論考

Thesis

変人こそが、日本を再生させる

 本稿では、筆者の研修テーマである変人によるイノベーションを通じた日本再生の可能性について、なぜ変人がイノベーション人材であるかを示したうえで、筆者の個人的な経験も踏まえながら、日本社会が彼らの能力を損失して現状を分析するとともに、彼らの才能を発現させる社会・組織環境の実現こそが日本の再生の一助であることを示す。

 日本の停滞が叫ばれて久しい―「失われた30年」は現代日本を描く一般的な語彙となり、かつて「アズナンバーワン」と称された我が国の経済は停滞、あるいは衰退の傾向にある。この経済的あるいは社会的な減退には多くの説明がつけられるが、私はこう指摘したい。それは、我が国は変革者を社会的に殺してきたからこそ生じたのではないか、と。
 停滞から抜け出し、成長を期すためには変革が必要である。特に技術が加速度的に進化する今日の社会においては、より重要になるだろう。そしてその変革者こそが変人なのだ。

 筆者は社会やコミュニケーションへの適合性に問題を抱える(例えば、注意欠陥多動性障害(AHDH)や自閉症スペクトラム(ASD)の発達障害など認知構造の異なる人)一方で才能ある、潜在的なイノベーション人材として定義し、実は彼らが社会のイノベーションに大きな役割を発揮するという確信をもつ。

1 変人がイノベーションを起こす

 変人である彼ら認知構造の異なる人の発生(一説には人口の一割近く発達障害の傾向があると[1]されるが、一方で統計による違いや地域差も指摘されている)は確率的な問題であるから、常に社会に存在するはずである。一方で、我が国では、彼らがイノベーションを起こすための地位―政策策定者・経営者など―に就くことができていないのではないだろうか。あるいは、彼らが自らの能力を過小評価し、自らの道を狭めてしまってはいないだろうか。

 唐代の文人韓愈は「雑説[2]」の中で、優れた才能を持った人材(千里馬)は常に世に存在するが、それの才能を見出す才能を持った人物(中国の歴史上の官人伯楽)は常には世に存在しないとしたが、日本は潜在的イノベーション人材が存在するにも拘わらず、その発掘・活躍がなされていない伯楽不在の社会なのではないだろうか。

 発明王トーマス・エジソンは電球や電話の発明により人類のイノベーションに甚大な貢献をしたが、学校では教師を質問責めにして授業を度々中断させる問題児であり、教師はお手上げ状態だったという。アップルの創業者でありMacとiPhone産みの親であるスティーブ・ジョブズ[3]はエレベーターで偶然乗り合わせた社員を解雇したり、所有する自動車にナンバープレートを付けたくないという理由のために米国法の隙(自動車購入後半年間はナンバープレートの装着義務を免除される)をつき、自分と中車販売業者との間で半年ごとに自家用車を売買しリースし合ったりした、などの奇行でも知られる。テスラとスペースXの創業者であるイーロン・マスク[4]は発達障害の一種であるALS(自閉症スペクトラム障害)を公表している。日本でもニトリの創業者似鳥昭雄[5]は自身がADHD(注意欠陥多動性障害)を有していることを発信している。
 医師の岩波明氏は彼らに発達障害の特徴・可能性(彼らのうち一部は上述のように発達障害を公表している)を指摘した上で、彼らの一般とは違う心理的形質や思考回路がイノベーションを起こした可能性を指摘する。
 上記のイノベーター達だけに限らず、大きな変革を達成してきた人物達は常軌を逸した行動や、社会生活やコミュニケーションに問題を抱えるという逸話には事欠かない。
 彼らの財産や地位がそうした行動を許容しているという面もあるだろうが、一方で彼らはその財産や地位を得る前にも逸脱していたことと、イノベーションに関連性はあり得ないだろうか。

なぜ、こうした変人はイノベーションを起こすのだろうか。例えば、筆者はウィリアム・フォン・ヒュッペル著『The Social Leap:われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか』を参考に、こうした説明を示したい。

