活動報告

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研究実践活動報告Ⅰ

はじめに

(ジパング)本レポートは、2024年4月からの実践課程研修期間における活動をまとめ、その内容を報告するものである。はじめに、目指す社会ビジョンと課題認識について簡潔に述べ、それに対する3か月間の研修成果をまとめる。最後に、当該期間における研修を終えての課題と今後の研修の方向性について検討する。

目指す社会ビジョン

 私の目指す理想の社会像は、「誰もが自尊心をもち、生き生きと幸福を追求できる社会」である。この言葉は、私が松下政経塾入塾当初より「志」として掲げているものだが、非常に抽象度が高いため少し補足する
 私がこの志をもつに至った原体験として、幼い頃からの海外在住経験がある。多文化主義を採用するカナダと、移民受け入れにより経済発展を遂げたシンガポールでの経験だ。両国での体験が、未熟ながらも私の中での異文化コミュニケーションや多文化共生の在り方に一つの視座をもたらした。帰国後、日本社会の相対的に高い同質性の中で育つうち、外国人の日本移住における課題や共生の在り方に関心を持つに至った。
 現在、少子高齢化の進む日本において、移民受け入れの可否が実感をもって議論されている。一方で、政府は移民政策の存在を公式に認めていないにも関わらず、特定技能分野の枠を拡大し、2024年度から5年間の受け入れ人数を82万人とすることを決定した。本決定は、人手の足りない産業分野における労働力不足の解消を目的としているが、本来であれば日本における移民政策の是非についての本質的な議論が先にくるべきだ。
 スイス人作家マックス・フリッシュはスイスにおける外国労働者問題について「我々は労働力を呼んだが、やってきたのは人間だった(“Wir riefen Arbeitskräfte und es kamen Menschen.”)」と語った。この言葉が示唆するように、一時的であれ長期的であれ日本に滞在し、社会生活を送る「外国人」は新たな隣人となるのである。さらに、改定入管法に伴う難民申請者に対する対応の変化についても同様に検討する必要があり、日本に暮らす外国人を取り巻く社会環境について、長期的かつ一貫した方向性を明示する必要があるだろう。
 話を私の志に戻すと、私は日本に暮らす誰もが(それが日本人であれどこかの国からきたどのようなバックグラウンドをもつ人であれ)、自らのアイデンティティ(言語、性自認、ルーツ、文化、生活様式など多岐にわたる)を表明する意思を妨害されず、多様な「個」のままでいられる社会を実現したい。この前提にたち、国民国家である日本が移民政策をとるということが国内外において如何なる意味をもつのかを追求し、他国の移民政策・社会構成との差異を見出すことで外国人と日本人双方が互恵的に調和関係を築くための長期的なビジョンを構築することが、私の在塾中の主な研修テーマである。

研修成果と課題

 上半期における研修では、①課題認識の深化②解決の方向性を示し、実践することを念頭に、研修計画を立てた。①について、膨大に思える課題を整理し、市民団体から政府まで、アクター毎に求められているニーズと全体像の把握を目指す。②について、現段階における仮定を整理し、仮説にまで押し上げることを目指す。さらに、ビジョンの実現に向けた実践的な試みとして、いくつかのプロジェクトを考案した。
 以下、上記を踏まえての3か月間の研修内容と成果をまとめる。

①【多文化共生社会における国家アイデンティティの追求】
数ある検討課題の中でも、まずは共生社会において日本国民が大切にしたい価値とは何なのかを知るために、想定される課題とその解決方針を社会実装する上での精神的基盤となる思想・価値観を探った。特に柳宗悦が晩年研究を重ねた「不二」思想[i]に関して知見を深めるため、伝統工芸分野における技術革新の歴史や職人の方々と交流する中で、伝統技術だけでなく彼らの生活様式の中にこそ、一つの言葉では言い表せない「日本らしさ」が今もなお息づいていると確信した。同様に、修験道や禅修行においても、日本人が目には見えないものを感じようとする感性をもち、実利や物質的豊かさの追求だけではない、精神的な豊かさを重視する視点や、自然・他者との調和の中に自分がいるという緩やかな共生感覚が当たり前の感覚として保たれていることを改めて実感した。これらは西洋の「個」を基準とした世界観では言い換え不可能なものであり、外国人との相互理解を進める上での重要な社会的価値観となりそうだ。

②【映画製作を通じた共生の在り方の追求】
解決の方向性として、私自身が映画監督を志望していることから、映画製作を通じた新たな共生の在り方を模索している。4月からの3か月では、何よりもまず撮影機材の扱いに慣れることを目的に、映画監督をはじめとする映像業界のプロの方々よりご指導いただいた。短編映画を3本撮影する中で、完成までのプロセス自体にチームづくり、取材、交渉、言語化、編集等様々なステップが含まれており、苦楽を共に乗り越えて制作をすることで生まれる楽しさや絆が存在していることを知った。当初は、映画を通して日本の魅力、寛容や調和といった価値を発信することで、日本の国家としてのブランディングに貢献し、国内における多文化共生に対する社会的な視座を広げたいと考えていたが、作品制作の過程そのものにも価値が生まれていることを実感したことから、プロジェクトの着想を得た。

 今後の研修課題について、①に関し、実際に多文化共生の実践者としての様々なアクター・現場を視察し、多元的なニーズを理解する必要がある一方で、切り口を狭め、課題が具体的な方が伝わりやすいと考える。また、②に関し、制作する映像作品について法的なアドバイスを受けるなど、センシティブな内容であるだけに細心の注意を払う必要がある。研修の方向性としては、現場での学びの言語化と映像企画化・具現化を繰り返し、学びを深めていきたい。

参考文献

マイケル・ウォルツァー『寛容について』(みすず書房、二〇〇三年)

広渡 清吾/大西 楠テア(編)『移動と帰属の法理論-変容するアイデンティティ』(岩波書店、二〇二二年)

永吉希久子『移民と日本社会-データで読み解く実態と将来像-』(中公新書、二〇二〇年)

柳宗悦『工芸文化』(岩波書店、一九八五年)

平田精耕『現代語訳碧厳集』(大蔵出版、一九八六年)

植木雅俊『サンスクリット版全訳現代語訳維摩経』(角川ソフィア文庫、二〇一九年)


[i] 仏教思想における不二法門。相対差別を超えた絶対平等の教え。

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