論考

Thesis

政治を経営する ~研修を経て感じるこれからの政治の在り方〜

松下政経塾での初めての研修が、塾主・松下幸之助(以下、松下幸之助)の生涯や思想を学ぶ研究であった。当時は、松下幸之助の経営観を知識として得ただけであったが、福島をはじめ、日本、世界各地で実践活動を重ねてきて、改めて、松下幸之助の言葉の奥深さが自分なりに身に染みるようになった。今回は、その中でもとりわけ自分の志と直結する「政治を経営する」視点について、これまでの自分の研修と照らし合わせながら、見解を述べていきたい。

1、松下幸之助が唱えた「政治を経営する」

 松下政経塾とは、その名の通り、政治と経営を学ぶ場であり、松下政経塾生とは、政治や経営における実践者を目指す者たちが集う。政治とは、国家国民を対象とした経営活動であり、経営とは、長期的ビジョンを掲げ、社会の繁栄のために実践することである。

 私は、入塾してから、松下幸之助の「政治を経営する」という考えを学んだ。松下幸之助は、沢山の著書で「真の政治とは国家経営である」1と述べているが、政治分野を志す私にとって、政治の経営者とは何かとはずっと向き合い続けなくてはならない問いである。学びを得ていく中で感じた松下幸之助の経営思想とこれからの政治について、私なりにまとめていく。

2、経営とは何か

 松下幸之助の経営思想には様々な要素があるが、特に商売(販売店実習)、日本の伝統精神(茶道)、人間観(共同研究)の視点で述べていきたい。

(1)商売

ⅰ、商売の心得

 松下幸之助の考えを読み解く上で、大切にしたいことは、元々松下幸之助が商人ということである。一代で、松下電器(現在のPanasonic)を築き上げた商いのこころを読み解くことが重要だろう。

 松下幸之助は、9歳の時に小学校を中退し、故郷の和歌山を離れ、大阪・船場で過ごした。火鉢店で3か月間、その後五代自転車商会で5年あまり、主人五代音吉夫妻から頭の下げ方や言葉遣い、身だしなみ、行儀など、商人としてのイロハをみっちり仕込まれた。

 1968年に販売会社・代理店に向けて発行された『販売のこころ(松下電器産業株式会社・電池事業本部)』では、「商売とは、物とあわせて心をつくり、物とともに心を売り、そしてお金と共に心を頂く、つまり物や金が通い合うだけでなく、お互いのこころがその間に通い合うことが極めて大切である」と述べている。物だけが溢れる世界ではなく、物と同時にあたたかな心が育まれる物心一如の繁栄の重要性を説いてきたのである。物と心の繁栄によって、平和、幸福という人類最大の命題に行き着くことを示してきた。

ⅱ、販売店実習に学ぶ商売の心得

 私は、Panasonic販売店である神奈川県相模原の田所電機にて1か月間ほど研修をさせていただいた。2 田所社長から「商売をはじめるにあたり最初に取り組んでいた新規営業を体験してほしい」と言われ、12月の冬に一人相模原のまち中を歩き回った。

 自分でチラシをつくり、1件1件訪問したが、上手くいかない。ところが、だんだんと回数を重ねるごとに、どうしたらお客様から信じてもらえるのかわかるようになり、例えばジャンバーを着る際にPanasonicが目立つようにする、インターホンで自分の全体が写る位置に立つ、ドアを開けたタイミングではお辞儀した状態でいるなど、少しでも信用を得られるように、考えられる限りを手当たり次第実践した。新規営業で配布するチラシにも工夫を凝らし、まちの人に親近感を持ってもらえるように、お店の写真を目立つようにし、自分は電気のプロであり、まちのプロであると端的に紹介するようにした。

 
(写真)実際に販売店実習で筆者が作成した販売店のチラシ
左が改善前、右が改善後

 10日間で1000件以上まわり、合計8件の注文をいただいた。特に初めて注文をいただいた時のことを鮮明に覚えている。お客様に、「値段を安くできたら買う」と言われ、交渉できたことに喜びを感じ、「できる限り努力します」と伝え、社長に相談した。しかし、私はその場で社長から、「値段の意味を考えてね」と優しく諭された。この時、松下幸之助の「魂を入れた値段であれば20人の小僧さんの顔」3という言葉が頭をよぎった。

