論考

Thesis

オランダにみる新しい社会モデル

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松下政経塾

2000/12/29

長い間続いた政・官・業による社会支配が行き詰まりを見せてから久しい。しかし、いまだそれに代わる新しいシステムは見つかっていない。一方、政・財・民の三者で新しいシステムの形成に成功したオランダ。オランダ事情に詳しい、拓殖大学教授の長坂寿久氏に話を聞いた。

長坂寿久氏
▲アメリカ、オーストラリア、オランダと海外生活が豊富な長坂教授は、穏やかな口調ながらも日本の抱える問題点を鋭く指摘した。


―― 先生の書かれた『オランダモデル』を拝見しますと、これからの成熟社会の一つのモデルがオランダにあるように感じます。

長坂
 あの本を書いたのは、決してオランダが理想的なモデルだというためではありません。
 私たちは、20世紀を「民主主義」が一番いい形だと思ってやってきました。しかし「民主主義」と一口に言っても、米国式、英国式、オランダ式、日本式と様々あります。皆、その国の文化、国民性などに応じて形成されたもので、どれも素晴らしい成果を上げています。しかし、どれも完璧なものではありません。例えば、民主主義によって国民が必ずしも正しい政治家を選ぶわけではないし、選ばれた人が本当の意味で民主主義的なことをやるとも限らない。実にいろいろな問題があります。そういう意味で、民主主義にも限界や失敗がある。このことを理解した上で、民主主義をよりうまく機能させるにはどうしたらいいか、と考えたとき、オランダの例は参考になると思えたのです。

 オランダは、政府と企業、それにNGOあるいはNPOが対等な三角形をつくり上げ、三者が対等な立場で話し合い、議論を経て、合意を形成しつつ社会を動かしてゆくという、民主主義の欠点を補完するシステムを構成しています。これは非常にうまくいっている。もちろんオランダにも汚職はあります。しかし少ない。普通は政府と企業が中心になってコンセンサスを得ながらやっていく。するといろいろな癒着が起こる。しかし、そこにNGO・NPOが入っていけば、コンセンサスづくりをするのに癒着は少なくなる。つまり、社会システムというのは、複雑化すればするほどコストは高くなるけれども、民主主義は、その複雑な手続きを踏んだ方が最終的なコストは安くなる、ということにようやく気づいたわけです。

 例えば、成田空港の建設は政府主導、あるいは政府と企業だけの間で進めたから住民運動が起きて、話がこじれています。オランダでもスキポール空港の拡張計画を政府や企業、産業界だけでやろうとすると、NGOなどが出てきて自然環境保護など異を唱える。
 そうした意見をうまく調整せずに計画を進めると、次から次と反対意見が出てきて、計画の実現はどんどん困難になる。そうならないためには、最初から三者のコンセンサスを得て進めるしかない。コンセンサスを得るには時間がものすごくかかるけれど、一旦コンセンサスを得れば、後はそれにそって実行すればいいだけだから、その方が効率的ではないか、ということにオランダは気づいた。そういう意味で、「オランダモデル」というのはある種の合意形成モデルです。

―― つまり、21世紀の新しい世界システムを考えたとき、もはや「国家」を唯一の主役に据えるやり方は終わったということですね。

長坂
 そうです。依然として国家はメインプレーヤーではありますが、グローバリゼーションの中で「国益」というものが変容してきましたから、従来通りのやり方では様々な問題が顕在化し、うまくいかなくなっています。日本はその改革を20年も先延ばししてきました。
 ただ、日本の場合、ここにちょっと問題があります。国家というのは基本的には「国益」を中心にプレーするわけですが、その「国益とは何か」という議論さえ日本にはないのです。以前、ある安全保障問題のシンポジウムで、「国益とは何」か、「国益は戦後のプロセスの中でどのように変わってきたか」という議題がでました。ところが安全保障学者も誰も答えられない。日本には、「国益」というものを定義した文書が、外務省にも防衛庁にも通産省にもどこにもない。
 そういう意味では、日本は国家目標さえ議論されていない。何をどのように守るべきなのか不明な国。これは非常に恐ろしい話です。

―― 社会システムの話に戻りますと、これからは、「政府」「企業」「NGO・NPO」が連携プレーを組んで形成していくということだと思います。その場合、日本のNGOはまだ非常に弱いです。これはどのように育成していけばよいでしょう。

