論考

Thesis

米国ピッツバ-グに学ぶ地域再生(2)

            米国ピッツバ-グに学ぶ地域再生(2)
●ブラウンフィ-ルドの再開発 

 重工業が壊滅したピッツバーグ地域では、市内を流れるY字の3本の川沿いに、広大な遊休地をいくつも見ることができる。経済的・法律的に開発が難しい都心の古い工場跡地(ブラウンフィ-ルド)は見捨てられ、郊外の新しい土地(グリ-ンフィ-ルド)の開発が進んでいるからだ。不動産税と賃金税(市内に通勤する人の給料に一律かける)が歳入の柱の一つである

市政府にとって、工業跡地の放置は、地域の雇用減や税収減に直接つながる大問題である。

 インフラが既に整備され立地条件も良いにもかかわらず、工場跡地が敬遠される主な理由は、環境問題にある。NPOで地元のまとめ役の一つであるアレゲニ-地域開発協議会(ACCD)は、1994年6月の機関誌で次のような意見を述べている。「違法な操業ではなく長い歴史のなかで蓄積された汚染物質や、それらを取り除く環境改善コストのため、ブラウンフィ-ルドへの投資が控えられてる。(中略)時には、環境改善コストが売買価格を上回る場合もあり、これら負の遺産とリスクを背負うためには、市場原理を越えた公共セクタ-の強い介入が必要である。(中略)アレゲニ-郡の産業用地のうち、63%ががブラウンフィ-ルドで、この再開発が地域の未来を左右するといっても過言ではない。」

 汚染物という「負の遺産」の多くは、開発しなければ人体に問題ないレベルだったり、とうの昔に解散して今は存在しない会社が原因のため、これから開発する事業者が環境改善の全責任を持つル-ルだそうだ。また、ペンシルベニア州政府環境局の厳しすぎる基準(日常生活に差し障りのある程度ではなく、人類史以前の原始状態まで求める)は、改善コストの上昇という経済的「リスク」を招いている。ACCDやアレゲニ-郡政府は、開発者の責任の限定と環境改善基準の緩和を州環境局に求めている。

●ピッツバーグ・テクノロジー・センター 

 さて、米国では外交文書など報告書になる以前のやり取りが、手紙やメモのレベルまで保存されており、後世の研究に役立っている。今回それは私の活動にも参考になった。事業を行ったNPOの地域産業開発公社(RIDC)と市の外郭団体である都市再開発公社(URA)に残された文書から、再開発の歩みを垣間見ることができたからだ。

 ダウンタウンから3km、大学街から2km、モノンハガラ川沿いにあるピッツバ-グ・テクノロジ-・センタ-(PTC)は、再開発の成功事例である。ここは、1880年から1920年までガス工場で、1923年からはJ&L(現LTV)の製鉄圧延工場として稼動した土地である。1982年に操業を停止し、83年に土地と建物が2530万ドルでURAに買収されている。

 87年1月、URAが行った環境アセスメントの結果、地中から油とヘドロとシアン化化合物が発見された。これらは旧ガス工場が原因と推測されたが、地表がコンクリ-トで塗り固められたため、直接人体に触れる機会がなく安全だった。その後も、環境アセスメントが2回行われ、有害物質は全て取り除かれた。89年1月のURA内部の書簡によると、2700万ドルの改善コストのうち1000万ドルまでURAが負担するよう、指示が出されていた。

 現在は、ピッツバ-グ大学の2つの生命工学研究所とカ-ネギ-メロン大学のリサ-チセンタ-、ユニオンスイッチ社という民間の研究機関が進出している。同社は、直接雇用の450名(千名まで増やす予定)と、間接的な1500名の雇用機会(うち建設業480名)を提供し、既に地域経済へ良い影響を与えている。

●都市再生の営み

 上記の事例だけで、ピッツバ-グの再生を肯定するのは早計であろう。しかし、これらの活動を通じて、地域再生の道のりの遠さを改めて感じた。都市再生に特効薬はなく、雇用を増やし、税収を増やし、良好な生活環境を整えるという地道なサイクル以外にありえない。ピッツバ-グの着実な歩みは、日本の衰退する各都市を再生させたい私にとって、ケ-ススタディとしても、また精神的にも大変参考になっている。

 指導を受けているエヴァン・ストッダ-ド教授(49才)は、2年前までURAの経済開発部長を務めていた。開発当事者の一人として当時を尋ねたところ、「都市の再生には、膨大な時間とパワ-が必要。URAはブラウンフィ-ルドの再開発以外にも、低所得者用の住宅建設や黒人や女性がスモ-ルビジネスを始める援助などなど、総合的に再生政策に関わってきた。諦めずに、一つ一つ積み重ねてゆくしかない。」と答えが返った。

日本国内の工場も、円高と海外の追い上げに苦しんでいる。現在は、人員縮小などギリギリの所で頑張っているが、近い将来、工場がペンペン草だらけの遊休地になる可能性もあり得る。実際、北九州市でも、規模を縮小した新日鉄の跡地の一部は、テ-マパ-クやホテルなどに再開発されている。昨年度、北九州活性化協議会(KPEC)で研修した際に、地元の財界リ-ダ-から「いかにして現在の製造業を守るべきか」という意見を度々聞かされた。永年親しんだ工場への愛着は痛いほど良く分かる。その一方で、冷静に「衰退後の再生ヴィジョン」を準備し、勇気を奮って説得してゆく必要を感じた。

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森浩明の論考

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Hiroaki Mori

松下政経塾 本館

第13期

森 浩明

もり・ひろあき

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