 これは、その値段の背景には、商品を生み出すために働いている人たちの顔を思い浮かべる必要があることについて描かれている。さらに、元々信託銀行員だった私は、先輩から「営業マンは、自分、事務の人、本社の人の3人分を最低でも稼がなくては会社が回らない」と言われたことを思い出した。

 相手に対して継続的に良いサービスを展開するために、魂を入れた値段であれば、それを理解してもらえる工夫をしなくてはならないと肌で感じた出来事であった。

(2)日本の伝統精神

ⅰ、日本の伝統精神とは

 松下幸之助の経営観を読み解く上で、欠かせない出来事は、第二次世界大戦である。終戦から一夜明けた1945年8月16日午前、大阪・門真にある松下電器産業(現パナソニック)の一室に幹部社員が集められた。松下幸之助が急遽、緊急事態に処するための「臨時経営方針」を語った。

 「今日は敗北のかたちではあるが、日本精神の本来の姿に立ち返ることにより、かえって将来の繁栄の基にしなければならないのである。」4

 松下幸之助は、この方針において、「日本の伝統精神」の意義を説いている。日本は、蒙古襲来も明治維新も、第二次世界大戦の敗戦も乗り越え、一度も滅びることなく現在に至っている。しかし、その二千年の歴史を通じ、日本人が一からつくり出した固有の文化は少ない。政治や社会のしくみ、宗教や思想、芸術、産業、衣食住など、そのもとは外国から入ってきたものである。

 松下幸之助は日本の伝統精神として、「衆知を集める」「主座を保つ」「和を尊ぶ」の3要素を挙げている。日本は、一からつくり出した固有の文化は少なくとも、海外の教えを上手く取り入れ、単に模倣するのではなく、日本独自の文化に昇華してきた。それが、茶道や禅などであり、今や海外から注目を浴びるものとなっている。こうした日本文化の姿こそ、主座を保ちつつ、広く世界に衆知を求めながらも和を重んじた日本人のよき伝統をあらわすものである。

 また、松下幸之助は、日本人のこころがあらわれるのは、茶道とも述べていた5。著書の中で、「茶の湯は日本人の心のふるさとである。茶の湯というものは非常に気分を落ち着かせるものである。あの茶室に入った時の気持ちほど楽しい時はない、と言ってもいいほどの和やかな安らぎ、余裕を感じさせてくれる。そしてゆとりというものこそ今日お互いにとって極めて必要なものではないかと思うのである。」と書かれている。

 数百年の伝統を持ち、その間にずっと心の落ち着きを養ってきた茶道には、日本人の心が宿っている。

ⅱ、茶道に学ぶ日本の伝統精神

 松下政経塾では1年目から茶道を習い始める。掃除の仕方、道具の扱い、作法など、全てが初めてであった。暗記で覚えることから始まったが、いつしか「お客様のための一杯」を差し上げるための過程であることに気づき、点から線へ、線から面へと広がっていく世界観を感じることができた。

 裏千家今日庵にて、第16代家元の坐忘斎千宗室お家元にお目にかかり、6「平生心是道」というお言葉を頂いた。平生心とは、平常心とも書き、単に動じない心を持つということではなく、むしろ揺れ動くのが自然な人間の心あり、ありのままの自分の姿を認め受け入れることが大切だということである。政経塾生として自分の道を究めていこうとする私たちに、自分の道が絶対だと思うことなく、沢山の学びを得た中で、本当に自分が大切にした一本の軸を探してほしいという教えを頂いた。

 また、靖国神社にて鵬雲斎千玄室大宗匠の奉仕による献茶式が執り行われた。7 第二次世界大戦にて、自らも海軍士官として特別攻撃隊員となり、自分の生死を目の当たりにした大宗匠が、靖国神社にて捧げる一杯のお茶に、命を懸ける覚悟を感じた。

