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イスラエル探訪記

 イスラエルから帰国の途に着く前日は、この国の首都テル・アビブを能く現す日となった。テル・アビブの南の外れヤッファの安宿を出て、30分ほど後輩塾生と最寄りのTel Aviv Ha’Hagana駅まで歩いたが、その途上の風景は私たちが発展途上国に持つイメージに合致した。黒人の違法移民と思しき子たちが遊び、自動小銃を構えたガードが暗くて落書きだらけのショッピングセンターに立ち、砂の香りがする。路上で遊ぶ子供たちはかわいらしいが、街中では無意識にスリやひったくりを警戒して、どうも安心できない。

 Tel Aviv Ha’Hagana駅の空港ばりのセキュリティゲートを通り抜け、一駅先のTel Aviv Savidor Center駅に約束のため向かう。このたった一駅で景色は一変する。そこには高層ビルが立ち並び、この国の高成長を象徴するかのように建設中のビルが筍のように伸び、裕福そうな白人たちが闊歩する。どこか丸の内のオフィス街を思わせる風景に私は安心感を覚えながら、テル・アビブの中心に位置するとあるオフィスで私は1,000億円企業を一代で成した実業家に面会した。彼はまだ30代か40代の白人で快活な人物だった。この国は巷間にある紛争国家のイメージに反して、今や世界のハイテク産業の一大地である。米国に次ぐ世界第二位のユニコーン企業を誇る「第二のシリコンバレー」の成功者の一人は、まくしたてるようにイスラエルのハイテク産業の未来を語ってくれた。

 その日、いくつかのミーティングを終えると、私は現地の友人とテル・アビブのレストランに向かった。日本でも親しみのある刺身やマリネ、ステーキなどの料理と2杯のアルコールの会計は4人で60,000円、日本の居酒屋で同じような料理を楽しんでも、1人数千円といったところか。滞在中、酒場でビールを飲めば40シェケル(1,600円ほど)、コーラは雑貨屋で10シェケル(400円ほど)、握りずしは2貫で40シェケル。驚くべき程にこの国の物価は高い。テル・アビブはエルサレムに次ぐ都市であり、いわば経済の首都である。急速に発展する経済と人口増加の結果は、世界的に見ても驚くべき物価を提示する。

 若者が集う一軒のダンス・クラブを楽しみ再びヤッファの安宿向かい歩くと、都市の面影はまた発展途上国に戻ってゆく。人口40万余のこの街はかく歪な心情を私に与えた。

上述のように、イスラエルはテル・アビブを経済の中心としながら、高成長の中にいる。ソ連崩壊後のソビエト系ユダヤ人の流入や、ハイテク産業での成功。一方で、エルサレムに訪れれば、夏場でも黒いスーツと帽子に身を包み、巻き髪を揺らす正統派ユダヤ教徒は至るところで目にする。エルサレムに比べれば数は少ないが、テル・アビブでも、街中で、或いは空港の中でも敬虔な彼らの姿を見る。そのなかでも、超正統派ユダヤ教徒の男子はその生涯のほとんどを経典の解釈に捧げ、実学的な素養を持たない一方で、出生率は7に近い高水準であり、いずれ人口比で一般的なユダヤ教徒やアラブ人を抜くという。

 ユダヤ人による単一宗教国家というイスラエルへの私のイメージは、滞在を通じて中進国の面影を存分に残しながら高成長を続ける多民族国家へと変化した。

 2週間のイスラエル滞在の中で、私は多くのイスラエル人に質問した。国会議員から学者、官僚、ツアーのガイド、街の人に至るまで、「何がイスラエル人のスタートアップ/挑戦の源泉なのか」、と。驚くべきことに、貧富を問わずイスラエル人は口を揃えて同じことを私に告げる。

 第一に欠乏した環境であること。建国70余年のユダヤ人国家イスラエルは周囲を敵対国に囲まれ、十年に一度戦争を経験するという緊迫した情勢を生きている。国土の多くは不毛の砂漠である。歴史的に国家を持たない民族であったユダヤ人は自らの脳に投資した。この遺風はこの国に刻み込まれている。彼らの欠乏への危機感と頭脳への投資は、例えばまさに不毛の大地を開拓した灌漑技術を持つネタフィム社を産んだ。

 そして、楽観的で失敗に寛容であること。「イスラエルには失敗していない人間は、何もしていない人間である」ということわざがあるらしい。実際にイスラエルのベンチャーキャピタルをはじめとする投資家は一度や二度の失敗を機にかけないという。むしろ、失敗を経た経験に価値を見出す。私たちが面会した起業家も何度も投資家に追加投資を要請し、最後の最後にビジネスが軌道に乗ったという。アン・フォーマルだが極めて楽観主義的なこの国の気風は、同地においても低いベンチャー企業の生存率を度外視した挑戦を後押しするのだ。

イスラエルのスタートアップがいかに高成長を引き起こしているのかという説明には、軍や政府、企業、投資、教育が複合的に絡む「エコシステム」への理解がいるが(その解説はイスラエル研修の報告書を参照されたい)、私はその根底にある上記のイスラエル人のメンタリティに感銘を受けた。

 滞在中、イメージに反して一般的なユダヤ人(残念ながら超正統派とは会話の機会は得られなかった)から宗教的な感を意外と感じなかったために、この統一的な見解には驚きがあった。エリートに属する国会議員や官僚たちだけでなく、市井の人、例えば私がバーで話しかけた客やディーゼンゴルフ・スクウェアの路上で酒を飲み交わした青年に至るまで、こうした考えが浸透し、彼らと議論を楽しむことができた。ホステルのバーテンダーは私に大麻を勧める一方で、悩み多き東洋人である私に「幸せになることを恐れるな」と力強く語ったのだ。彼は29歳で弁護士を目指して勉強中だという。アン・フォーマルで極めて楽観主義の国が私に与えた感銘は以後も忘れられないだろう。

 日本では今年に入り、政府によりスタートアップ相が設置され、スタートアップ支援の政策が矢継ぎ早に発表されているが、イスラエルの産学官、そして国民に渡る複雑なスタートアップ・エコシステムに、そしてその背景にある彼らのメンタリティに触れると、形式主義で悲観的なこの国の道のりは遠く感じる。かつての明治維新、そして敗戦という欠乏の時代に我が国は偉大な成長を成し遂げた。硬直し、停滞する現代の日本の空気に触れた時、アン・フォーマルで楽観主義の欠乏の国イスラエルに学ぶものの大きさを痛感した。

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