Thesis
人口減少社会において、地域によっては自治体の経営はますます厳しいものになる。そのような時代の移り変わりの中で、生活の質の維持向上をはかるためには、ITをはじめとするテクノロジーを活用することが必須である。そのような観点から、人づくりをテーマに本レポートを執筆した。
はじめに
1.人間と機械の関係を真剣に考える時代
2.理工系人材の育成は、喫緊の課題である
3.「理工系の進路を選んだのは、魅力を感じたから」
4.産学連携による人材育成
おわりに
わが国は人口減少社会を迎え、人口構成の変化にあわせて、経営的視点を持った持続可能な地域づくりを行うことが求められる。
第4次産業革命や超スマート社会(Society5.0)がうたわれる中で、AI(人工知能)、IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、ロボットなどのテクノロジーによってさまざまなサービスやライフスタイルが生み出されている。やがて、それらのテクノロジーが社会基盤となり、社会システムの変革が進められることが予想される。
このような時代において、都市や中山間地域を含むあらゆる地域でテクノロジー活用による、人々の心の豊かさや生活の質の向上をはかる施策が求められる。
本レポートでは、人間と機械の好ましい関係をつくり、テクノロジーの活用による地域づくりを進めていくために、人づくりの重要性について述べる。
テクノロジーの創出と活用は、私たちの生活の質の向上につながってきた。具体的には、パソコンやスマートフォンが人々の生活を一変したことはここで繰り返すまでもない。インターネットによって、人と情報がグローバルにつながることで、誰かがどこかで日に新たなサービスを生み出そうと知恵をふり絞っている。産業用ロボットの普及は製造業の生産性を劇的に向上させたが、近年ではロボットは工場の外に出て、人々の生活を支える存在として注目されている。特に、自動運転車にかけられる期待は大きい。また、超高齢社会を支える介護ロボットや見守りロボットなど身近なところにもロボットの活用が期待されている。日進月歩のテクノロジーが社会にインパクトを与えることは、時代の潮流として変わりはない。
わが国は人口減少社会を迎えることによって、生産年齢人口の減少、税収減やシニア世代の割合増にともなう社会保障費増など、取り組むべき課題が山積みの状態である。その中で、生活の質の向上と持続可能な地域経営を目指していくためには、従来からの社会システムの変革が求められていることは、冒頭に述べたとおりである。これまでも、日本政府はICT (Information and Communication Technology) 政策などテクノロジーの活用をさまざまな場面で取り入れられるように制度改革などをすすめてきた。一方で、わが国においてはセキュリティーや個人情報保護の観点が過剰に強調されてきたために、ICT政策は欧米の先進的な事例と比較して遅れをとっていると言わざるを得ない。そのような経緯を踏まえて、2016年に官民データ活用推進基本法を成立させるなど、官民データを積極的に活用することによって介護分野などで新たなビジネスが創出されるなど、オープンデータの取組みも腰が重いながらも進められている。また、わが国は産業用ロボットにおいて世界一の地位を確立した時代がかつてあったが、2015年に公表したロボット新戦略[i]にしたがい、第一次産業や災害現場等にロボットの活用を促進する施策が進められている。特に、生産年齢人口の減少によって人手不足が深刻化する業界において、ロボットの活用に対する期待が高まっており、安倍政権は世界一のロボットの利活用社会に向けた予算拡充をはかっている。
ここまでで述べたような、テクノロジーの活用において論点となるのは、機械と雇用や仕事のあり方についてである。機械が人々の営みを代替することで雇用や仕事を奪うとして語られる論調と、機械は人々の営みを部分的に代替することで人々の働き方が変わり、結果として人々の営みを拡張させるとして語られる論調がある。もちろん現時点で、近未来を正確に予測できる人は誰一人としていないが、雇用や仕事が奪われるという短絡的な危機感を煽るのではなく、社会全体を生成発展させて、人々の豊かで幸せな生活に貢献していくために、どのように機械と付き合っていくかという議論を行っていくことが必要である。
機械との関係やテクノロジーの活用についての議論は、技術面だけでなく、哲学、経済学、法学、政治学、また、社会学な観点を含めた議論が必要である。例えば、自動運転車の普及は製造物責任法や道路交通法など法律との関係が深く、また、音楽など人工知能を用いる創作活動における著作権の考え方など、トピックは目白押しである。業界や専門分野の垣根をこえて議論を行っていくことの重要性はますます高まる。人口減少社会に直面しているわが国において、生活の質の向上を目指し、テクノロジー活用に活路を見出していくことはきわめて有効であると同時に、社会的要請である。あわせて納得感と責任感を持ち、社会の一員として生きていくためには、未来の社会システムを大きく変えるテクノロジー活用や機械との関係に各々が向き合う必要があると言える。