(図1 ヒュッペルの著書をもとに筆者作成)

 人間を技術志向性と社会志向性の高低により分類するとして、高技術志向かつ高社会志向な人間を集団①、高技術志向かつ低社会志向な人間を集団②、低技術志向で高社会志向な人間を集団③、低技術志向かつ低社会志向な人間を集団④の4つに分類する。このうち、能力としてイノベーションを起こす可能性があるのは、その技術志向性がゆえ、集団①と集団②である。
 例えば、原始的な時代の川から遠距離に位置する集落で水を確保しなくてはいけないという課題に直面したとする。この川へ皆が水を求めて水汲みに行くと、それ以外の仕事に影響され集落は絶滅する。この時、課題解決にはコミュニケーションによるA)社会的な解決とイノベーションによるB)技術的な解決の2通りがあるだろう。前者は代表者に水汲みを委託することで水を確保し、後者は川から村までの水路を引くことである。初期コストが低いのは前者だが根本的な解決に至らず、革新的なイノベーションは後者である。
 A)社会的な解決の選択をとるのにはコミュニケーションを要するから、集団①と集団③、B)技術的な解決の選択をとるのには技術志向性を要するから、集団①と集団②である。
 そして、彼らはそれぞれどの解決に行きつくだろうかといえば、まず、集団③はA)社会的な解決しかとることができないため、A)を選ぶことになる。集団④はどちらの手段も取れないために渇いて死ぬだろう。では、集団①は革新的なB)技術的な解決をとるのだろうか。合理的な行動の帰結としてはそうならない。それは、A)社会的な解決の方が簡便でコストを要さないため、A)社会的な解決を選択するのである。であるから、B)技術的な解決を選択するのは、コミュニケーションによるA)社会的な解決に参加できない集団②だけである。かくして、村に水路が曳かれるとき、そのイノベーションは集団②高技術志向かつ低社会志向の人間のみによるのである。
 同書ではこうして、人類はその歴史の中で多くのイノベーションをなし得てきた一方で人類の多くがイノベーターとしての経験を有していないこと説明する。というのも、多くの人類は社会性を志向するため、人類の分布は集団①と集団③に偏っており彼らの大部分はイノベーション起こさず、結果的に少数の集団②に属する高技術志向で低社会志向性を持った人々は人類史においてイノベーションを起こしてきたのである

 この思考実験は次の言説を示す。つまり、イノベーションを起こすことができる高技術志向者・能力者にあっても、彼が社会志向性に富むとき、イノベーションを発生させるインセンティブは弱まる。しかし、彼がそうで無いとき、イノベーションを発生させる十分なインセンティブが与えられる、ということである。このことはイノベーションの発生に有利な心理的形質が存在することを示すのではないだろうか。社会志向性よりも、技術志向性を求める人は、その社会とのギャップから変人といえよう。しかるに、変人はその形質をしてイノベーターになりえるのではないだろう。

 経済学者ヨーゼフ・シュンペーターはイノベーションとは、「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」という[6]。新結合による新価値創造がイノベーションであるとするならば、社会で形成された現状を否定し、既存/既成にとらわれない変人はその生産に適した人材と言えよう。

 では、変人がイノベーティブであるためには何が必要だろうか。経営学者入山章栄は、ネットワーク理論の研究によれば、起業家が事業機会を発見するのはストラクチュアル・ホールというネットワークの結節点であるという。異なる別領域のネットワークの結節点には情報や技術などのリソースが通過しやすいからである。変の領域と普通の世界の交わりも同じではないだろうか。変と普通にグラデーションを付けた時、変人と普通の人のネットワークの間には交わりができるだろう。そのスペースこそが変と普通を繋ぐ結節点・ストラクチュアル・ホールであり、日本のイノベーションの潜在的なリソースが眠っているのではないだろうか。

(図2 筆者作成)