長坂
 私は、オランダのNGO事業の育成手法が日本にそっくり使えると思います。というのは、日本というのは非常にお上意識が強い国で、政府の役割が伝統的に強いからです。この点がオランダと似ているところがあり、米国はそうではありません。
 オランダでは国民の税金から莫大なお金がNGO・NPOに流れています。それで、日本でもまず政府がNGO・NPOに予算をつけて、これらが活動できるように経済支援をする。お金があれば人も集まり活動しやすくなって、コミュニティーの人たちもそうした活動に巻き込まれていろいろな体験をして、「NPOっていいんじゃないか」と意識が変わってくる。そして、自分も何か公益のために役に立つことができる、ということで変わっていく。
 オランダではNGO・NPOに国民の税金、莫大なお金を配分するのは当たり前のことです。今やこれは世界の常識です。ところが日本では、NGOが政府から金をもらったら堕落だとか、お互いに足の引っ張り合いをしてきたところがあった。しかし、税金だって国民のお金で、良いことさえできれば良いわけです。
 また、たまたま悪い人がいると、「だからNGOは駄目だ」というようなことが言われますが、それは監視システムをきちんとすればいいだけの話です。

―― オランダの状況を知ると、人、物、お金、情報が非常にバランスよく各主体に配分されているように感じます。その理由は何でしょう。

長坂
 一つは、人々の本音をうまく引き出すシステムが出来上がっているということでしょう。それがNGO・NPOの役割です。そういう意味では、労働組合などもNGO・NPOの一つと言えるかもしれません。人々の声を掬い上げて、それをある社会システムの上層部に投げかけ、彼らがそれをいいと判断したならば、試しにやってみる。それでうまくいったら、さらに範囲を広げてやってみる。それで本当にうまくいけば本格的にやろうと、そういうシステムがある。
 それは、何においても政府・企業・NGO(NPO)が発言力としては対等な三角形になっているということです。そして、その根底には、長い歴史に支えられた、コンセンサスでやっていきましょうという思想と、そうやって培われてきた強い信頼がある。

―― 日本は元来そういうコンセンサスづくりみたいなものが得意なはずだから、それは応用しやすいんじゃないか、と本の中で述べられていますが、そういう社会であるにもかかわらず、うまく機能していないのは何が原因でしょう。

長坂
 戦後の五十年の間に何か置き忘れてきたものがあるということでしょう。
 一つには、アメリカニズムというものをモデルにしておきながら、アメリカニズムが持っている社会システムの本質を全く無視して、表面的なものだけを取り入れて来た、ということがあるでしょう。また、それがより良いものだと思い込んで、それ以外のものは目もくれなかったということもあります。具体的には、市場経済化は万能であるという価値観や、物事には白か黒しかない、グレーゾーンはないという考え方などです。
 しかし、グレーゾーンを認めない社会なんてあり得ません。米国でも、例えばチップ制度というのはグレーゾーンです。あたかも白か黒しかないようにみえますが、意欲を出せばグレーゾーンを認めましょう、というのがチップ制度です。そこに余裕が生まれる。ところが、日本では元々チップ制度がないのに、規則どおりやるべきだと言ってまさにぎくしゃくした社会にしてしまった。しかし、それ以前は日本にもかなりグレーゾーンがあった。例えば、長老がいたりとか、この辺りだったらいいやとか、ある許容範囲というものがあった。そして、そうした部分にこそ、実験しながら変革していくという余地があった。ところが、日本は、そういう部分を、米国社会の表面だけ真似て切り捨ててしまった。これが最も大きな原因でしょう。

―― ありがとうございました。


<長坂寿久氏 略歴> ※いずれも執筆当時
1942年生まれ。
明治大学卒業後、日本貿易振興会(ジェトロ)入会。主として調査部門を歩き、シドニー、ニューヨーク、アムステルダムに駐在。
現在、拓殖大学国際開発学部教授。ジェトロと国際貿易投資研究所の客員研究員も務める。
著書に『ユーロ・ビッグバンと日本のゆくえ』(集英社新書)、『企業フィランソロピィーの時代』(ジェトロ出版部)、『オランダモデル』(日本経済新聞社)などがある。

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