 私は、茶道が好きである。しかし、こうした学びを経て反省したことは、「茶道をしている自分が好きだった」のではないかということである。お点前を覚えることができた、道具について知識を得たということに、どこか喜びを得ていた自分がいたのではないか。相手への最大限のおもてなしの心、そして、そのために自分自身の心を素直にすることを常に意識し、これからも茶道を学んでいきたい。

(3)人間観

ⅰ、新しい人間観の提唱

 松下幸之助が人間観を考え始めた背景には、敗戦による困窮・混迷の中、悲惨な生活を強いられている人々の姿を見て感じた切実な思いがある。人間に求められるものは何なのか、その答えを探し求めていた。

 「われわれが求めているのは、人間の繁栄・平和・幸福である。だとすれば、まず人間とはいかなる存在なのか、人間自身を知ること、人間の本質を極めることが何より大切なことではないか8。」

 1972年に提唱した「新しい人間観」9の中に、次の言葉が記されている。

「人間は、たえず生成発展する宇宙に君臨し、宇宙に潜む偉大なる力を開発し、万物に与えられたるそれぞれの本質を見出しながら、これを生かし活用することによって、物心一如の繁栄を生み出すことができるのである。」

 生成発展とは、日に新たを繰り返し、古きものが滅び、新しきものが生まれる意味である。今日でいうイノベーションに近い言葉である。人間は自らの知恵の働きによって、生成発展しつつある万物とそれを動かしている自然の理法を逐次認識できる本性をもっており、ただ認識するだけではなく、自らの生活の上に生かし、活用することができるということである。

 しかし、一方で、人間の弱さにも言及している。

「人間はつねに繁栄を求めつつも往々にして貧困に陥り、平和を願いつつもいつしか争いに明け暮れ、幸福を得ようとしてしばしば不幸におそわれてきている。」10

 人間は繰り返されてきた過ちの歴史を受け止めなければならない。それをも学びに変え、古今東西の先人の知恵を生かし、融合させ、最大の力を発揮させていくことが求められている。

ⅱ、共同研究に学ぶこれからの人間観

 共同研究11では38期全員で「2050年の日本のビジョン」について考えた。この際に、最も意識したことが、人間観である。

 現在の日本は科学技術や経済システムによって生活は非常に豊かになったが、一方で、高齢社会・過疎化など経験したことがない危機に陥っている。科学技術も経済システムも人間が生み出してきた道具であるが、道具を発展させることばかりに力を注ぎすぎた結果、その道具を使う目的を見失い、むしろ道具に使われ、振り回されているのではないかと考えた。道具を使うのが人間であるからこそ、人間の考え方を土台としたビジョンづくりが必要なのである。

 しかし、ビジョンをつくるには、それを突き詰める物質的・精神的余裕が必要であり、現在の社会ではビジョンを思い描く時間を持てないのではないかと疑問を持った。そこで、日本人の生き方や暮らしについて、今だけではなく過去も振り返り、その時代に生きた人たちが持っていた価値観を捉え直した。日本に大きな影響を与えてきた神道・仏教・道教は、すべて時間を点ではなく帯として捉えている。神道には自然観の軸があり、自然の摂理に従い、感謝と祈りを捧げる行事を行っている。また、伊勢神宮で行われている式年遷宮では、20年に一度社殿を更新し神体を移す仕来りがあるが、この20年という期間は弟子を育てる期間として位置付けられている。仏教には死生観の軸があり、輪廻転生という考え方から、今生きる世だけに留まらず、前世や来世と時代と世界をまたぐ世界がある。道教には現世的な軸があり、二十四節気と七十二候は今でも季節の言葉として俳句などで使われている。時刻と十二支には関係があり、陰と陽の気が満ちる時間帯を示しているなど、自然のリズムを重んじている。

 時間を点で扱う今だからこそ、「幅」と「ゆとり」をもって、長期的・循環的に時間を捉え直すことが、これからの人間観を考える上で最も大事であると結論付けた。

 私は、共同研究を行う中で、松下幸之助が250年計画12を打ち立て、日本で初めて週休2日制を導入させた意義を再認識した。長期的ビジョンを築くためにも、物質的・精神的ゆとりが必要であり、その環境をいかに築くかが重要である。そうした中でこそ、人間本来の力が発揮され、生成発展する社会が築き上げられるのだと感じた。