2 停滞した日本―変人を殺す国

 筆者にとって学校教育にあまりいい思い出の場所でなかった。小学生の時分、中学受験塾に通っていた私に、学校の授業の進度は極めて遅く退屈なものだった。自分の好奇心を満たすべく授業中に読書をしていると、進度に不服があっても級友に合わせて学習するべきと担任たちから指導を受けた。当時の私は幼いながら、進度が遅い人に合わせるなどという非合理が理解できなかったので、教室の隅に机を移動して読書していると、ある日、母にスクールカウンセラーから電話が来たという。カウンセラー曰く、息子(私)は学校での行動から発達障害の疑いがあるため、精神科を紹介するから受診するようにとのことであった。この電話のことは私が高校生ぐらいの時に母に打ち明けられたのだが、ショックだった。確かに今思うと結構な問題児である。筆者にとって小学校はいい思い出の場所ではなかったが、ある時を境に学校・担任の対応が不自然に軟化したことを覚えている。カウンセラーの所見が影響したのだろう。学校は矯正するか、あるいは放置するかしかなかったのだろう。

 学校の進度は私には遅く、その時間を黙って座ることは私にはむつかしかった。周囲との衝突も多々あった。私のように発達障害の疑いなどの社会性に問題を抱える一方で進度が早いなどの境遇で同じような境遇に直面する人は多いだろう。自分の進度に合わせて勉強できる塾はとても快適で、同じような悩みを持つ友人も塾では楽しそうにしていたが、教員経験者に聞くと日本の学校教育は私が経験したように、教室で進度をそろえなくてはいけないという。あるいは、学年全体でも揃えなくてはいけないらしい。そのことは平均的な学生たちには幸せだろうが、進度の早い学生たちには苦痛を伴う。出来ることに罰を与える悪平等に近い。

 こうした平均主義、悪平等的な日本の教育、あるいは社会のシステム・雰囲気は単なる日本の伝統的な気風・土着の国民性だけで片付けられるものではないと考える。むしろ、筆者は明治維新後、高度経済成長を経て形成された近代に独自の文化であると考える。経営競争基盤CEOの冨山和彦は戦前、戦後と続いた工業産業の成功により、日本の人材養成と選抜は工業生産レジーム的なあり方に支配された、と指摘する。多人数による分業によってベルトコンベヤー式に生産を行う工業生産では、集団の最低能力者に基準を合わせることが効率的である。また、社会学者の小熊英二の指摘するところでは、明治政体以後、官界を中心に急速な人材供給を行った大学に合わせて形成された日本の官民の雇用慣行は終身雇用・年功序列を柱に形成された。こうした教育・選抜・雇用の慣行に失われた30年を形成した一因があるのではないだろうか。官僚主義の巨大官庁と大企業により、守旧的な体制温存の体質とロビー的な規制改革が行われ、そしてそれらが人的/機会リソースを寡占したために、イノベーションにリソースが提供されなかったのではないか。そうした終身雇用・年功序列組織の中では、組織改革・イノベーションを期する変人排斥されてしまう、あるいはその想いを断念せざるを得ないだろう。変人への不寛容にだけでなく、多様性への取り組みが先進国でも遅れているとされている日本の原因をここに見る。

 実際、野村総合研究所のニューロダイバーシティ(発達障害等の神経多様性)に関する調査によれば、発達障害者が社会的に排斥される日本の経済損失は2.3兆円にも上るという。しかも、その試算には潜在的イノベーション人材の起こしえたイノベーションは含まれていない。アメリカの約3分の1の人口を擁する日本の、ユニコーン企業数、つまり急成長を遂げた新興企業の数はアメリカの約100分の1である。人間の出生が平等ならば潜在的なイノベーターは国に拘らず等しく存在すると想定する時、このギャップは日本の起こせたイノベーションの可能性と損失を示唆するのではないだろうか。

