論考

Thesis

韓国的視点から見た日本の高齢者福祉

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松下政経塾

2001/6/28

高齢社会(注1)は世界的な趨勢である。韓国もその例外ではない(注2)。しかもその速度は日本よりも急速だと予測される。早急な対策が必要である。そこで、韓国の20年先を歩んでいると言われる日本の高齢者福祉を参考にしようと、今年2月から3月にかけて二つの高齢者福祉関連機関で研修した。研修を通じて見えてきた日本の老人福祉の現状と問題点、及び今後の発展的方向について報告する。

福祉施設の増設と活用度の充実化

 一般に、日本の老人福祉の水準は韓国に比べ高い。国全体で見た社会保障費の総額はもちろん、対GNP比で見た場合も、1995年時点で韓国が6.8%であるのに対し、日本は14.1%である。実際、研修で訪れた藤沢市の水準は高かった。特に、元気なお年寄りのための福祉水準はうらやましいくらいだった。 藤沢市は32年前の昭和44年に比較的大規模の「老人福祉センター」を開設したが、その後も、市の南北に各1カ所ずつ施設を作り、老人福祉に力を入れている。私は、これらの施設の中で最も新しい、1999年に開設した「こぶし荘」で研修したが、この施設の人気ぶりには驚かされた。開館時間が午前9時であるにもかかわらず、8時30分頃にはすでに人が集まり始め、開館時間には50名ほどの行列ができていた。入館に特別な手続きが必要なわけでも、 入場制限があるわけでもない。にもかかわらず、 このような光景が毎日見られるという。もちろん、21億円もかけた立派な施設、明るい雰囲気、そこで働いている職員の熱意などは利用者にとって魅力だろう。しかし、それにしてもこうした施設を列まで作って利用するというのは驚きだった。

▲藤沢市の老人福祉センター「こぶし荘」でアクアビクスを楽しむ高齢者たち。
この時は、65~75歳位まで約20名が参加していた。
1日3回程度行われている。筆者もお年寄りに混じり体験してみた。

 これでわかったのは、高齢者福祉施設は藤沢市においては十分にその役割を果たしているということだった。こうした施設を各地に作り、気軽に利用できるようにすれば、多くの高齢者に健康で楽しい日々を過ごしてもらえるだろう。しかし、施設建設には多額の資金が要る。すぐに実現させるのは難しい。そこで、既存施設の利用度を高めることを提案する。それには、利用の制約を少なくすることである。まず利用時間を延ばす。閉館時間を遅らせ、休館日を減らし、できるだけ一年中いつでも利用できるようにする。これによって管理上の問題が発生するが、それはボランティアを活用することである程度解決できる。 例えば、施設利用者の中からボランティアを募ったり、 あるいは地域のボランティア団体に延長時間帯の運営を依頼するなどの方法が考えられる。また、夜間と休館日は多少の実費を払ってもらうという方法もある。これからは、こうした福祉施設の運営をボランティアに一部分委託することを考えるべきである。

老人の個性が尊重されるケアシステム

上記の他に、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)で入所者の介護とデイサービスの研修も行った。興味深かったのは、施設によって雰囲気がかなり異なることである。例えば、お年寄りにゲームやリハビリプログラムの指導を行っているのが20歳前後の職員ばかりの施設では職員とお年寄りの間に距離が感じられた。他方、お年寄りの顔に表情がなく、施設全体が暗い感じのする施設もあった。特に印象に残ったのは、無表情なお年寄りの姿である。専門家によると、こうした症状は、自尊心が繰り返し傷つけられた場合などに現われるという。体が不自由であればこそ、もっと人権が尊重されなければならない。
 以上のことから、より高齢者の立場に立ったケアを提供するポイントとして次の三点を提案する。
第一に、職員の配置や施設で行われる諸プログラムを再検討し、 お年寄りの尊厳が守られる仕組みを作る。例えば、職員には利用者の孫のような若い世代ばかりでなく、経験豊富な中高年も採用し、その人たちが中心になってケア活動をリードするなどである。また、利用者が一方的に指導を受ける仕組みは、お年寄りが能動的に参加できるものへ改める。
 第二に、 施設内でのボランティア活動を活性化する。介護老人福祉施設は、介護保険導入により事業として施設運営しなければならなくなっている。したがって、採算を無視した人員配置はできない。そうした中、十分な人手を得るにはボランティアに頼るしかない。実際、雰囲気が明るい施設では笑顔で働くボランティアがいた。ボランティアこそ施設の雰囲気を決める決定的な要素になると考える。
 第三に、人権尊重の観点から四人部屋中心の施設構造を一人部屋に変えるべきである。