 それは、物心ともに「ゆとり」のある環境を築き、「人」のために尽くし、相手だけではなく自分に対しても「Win-Win」となる関係を発展させることではないだろうか。商売、日本の伝統精神、人間観、これは経営の現場で培ってきた経験から生まれた言葉であるが、政治の分野においても非常に重要なことだといえる。そうした経営思想を、私は政経塾での学びから感じさせていただいた。

3、政治とは何か

 商売、日本の伝統精神、人間観など独自の思想を確立した松下幸之助は、理想の政治についてどのように考えていただろうか。次は、松下幸之助の政治理念について触れていきたい。

(1)政治の生産性

 松下幸之助は、政治とは国家国民を対象とした経営活動であると述べ、政治にも経営と同様、生産性を追求することについて言及している。さらに、時代が進んでいる点を踏まえて、著書に以下のようにまとめている13

「昔、徳川時代に長崎の奉行に命令するとき、速い手段は早馬だったのです。飛脚です。今だったら1分間で電話があります。したがって、政治費用は、何百万分の1です。」

 つまり、技術が進化し便利になったことで、それまでかかっていた人的・時間的コストが削減され、効率的に物事を処理することができるということである。そうであるにも関わらず、効率化していない政治の現状に対して警鐘を鳴らしている。

「国費が膨大に膨れあがっている。戦前と比べるとそれは一目瞭然であり、物価は約1000倍、賃金は1300倍であるのに対し、国費だけが13000倍になっている。」

これは松下幸之助が1974年に言及していることであるため、現在に当てはめてみると、物価は約1800倍、賃金は約5900倍なのに対して、国費が47000倍となる。


(表)「明治~平成 値段史」14より筆者作成 1935年を起点に1974年、2015年を比較

 この現状を持続可能な政治体制と呼ぶことはできないだろう。技術の発展に伴い、政治の生産効率を高めていくことが、日本の繁栄に不可欠である。政治の生産性を高めることは、喫緊にして重要な課題なのである。

(2)150年変わらない日本の地方自治体制

 日本の政治を考える上で、見逃してはならないのが、地方自治の制度である。今の47都道府県制は、1871年の廃藩置県の改革が落ち着いてきた1889年に形成されている。地方自治は、日々の生活と密接にかかわっているため非常に重要であるが、未だに中央政府に制約される割合も多い。

 松下幸之助も、現在に合った行政体制を考える必要があると述べているが、一方で、慣れ親しんだ制度の改革は容易ではなく、命を懸ける思いで実行しなくては、ことは成せないとも言及している。

(3)先輩方に学ぶこれからの地方自治

 これからの地方自治を考える中で、地域の実践者として取り組まれている松下政経塾の先輩方に学びを得る機会をいただいた。先輩方の後ろ姿からみえてきた政治の要諦を述べていきたい。

ⅰ.奈良俊幸市長に学ぶ「市長、ありがとう」と子どもから声をかけられる姿

 福井県越前市の奈良市長(松下政経塾第6期)は、「コウノトリが舞う里づくり構想」を策定している。越前市に縁のあるコウノトリを、生物多様性や自然再生のシンボルとして位置づけ、里地里山の自然環境と生物多様性の保全再生を推し進めてきた。「生きものと共生する越前市」を目指し、持続可能な社会づくりを実践している。コウノトリが住める環境づくりを行うことが、人間の暮らしやすさにつながっているのである。この構想について奈良市長は2005年に市長に就任して以来、挑戦し続けており、一つのビジョンを明確に掲げて、ぶれることなく現在も政策を実施されている姿に、まちのリーダーとしての覚悟を感じた。

 また、特に印象に残っているのは、松下政経塾の研修の一環で越前市に訪れ15、絵本の世界をまちで表現しようと作られた「武生中央公園」で説明を受けていた時のことである。奈良市長に公園を案内いただいていた際に、幼い子どもたちから「市長、公園をつくってくれてありがとう」と声をかけられていた。子どもたちが市長の顔を知っているという、市長と市民との温かな関係性を垣間見る体験であった。