 アメリカでは東海岸に比べて社会全体が寛容でカジュアルな西海岸はカリフォルニア州ベイエリアを中心にGAFAM(Google, Apple, Facebook, Amazon, Microsoft)をはじめとするテック系企業が勃興したが、その創業者は上記に指摘したように発達障害の疑いを指摘されている。また、コンピューターサイエンスにおけるエンジニアやプログラマーとASDの特性は好相性とされている。例えば、デンマークのトーキル・ソナが創業したIT企業・スペシャリステルネはASDを中心に雇用する新興企業として知られているし[7]、非公式な伝聞としては米国最高峰のテクノロジー大学でありテック企業への大きな人材供給源であるMIT(マサチューセッツ工科大学)の学生の6‐7割はASDを有しているともいわれる[8]

 こうした西海岸を中心に「ニューロダイバーシティ」の運動が近年勃興しつつある。ニューロダイバーシティとはASDを中心として、狭義には発達障害、より広義にはより広範な神経系統(ニューロとは「神経の~」を意味する英語)を多様性として権利主張を行う運動である。テック系企業の勃興とともに、徐々に市民権を経た“GEEK(オタク)”的なASDは、人種や性別などと同じように、ニューロダイバースつまり発達障害などの神経的な多様性を包摂せよと社会に訴えるのである。

 こうした日本の世相の中で、潜在的イノベーション人材である変人たちの才能は十分に発揮されてこなかったところにあると筆者は考える。失われた30年の閉塞感の原因の一部は、ニューロダイバースな人々、つまり変人たちの排除にあるのではないだろうか。

3 寛容さこそがイノベーションの源泉―私の志と活動

 2022年夏、筆者は第二のシリコンバレーと称されるイスラエルに研修に行く機会があり、私は多くの日を、日本の民族衣装着物を着て過ごした。宗教国家のイメージが強い同国で、民族衣装を纏うことにいささかの恐れはあったものの、そうして過ごすと、非難するなどおらず、時に称賛されることもあった。一方で、日本で着物を着ると自国の民族衣装にも拘らず、非難されることも、好機の目で冷やかされることもある。この寛容さの違いがイノベーションの国イスラエルと停滞の国日本を分かつものなのではないか、と印象的だった。

 同国はユダヤ人による宗教国家のイメージが強いが、その実、キリスト教徒、アラブ人を含む他民族国家である[9]。彼らの言うことは、その多様性こそがイスラエルの強さであるということである。同地では、特に経済中心地のテルアビブにおいて、人々はとても楽観的で寛容であった。

 成長著しいイスラエルと日本を比べた時、そこにはそして失敗への見解の相違がある。同地でイノベーション・スタートアップエコシステムの秘訣について尋ねると、皆口をそろえて日本人とイスラエル人の失敗への考え方の違いを述べる。同地は失敗に寛容であり、むしろ失敗の経験を成功への糧として評価する。「失敗をしたことのない人間は、なにもしたことがない人間」という諺すらある。一度の失敗がキャリアを揺るがしかねない日本とは大きな違いである。人々は先述の医師の岩波明は、同国は国全体が発達障害に暮らしやすいカルチャーであるとすら指摘する。極めて楽観的でカジュアルな社会文化を持つ同国は今、世界有数のスタートアップエコシステムを誇る。

 筆者は現在、米国を訪れているが、聞きしに勝る同地の自由な風土と合理性に日々驚かされている。日本では「変人」がネガティブな意味を持つが、同地ではむしろ「常人」のほうがネガティブな意味合いすら持つ。服装も髪も行動も自由であるし、人々はその違いにあまり気をかけていない。そもそも人種や言語すら違う出身の移民国家であることを考えれば当然かもしれない。

