Thesis
ニュージーランドといえば酪農と羊毛の島というイメージが強く、日本からも数多くの旅行者が訪れている。しかし、いまやこの国の特徴はそれだけではない。1984年から取り組んだ改革政策が興味深い成果を挙げ、注目を集めている。
◆聖域のない改革
「痛みは改革の初日から発生する。しかしそれが及ぶのは少数勢力であるのが普通だ。反対に改革の利益は社会にくまなくわたる。一体誰を助けたいのか。声の大きな既得権益層か。それとも最大多数の勤労層か。発すべき問いはそれだけだ。そのためには非難に動じぬ心構えと、やりぬくリーダーシップが絶対に必要だ。」(ロジャー・ダグラス元財務相、『日経ビジネス』のインタビューで)。ニュージーランドの改革は、「リムーブ・プリビレッジ(すべての既得権益を除去せよ)」の一言につきる。包括的・抜本的な経済改革であり聖域はなかった。
84年当時、ニュージーランドはGNP比9%の財政赤字を抱えていた(現在は2%の黒字)。また、英国のEC加盟により、貿易は壊滅的な打撃を受けていた。その危機感が前出のロジャー・ダグラス財務相(当時)や若手の官僚を大胆な改革に向かわせることになったのである。
84年の政権交代により、保護から競争へと政策は180度変わった。経済に国際競争力をつけることだけが、この危機を救う処方箋であるとの認識が強く打ち出されることになったからである。理念・政策から考えると皮肉なことだが、日本の社会民主党にあたる労働党政権が最も自由な政策を行うことになった。労働党は次の選挙で敗れたが、自由党が労働党の政策を引き継いだことも、また特筆に値する。
現在、ニュージーランドは香港、シンガポール、バーレーンを除き、世界で最も規制の無い国であるという。目標であった国際競争力もOECD諸国内の18位から6位へと上昇している。
◆8万4千人の公務員を4万人以下に
最もドラスティックな改革は行政機関に対して行われた。ポイントはコーポラタイゼーション、民間企業と全く同じということである。景気対策としての公共投資は死語となった。ニュージーランドは企業会計原則をすべての政府機関にあてはめ会計報告をする唯一の国である。
当然厳しい失業状態が発生した。実際、改革が始まって3~4年は非常に苦しい時期だったという。しかしその過程を経て、効率を改善する競争が始まり、8万4千人の公務員が現在では4万人以下となった。一時は12%まで進んでいた失業率も、現在は5%台にまで下がっている。
許認可の点でも大胆な自由化が行われた。たとえば航空分野では、国内路線を外国航空会社に完全開放した(福岡~仙台間をシンガポール航空が結んでいるようなもの)。これにより運賃は値下げ、サービスが向上し、乗り入れが8社から25社に増えた。運輸省には安全の確認などの役割があるだけで、運賃・路線の許認可権はない。3千人いた職員は現在60人である。
◆郵便貯金を買い取ったのは外国の銀行
石炭も補助金を必要としたものが、民間に変わって配当するまでになった。
民営化のシンボルは郵政省である。郵便貯金、郵便事業、電気通信の3分割を行った。
郵便貯金を買い取ったのはオーストラリアの銀行である。郵便事業は民間になり、95%が翌日配達されるようになった(ニュージーランドの国土は日本の約3分の2)。切手も値下げした。電気通信は外国資本の3社体制となり、それまで平均98日待たされていた電話加入は翌日OKとなった。
官庁の事務次官にあたるチーフ・エグゼクティヴ・オフィサー(CEO)は契約制である。公務員は政策決定に関わらず、助言に徹する。さらに大使も個人契約で、国防省の副CEOはカナダ人、他にも外国人がいる。
準備銀行法により中央銀行は独立することになった。物価上昇が2%以下であることを条件に、総裁は蔵相と契約書を結ぶ。期間は5年、契約内容は誰にでも理解できるものだ。通貨介入は原則としてない。通貨の安定は、透明で持続する信頼できる政策のみによって維持されるという考えからだ。
税制では物品サービス税(GST)が導入された。当初10%の税率は、現在12.5%である。間接税や特権はすべて廃止され、GST一本となった。税制の再重要ポイントは公正で、公平、透明であることだ。所得税は最高税率66%だったものが、33、24、15%の3段階となった(これはさらに引き下げが決っている)。法人税も44%から33%へ。透明で執行容易な税制が確立された。特例はないし、徴税のコストが低い。
繰り返すが、ニュージーランド市場への参入は完全に自由で、オーストラリアと共同市場を形成している。アジア太平洋経済協力会議(APEC)における貿易・投資の自由化の予定に従えば、日本も15年後は完全自由化をせねばならない。その時になって日本はどうするつもりなのであろうか。ニュージーランドの実例は日本にとって単なる実験では終わらない。
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