論考

Thesis

海岸のマネジメント

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松下政経塾

1997/3/29

毎年夏の風物詩として、浜辺に横たわる海水浴客の姿がテレビや新聞で紹介される湘南海岸。いま、その美しい海岸が次第に汚ごれ、人々が海から遠去かり始めている。汚れの原因は何か。その理由を探り、対策を検討する。

◆海が嫌われ始めた

 湘南海岸は、鎌倉市から藤沢市を経て茅ヶ崎市に及ぶ16㎞の海岸線で材木座、由比ガ浜、稲村ガ崎、腰越、片瀬東浜、片瀬西浜、辻堂、茅ケ崎などたくさんの海水浴場がある。夏には大勢の海水浴客で賑わう。また、富士山や江ノ島、伊豆半島、三浦半島が海と織りなすコントラストが素晴らしく、四季を通じて観光客が訪れる。しかしこの美しい海岸にいま異変が起きている。浜には空缶やビニール袋、花火、動物の糞、海藻などが散乱し、とても白砂青松とは言い難い。

 この海岸の清掃を請け負っている「かながわ海岸美化財団」によると、平成7年度の海岸清掃ゴミの集計量は、鎌倉市1625.6t、藤沢市608.4t、茅ヶ崎市231.3tで合計2465.3tだという。つまり16㎞の海岸から一日平均6.75tのゴミが出ている計算になる。
 こうした海岸の汚れを反映してか、海岸利用者が減少している。平成7年の神奈川県の「6月から8月の海水浴場利用者の年次調査」によれば、茅ヶ崎市の海水浴場利用者は平成3年には62.8万人あったのが、平成7年は27.1万人と半減し、鎌倉市の海水浴場利用者も「鎌倉市資料」によると、昭和59年の333.4万人をピークに、ここ数年は150万人前後に落込んでいる。同資料は、この海岸利用者減少の主たる原因を海岸の汚さにあると指摘している。
 一方、藤沢市の場合は、平成5年の冷夏の約200万人を除いてここ数年は約300万人前後で推移しており、一見安定しているようにみられる。しかし実際は、三浦海岸などを利用していた首都圏の1泊2日の需要層が、景気の低迷により日帰り可能な同地区に流れてきており、実質的には減少していると考えられる。海岸が嫌われ始めている。

◆責任者が分からない海岸の保護・管理

 海岸が汚れた原因として、企業、海の利用者、海に流れ込む河川域の住民等のモラルの問題がある。そこから出される産業ゴミ、飲食ゴミ、生活ゴミが海に残されるからだ。自治体は、美化の啓蒙活動や法整備を進めるなど対応を試みているが、現実的な対応策にはなり得ていない。
 なぜ対応できないのか。縦割り行政の弊害がある。海岸は建設省・運輸省・農林水産省など国の所有となっているが、管理は県に任されている。
 一方、港湾や漁港、海水浴場の管理は、各々の委託管理者あるいは開設者に任されている。しかし海岸清掃の責任者は関係市町村である。このように管理諸機関が複層して硬直化しているため、責任の所在が明確でなく、実際にはほとんど管理されていないというのが実状である。結果として、海岸にはゴミが多く残されたままとなっている。

 海岸の利用者の消費による経済効果で海岸ゴミの処理経費を補えないか。観光客のほとんどが海岸利用者である茅ケ崎市を例にとって考えてみよう。
 茅ケ崎市は海岸清掃業務の委託に年間1千数百万円を払っている。神奈川県観光振興対策協議会の「平成6年神奈川県入込観光客調査報告書」によれば、宿泊費・飲食費等を合計した茅ケ崎市の総売上は5億572万円である。この5億572万円の売上に対し、仮に収益率を20%、税率を50%とすると、約5000万円が税収となる。しかし、ここから観光協会補助事業費、海水浴場運営事業補助費を差し引くとほとんど何も残らない。とうてい海岸清掃業務の委託料を払うことなどできない。

◆ゴミの生産者で応分な負担を

 では誰がコスト負担するのか。ゴミの生産者が負担すべきである。ゴミの生産者とは、サーファー・海水浴客などの海岸利用者、生活ゴミを出す住民、そしてゴミを生み出す原因の製品を製造・販売する企業(飲料・食品・化粧品等の製造業者、コンビニ、スーパー等の販売業者等)である。こうしたゴミの生産者が各々負担すべきである。すでに住民は自治体に対して税金を払っている。海岸利用者は一部だがボランティア清掃をしている。何もしていないのは企業である。企業は海岸のゴミ回収・処理の費用を負担すべきである。従来のようにゴミ処理コストをゴミの出る地方自治体だけが負担していたのでは、海岸地区の自治体は経営破綻するかゴミをそのままにしておくしかない。

 いずれゴミとなる物を生産する企業が資金を出し、たとえば「海岸をマネジメントする財団」などを創って、そこに美化や清掃などの業務を核としたエリア・マネジメントを任せる。本来ならば行政が中心となって行うべきことだが、現在の複雑な管理システムの中で行政に任せていたのでは、自然はどんどん壊されていく。また企業に任せたのでは商業主義による弊害も懸念される。行政が管理を委託し、企業がコストを負担し財団が運営する。この仕組みを海岸だけでなく山や川にも適用する。そこを通して美化の調査、市民への教育、企業への指導なども行う。企業は自らゴミ回収・処理を行う代わりに、こうした財団を創り、社会的責任を果たすべきである。

 自然は、人間に安らぎと恵みを与えてくれる。自然を汚れるままにしていては朽ちてしまう。人工開発による観光地化は、目先の利益は得られるものの、やがてはガレキを残す。その時になって自然を作り直そうとしても想像もできないほどの費用と時間がかかる。自然を自然のままに保全するほうが満足度も経済性も高い。企業・行政・市民が協力し、次世代にかけがえのない自然を残すことは貴重な資産を残すことである。

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