 人だけでなく、コミュニティや自治体のレベルでも独自性を見ることが出来る。筆者の訪れたポートランドは「ポートランドよ、変であれ!」という奇妙な標語を標榜する変人の街だが、同市の位置するオレゴン州は周囲の州と異なり消費税が無く、同市の都市境界制限は独自の豊かな自然を護っているほか、全米が高速道路建設に明け暮れた20世紀後半のトレンドを拒否し、高速道路計画を退け公共交通機関の拡充に力を入れ今日では米国最高品質の公共交通を持っている。更に、全米でも最もストリップへの規制が少なく、人口あたりの劇場数が最も多い。既に大麻が合法化されているだけでなく、近年には覚醒剤やコカインなどのハードドラッグについても少量の所持が非犯罪化されている[10]。これらがために旅行したり移住したりする人すらいたのである。いくつかの西海岸の都市を比較して(或いは東海岸や中部の都市と比べれば恐らくより一層)、街の雰囲気はかなり違っている。人だけでなく、自治体やコミュニティすら変であることを恐れず、むしろその変さを謳歌しているである。筆者は今、シリコンバレーとして知られるカリフォルニア州サンノゼに訪れているが、同地はまさに変人がイノベーションを起こし続けた土地である。

  リヒャルト・ワーグナーの作曲した「ニュルンベルクのマイスタージンガー[11]」では、ドイツ芸術の伝統と格式を誇る一方で硬直し排他的となった歌親方組合(舞台となった時代のドイツの諸都市は職人のコミュニティである親方組合が大きな力を持っていた)が街を訪れた歌と詩情の才能あふれる放浪の騎士ヴァルターをアウトサイダーとして一度拒絶するも、親方の一人ハンス・ザックスがその調停者として双方を和解させ、ドイツ芸術が革新しその偉大さを再びニュルンベルクの街に知らしめた。放浪の騎士ヴァルターは親方組合コミュニティにとって変人であり、ザックスはその双方の結節点となり互いを結びつけ芸術を昇華させた。ワーグナーのこの物語は社会革新と変人の関係性を示唆する。

 前述のとおり、日本は停滞の原因には、変人の創造性を締め付けてきた硬直した社会文化とシステムがあると私は考える。それを克服することこそが、日本の再成長の要である。そしてその時、変人―潜在的イノベーション人材―たちの才能が社会に還元されるのではないだろうか。
 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のザックスのように、変と普通のストラクチャル・ホールを広げることにより、イノベーションを起こしていく。それが私の目指す道である。「ニュルンベルグのマイスタージンガー」の物語がこのことについて示唆的なのは、この道程は決してひとりのアウトサイダー―変人―だけがイノベーションを起こしたわけでないということである。それはアウトサイダーの才能と情熱を見抜き、伴走者として彼に社会の既成の文化を教え、一方で硬直した社会に体裁ではなく本質を見よと説き、その媒介者・調停者となる人物が描かれているということである。変人がイノベーションを起こす社会の実現のためには、こうした変人の伴走者・解釈者の存在、フォロワーシップも重要となってくる。シリコンバレー研究家のレスリー・バーリンはシリコンバレーの偉大なスタートアップの華やかな創業者の陰には、彼らのイノベーションを支えた「見えざるヒーロ」がいたと指摘するのだ。
 また、最後にはそのアウトサイダーの才能と新たなドイツ芸術を認めるに至った親方組合のマイスタージンガーたちやニュルンベルグ市民も重要となる。つまり既成組織や社会がその変さに寛容になり、社会全体が受容していくことも重要だ。

 変人がイノベーションを起こす社会の実現に向け、松下幸之助塾主が「人間道場」と称した松下政経塾に学ぶものとして、変人のみならず、多くの人々を巻き込んで行ける人間力を寛容して参りたい。

(再掲 図2)

 社会制度的には変人の才能を発現させるためには、日本社会の教育と雇用をより自由に変革させる必要があるだろう。教育に関しては、まずは進度に応じた教育を受けられるよう、飛び級制度の解禁や選抜的な教育をより拡充させることが考えられる。また、昨今話題となっているように旧時代的な校則をはじめとして、非合理的な矯正主義から互いの個性・変さを認めえる教育に変えてゆかなければならない。雇用に関しては、終身雇用・年功序列を基盤とし、その制度疲労を差別的な非正規雇用により温存する今日の雇用慣行の自由化が必要ではないだろうか。また、コミュニケーションに多くのリソースを投じる伝統に決別し、職場での非生産的な形式主義を減らしていかなければならないだろう。