第一章で述べたように、テクノロジーを社会として受け入れ、活用を促進していくためには、業界や専門の垣根を越えて議論がなされていくべきである。これには、理工系人材だけでなく、理工系と文系の橋渡しを担う人材の確保も必要になってくる。
理工系学生の数をグローバルに比較すると、わが国は絶対数が不足している状態と言える(図1)。他国が理工系人材の人員が増加しているのに対して、わが国は横ばいを続けているのが現状である。これには国策として理工系人材をどのように確保していくか、という大きな枠組みの議論が必要になる。
図1.理工系学生の数(万/年)[ii]
上述した自治体のオープンデータ活用の取組みは、理工系と文系の橋渡し人材が必要とされる。しかし、日本の行政機関の多くは、数年間で所属部署をローテーションするために、専門家の育成が不十分であると指摘される場合が少なくない。そのため、システムエンジニアが不足している。行政のシステム関係の仕事を担う民間企業者ヒアリングによれば、行政職員の中にシステム関連に精通した人が多く見当たらないことも、オープンデータ活用推進の弊害になっているとのことである。これに対して、スマートシティーとして世界的に注目されているバルセロナ市では、IMI(Institut Municipal d’Informàtica)というシステムエンジニアの部署が存在し、街中のシステムのスマート化を自前で行っていること、さらに、人材が適材適所に配置されていることも、行政主導によるテクノロジー活用が成功している要因であると分析できる。
理工系人材不足は、教育現場にも要因があると想定される。昨年、私は奈良先端科学技術大学院大学で「理系教育の問題と解決策を考える」ワークショップを開催した。参加してくれた約10名の学生と3回にわたり、熱い議論を交わしたが、多くの学生が小中高等学校で勉強する理系分野の内容がどのように社会の役に立つのか実感がわきにくいと訴えていた。また、産業界の中堅研究者・技術者へのヒアリングにおいても、大学の講義や実験が社会とどのように繋がっているのかイメージが湧かず、就職してから大学で学んだことの重要性に気付いたという意見が多く聞かれるという報告がなされている[iii]。以上のように、理工系分野の学びと社会とのつながりが実感しにくいということが課題である。また、テクノロジーは、より豊かな社会づくりや人々の幸せのためにあるという考え方が十分伝わっていないことは課題と言える。
松下幸之助塾主は、パナソニックの経営を行う上で、「ものをつくる前にひとをつくる」という徹底した考え方を持っていた。国家や地域の経営を考える上で、人づくりこそ最重要にして究極の課題である。国民生活の質の向上や社会課題の解決に向けてテクノロジー活用を重要視するという視点に立ち、理工系人材の育成こそ喫緊の課題であると認識を持つべきである。
奈良先端科学技術大学院大学で大学院生と実施したワークショップでは、「どうして理工系を進路として選択したのか」という問いについて意見交換を行った。ある学生が、「過去に、研究者やエンジニアが魅力的な職業だと感じた瞬間があった」と答えた。具体的には、「劇的ビフォーアフターという番組をみたときに、建築家の仕事に感動した」との意見があった。彼にとっては、そのようなきっかけが進路選択にまでいたったわけであるが、このように「魅力的な仕事や好きなことに出会う」というきっかけを持つことが、人生においてきわめて重要であると感じる。言い方を変えると、好きなことに出会ったタイミングこそ、それに対する興味関心を伸ばし、知識や勉強機会を与え、好奇心を伸ばしていくチャンスであると言える。
学力試験の偏差値によって基礎学力の到達度をはかる教育システムのすべてを否定するつもりはないが、このような現状のシステムによって、好きなことに出会い、それを伸ばすきっかけを失うことにつながってはならない。また、そのような教育システムに十分に順応することができず、取り残されることになった子どもに対しては、好きなことに出会うきっかけを提供し、好きなことを存分に伸ばしていくことが、豊かな生き方とは何か、という本質に向き合い、生き方の選択につながると考える。
話を理工系分野に戻すが、理工系の勉強はどこか難しいイメージが先行してしまうことで、社会に与えるインパクトや私たちの生活の何の役に立っているか、見えにくくなる場合が少なくない。また、理工系人材は性格的に寡黙な人が多いために、どこか堅苦しくとらえられていることもある。しかし、これは私が大学院研究室や民間企業の研究所で実感したことであるが、研究者やエンジニアは情熱を持って日頃から激論を交わし、好奇心を刺激し合い、ワクワク感をもって仕事をしている人も多いのである。それがなかなか伝わりにくいことは正直もどかしく思っている。
理工系分野の職に就いている方の活躍ぶりを目にすること、また、原理や原則をじっくり学ぶことは、日ごろの理工系の勉強が社会とつながり、好奇心を刺激するきっかけとなると考える。もちろんこのような営みによって理工系分野への進路選択を誘導するつもりはないが、理工系の職種の魅力を見える化することによって、好奇心を刺激する場づくりを行い、理工系分野の仕事を好きになる機会を増やしたいのである。私たちの身近な生活の中の、理工系の仕事の役割に気づき、魅力に触れることは、理工系人材の育成を考える上で着目すべき重要な観点である。
では、好奇心を伸ばすために、どのような場づくりの事例があるのであろうか。研究者やエンジニアの活躍を間近で見ることのできる例を紹介させていただくと、ロボットコンテストのような競技会形式のイベントがあげられる。2017年7月下旬に名古屋でロボカップ世界大会[iv]が開催されたが、ロボカップはグローバルにみても最も知名度の高いロボットコンテストの一つである。競技参加者はロボティクスの研究者やエンジニアで、世界各国から予選を勝ち抜いてきた強豪チームばかりであり、大会の現場は熱気と活気に満ちている。私と一緒に現場を訪れた友人が、「学生時代、ロボットコンテストに参加すればよかったなあ」と思わず漏らすほど、競技参加者はいきいきと楽しそうにロボット技術を競い合い、学び合っている。そのような「人」に焦点をあてて、描いたロボットコンテスト魅力発信動画を制作したため、添付をさせていただく[v]。
図2.「ここから未来を創る」(ロボットコンテスト魅力発信動画)
一般の人たちが、研究者やエンジニアの働く研究所や職場を見学することは簡単ではないかもしれないが、ロボットコンテストのような賑わいを感じるイベントをより多くの人に知ってもらうことで、研究者やエンジニアの仕事の魅力に気づき、出会う機会となると考える。2020年と2018年には、経済産業省および新エネルギー・産業技術総合開発機構主催で、ワールドロボットサミット[vi]というロボットの国際競技会が開催される。ロボットの研究開発を加速させ、ロボット活用の理解を促進していく本事業は、研究者やエンジニアが一般の方から脚光をあびる契機である。一般の方が楽しめるワークショップ等のロボット関連イベントも併催される予定であり、子どもたちを含め、より多くの方に研究者やエンジニアの仕事の魅力に出会う機会となることが期待される。
ここまで、生活の質の向上や社会課題の解決を目指してテクノロジー活用を行っていくことの必要性、また、理工系人材の育成を活発化させる必要性について述べた。本章では、人材育成の可能性と展望について述べる。
インターネットによって、時空をこえて人や情報がつながる。そのことを念頭に人材育成を考える必要がある。インターネット上に無償でソースコードを公開することで、不特定多数の人たちがそのソースコードを用いて開発を行う開発手法も主流になりつつある。例えば、義手の開発を行うスタートアップ企業exiii[vii]は、当社が開発した義手の三次元データ(3D CADデータ)を公開することで、どこでも誰でも義手を必要とする人が使いやすいように開発することが可能となっている。このように、誰でも簡単にインターネットによって世界最先端の情報にアクセスすることができ、教材を入手することができる時代になっていることをあらためて強調したい。
昨今では、デジタルなものづくりが楽しめるカフェFabCafe[viii]は、3Dプリンターやレーザーカッターの装置がそろっており、クリエイターの集う場としてコミュニティー形成の拠点となっており、多くの人たちが気軽にものづくりを楽しんでいる。つまり、最低限の装置がありさえすれば、デジタルなものづくりのデータを活用することで誰でもものづくりの担い手になりうるのである。また、VRやARもものづくり分野へ適応の幅が広がっている[ix]など、ものづくりのデジタル化がますます進むことが期待される。FabCafeでは、子どもを対象とする教育的イベントやワークショップなどが開催されるなど、人材育成を考える上でも参考にしたいところが多い。
3Dプリンター
マシニングセンタ
東京TECHSHOP[x]の様子
人材育成に着目すると、2020年にはプログラミング教育が小学校で必修化されるなど、公教育の現場においても、デジタル時代に対応する取組みは進められつつある。学校の現状は、プログラミングによってロボットを自ら動かすなどの取組みには至っていない場合が多いが、世界に目を向ければ、アメリカではオバマ前大統領がSTEM教育(Science, Technology, Engineering, Mathematics)の重要性を訴えるなど[xi]、テクノロジー活用の担い手を育成する取組みはますます加速化している。
最後に、理工系人材の育成をどのように行うか、以下今後の計画について述べたい。理工系人材を育成するために、最先端のテクノロジーを積極的に受け入れ、かつ、教育をミッションとする大学との連携(仕組みづくり)は有効である。すそ野広く対象者を集め、新たなテクノロジーに触れて学ぶ教育的プラットフォームを地域につくるには、研究や教育の担い手となる大学を巻き込むことはきわめて意義深いと考える。そのような実証的な事例をつくるべく、35期岡田が中心となり、大学や民間企業と連携のもとにロボット・ドリーム研究会を発足した。
ロボット・ドリーム研究会は、プログラミングやロボット教材を用いる教育的イベントやワークショップを開催することで、未来の研究者やエンジニアの卵を育てるカリキュラムの開発を目的としている。本研究会の具体的な活動は、ものづくり体験教室、ロボットを動かすプログラミング教室、豊かな未来社会の具体的なアイデアを提示するワークショップ(アイデアソン)などを小・中・高生を対象に実施する。子どもたちのハートに、「未来を創造していく」という火をつける人づくりを研究することが本研究会の狙いである。
本研究会のアウトプットとアウトカムは以下の様に整理をしている。アウトプットは、次代の研究者やエンジニアの卵を育成するカリキュラムである。教育的イベントやワークショップでは毎回アンケートを実施し、参加者からのフィードバックを蓄積することでカリキュラムの改善に活かす。また、完成したカリキュラムは、教育的イベントで活用するだけでなく、学校現場を含む指導要領の提言につなげることを想定している。カリキュラム開発で重きを置いているのは、①子どもたちの好奇心を刺激すること、②人々が幸せに暮らす豊かな社会に貢献することを伝えること、の2点である。アウトカムとしては、研究者やエンジニアを目指す子どもたちが増えて、自ら深堀して勉強したいと思う子どもが増えることを想定している。
テクノロジーの発展によって、具体的なスキル習得よりも、よりいっそう創造性に重きが置かれる時代となっている。人を喜ばせたり、人の共感を得るものをつくるためには、人間性を磨くことが大事であり、思いやりや社会とのかかわり方が何よりも大事である。地域活性化、ということが政策課題として掲げられて久しい。地域が活性化するということの本質は、人がいきいきと活躍することであり、それによって笑顔が溢れるということに他ならないと私は考えている。ロボット・ドリーム研究会の活動を通して、地域の人づくりに貢献する取組みをスタートさせていきたいと考えている。
わが国は前例にない急速なスピードで少子高齢化が進んでいる。これから数十年続く人口減少社会をどのように乗り切るか、わが国の取組みに世界中が注目していると言っても過言ではない。
AI、IoT、ビッグデータ、ロボットなどのテクノロジーは人間を中心とする生活の質を向上させ、人の幸せに寄与するべく活用されるべきである。障害を持った方や身体が思うように動かない高齢者の暮らす生活現場、感染症や災害から国民の生命を守るためや、安全で安心な生活を守っていくためにテクノロジー活用の可能性が広がっている。
しかし、突然一人の天才があらわれてテクノロジーの実装を進めていくことは考えにくいし、実装が進められたとしても弊害が各所に生じることが予想される。地域社会全体として、移り変わる時代の流れにあわせて、テクノロジー活用に対する理解が向上していくことが肝要なのである。そのための人づくりは、時間をかけて進めていく必要がある。
そのような考え方にたって、地域づくりは人づくり、と題して本レポートを執筆した。アドバイスやご批判を皆さまからいただけると幸甚である。
[i] http://www.meti.go.jp/press/2014/01/20150123004/20150123004b.pdf
[ii] OECD Graduated by field of education (http://stats.oecd.org/Index.aspx?DatasetCode=RGRADSTY#)
[iv] https://www.robocup2017.org/
[v] https://yoshihiro44.wixsite.com/robotdream
[vi] http://worldrobotsummit.org/
[vii] http://exiii-hackberry.com/
[viii] https://fabcafe.com/tokyo/
[ix] https://www.nhk.or.jp/keizai/archives/20170708_07.html
[xi] https://obamawhitehouse.archives.gov/blog/2016/02/11/stem-all
Thesis
Yoshihiro Okada
第35期
おかだ・よしひろ
広島県三原市長/無所属