 首長とは、まちのビジョンを分かりやすく、明確に掲げつつ、その実現に向けて自ら先頭に立ち、市民からの協力を得られるように説明をし、一緒に取り組める体制を築かなくてはならないのであろう。


武生中央公園にて奈良市長から説明を受ける松下政経塾生
2017年8月23日 撮影:筆者

ⅱ.田辺信宏市長に学ぶ「まちは劇場~まちづくりセッション~」

 静岡県静岡市の田辺市長(松下政経塾第6期)からは、「まちは劇場」であると教えていただいた。「まちは劇場」とは、365日いつでも「わくわくドキドキ」を感じることができるまちとして、人と人、アーティストと市民、広場と広場など、多様なモノ・コトをつなげ、人間的なスケールで生き生きとした、安全で健康的なまちを目指す”人が主役のまちづくり“構想である。静岡市では「まちは劇場」を実現するため、①イベントの仕掛けづくり、②担い手育成、③日常の出会いの場の創出、④情報発信という4つの方針を掲げ、まちは劇場推進課を設けて実践している。実際に、静岡市ではコンパクトな市街地を有効的に活用し、歩行者スペースを十分に確保して、そこに大道芸や演劇、音楽などの芸術文化などが日々表現できる環境が整えられている。人間の感性に触れていくビジョンに対して、具体的な方針を示し、実践体制を整えることで、まちを変えていく力を生み出すことを学んだ。

 また、地方自治を志す私に田辺市長が勉強しに来たらと機会を与えてくださった16のは、市長自らが市民のみなさんと意見交換する「まちづくりセッション」である。平成30年度は全11回開催し、各回80~200名、合計で1,570名の方が参加されている。現場に訪れて驚いたのは、開催会場となる各区の区長にも出席いただき、静岡市としては、市長だけではなく副市長、各部局の代表も出席していたことである。行政組織一丸となっている姿を見て、田辺市長のまちづくりセッションにかける意気込みが伝わってきた。実際に、会が始まると、静岡市の歴史を紐解く動画が流れたり、田辺市長の冗談交じりの対話があったりするなど、会場の空気が和らいでいった。参加者もリラックスして参加しており、意見交換が非常に内容の濃いものであった。その場で田辺市長が回答するだけではなく、部局の代表にも話をしてもらえるように振ったりするなど、全員参加型のイベントであった。まちづくりセッションの内容は、全てHPに掲載され、その場で答えられなかった要望については、HPに追記されており、市民の意見に対して誠実に対応されていた。

 後で、田辺市長から「政治はジャムセッションに近い。みんなが主役となり、一つの音楽をつくっていく。まちづくりセッションは、それを体現した場としたい。」と教えていただいた。まちづくりを行う上で市民に寄り添い、市民の意見をいかにまちに力強く反映させていくかが、首長の役目なのだと学んだ。

ⅲ.大谷明市長に学ぶ「“いい”まちをつくりたい」

 茨城県ひたちなか市の大谷明市長(松下政経塾第29期)のもとでは、インターンシップ17として、各種委員会や会議、打合せなど大谷市長に常に随行して首長の現場を1週間学ばせていただいた。特に、予算審議の一部を見させていただいた時には、来年度の予算を考えなくてはならない中で、施設の建て替えが必要な修繕費の高騰や、情報機器の更新に係る費用、人件費の増大など、推し進めたい政策があっても予算が圧迫されている過酷な現場を目の当たりにした。具体的な金額の大きさや、各担当部署から上がってくる要望というリアルなやり取りを体感した中で、小手先の考えでは、ひっ迫した財政の中で十分な政策を行うことは容易ではないことを、身をもって知った。

