革命が生んだストリート・チルドレン

一党独裁による社会主義体制が崩壊し、新しい政治・経済制度の模索が続いている東欧各 国。革命はどのような変化をもたらしたか。今月と来月の2回にわたり報告する。まずは大統領夫妻処刑という衝撃的事件後のルーマニアから。

ハンガリーのニューガチ国際駅舎からバルト・エクスプレスで10時間。ルーマニアのブ カレスト市に入った。独裁者チャウシェスクに対する先入観からか、初めて見たブカレス トは索漠として、打ち捨てられた状態にある感じがした。もっと言えば、共同体として従 うべき義務や責任が取り除かれた「放置された都市」というイメージがぴったりである。 　運行が中断され、その後2年間もそのまま捨て置かれている市中心街のエスカレーター。故障率が90％を超えるという公衆電話。ほとんど止まったままに等しい一般家庭の上下 水道施設。ブカレスト市だけでも30万匹を超えるというノラ犬……。ルーマニアを訪れて まず言われるのがこの犬のことである。「町を歩き回っている犬にかまれるな」。スリとして悪名高いジプシーたちと群れているブカレストの犬は、確かにルーマニアをヨーロッ パの最後進国として印象づけるには十分である。

　しかし、このような姿も世界独裁政治史の1ページを飾るチャウシェスクが残したもう一つの悲劇に比べれば、それほど深刻なものとは言えない。親子の縁さえ断たれ、町の中 をさまよい歩く子どもたち。現在のルーマニアの矛盾を象徴する彼らは、「チャウシェス クの子どもたち（Children of Ceausescu)」と呼ばれる。　北朝鮮の金日成との特別な友情関係を誇示した独裁者チャウシェスクは、「人口はすな わち国力である」という、毛沢東の人海戦術政策を真似て、70年代から人口増加政策を国 是とし、一切の避妊や産児制限にかかわる医療手術を禁止した。ルーマニア国民は政府か ら割り当てられる各種配給からもれることを心配し、少なくとも4人の子どもを持たなければならなかった。ルーマニアの農村地域でよく見かける5男3女というような大家族は、 チャウシェスクの非常識的な国家政策の結果に他ならない。こうして大量に生みだされた 子どもたちは、89年にチャウシェスク政権が崩壊するとともに一転して国家のお荷物へと 変わった。　平時にも満足に食べることができなかったルーマニアの人々は、89年の共産政権の崩壊 によって食糧配給が断たれると、多くの子どもたちの養育を放棄し始めた。年率200％以上のインフレが続いた90年代初めから、「チャウシェスクの子どもたち」が町に溢れだし た。生まれたばかりの新生児から10代に至るまで、チャウシェスクの子どもたちは、当時 スラム化し始めたブカレスト市内の建物や公園の広場、さらにはゴミ捨て場などに捨てら れた。そして、捨てられた子どもたちはすぐにビジネス品目の一つとして目を付けられた 。500ドルで丈夫な腎臓が移植できる、1千ドルで子どもを選び買える、というような想像 もつかない話が語られるようになった。

　一方、かろうじてこのようなビジネスの対象にならなかった子どもたちは、1食を得るために人間であることを放棄しなければならない。10歳にも満たないのに1日わずか2、3ドルを稼ぐために売春をせざるをえない少女。麻薬の運搬役をしているうちに自身が麻薬 中毒になってしまった10代の少年。外国人を相手にスリを続け、監獄をまるで自分の家の ように出入りする前科8犯の12歳の少年……。

　カンボジアのキリングフィールドにも劣らない惨劇が、21世紀を目前としたヨーロッパ で起きている。現在、町を徘徊するチャウシェスクの子どもたちはブカレスト市内だけで も、約1万人いると言われている。

　彼らの多くは、幼児の時に受ける予防接種などとはまったく無縁で、ほとんどが皮膚病 や小児麻痺、結核、さらにAIDSなどに感染している。最近彼らが最も恐れているのはやは りAIDSである。ルーマニアはヨーロッパのなかで最もAIDS患者とその死亡者が多い。95年 までにAIDSで死亡した人の数は3279名で、ヨーロッパ全体のAIDS死亡者の半分にあたる。 AIDS被害者がこのように多いのは、人口増加のために避妊具の使用を奨励しなかった国家 政策のせいである。そこに、生きるために売春までもしなければならない現状が追い討ち をかけている。　名前だけが変わった国民政権。明日のことを考えたくない若者たち。ブカレストの街を 徘徊するノラ犬……。89年12月15日、トィケ牧師の共産政権批判によって触発され、約1万名の死傷者を出しながら12月23日チャウシェスク処刑で終結したルーマニア革命。現在 のブカレストの姿は、あの8年前の叫び声がどんな意味をもっていたのかを再考させるに十分である。（文責・編集部）