間は、主に戦略・人事DX担当課(多様なキャリアパスや働き方の選択肢を拡充させるほか、新しい人事評価制度の導入を進める課)にて社内制度の制定業務に関わらせていただいた。至らぬ点も多くご迷惑をおかけしたが、社会人経験のない私に主体的にプロジェクトを運営するよう任せてくださり、社内制度の企画・構想段階から社内調整、労働組合との窓口対応、協定までの段取りを経験できたことは非常に有益な学びになった。
 社内制度の具体的な内容に言及することは避けるが、流れとして個々の社内制度や人事施策がいかに経営層の考えを反映し、経営方針を具現化していくものであるかを明示することが、社内制度の浸透に大きな役割を果たすことが分かった。
 特に苦労した点として、11月に発表された中期経営計画の修正を受けて不安定な社内環境に本社内制度がどう寄与するのか、なぜ今その施策を打たなければならないのかを労働組合に説明し、理解をしてもらうことがあった。株式会社ワコールでは人事施策の制定に際し労働組合との議論を重ね、労使相互の納得感を非常に大切にするようであった。そのため私の携わらせていただいた社内制度に関しても、そもそもの制度の存在意義から社内の受け入れ風土や制度活用に対する見通しとその効果について特に重点的に議論を重ねた。
 結論として、本社内制度は当初予定から時期をずらしての導入となり労使協定の場に立ち会うことはできなかった。しかし、本研修を通してチームで仕事をすることの大変さとやりがいを実感し、責任感をもって仕事と向き合う姿勢を学べたことは大きな財産となった。

2. 経営実践研修を終えての所感

 長期にわたるワコール人事部での研修を終え、まさに松下幸之助塾主(以下、塾主)の「事業は人なり」[ii]という言葉が心に浮かんだ。当たり前のことだが、「会社」といっても事業を構成し、運営しているのは人であることを実感した。従業員ひとりひとりの貴重な時間と労力を事業に割き、働いてもらうということの重大さに圧倒されつつも、創業から事業を育て上げる「経営」という行為のもつ意味について考えさせられた7か月間であった。
 私の考える経営の要諦とは、「事業は人なり、鍵は知己なり」ということである。部外者である私が、社内制度を考えるうえでは常に「この制度がこれからのワコールにとってどのような意味をもつのか」、「社風に合っているか」、「現場で求められているニーズに的確に応える制度に設計できているか」、「時代の流れや、お客様のもつ社会的期待といった社外環境に照らしてどうか」といったことに悩み、考えていた。
 そんなとき、指針になったのが創業者宅に掲げてあった塚本幸一氏直筆の書、「知己」という言葉であった。検討している社内制度が時代の流れに反していないことはもちろん、社内で求められ、かつ経営方針や理念を具現化するような社内制度でなければならない。人事部として全社に発するメッセージとしての社内制度を考えるうえで、重要なことは事業を構成する「事業」とそれを構成する「人」を知りつくすこと、すなわち事業のおかれた状況や従業員の考え、現在の社内の雰囲気、社風や現場の課題について現実をありのままに受け止め、認識することだと分かった。
 また、「知己」を心掛け、会社のおかれた状況や現場の実態を懸命に読み取ろうとするなかで、どこまでいっても人対人の営みの中で物事が動いていくのだということを痛感した。だからこそ人情の機微を知り、人間を知ることが大切なのだという塾主の言葉[iii]が、より一層の重みをもって理解できた。VUCA時代[iv]といわれる先の見えない現代においても、人間を知り、己(事業)の強みと弱みを知り尽くすことで、必ず答えは見えてくるのであり、そこにこそ会社の将来を創るヒントが隠れているのではないだろうか。

3.終わりに

 松下政経塾入塾直後の経営実習から始まった、一連の経営研修を通して、自分は 「経営」を通してどのように社会に貢献したいのか?ということについて、より具体性をもって考えることができるようになった。
 松下政経塾の建塾の理念でもある「国家百年の計をたて、その実践者となる」ことを目指す上では、進む分野にかかわらず、組織なり事業を「経営」していく必要があるだろう。
 
 自分ひとりでは何もできない現実を前に、自分はどのようにその道を歩むのか、自問しながらの経営実践研修であった。“If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.”というアフリカの格言[v]にもあるように、他者の力を借りなければ何も実現できないが、人を巻き込んでまで実現したい理想社会とはどのような社会なのだろうか。自分が実践者として「何をするか」以前に、自分の理想とする社会の解像度を上げ、そのビジョンを支える独自の哲学をもつ必要があると痛感した。要するに、経営という行為を通じて「自分は何者なのか」が常に問われるのである。自己と向き合い、先ず以て人の信頼に値する人間になることができるよう、日々の研修に全力で挑みたい。
 
 最後になりましたが、この度の経営実践研修実施にあたり株式会社ワコールの人事部、社長室をはじめ、他にもたくさんの部門の方々にお世話になりました。紙面の都合上、他部門での詳しい研修の内容については割愛させていただきましたが、様々な方のワコールという会社に対する熱い思いや、お仕事に対する姿勢に触れさせていただき、非常に実り多い研修となりました。未熟な私にご指導ご鞭撻を賜り、研修にご協力をいただいた皆様に、心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。

参考文献

塚本幸一(1996) . 『貫く:創業の精神』 . 日本経済新聞出版 .

塚本幸一(1992) . 『乱にいて美を忘れず―ワコール創業奮闘記』 . 東京新聞出版局 .

北康利(2023) . 『ブラジャーで天下をとった男 ワコール創業者 塚本幸一』 . プレジデント社 .


[i] 株式会社ワコール.“会社概要”.WACOAL HOLDINGS CORP.2023-03-31.
株式会社ワコール | ワコールグループについて | ワコールホールディングス (wacoalholdings.jp) ,
(参照2024-03-22)

[ii] 松下幸之助(1977).『私の人の見方・育て方―人事万華鏡』p.1.PHP研究所.

[iii] 松下幸之助(2014).『人生心得帖/社員心得帖』.PHPビジネス新書.

[iv] 『日本の人事部』編集部.“HRペディア「人事辞典」VUCA”.日本の人事部.2023-08-29.
https://jinjibu.jp/keyword/detl/830/ ,
(参照2024-03-22)

[v] Bushiri Elie. “July 2022 African Proverb of the Month
If you want to walk fast, walk alone. If you want to walk far, walk together.
Agaw (Eritrea and Ethiopia) Proverb and Burkina Faso Proverb”. AFRIPROV.ORG.2022-07.
July 2022 African Proverb of the MonthIf you want to walk fast, walk alone. If you want to walk far, walk together.Agaw (Eritrea and Ethiopia) Proverb and Burkina Faso Proverb – African Proverbs, Sayings and Stories (tangaza.ac.ke),(参照2024-03-22) 

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