 しかし、世の中の大半の人々には受け入れられそうもないこの課題は、政治よりもむしろ経済民主主義の世界においてまず達成されるべきであると考える。その為の場づくり、組織つくりが筆者にとっての最初の課題であり、将来の進路である。

 現在、筆者は山陰地方に所在する伝統的な卸売り業態の中小企業に対し、その企業の社員の持つ変人性を引き出し、開花させることにより、業界の先行きに不安のある卸売り業態からの変革・イノベーションを促進する共同研究に参画している。また、現在アメリカに訪ね、その制度やコミュニティ、文化を調査し、日本の歩むべき道を思索している。上述の変人の街ポートランド、シリコンバレーであるサンノゼ、第二のシリコンバレーと目されるオースティンを中心に研修している。

 また、去る2022年11月19日に開催された第20回尾崎行雄(咢堂)杯演説大会では、本レポートと同題「変人こそが、日本を再生させる」と演説し、最優秀賞を得た。筆者が最大の喜びとしたことは、演説後、私の楽屋に見知らぬ人が訪ね来て、私の演説への感激を言われたことであった。自らも発達障害当事者という彼が、私の演説に勇気を得たと語ってくれた時、演説手の冥利に尽き、値千金の心境に至った。講評において、審査員の丸山和也が、全員が変人ということではなくて、「変人のためのスペースのある社会」がよいのではないか、と述べた。それこそが、私の求める道である。変人と常人が共存し、その重なりの中からイノベーションが生まれてくる社会が私の目指す姿である。変人は常人になる必要はないし、常人が一転して変人になる必要ない。

 一方で、変であることに寛容な社会は、実は際立った変人のみならず、万人に生きやすい社会ではないかとも考える「普通」を自認していたとしても、全く個性や人との違いの無い人はいないだろう。変人に寛容であることはそうした「普通の人」にも生きやすい環境では無いだろうか。

 変人の街ポートランドでは街の至るところに虹色のLGBTQフラッグや、「ブラックライフズマター」のバナーを見る。サンノゼは全米でトップレベルに移民が多く、テルアビブはその成り立ちから人種・文化的多様性に富むが、互いに変であることが認め合えるその多様性が彼らを世界で最もイノベーティブな産業集積都市にしている。それぞれの先天的または後天的な違いに寛容であることは、変人のみならず、万人に生きやすい社会であると思料する。

  かつて、日本は明治維新というアジア最大の革命を成功させ、敗戦後には復興と高度経済成長を実現するイノベーティブで融通無碍な国であった。停滞する日本の時代に、変人は極めつけの人材である。彼らのイノベーションが促進され、自由な発想と解決がなされる社会世相の実現こそが、日本の再成長の大きな手助けになると信じる。

 日本の社会損失してきた、変人たちの才能に焦点を当て、かれらの才能を社会に還元させ、それによって苦しみを与えられてきた変人たちが解放されたい、それが私の志である。

参考文献

BRIDGE LAB (著)(監修)黒崎輝男. (2015). TRUE PORTLAND -The unofficial guide for creative people- 創造都市ポートランドガイド Annual 201. メディアサーフコミュニケーションズ.

イーロン・マスク氏、アスペルガー症候群だと明かす 米人気番組で. (2021年5月11日). BBC.JAPAN, https://www.bbc.com/japanese/57059511、2022年9月4日アクセス.

ウィリアム・フォン・ヒュッペル. (2019). われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略. (濱野大道, 訳) ハーパーコリンズ・ジャパン.