 その現場を見てから、どうすればこの過酷な税制状況を打開できるのかを考え、ふと思い出したのが「“不可能”だからできる-20%の値下げ交渉-」18という松下幸之助の教えである。これは、カーラジオのコストダウンをするときに松下幸之助が事業部長に語ったときの話である。以前、松下電器はトヨタから車載のカーラジオについて、毎年3%のコストダウンを求められていた。ところが、ある年のこと、アメリカに輸出する車のために、突如「20%安くしてほしい」と先方から依頼された。担当の事業部は無理だと判断し、断ることにした。しかし、松下幸之助は「よく考えてみよう」と諭したという。「3%だったら、今までの延長線上でコストダウンを考える。しかし、2割下げるには商品設計からやり直さなければならない。そうだとしたら、無理ではない。やってみよう。」結局、すべてについてゼロから設計をやり直し、なんとかコストダウンを達成した。このエピソードから、今までの延長線上で物事を処理してはいけないということと、一見、無理に思えるようなことでも、根本から考えれば突破する光が見えてくるということを学ぶことができる。

 人口減少、高齢化などの問題により、税収の大幅な改善が難しい中で、財政的に困難な状況に陥るのは、ほとんどの自治体が当てはまることであろう。だからこそ、今までの延長線上で考えるだけではなく、予算の枠組みの土台から見直した議論を進める必要がある。
大谷市長の言葉の中でも、特に印象に残ったのが、「“いい”まちをつくりたい」という一言である。この“いい”という言葉には、非常に深く、そして自ら決断を下していく覚悟が映し出されている気がした。政経塾の先輩方のたくさんの首長の姿を学んできたが、共通して「“いい”まちをつくりたい」という迫力を感じた。そこに右も左もなく、ただ一つ大切にしたい“まち”がある。また、大谷市長は、「まちの声をきいて」とも教えてくれた。私欲を捨て、通常では聞こえないけれども“まちの声”に耳を澄まし、まちのポテンシャルを最大限に引き出すために行政職員・民間・住民全員のチームづくりを担う姿こそ、首長なのだと学んだ。

(4)松下幸之助に学ぶこれからの政治

 松下政経塾の先輩方の姿から学び、改めて松下幸之助の政治観を振り返る。政治には、私欲を捨てて、まちのためとなれるように全身全霊をかける覚悟が必要である。松下幸之助の「国家国民のため」という言葉にはそうした思いが込められているのだと感じている。また、政治には、まちの声に耳を澄ませ、まちの未来のために、明確なビジョンを掲げ、行政・民間・市民問わず全員の力を最大限に引き出すことが求められている。一方で、今の政治には、財政難という大きな課題が立ちはだかっている。だからこそ、物事の本質を見抜く力や、少ない力で最大の効果が得られるように、経営する力が必要なのである。

4、実践者として「政治を経営する」

 さいごに、理想の政治について述べたい。私は、松下政経塾で多様な研修を経験させていただき、改めて、政治の重要性を肌で感じている。

 松下幸之助は、国民のために全力を尽くし、どんな分野であれ常に経営の目線を持ち、一人ひとりが生産性を高め、存分に能力を発揮できることの重要性を述べてきた。とりわけ、政治とは、国家国民の繁栄に直結する。政治の繁栄なくしては、社会の繁栄は成り立たないのである。

 私は、政治の生産性を高めるとは、単に技術力の向上だけを求めるのではないと考える。政治とは、人と人との対話から新たな価値を生み出す行為であり、言い換えれば、心の通い合いから生まれる、社会の潤滑油である。一方の利益を追求するのではなく、多方面に目を向け、利潤を生み出し合うWin-Winの関係が望ましい。Win-Winの関係とは、経営ではよく聞く言葉かもしれない。政治の分野においても、互いにメリットを享受し合う視点を大切にしなければならない。しかし、政治で扱う議題は、往々にして民間や市民社会でWin-Winの道を見つけられなかったものが多い。一度決断をすれば、犠牲という言葉が広まってしまう場合もある。しかし、だからこそ、停滞することなく繁栄の道を模索していく”商いのこころ”をもち続けることが大切であり、主座を保ち、衆知を集め、和を尊ぶ日本の伝統精神を忘れず、人間の営みを支える心構えが重要であろう。犠牲という言葉ではなく、長期的なWin-Winを共に目指すことができるように、まちに求められるビジョンをまちの人たちと共につくり、それを達成するための実践力、一緒にやろうと思ってもらえる人間力を常に磨いていくことが、「政治を経営する」と説いた松下幸之助の言葉の真髄なのかもしれない。

