Thesis
米国社会の特徴の一つは、公共分野への積極的な市民参加である。街づくりにおいてもCDC(コミュニティベイスト・デベロプメント・コ-ポレ-ション)と呼ばれる非営利民間組織が活躍している。私は7月から2ヶ月間、CDCの一つであるピッツバ-グ市のロ-レンスビル開発協議会で活動した。これから米国の街づくり団体であるCDCの役割と機能について報告する。
1.低所得者向け住宅事業で活躍
市民が直に公共分野に参画する米国の歴史は、植民地開拓時代の自警団にさかのぼる。例えば、自分たちの身は自分たちで守るという習慣は、銃の個人所有や各州の独立性などにも生きている。この自助の精神を街づくりの分野に反映させたものがCDCである。
1950年代のスラム一掃政策の失敗と60年代の公民権運動などを背景に、『低所得者やマイノリティ、衰退地域の環境改善を目指して、住宅や商業ビルの建設と改善、地元ビジネスの支援などを行う地元民による非営利民間組織』としてCDCが誕生した。80年代にレ-ガン政権の連邦予算削減の影響を受けるが、その活動は寧ろ拡大している。
NCCED(地域経済開発全国会議)は1991年に、CDCの数は2千を越え、都市部に64%、農村部に19%、両方に17%が分かれ、最近5年間で11万戸の住宅と9万人の雇用を創造していると発表した。
エイヴィス・ヴァイタル教授の「リビルティング・コミュニティ」によると、CDCの87%が住宅事業を、67%が商業ビル事業を、58%がビジネス支援を行い、年間2万7千戸の住宅が着工され、CDCの職員の中央値は7人、年間予算の中央値は約70万ドルで、収入の内訳は33%が連邦、14%が財団、11%が市、9%が州、企業が8%、銀行が7%などと報告した。
CDCは、低所得者向け住宅では全米最大の勢力になっている。物理的な住宅改善策を複雑でより難しい社会問題(犯罪・教育・雇用など)の解決糸口として位置付けているからだ。麻薬や売春の取引にも利用されるスラム住宅が、手入れが行き届いた清潔な住宅に変わることが、現状でできる最大限のことである。
2.ロ-レンスビル開発協議会(LDC)の例
日本の街づくり団体が勉強会やイベントが中心の活動に比べて、米国の街づくり団体はミニデベロッパ-的な実力を備えている。その理由は、自助の精神のみならず、CDCを資金的・技術的に支援する仕組みがあるからである。
NPO設立は日本に比べて簡単である。LDCの場合、弁護士に依頼したが、個人でも可能な手続きだそうだ。まず、州政府に組織の名称・住所・目的・理事名・内規を届け出て法人化を申請する。次に、連邦の内国歳入局(IRS)から501(C)(3)に該当するとして免税の資格を得る。基本財産の有無などは問われない。
法人格と免税資格を得た後は、事業計画の作成であるが、特に資金調達が重要になる。銀行ビルの修復には総額76万8500ドルが必要とされたのに対し、都市再開発公社(URA:ピッツバ-グ市の外郭団体)からの補助金、財団・企業・個人からの寄付金などの合計は37万ドル余りである。(表1) このギャップを埋める作業は、URA住宅局とCDCの共同作業になる。テナント料や必要経費を計算して、低利の公的資金を第1モ-ゲ-ジに組み、次に銀行などから無理のないロ-ンが組まれる。(表2)。
<表1>1 URAの補助金(3種類) 172,500ドル 2 財団からの寄付金(2団体) 75,000ドル 3 企業からの寄付金(2社) 49,000ドル 4 個人の寄付金 12,000ドル 5 その他 40,000ドル 合計 373,500ドル
<表2>6 URAのロ-ン(2種類) 225,000ドル(2.00%・12年払) 7 財団(PPND)のロ-ン 100,000ドル(6.47%・12年払) 8 銀行のロ-ン 70,000ドル(7.50%・12年払) 合計 395,000ドル
資金面と同様に、技術面のバックアップが街づくり団体の育成に欠かせない。1983年に設立された民間財団のピッツバ-グ地域開発ネットワ-ク(PPND)では、CDCに経営・財政・デザインなど、街づくりやCDCの運営に必要な専門的知識を提供している。私も7月に行われたPPNDの金融ワ-クショップに参加したが、バランスシ-トの見方や資金調達の仕方を丁寧に指導していた。参加者約50人のうち、8割がCDC、残り銀行などから来ていて、CDCの職員間やCDCと銀行との情報交換も行われていた。3.CDCを日本に活かすべきか
まず、上記の体験から、私なりにCDCのメリットとデメリットを考察してみたい。
最大のメリットは民間デベロッパ-が見放すような悪い条件の地域に核ができ、再生の営みが開始される点である。CDCの原動力は、一種の郷土愛である。自分たちが暮らす地域の崩壊を自分たちの手で何とかしたい、この情熱は採算ベ-スの企業や税金の公平に分配する行政からは生まれにくい。
また、補助金や低利融資を利用できるため、低所得者向けに良質の住宅を提供できる。連邦政府からの地域開発一括補助金(CDBG)や州政府からの補助金には、資金の利用比率に応じて低所得者向けの割合が決まるからだ。例えば、CDBGを総工費の10%利用したとすると、住宅の10%は平均所得の80%以下の低所得者に提供するなど。
反対に、最大のデメリットはCDCの能力によって地域間格差が生じる点である。行政のように一律のサ-ビスを提供する仕組みとは異なり、CDCが積極的で実行力のある地域とそうでない地域にギャップが出来ることはURAのデニス・デ-ビン住宅局長も認めていた。この差を埋めるために、ピッツバ-グ市は住宅開発公社(HDC)を新設して、CDCの無いまたは弱い地域の住宅事情の均衡を保とうとしている。
NPOが同業種の中小企業の経営を圧迫する点もよく指摘される。補助金や低利融資を受けるハンディが両者の競争以前に存在するのは確かだが、CDCは元々、民間企業がやる気のない地域の開発に取り組んでいるので、この場合心配は少ない。
市の全体計画とCDCの事業の整合性についても分析する必要がある。CDCは役所の下部組織ではないが、予算や計画の影響は受けている。独立したCDCの裁量がどのように確保されるのか、対立はないのか、両者の緊張関係について現在調べている。
一日政経塾で各地を訪ねると、夜遅くまで熱心に地域の問題点や夢を語り合い、参加者の街づくりに賭けるエネルギ-に圧倒されたことを思い出す。ところが、議論や宴の後に具体的改革が実現した話は聞いたことがない。イベントや勉強会の開催はあるが、米国のCDCのような本格的な事業は全く見られない。意欲のある街づくり団体があっても、行政は入る隙き間を与えず、単なる親睦団体に留まる場合が多いからだ。
複雑化・多様化した現在の日本で、中央集権から地方分権が盛んに唱えらている。問題により身近な地方の方が適切に対処できるからである。同時に、地域の課題により身近な市民が、街づくりに直接参画する機会も創るべきだと思う。行政情報の非公開や反対のための住民運動など、行政と市民運動が鋭く対立していた時代は、55年体制の崩壊とともに終わるだろう。今は、責任感のある市民の力を積極的に支援して活かす、行政とNPOがパ-トナ-として協力できる時代に変える絶好のチャンスである。
Thesis
Hiroaki Mori
第13期
もり・ひろあき