論考

Thesis

その2~中国の放送局事情

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1995/5/29

中国に到着してから1ヶ月くらいたった。中国の放送状況を知るために来たけれども、中国の場合は情報に関してはいずれにしても国家機密のようで、特に外国人の場合はどんな情報でも入手すること自体、禁止されている。そのため詳しくかつ正確な情報を得ることは難しかった。放送状況も国家機密の最重要レベルである、特に情報入手が難しかった。

 今回放送関係で会った人々の中で役に立った人は北京電視台(BーTV)の報道局の国際部主任(部長の上の職級)で働いてる孫軒寅氏と、中国人民大の国際政治学専攻の博士課程の王新宇氏であった。孫氏は中国人民大の新聞学部出身で、放送局でのキャリアは19年である。王氏は北京で生まれ育って今年8月から中国外務部で働く予定の女性である。孫氏と王氏の中国の放送事情の全般的な説明によって、中国の放送の現状を知ることができた。(ちなみに、孫氏とは 4回、王氏とは6回会った)

 中国のTV放送の存在理由は、中国の徹底的な国家安全と発展のためといえる。社会主義国家において、放送・新聞というものは宣伝の道具であり、世論の伝達という言論の自由、本来の機能は全くなかった。このような原則は放送局員(特に記者)を選ぶ過程でも同様だ。

 中国では原則的に新聞、放送局の職員を選ぶ入社試験はない。路子という言葉で表現される特別な人間関係によって党性と個人的な能力が確認されてから個別に入社が許される。

 結局、放送局員とは、特権階級であり、中国の社会主義路線を強く後ろだてする集団である。従って、大学生の就職希望対象の中で一番人気が高いのが中国中央電視台(CCーTV)であり、分野では放送・新聞といったマスコミ分野であった。

 また、現在中国のマスコミ分野で目立つのは、中国人民大学の新聞学部の出身社者であり、(中国の大学では、一般的に新聞・放送の区別がない)特に、新聞、放送局の核心部といえる、新聞記者の60%以上が人民大出身者だそうだ。

 最近、放送局の雇用システムの中で、興味深いことは、編集や照明などの部門で1~2年間の短期間契約の職員を採用していることである。これは医療費・食費などの社会保険に関わる費用を払わずに、月給制(平均月4千円~5千円)で雇用するシステムである。 放送局の内部事情を見ると、新聞部といえる報道部は日本と韓国のような構造を持っていて、政治、経済、社会、文化等の区分によって、仕事が行なわれている。しかし、取材に関する記者の自由度はなく、取材の対象、方法、内容などすべてが上層部(政府の放送関係者)からの命令によって一方的に決定されている。記者の役割はその内容をただ読むだけである。

 例えば、政治に関すテレビニュースを見ると、北京で見られる7つのTV局の放送内容が全部同じなことであり、ニュース内容の中で記者自らの意見も全くないことが解る。

 このような現状のため、記者たちの希望部の中で一番人気がない部が政治部だといわれる。しかし、経済部の場合は小さくても自由度があり、特にお金に関する記事のため、裏の収入も期待でき、最も人気が高い。参考までに入社10年目の記者の月給は1万5千円である。

 最近、中国の放送番組の中で一番興味深かったのはCCーTVで毎週放送される「東方の子」という番組である。香港の長江実業の会長である李嘉誠氏の出演を始め、経済的に成功した有名な華僑の成功談や人生観、愛国心を紹介している。21世紀の中国の力を十分に感じる番組である。こうした華僑をはじめ、中国の海外への影響力を自慢する番組が連日放送されている。

 また戦後50年にあたり、7月から活発に放送されている番組は日本の戦争責任に関する放送である。毎日全放送局で繰り返し放送されている。特に戦後の賠償問題に関して、日本とドイツの態度の違いを比較しながら、中国国民に対する歴史教育を行なっている。 例えば、今回日本の国会で論議された不戦決議案問題や戦争謝罪文問題さえ、CCーTV等、中国の放送を通じて毎日中継されたように歴史に関する政策は考えたよりも重要なものに認識された。

 一方放送職員の仕事に関する態度とか使命意識等を見ると、社会主義路線を支える特別階級の仕事ということとは全く別のことで、あまり使命感とか歴史観というものは感じられなかった。

 今、中国は様々な変化が至るところで起こっている。しかし急速な経済成長ととも広がっている極端な利己主義は既存の秩序維持に深刻な影響力を与えている。国民全体を通じた国家的な目標は一体何なのか?共産主義、毛沢東、中華思想、中国という国家、人民、、、、、。今回の放送現状を研究しながら、感じたことは今中国ではこのような全体主義的な理念という者が思ったより弱いということである。

 放送局の職員さえ、みんなお金に目がない状況は中国の未来に暗い影を落している。放送というものは、宣伝ではなく、人民に夢とかやり甲斐を与えるものであるべきだと思う。しかし、今の中国の状況はそういう風な考え方も、未来観も、歴史観も見えない状況で、極論すれば、ただお金そのものが至高の価値であり、目標であり、国家的求心点である。

 国家的にも社会的にも、個人的にも、いつ中国が国民全体を通じた正しい方向と未来観を提示するのか?

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