論考

Thesis

米国ピッツバ-グに学ぶ地域再生(1)

            米国ピッツバ-グに学ぶ地域再生(1)
●私の問題意識

 私は、5月5日から半年間、米国ピッツバ-グにて地域再生のプロセスや原動力を学んでいる。帰国後は、北九州市に代表される日本の衰退する工業都市の活性化に、直接役立続き ててゆきたい。 なぜ、ピッツバ-グを選んだのか。それは、この地域(ピッツバ-グ市と周辺のアレゲニ-郡など7郡)が製造業とともに「繁栄→衰退→再生」のプロセスを既に経験し、今も再生の努力を続けているからである。ここには「米国のバ-ミンガム」と称され、19世紀半ばから約100年間、鉄鋼業とともに栄えてきた歴史と、その後の衰退期を行政・企業・NPOの粘り強いパ-トナ-シップで乗り切っている現実がある。

 今日のアジア諸国の興隆と円高は、製造業を頼りとする地方都市に強いダメ-ジを与えている。50年前から改革に取り組み、近年は「全米一住やすい都市」の評価を得たこともあるピッツバ-グの取組みは、必ず日本の地域再生にも活かせるに違いない。

●工場跡地の再開発と環境問題

 同地域が抱える大きな経済的・社会的問題のうち、私が特に関心を持っているテ-マはブラウンフィ-ルドと呼ばれる広大な工場跡地の再開発と、白人層と黒人層など地域内の経済格差の是正である。それぞれの問題点と解決アプロ-チを簡単に紹介したい。

 5月と6月は、地元デュケイン大学の公共政策学部大学院生と共に、工場跡地の再開発と環境問題について学んでいる。市内を流れる3本の川沿いの土地には数多くの遊休地が広がっている。同地域では、1980年から92年の12年間に、製造業の従事者が25万人から12万人に半減。跡地活用は、地域経済を浮揚させる鍵の1つである。

 先日、デュケイン・シティセンタ-という開発中の跡地現場を訪れた。都心から車で15分、モノンガハラ川に沿った約100haの土地は、荒れ果てた建物の骨組み以外は全て片付けられている。北九州で稼動中の工場の行く末と考えると、少し感傷的になった。

 ここは、1886年から1987年まで、USスティ-ル(現USX)の主力工場の1つだった。操業を停止した後、90年にはアレゲニ-郡に買収される。問題は、再開発する前に行った州政府の環境調査の結果、アスベストやPCBなど有害物質が検出された点である(遊休地のままであれば人体に問題はない程度)。これらの除去にかかった費用は840万ドル(約7億円)にも上り、主に開発事業者が州政府の援助を受けて負担した。開発しなければ問題ないので、前所有者の会社ではなく、再開発業者が責任を持つ。

 工場跡地の再開発は、環境調査や除去の費用という予測できない高額のコストがかかる恐れがあるため、市場原理だけは進みにくい面がある。今回は、ペンシルベニア州南西部地域産業開発協会(RIDC)が開発を担当。1955年に設立されたNPOで、これまでも大規模な工業団地の開発や分譲を手掛けてきた。跡地を案内してくれたマリ-ン開発部長は「環境を取り戻すコストは、公共セクタ-が負担。その上でRIDCのような民間セクタ-が開発に取り組む。この協力関係なしには、工業跡地の再開発は不可能」と語った。この問題については、次号で詳しく報告する。

●地域内の経済格差の是正

 7月と8月は、ネイバ-フット・コミュニティと呼ばれるNPOで、地区内の経済格差を是正する再生事業について学ぶ予定である。

 Places Rated Almanac(生活費・雇用・住宅・交通・教育・医療・犯罪・芸術・余暇・気候の10項目から4年に1回、全米を342地域に分けて住みやすさを総合評価するガイド)によると、同地域は1981年に4位、85年に1位、89年に3位、93年に5位と毎回高い評価を受けている。ピッツバ-グ大学やカ-ネギ-メロン大学の高い研究能力や、ロ-リン・マゼ-ル率いるピッツバ-グ交響楽団の芸術性の高さと、大都市圏の中では最も低い生活費と犯罪率が、住みやすさの理由である。

 しかし、実際に暮らして感じるのは、地域内の個人間や地区間の経済格差の大きさである。例えば、都心のオフィスで見かけるのは圧倒的に白人男性であり、マクドナルドの店員は例外なく黒人である。私が滞在している都心部周辺は圧倒的に黒人が多く、危険で汚い建物も多いが、郊外には安全で美しい住宅が建ち並び、多くは白人が暮らしている。

 ピッツバ-グ大学発行の経済レポ-ト、Economic Benchmarksによると、1989年の同市の黒人の年間平均生活費は約7千ドル、白人は約1万4千ドルに上り、2倍の格差が生じている。暴力や麻薬など犯罪に結び付きやすい、これらの経済格差を是正するために、市の外郭団体である都市再開発公社(URA)は、各地区のNPOと協力して、93年に1291軒の住宅建設や修繕、337人の雇用創出を実現した。

 人種間の逆差別から、カリフォルニア州ではアファ-マティブ・アクション(少数民族に優先的な教育や雇用の機会を与える政策)が撤廃された。アメリカにとって、古くて新しい新しいこの問題についても、同地域の行政やNPOがどう関わっているのか、現場で学んでゆきたい。

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森浩明の論考

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Hiroaki Mori

松下政経塾 本館

第13期

森 浩明

もり・ひろあき

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