論考

Thesis

国際的な対テロ防衛態勢を ~テロ現場より~

歴史に刻まれる2001年9月11日

 アメリカ人は、今、悲しんでいる。自分達が信じ、創り上げてきた自由、デモクラシー、多様性を認めるオープンな社会、生まれや肌の色にかかわらず、努力する者にはチャンスを与える社会が一部の人々によってまだ理解されず、一般市民に卑劣な暴力によって悲劇の死をもたらしたからである。卑劣な無差別テロの犠牲者となった市民たちに一体、何の罪があるというのか。そして、市民を守ろうとして火中に飛び込んで命を落とした消防士、警察官たち。愛する妻や夫、子供をもつ市民たちである。多くのアメリカ人は涙を流し、胸を痛めている。

 9月11日のテロ発生当時、私はホワイトハウスの近隣のビルにいた。セミナーが突然、中断され、講堂のスクリーンに世界貿易センターが攻撃されるCNNの生映像がリアルタイムに映し出された。皆、唖然とし、友人達の中には、泣き崩れる人たちもいた。そして、一斉に緊急避難命令が出た。

 ハイジャックされた飛行機の一機は、ホワイトハウスを狙っていたと言われる。しかし、機内でテロリストと格闘した勇敢な乗客のおかげで、ホワイトハウス、ダウンタウンDCで働いていた人々(私自身も含めて)は助かっている。

人類共通の脅威である卑劣なテロ

 冷戦時代までの国家対国家の戦争ではなく、対テロの時代に入っていることを今回の事件はまざまざと物語っている。テロ集団は地球規模のネットワークで組織され、世界中に潜んでいる。オウム真理教事件や冷戦時代以上に、その対応策・管理が難しくなってきており、この対テロ戦争は長期戦の様相を呈してきている。

 あまりに急速に進んだグローバリゼーションがもたらした負の側面をどうするか、諜報・インテリジェンス活動の見直し等々、再考すべき重要課題を世界に露呈するには、あまりに多くの市民の犠牲者を出してしまった。アメリカやグローバリゼーションに対する憎悪だとしても、「不特定多数の無実の市民」を狙った卑劣な無差別テロ・暴力は絶対に許されることではない。テロは、明らかに人類に対する共通の脅威であり、重大な犯罪行為である。われわれはこのようなテロの再発を防ぎ、犯罪者を裁き、狂信的な武装テロ集団は撲滅されなければならない。

国際的な対テロ封じ込めを

 「武力行使を含むあらゆる必要な措置」を講ずることを上下両院から受権されたブッシュ政権は、着々と外交、軍事両面から世界規模でテロリスト包囲網を構築しつつある。いずれにしても、アラブ世界も含め、国際社会は「対テロ連帯」でほぼ一致している。ブレジンスキー元安全保障担当大統領補佐官によると、「問題は、どのようにして野蛮な国際テロ組織の動きを封じ込めるか」である。また、長島昭久・元外交問題評議会上席研究員も、「『報復』ではなく、より正確には、悪質な国際テロを封じ込める、つまり彼らにこれ以上の跋扈(ばっこ)を許さない『予防』措置をいかに効果的に国際社会が行うかが問題」と述べている。

問われる日本の対応

 まず第一に、「第二次テロ攻撃」から「国民の生命財産」を守る。次に、国際的な「対テロ封じ込め」に向け、日本として、米国をはじめ国際社会が国連安保理決議1368号に基づいて行う「予防」作戦に、自由・民主主義社会、同盟国の一員として毅然と積極的に関与すべきである。後方支援による参加はその明確な表れである。米国に対し、国際社会のコンセンサスを得やすい「冷静な対応」を求めるにしても、こうした国際努力の輪の中に入らなければ、日本の政策的な影響力を働かせることはできない。「リスクも共有しないで外野からいかに『理想論』をぶち上げてみても空しく響くだけである。」(長島昭久氏)

 世界から多大な恩恵を受けて育ち、貿易立国である日本が、人類共通の脅威である野蛮なテロ集団が跋扈している現実を「対岸の火事」「被保護者」としてしかとらえていなければ、日本・日本人は世界から信頼されなくなり、日本の繁栄もさらに遠くなる。

「文明の衝突」にしてはならない

 日本のパール・ハーバー爆撃後、第二次世界大戦中、日系アメリカ人はアメリカ社会で偏見と差別にあった。今回のテロ事件後、イスラム教徒というだけで、無実の人々が嫌がらせにあわないよう、アメリカ国内では、人々は警戒している。イスラム教徒イコール狂信的テロ集団ではなく、今回の卑劣な行為は、イスラム教の教えにも反していると言われているからである。この事態の中、安易に「文明の衝突」と掻き立てるべきではない。刑罰を受けるべきは、一部の狂信的テロ集団である。犯罪者である卑劣なテロ集団と一般市民を一緒にしてはならない。

 今後、パレスチナへの貧困脱出のための経済援助、イスラム世界との相互理解を深める市民の啓蒙・教育などを通じ、中長期的な「文明の調和」をもたらす方策を探らねばならない。

自分が何をできるか ~ボランティアの精神

 ケネディ大統領の言葉に “My fellow Americas, ask not what your country con do for you, but ask what you can do for your country.(アメリカ国民の皆さん、国が皆さんに何をしてくれるかではなく、皆さんが国に何ができるかを問いて下さい)” とある。この自発的な共同体・相互扶助・ボランティアの精神は今でも脈々とアメリカ人に根付いていることを、私は今、まざまざと感じている。

 テロ発生からこの10日間、会社や街角、病院、ショッピングセンター、コンビニなど至る所で市民のボランティアの光景を見かける。彼ら/彼女らの皆が、中東問題に詳しいわけではないのだろう。しかし、それぞれが犠牲者に哀悼の意を捧げ、自分達ができること、献血・献金・祈り等をし、コミュニティ意識をもって、お互いを支えあい助け合ってこの悲しみを乗り越えようとしている。有名人も名もなき一般市民も、お年よりも若者も、大金持ちも貧乏人も、共和党員も民主党員も、白人も黒人もアジア人も、クリスチャンもユダヤ教徒もイスラム教徒も。有名なロック・シンガーは歌をもって、有名なハリウッド・スターは、テレビで献金を募ることによって。

 彼ら/彼女らは、何も政府が言っているから、会社や上司に言われたから、学校の先生に言われたから、世間の目があるからといった次元で、星条旗を掲げたり、ボランティアをしているのではない。肌の色や信条、国籍を問わず、目前で犠牲になっている人たちへ、人として行動している。そして、一人ひとりが信じ、歴史の中で勝ちとってきた自由、デモクラシー、多様な社会、夢を持ち追求することができる国、約束の地・チャンスの国が危険にさらされていることを我が身のことととらえ、党派を超えて団結し、自発的に、危機に立ち向かっている。アメリカ人一人ひとりがどれだけ深く、生命、自由、幸福追求の権利、そしてデモクラシーといった価値観・社会を日々の生活の中で大事にし、感謝し、守ろうとしているかを感じる。

2001年9月21日 ワシントンDCにて

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下斗米一明の論考

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Kazuaki Shimotomai

下斗米一明

第21期

下斗米 一明

しもとまい・かずあき

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

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