 松下政経塾生として、政治の現場だけでなく、経営の現場を学んできたからこそ、政治にはもっと経営の視点を取り入れるべきだということを実感した。そして、実際に自治体を経営する先輩方の実例をみて、より一層その思いが強まった。

 私が目指す理想の社会は、「わたしたち事のまちづくり」である。これは、まちにはもともとある光をフルに生かすまちづくりである。子どもからお年寄りまで年齢や職業に関係なくみんなで対話し、住民主体で決めていくことがこれからのまちに求められる。他所事と感じていたことを自分事にし、一人ひとりの自分事をまちを通して共有し、「わたしたちの事」として一つにする。住民の声から生まれるまちづくりは、その地域でしかつくれない魅力やポテンシャルを引き出すことができる。そうして、日本各地がそれぞれの地域の魅力を発信していくことで、一つひとつのまちの個性が輝き、持続可能なまちづくりを促すと信じている。そうした理想のまちづくりを実践していくためにも、経営の視点を持って、全力を尽くしていかなければならない。

 私は、松下幸之助の教えを胸に刻み、実践者として、政治を経営していける人財となれるよう、これからも研修に臨んでいきたい。

脚注

1 松下幸之助『遺論・繁栄の哲学』PHP研究所(1999)p.18
2 2017年12月4日~2017年12月26日まで研修。
3 松下幸之助『商売心得帖/経営心得帖』PHPビジネス新書(2014)p.66
4 松下幸之助『日本と日本人について』PHPビジネス新書 (2015) p.8
5 松下幸之助のお茶と真々庵」徳田樹彦 『論議 松下幸之助』第5号 PHP総合研究所第一研究本部(2006)
6 2019年3月11日~13日裏千家今日庵にて塾生として宗家研修に参加。
7 2018年10月4日靖国神社にて執り行われた献茶式に塾生として参列。
8 松下幸之助『人間を考える』PHPビジネス新書(2015)p.7
9 松下幸之助『人間を考える』PHPビジネス新書(2015)p.22
10 松下幸之助『人間を考える』PHPビジネス新書(2015)p.22
11 共同研究…松下政経塾38期生全員で一つの研究を行う研修。

 

https://www.mskj.or.jp/report/3401.html (最終閲覧日:2020年7月5日)

12 1932年5月5日、松下幸之助は全店員を大阪の中央電気倶楽部に集め、松下電器の真使命を闡明(せんめい)し、それを達成するために、建設時代10年、活動時代10年、社会への貢献時代5年、合わせて25年間を1節とし、これを10節繰り返すという壮大な250年計画を提示した。

 

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/konosuke-matsushita/050.html (最終閲覧日:2020年7月5日)

13 松下政経塾『松下幸之助が考えた 国のかたち』PHP(2013)
14 http://sirakawa.b.la9.jp/Coin/J077.htm (最終閲覧日:2020年7月21日)
15 2017年8月23日、24日に行われた松下政経塾地方議員の会に参加。
16 2018年6月23日に行われた第7回まちづくりセッション(南部生涯学習センター)に参加。
17 2020年1月20日~24日 ひたちなか市役所秘書課にて研修。
18 松下幸之助『決断の経営』PHP 新書(2015) p.141

 

参考文献

・松下幸之助『人間を考える』 PHP新書2005

・松下幸之助『実践経営哲学』 PHP新書2015

・松下幸之助『商売心得帖』 PHP新書2015

・松下幸之助『指導者の条件』 PHP新書2015

・松下幸之助『遺論 繁栄の哲学』 PHP研究所1999

・松下幸之助『日本と日本人について』PHPビジネス新書 (2015)

・牛尾治朗ほか『松下幸之助と私』 祥伝社2019

・徳田樹彦「松下幸之助のお茶と真々庵」『論議 松下幸之助』第5号 PHP総合研究所第一研究本部(2006)

・松下政経塾第38期生『2050年の日本のビジョン 新・ゆとり社会』 2018

https://www.mskj.or.jp/report/3401.html (最終閲覧日:2020年7月5日)

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馬場雄基の論考

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馬場雄基

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