ボランティアの活性化と自治体の役割

 日本の成人のボランティア参加率は20%弱で、いわゆるキリスト教文化圏に属する欧米先進国に比べ低い。韓国も日本と似た程度である(注3)。その意味で、 ボランティアの活性化は韓国と日本、両国にとって課題である。
 「なぜ、 日本のボランティアの水準が低いのか」。その原因の一つとして「政府(自治体)の力が強すぎる」ということが挙げられる。それでは政府の役割を弱めればよいのか。そうは思わない。 むしろ政府(自治体)の役割を強化すべきだと考える。問題はその方向である。
 第一に、 ボランティア団体の新設・運営の支援をする。例えば、イギリスの「ミレニアム アワード計画」(注4)は、 ボランティア計画書を提出した市民がその計画を実践できるように100%支援している。 そこまでは無理だとしても、団体の新設・運営に最低限必要なヒト、モノ、カネ、 情報提供を直接支援すべきである。
 第二に、 自治体が地域内の企業、 学校のボランティアへの参加を先頭にたって推進する。ボランティアの活性化といってもなかなか個人が自発的にはできない。自治体が企業や学校などに積極的に働きかけ推進する。
 第三に、 自治体が中心になって自治体・ボランティア団体、 企業、 学校などを有機的に結ぶネットワーク作りを勧める。ネットワーク化されるとシナジー効果などによって活性化の加速化が起こる可能性が高い。

ボランティア精神と報奨の多様化

 日本では「ボランティア」と言うと、有償ボランティアのことを意味するほど有償ボランティア論が主流をなしている。有償ボランティア論とは、ボランティア活動をする上で、助け合いの精神に基づきながらも少しのお金(謝礼金と呼ばれる)のやり取りは認められるという見解である。実際には、その地域での最低賃金を上回らない水準で報奨金が支払われ、ボランティア団体の運営や活動の円滑化に役立っている。韓国では、ボランティアではなく「自願奉仕」と呼ばれ、まだ純粋性(無償)が強調されている。しかし、有償ボランティア論が受け入れられるのは時間の問題だろう。
 最近、日本の若者たちの間に、ボランティアとアルバイトを合成した「ボラバイト」という言葉が現われている。この言葉には、ボランティア活動を他のアルバイトとある程度同列にみなす観がある。基本的には、ボランティアは金銭的な要素はできるだけ排除すべきだが、全く無償ということでは成立しなくなっている。報奨の多様化を図る必要がある。そこで、 次の二つを提案したい。
 第一に、「時間預託制」の普及である。これは自分が奉仕した時間を預託しておき、将来自分が何か助けを必要としたときに、引き出して使うということである。この制度は、すでにNPOなどに採用され、うまく運営されている。今後は、その適用範囲を全国レベルに広げ、より多くの人々が参加するように広報する。
 第二に、ボランティア活動の実績を入試や入社試験などに積極的に反映させることである。これはボランティアが広く社会全体に浸透し、普及するきっかけとなると考えられる。また同時に、ボランティアに対する人々の認識も変えることができるだろう。
 老人福祉において、介護保険とボランティアの関係は車の両輪に例えることができる(注5)。日本の介護保険は始まったばかりだがなんとか定着しそうである。これからはボランティア精神を損なわずにボランティアを活性化する方法を模索すべきだろう。この両輪がバランスよく回転することによって得られるすばらしい成果は、 韓国の老人福祉が指向すべき方向でもある。

 

(注1)国連の定義では、65歳以上の人口が総人口の14%以上を占める社会を「高齢社会」、7%を超えた社会を「高齢化社会」としている。
(注2)韓国の65歳以上人口の総人口に占める割合は2001年2月現在で7.4%。2022年に14%に達すると推計される。
(注3)IYV韓国委員会、 http://www.iyvkorea.org
(注4)「ミレニアム・アワード計画」については http://www.millennium.gov.uk
(注5)車の両輪論については http://www.sawayakazaidan.or.jp