論考

Thesis

研究実践活動報告「日本の雇用の不公正―正規と非正規の二重構造」

筆者は日本の分断・格差をテーマに入塾し、現在は雇用制度の問題をテーマに研修している。本稿は、筆者が研修する中で感じた、日本の雇用制度における大きな不公正となっている正規―非正規の二重構造について述べるものである。

1 世界的に特殊な日本の労働形態

2 日本型雇用システムの中核「正社員」

3 日本型雇用システムの周縁「非正規雇用」

4 二重構造の分断にある日本

 

1 世界的に特殊な日本の労働形態

 はたらく、ということは多くの人にとって日常的な生活である。そして日常の枠組みは、あたかも当たり前のように思える。例えば、多くの読者にとって、大学生の就職活動(以下、就活)、夜を徹して働くサラリーマンや、子育てをしながらパートにでるお母さん、65歳で定年を迎えたおじいちゃん、といったはたらくことに関連するイメージは馴染み深いものだろう。

 しかし、実はこうした日本の労働慣行は国際的には特殊な形態である[1]。例えば、新卒一括採用は、一部韓国に似たシステムがあるが、世界的に特異な雇用慣行である。新卒一括採用は、大学や大学院などの卒業者を卒業の1~2年程度前に集団的に選抜する採用慣習である。筆者も大学時代には政経塾の選考と並行して就活に時間を費やした。筆者の周囲で就活をしないものは、大学院への進学者か、奇特な人かでほとんどを占めた。ほとんどの大学生たちがプレッシャーと労力に精神をすり減らしながら就活に勤しむのは、そうでもなければ日本の労働市場において保護された中核的なメインストリームから外れてしまうからである。朝井リョウの小説「何者」にも、そうした大学生の心情が描かれている。

 では、なぜ日本の大学生は貴重な大学時代の時間を大いに費やしてまで就活に勤しむのか。このことを考えると、日本の雇用システムが浮かび上がってくる。

2 日本型雇用システムの中核「正社員」

 日本の労働慣行のひとつの特徴的な面は、営業や経理や総務などの職務と勤務地の選択権を企業の強力な人事権に差し出す代わりに(就活をしていた時の私や、企業に入社した友人たちは、どこの地域のどこの部門に配属されるかわからない恐怖を籤に例えて「配属ガチャ」と表現していた)、労働者はひとたび企業に入社するや非常に強力な解雇規制によって定年まで安定した給料(しかも勤続年収に応じて半自動的に上昇する)と福利厚生を享受する交換関係にみられる。こうした日本の雇用慣行を一般に「日本型雇用システム」と称す。これが戦後続く日本の雇用の中核にある。このことは、外部労働市場が未整備であることとセットとなる。企業は自社内(内部労働市場)に保護された正社員を中心とする人材プールがあるため、外部から人材を招き入れるようとしにくい。外部労働市場が活発でなければ、労働の流動性は低いわけであるから、条件のいい転職はむつかしくなる。そうすると、日本では正社員として企業の内部労働市場のメンバーとなることが、システム最適なキャリアになる。その機会が大学卒業時の企業の新卒一括採用となるわけだから、大学生たちは死に物狂いで雇用条件のよい会社の面接を受けるわけである。

3 日本型雇用システムの周縁「非正規雇用」

 新卒採用試験でどこからも不採用、だけでなく、企業の内部労働市場のメンバーになることができない理由は多岐に渡る。退職を伴う結婚や出産や育児による一時的な休職は、日本の中核的な労働市場から退場を余儀なくされる要因となる。病気や介護で離職を余儀なくされる人もいるだろう[2]。外部労働市場の発達が弱い日本では、こうした人が上記のような賃金体系と解雇規制に守られた正社員に再び登用される可能性は低い。さて、正社員という概念が成立するのは対立概念が存在するからである。その対立概念は「非正規社員」であり、これはパート・アルバイト社員、契約社員、派遣社員等の雇用形態を指す。非正規雇用は、多くの場合において労働条件としては、正規社員に比べて不利で不安定である。上記の正社員への解雇規制などはなく、「雇用の調整弁」として業績の好調時には増員され、悪化時にはまず人員整理の対象となるのである。

 また、その賃金や福利に至っても不利な待遇にある[3]。前述のような日本型雇用システムにおいて、企業が自社内に人材プールを持つことができたことの要因には、高度経済成長という追い風があったことがある。であるから高度経済成長が終わり、追い風が止むと、1980年代後半以降、経団連や政府は周縁的な雇用である非正規社員の拡大を後押しした。そうしたトレンドの中で、非正規社員の人数は現在に至るまで増加の一途をたどり、労働者の実に38%近くが非正規労働者となっている[4]

 そして、そのうちの多くは女性、高齢者、就職氷河期世代、そして若者たちなのであると指摘されている[5]

4 二重構造の分断にある日本

 日本の二重構造は日本社会の不条理を映し出す。正規雇用―非正規雇用の間には、階層移動が困難だという硬直性が存在する[6]。所得水準の低い非正規雇用の増大は、先進諸国にみられる「ゾウのカーブ(先進国における中間所得層の没落)」に符合する。

 こうした二極化・二重構造は明確に日本の格差、そして分断を拡大させる。中間層の没落により欧米社会は不安定化している。昨今、騒がれているポピュリズムはまさにその最たる現象だ。社会分断の引き起こす政治的危機は、我が国において他人事ではない。その萌芽は日本の雇用システムの二重構造が産む格差、ひいてはそれが産み出す日本の中間層の没落に起因する社会分断で生じた層に存在するのではないだろうか。

【参考文献】

朝井リョウ「何者」新潮文庫2015年

岩田規久男「「日本型格差社会」からの脱却」光文社新書2021年

小熊英二「日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学」講談社現代新書2019年

橘木俊詔「格差社会 何が問題なのか」岩波新書2006年

中沢彰吾「中高年ブラック派遣 人材派遣業界の闇」講談社現代新書2015年

森岡考二「就職とは何か」岩波新書2011年

森岡孝二「雇用身分社会」岩波新書2015年

[1]多くの識者の指摘しているところである。例えば、森岡2011。

[2]例えば中沢2015はまさに介護で離職後に派遣社員として劣悪な労働環境で働いていた経験をルポタージュにしている。

[3]森岡2015

[4]平成29年度労働力調査https://www.stat.go.jp/data/roudou/report/2017/index.htm2021年11月12日最終アクセス

[5]橘木2005、小熊2019など。

[6]森岡2015
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中田智博の論考

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Tomohiro Nakada

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