論考

Thesis

現代中国女性の実状

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松下政経塾

2000/8/29

80年代から急速に進んだ市場経済化は国有企業、国家統制という枠を取り払い、中国女性の生き方、価値観に大きな変化をもたらしている。それは意識面での欧米化とも言える。実際、どのような変化が起きているのか、中国女性の現状を報告する。

変わり始めた中国女性の意識

 元来、中国には「男は仕事、女は家庭」という社会通念があり、女性は長い間、社会への参加を阻害されていた。ところが、1949年の新中国の誕生によって、中国の女性は社会生活のあらゆる面でそれまでとはまったく異なる地位を獲得した。法律が男女の平等を保障し、それによって政治、経済、教育、婚姻・家庭における女性の地位は飛躍的に向上した。とくに、経済面における女性の就業率のアップは、女性を経済面からも精神面からも支えることになった。
 1992年の統計によれば、15歳以上の女性の内、仕事に就いている女性は72.33%に上り、女性の労働力は1995年時点で労働力全体の44%に達した。女性専門技術者も専門技術者総数の38.6%になる。「中国の女性は天の半分を支える働きをもつ」と言い方もあるほど、女性の存在は高く評価されている。
 それゆえ、中国の女性は結婚したからといって、仕事を辞め、家庭に入り専業主婦になるという選択はなかった。就業が「経済上の自立」にとって不可欠であり、精神的支えだからである。加えて、長期にわたって「低賃金高就業」政策を採ってきたので、一般家庭では男女共働きでないと家計を維持できないという事情がある。

 しかし最近、「仕事を続けるか、家庭に入るか」というような論争が、たびたびテレビや雑誌で取り上げられるようになった。つまり、以前ならば考えられなかった「専業主婦」が選択の一つとして浮上してきたのである。そればかりか、結婚そのものに対しても、結婚は個人の自由であり、幸せなら結婚しなくてもいいし、愛情がなくなったら離婚を選ぶという女性が増えている。今、中国の女性の就業観、結婚観、人生観が大きく変わっている。

根強い女性蔑視

 「改革開放」政策によって市場経済化が進むにつれ、多くの外資系企業、合弁企業、私有企業が中国へ進出してきた。それらは、新しい雇用を生み出す一方、従業員募集や職位昇進について、それまで国有企業しかなかった中国の労働現場に新しい視点を持ち込んだ。能力主義である。中国では、仕事の内容が同じであれば男女の差、能力の差に関係なく同一の賃金が支払われた。それが資本主義、能力主義によって崩れ始めたのである。

 中国は、法的には男女の平等を保障している。しかし、実際には人々の意識はいまだ旧弊からぬけきらず、「男尊女卑」の思想が根強い。それゆえ、法の建前とは別に、女性は家庭内でも社会でも冷遇されてきた。例えば「女児」を産んだ母親は家族から蔑視・虐待され、生まれた女児は遺棄されたり、売買されるということが今でも少なくない。仮に、無事に成長できたとしても、十分な教育を受けさせてもらえないことが多い。実際、就学している年数も女性のほうが短く、女性の識字率は男性に比べ低い。とくに農村ほどその傾向は顕著である。つまり、女性の教育レベルが低いので、就職や昇進がしにくい。これは今や外資系企業だけにかぎったことではなく、国有企業が従業員を解雇する際などにも同じことが言える。多くの国有企業が経営不振に陥り、解体・再構築を迫られている現在、真っ先に解雇の対象となるのは、こうした比較的教育レベルの低い女性労働者である。そして、彼女たちは、国営企業ゆえに教育程度を問題視されずそれに安住していたので、教育レベルは旧来のままである。こういう人々は、競争が激化してくると真っ先に振るい落とされる。そこへ国有企業に勤めていたというプライドが加わって再就職も難しい。こうして、今、都市部では大量の女性失業者が生み出されている。「専業主婦」というのはこうした状況が生み出した産物である。

 一方、市場経済化の波にうまく乗った女性たちもいる。彼女たちは「単身貴族」と呼ばれ、外資系企業や合弁会社、金融関係などで働き、高い経済力を身につけ、自分らしい生活を実現しようと懸命である。彼女たちの価値観は「高収入・高消費」であり、そのために次々と仕事を変える。とくに外資系で働く女性には、頻繁に仕事を変える女性が多い。
 また、女性の初婚年齢が上がり、結婚前に同棲するカップルや子供を望まない夫婦も現れている。このように、結婚、家庭、離婚について、中国の女性、特に若い女性の意識は大きく変わってきている。結婚は生き方の一つの選択にすぎない。

住む場所による地域格差

 以上は、都市部に住む女性の現状だが、女性の立場は都市と農村でまた大きく異なる。同じ女性でも教育レベルが都市と農村とで違う。全国婦女連合会と国家統計局が、1990年に共同で行った中国初の「中国女性の社会的地位の調査」によれば、農村に住む女性でまったく学校に通ったことがないという人が30.9%おり、もっとも大きな割合を占めている。ちなみに都市部に住む女性では10.2%、農村に住む男性では11.3%、都市に住む男性では2.7%である。
 こうした教育レベルの違いは、政治面における女性の意識と、実際の地位に大きな影響を及ぼしている。女性の政治参加は中国全体でみれば世界的に高いレベルにある。例えば、1998年の中国全国人民代表2979人に占める女性の割合は21.8%で650人おり、世界20位である(日本は同年比較で世界123位)。ところが、これも都市部と農村では大きな隔たりがある。先の「中国女性の社会的地位の調査」の「あなたが、人民代表になったら」というアンケートによれば、「必ずうまくいくようにやる」と「上の指示に従い、力を尽くす」と答えたのは都市部の女性のほうが、農村の女性より21.4ポイント高く、「能力がないので考えられない」、「絶対になりたくない」と答えた女性では、農村のほうが12.4ポイント高い。つまり、政治においても都市部の女性のほうが圧倒的に高い関心と、自信をもっていることを示している。この違いがどこからでいるのか。教育レベルの違いに因ることは想像に難くない。一般に、高い教育を受けているほど、社会に対する責任感は強い。
 労働条件についても都市部の女性は優遇されている。例えば、都市部の女性労働者の85.3%には3~6カ月の育児有給休暇があり、国有大企業や政府機関には託児所や幼稚園が設けられている。

 さらに、農村部では子どもが重要な労働力とみなされたため一人っ子政策が徹底せず、男児の誕生を求めて複数の子を産む者が絶えなかった。そのため農村は余剰な労働人口を抱え、そこからはじき出された人々が、大挙して都市へ流れこんでいる。その多くは女性で、彼女たちは都会の共働きの家庭でベビーシッターなどをして働いている。
 開放政策で中国でもインターネットが普及し、東南アジア、韓国、香港などへの旅行が解禁され、人々は直接・間接に海外の情報を入手できるようになった。その結果、女性たちは多様な生き方があることを知り、とくに都市に住む女性たちの生き方の選択は大きく広がった。しかし、その一方、その波に乗り切れず、あるいは乗り遅れた大多数の女性たちは、失業による「専業主婦」、仕事を求めて都市への脱出など苦渋の選択を強いられている。
 他の市場主義の国々と同様中国にも、男女の雇用の平等、出産育児休暇、失業対策など様々な問題が噴き出している。さらに、都市と地方の格差がこうした問題を肥大化させている。今や中国にも、女性といって一括りにできない時代が訪れている。

<参考資料>
山下威士・山下泰子監訳『中国の女性』尚学社 1995

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