レスリー・バーリン. (2021). TROUBLE MAKERS トラブルメーカーズ「異端児」たちはいかにしてシリコンバレーを創ったのか? (牧野洋、訳): ディスカバー・トゥウェンティワン.

岩波明. (2017). 発達障害. 文春新書.

岩波明. (2019). 天才と発達障害. 文春新書.

岩波明. (2021). 発達障害という才能. SB新書.

江島 由裕義和藤野. (2019). 発達障害とアントレプレナーシップ. 日本ベンチャー学会誌33 巻 p. 25-39.

酒井敏. (2019). 京大的アホがなぜ必要か. 集英社新書.

小熊英二. (2019). 日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学. 講談社現代新書.

村中直人. (2020). ニューロダイバーシティの教科書: 多様性尊重社会へのキーワード. 金子書房.

入山章栄. (2019). 世界標準の経営理論. ダイヤモンド社.

野村総合研究所. (2021). デジタル社会における発達障害人材の更なる活躍機会とその経済的インパクト-ニューロダイバーシティマネジメントの広がりと企業価値の向上-. https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2021/cc/mediaforum/forum308

注釈

[1] 株式会社マネジメントベース,【調査結果】大人の発達障害に関する調査,HRpro, 2011年6月29日(https://www.hrpro.co.jp/press_detail.php?ccd=00091&press_no=2 2023年2月14日最終アクセス)

[2] ことばのこらむ,「千里の馬は常に有れども伯楽は常には有らず」,三省堂(https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/kotowaza40,2023年2月14日最終アクセス)

[3] 「カリスマ経営者の変人ぶりと日本のヘンジン会」,ITmedia,2008年8月31日(https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0808/31/news004.html, 2023年2月14日最終アクセス)

[4] 「イーロン・マスク氏、アスペルガー症候群だと明かす 米人気番組で」,BBC Japan,2021年5月11日 (https://www.bbc.com/japanese/57059511, 2023年2月14日アクセス)

[5] 「発達障害が強み ニトリ会長の「お、ねだん以上。」な話」.朝日新聞デジタル,2021年7月5日(https://www.asahi.com/articles/ASP6Z00B1P69ULBJ00H.html2023年2月14日最終アクセス)

[6] 松本勝,「誤解されたイノベーションの本当の意味とは 新結合を生み出す「4つの組み合わせ」を考える」東洋経済ONLINE,2021年7月29日(https://toyokeizai.net/articles/-/442681,2023年2月14日最終アクセス)

[7] Indeed キャリアガイド編集部, 「発達障がい者への就労支援。「普通」のレベルが格段に上がった現代の生きづらさを変えていく」,indeed,2022年6月6日(https://jp.indeed.com/career-advice/career-development/my-reason-for-working-interview-with-suzuki,2023年2月14日最終アクセス)

[8] JOI ITO,「#15 発達障害がある人々にとって日本社会は寛容か?神経構造の多様性「ニューロダイバーシティ」とイノベーションについて、歴史社会学者の池上英子先生と考える」,JOI ITO,2022年1月31日(https://joi.ito.com/podcast/episodes/0015/,2023年2月14日最終アクセス)

[9] 「イスラエル国基礎データ」,外務省,2022年9月9日,(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/israel/data.html,2023年2月14日最終アクセス)

[10] 「オレゴン、全米初の「ハードドラッグ」非犯罪化」,AFP,2020年11月5日(https://www.afpbb.com/articles/-/3313957, 2023年2月14日最終アクセス)

[11] 新国立劇場オペラ「ニュルンベルグのマイスタージンガー」新国立劇場(https://www.nntt.jac.go.jp/opera/diemeistersingervonnurnberg/,2023年2月14日最終アクセス)

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中田智博の論考

Thesis

Tomohiro TAMEKUNI

為国智博

第41期

為国 智博

ためくに・ともひろ

MAVIS PARTNERS 株式会社 アナリスト

Mission

誰もが自分らしく輝ける、「ニューロダイバース」な社会の実現

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