Thesis
11月下旬、米バイオテクノロジー企業「Advanced Cell Technology (ACT)」がどんな臓器にもなりうる万能(ES)細胞の材料としてヒトのクローン胚を作成することに成功した、と発表した。12月初旬、この人類の新しい問題について私は米国上院公聴会を傍聴し、ACTのウエスト社長兼最高経営責任者(CEO)の世界最先端の証言を固唾を飲んで聞き入った。
クローンやES細胞を巡る法的政治的方向性をどうするか、今年9月のテロ発生前、全米では最も熱い話題だったが、今回の発表により議員やマスコミの間での議論が再燃してきている。アメリカでは、ブッシュ大統領が21世紀初の大統領就任後、国民にテレビで直接語りかけた初めての大統領声明もES細胞の問題であった。
21世紀を通じ、今後、ヒトクローンの方向性をめぐる世界規模での議論、法的政治的議論が高まることは必至だ。今後、クローン胚は、子宮に戻すとクローン人間をつくることもできることから、各国で慎重な取り扱いが必要とされている。後手後手の失態を露呈した狂牛病ケースでも同様だったが、日本では、こうした新しい時代の課題や先例を政治・法的問題、中長期的な戦略的課題として捉える感度・認識力・議論が不足しているのは国際社会からみて非常に危険なことだ。
以前からクローン技術の研究を続けてきたACTのウエスト社長兼最高経営責任者(CEO)は、「法律ができれば従う」と言明したものの、米国で研究が禁止されれば他国に移す可能性も否定していない。また、同社の意思に関わらず「公表された技術を使ってクローン人間を作ろうとの試みは必ず出る」(シェルビー議員)との指摘も強く、議論が世界的な広がりを見せることは間違いない状況だ。
今回の米企業の発表は、移植用の拒絶反応のない臓器づくりに目的を限定している。しかし、ヒトでの成功という一歩踏み込んだ技術開発であるだけに、あらためて具体的な技術の進展に即応したかたちでクローン人間づくりに歯止めをかける国際的なルール作りを進めるべきだ。
クローン胚は、未受精卵の核を取り除いたあと、他のヒトの遺伝子が入った体細胞の核を移植してつくる。このため、移植用の臓器を作製する場合、現在、受精卵からつくっているES細胞とは異なり、個々の患者の遺伝情報がそっくり伝わるので、拒絶反応が起きにくい臓器ができることになる。
医療の面では、臓器移植後の拒絶反応に悩む患者らの救済につながることから、クローン胚を個体に戻さなければ使っていいのではないか、という声が医学界からあがっている。
米国の現行法では、ヒトクローン胚作成などは問題ないが、下院は今年、あらゆる目的でのヒトクローン研究を禁止し、違反者には刑事罰を科す法案を可決。ブッシュ大統領も当時、「倫理的な意志の表明だ」とコメントし、下院案を支持する姿勢を示していた。
ただ、上院では同法案が年内に審議される可能性は少なく、結論が出るのは来年以降となることはほぼ確実だ。ACTの成果が明らかになった11月25日、主要テレビの報道番組に出演した有力上院議員は相次いでこの問題にコメントしたが、「最終的にはすべての研究を禁止すべきだ」(シェルビー議員=共和党)との意見が出た一方、「人間複製には断固として反対するが、研究目的のクローニングは支持する」(ダシュル民主党上院院内総務)との考えも聞かれた。党派より、個人的な信条などで見解が分かれている側面が強く、先行きは不透明だ。
一方で、生命の萌芽である胚を操作することや、卵子を採取される母体への負担など倫理的な問題が大きい、とする見方も根強い。
クローン人間づくりを刑罰付きで禁止する「クローン技術規制法」を施行している日本では、この法律に基づき内閣府の総合科学技術会議でヒトクローン胚など特定胚の扱いについて近く最終的な答申を出す。その前段階の同会議生命倫理専門調査会の答申案では、ヒトクローン胚については倫理上の問題から当面禁止としている。
米国でもクローン人間全面禁止の法律案が下院で可決され、上院で審議中だが、この結果を待たずに企業からヒトクローン胚作製が発表されたのは、研究開発競争がそれだけ激しくなっていることをうかがわせる。
人類の福祉が前提にあるとはいえ、最終的にクローン人間をもたらす技術である。暴走を許さないためにも、どこで線を引くか、細部にわたる倫理的な問題点を検討した国際的なルールづくりと監視機構が必要だ。
Thesis
Kazuaki Shimotomai
第21期
しもとまい・かずあき
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター