論考

Thesis

大学はNPOのマネジメント教育を

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松下政経塾

1996/4/28

NPOが社会の第三の柱として期待されているが、その運営は容易ではない。米国では大学や大学院で運営の基礎教育を行っている。日本でも大学がそうした教育を担うことを考えるべきではないか。

NPO(民間非営利団体)が、新聞やテレビ、書籍で取り上げられることが多くなってきた。一般に、NPOはボランティアと狭く捉らえられがちであるが、実際には幅広い組織を意味している。NPOとは、公益性を前提とし、その枠組みの中で特定の使命(ミッション)を達成するために設立された組織を指している。具体的に言えば、ボランティア・グループも日本に2万6千ある公益法人も含まれる。それら個人や市民を中心とした社会貢献的活動に対して、企業・政府に続く社会の第三の柱としての期待が大きくなってきている。しかし、現実にはNPOの運営は難しく、企業・政府では補いきれない問題を解決する社会の第三の柱に成長するまでには、教育、制度など多くの課題が残されている。ここでは、教育面について少し触れてみたい。

 NPOは、時としてその方向性を見失ってしまうことがある。素晴らしい理想を持っていても、NPOの多くは、活動によってそれがどの程度実現されたかという理想への貢献成果が具体的に把握しにくい。民間企業のように成果が利益等の数字で把握できないからである。そのため、NPOの活動を継続していると、組織全体だけでなく、そこに関わるスタッフ、果てはマネージャーまでもが、自分たちが何をしているのか、何をしたらよいのかが、わからなくなってしまうことがある。これは、当初の理想が漠然としており、活動のミッション(使命)が不明確なことが原因である。

 ミッションとはNPOの原点である。ミッションはNPOにとって最も重要なものであり、行動指針となるもので、そのNPOの進むべき方向性を示すものである。ミッションをどのように定義するかで組織の在り方も全く変わってしまう。組織としてのミッションが不確定であれば、無計画、非効率な運営がなされることにもなりかねず、さらには、スタッフどころかマネージャーもやる気を失ってしまいかねない。

 米国の経営学者ピーター・ドラッカーによれば、ミッションを達成するうえで重要なのは、1)機会、2)能力、3)信念の3点である。

  1. 機会とはすなわちニーズであり、誰が何を求めているのかを把握することである。
  2. 能力とは、ヒト、モノ、カネ、情報などの資源である。己れの有する資源でミッションを達成することは可能なのか。何が足りないのか、常に検証する必要がある。
  3. 信念とは、何がなんでもミッションを達成する、達成できるという強い意志である。信念を持たない限りミッションは達成できない。

 誰に対して何を提供するか。そのために必要な資源を持っているのか。最後までやり遂げる自信はあるのか。これらの要素を満たして初めてミッションを達成する条件が整うと言える。そのうえで、どうすれば効率的に自己の資源を配分し、効果的にミッションを達成することができるかという具体的な方法論を検討することが必要になる。

 しかし、ミッションの設定やそれを達成するための具体的な方法論を独学で身につけることは困難である。ミッションにおけるニーズの把握・自己資源分析は、ドメイン戦略・差別化戦略・市場戦略・組織戦略などを含み、ある意味で経営学の領域である。専門的な知識を必要とする。「やってみよう。社会に貢献してみよう」という意志がどんなに強くても、それを関係者と共有し、組織として運営していくことは、ことさらに難しい。こうした前向きな意志を無駄に終わらせることなく、効果的に実践していくためには、洗面的な教育が不可欠である。

 現在、日本で実践的な組織のミッション設定・運営に関する教育を行っているのは、慶応義塾大学ビジネススクール等の経営大学院である。しかし、その多くは民間企業経営に関するもので、NPOの運営に関したものはほとんどない。米国では、ハーバード大ケネディスクールやシラキュース大マックスウェルスクールなどを始めとして、NPOのリーダー養成講座を設けている大学や大学院がいくつか存在する。そして、そこから多くの優秀な人材が既存のNPOへ就職したり、自らベンチャー的にNPOを始めたりしている。日本でも大学や大学院の公開講座や教養課程での選択科目のひとつとして、NPOのマネジメントに関する講座があってもよいのではないだろうか。あるいは、NPOマネジメント学科を創り、ミッションの設定・実践の基礎が身につけられるようにしてはどうだろうか。一番望ましいのは、日本にNPO専門大学・大学院を創り、日本社会の第三の柱の推進役となるNPOのリーダー等の育成を行うことである。

 与党3党及び新進党などが検討しているNPO関連法案は、いずれ可決されるであろう。NPOを設立することが将来的にはより簡単になり、多くのNPOが設立されるに違いない。しかし、誰もが共有できる形でミッションを設定し、いかにそれを効果的に達成できるようにするかといった教育は、これまでほとんどなされてこなかった。日本の大学は、将来NPOを始めようという人材に対して適切な教育を提供し、NPOを社会の第三の柱として育てていくために欠かせない人材の育成を図るべきである。大学本来の役割とは、そうした将来の社会の柱を創造していく人材を輩出することにある。その内容の差別化が存在意義である。大学は既存の枠にとらわれず、新しいジャンルを開拓し、未来社会に貢献すべきである。


西脇要氏 ※執筆当時
三菱総合研究所副研究員

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