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地方自治体研修報告 越前市長・奈良俊幸氏に学んで

 本年9月から10月中旬まで、私は福井県越前市の奈良俊幸市長のもと、地方自治体において研修した。そこでは、松下幸之助塾主の唱えた「政治経営」の哲学の下に運営される基礎自治体の行政が存在した。

 越前市は福井県嶺南地方に位置する人口8万人余の自治体である。平成の大合併の際に、武生市と今立町が合併し、現在の市域・市名となっている。北陸有数のものづくりの街であり、福井村田製作所をはじめとする大規模な製造拠点と、越前打刃物・越前和紙・箪笥といった伝統産業が北陸第2位の製造品出荷額(ひとりあたり)を支えている。
 市長の奈良氏は松下政経塾第6期生であり、早大政経卒業後に松下政経塾に入塾し、卒塾後福井県議会議員を4期務めた。旧武生市の最後の市長に当選後、合併後の選挙を制し、以来16年間に渡って市政運営を行ってきた。その市政においては、「50年に一度のまちづくり」と銘打ち、老朽化していた市役所庁舎の建て替えをはじめとする公共施設更新や、武生中央公園の再整備により県下最多の観光施設の整備、PPPを用いた北陸新幹線新駅の新駅開発等を推進し、大きな成果をもたらしている。また、近年では手話言語条例を施行し、市長自ら推進するなどバリアフリーにも取り組む。
 今回の研修では、政経塾の先達から政治経営の要諦を学ぶべく、同氏よりの直接のご指導をはじめとし、広範な地方行政の現場を巡らせていただいた。福祉分野では困窮者支援や児童養護施設、こども食堂、産業分野では農協をはじめとする農政の取り組み、伝統産業振興、また交通行政や多文化推進などを多岐に渡って研修した。下記では、そのなかでも最も印象に残った奈良氏の政策について、また越前市で実感した日本のこれから直面する多文化共生の課題について述べる。

1 「コウノトリの舞う里つくり」

 私が奈良氏の市政運営のスケールの大きさに圧倒されたのは、「コウノトリの舞う里つくり」の取り組みである。市長就任後の数年において、税収増・製造品出荷額増を達成しつつあった同市に直撃したのがリーマンショックであった。世界を襲った大不況は、日本においても、「ヒトの返品」をさせ、多くの派遣労働者が派遣切りにあった。当時、食の不祥事もクローズアップされる中で、同氏が向き合ったのは松下幸之助塾主の教えであったという。

 「人間が行き詰る時とは、自分さえよければいい、目先さえ良ければいいと考え始めた時である。」という塾主の言葉に日本社会を重ねた奈良氏は、最早自分の任期を超えて実現する、つまり、自分の任期中には無理なような大きな政策を実現する覚悟を持った。
 かつて越前市はコウノトリの飛来し、営巣する優れた環境を有していたが、昭和45年を最後にコウノトリは越前市の空を飛ばなくなって久しくなっていた。コウノトリにインスピレーションを受けた奈良氏は、いつかコウノトリが舞うような里を祈念して、環境調和農業の推進を決断した。奈良氏の制定した「越前市食と農の創造ビジョン」、そして続く「越前市食と農の創造条例」により、越前市では先進的な環境調和農法が推進され、現在も取り組みが続いている。

 力強い取り組みの結果、奈良氏の任期中の平成22年にはコウノトリが飛来し、現在は営巣、巣立ちまで実現している。私も、この目で越前市を飛び交うコウノトリを何羽も目撃した。その感動は奈良氏の辣腕を物語っている。

2 移民流入の人口ボーナスと向き合う 多様性と現実のはざまで

 一方で、研修ではこれからの日本が向き合うべき問題を強く実感するところでもあった。越前市は現在、福井県内で唯一の人口増加自治体である。上述の大規模製造拠点は大きな雇用をもたらし、雇用に支えられて人口が増加している稀有な地方の自治体である。そのなかで、増加する人口の多くを占めるのが外国人派遣労働者とその家族である。
 現に越前市の外国人市民数は平成26年からほぼ倍増しており、令和3年現在は、市人口の6%程度の5,196名の外国人市民が住居している。また、その7割がブラジル系であり、市の担当者の話ではブラジル系外国人は家族を帯同させる傾向が強いという。

 外国人市民の増加は、人口の維持に貢献している点で人口減少・過疎化の進む日本の地方都市には計り知れない人口ボーナスの恩恵をもたらすが、地域での多文化共生には多くの問題も伴う。それは、地域での生活習慣の違いや言語の壁だけでなく、教育現場でも起こっている。

 私の訪れた武生西小学校は児童の5人に1人以上が外国人児童であった。校舎内は私の過ごした小学校の風景とはすこし違うものだった。多くの掲示物はポルトガル語が併記されており、ポルトガル人の児童の中には日本語が不得手で授業についていけない子も少なくないという。勿論、特異に外国人市民率の高い越前市は、国県市費で外国人児童のための補助教員を相当数投入しており先進的な取り組みをしている。しかし、そこまでしても日本人児童と外国人児童の間にはギャップが生まれてしまうという。
 全く別の機会に私が同じ地域の子ども食堂を訪ねると、利用者の半分程度が外国人で占められている。貧困や教育的な格差を感じずにはいれなかった。

 越前市は決してこの問題に後進的な自治体ではない。むしろ先進的な面もある。実は法制度上、日本では外国籍者は義務教育制度の対象外となっている。ということは小中学校に通ってすらいない外国人児童(不就学児)すら存在するのである。越前市は不就学児童のゼロを達成しているが、全国的は2~3万人の不就学児が存在する。生まれ住む場所を選ぶことのできない子供たちが義務教育ですらアクセスできないのである。

 教育は一例に過ぎない。貧困の現場の職員に話を聞くと、自治体をたらい回しにされる外国人の話すら聞く。幸いにして大規模に問題が顕在化したことはないが、言語の壁が災害時には人命に直結することも考えられる。

 移民の流入は経済・人口的には極めて大きなボーナスをもたらし、多様性をより豊かにするオプションである。しかし、その現実は多くの問題を伴う。全国でも有数の外国人の住む自治体で見えた景色だった。

3 終わりに

 令和3年10月17日、奈良俊幸氏は5選を狙う市長選挙において、対立候補に敗れ、落選した。極めて厳しい多選批判をはじめとする追及に、同氏の訴えが及ばなかった。
 現地で研修をする中で、奈良氏の市政は極めて先進的な手法を用いたものであったと確信している。同氏の落選をもって私は越前市をしばらく去ることになったが、とても美しい土地であり、素晴らしい人たちに支えられた研修を過ごした。また、越前市に住んだ時間は何よりも素敵な想い出である。
 こうした研修の機会を頂いたことに、市役所の皆様をはじめとする地域の皆様に心から感謝を申し上げ、本稿を終える。

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