論考

Thesis

落ちゆく日本の国際競争力

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1997/6/28

継続的凋落傾向にある日本の競争力。5月に発表されたスイスの研究機関の「世界競争力比較」によれば、総合で14位である。何が日本の競争力を妨げているのか。同じく5月に出された『通商白書』などからそのヒントを探る。

スイスの研究機関の「世界競争力比較」は、発表の度に話題になる。特に日本経済が低落傾向を示してからは、センセーショナルな取り上げられかたをすることが多い。たしかに、1993年まで8年連続トップで、94年3位、95年は米国、シンガポール、香港に次いで4位というのを見ると、96年に調査方法が大きく変更されたことを考えても凋落の感はぬぐえない。
 その内容を部門別に見てみると、企業経営・国内経済力第4位、科学技術第2位はまずまずとして、国際化・政府・資金調達・インフラ整備・人材などはベスト5入りしていない。これは後ほど述べる『1997年版 通商白書』の指摘とも一致する。

◆弱い立地競争力

 たとえば通産省の調査による経営資源の要素価格の現状を見るとその格差に愕然とする。それぞれの項目で日本を100とすると、法人税(実行税率);米国82、欧州76
建築コスト;米国73、欧州56
人件費(月);米国65、欧州32
産業用電力料金(円/KWH);米国59、欧州63
土地(工場用地㎡あたり);米国8、欧州4
などなど、日本の生産要素は、国際水準に比べ極めて高いものになっている。
 これに統計が部分的にしか揃わないアジアを加えると(たとえばタイは建築コスト45、人件費6、土地1)、日本の産業が競争力を維持するには、並々ならぬ努力でそのハンディを補って余りある付加価値を創造することが必要となる。

◆海外生産比率は1割に

 一方、このような状況下では日本企業が海外に進出していくのも当然である。日本の産業は並々ならぬ付加価値を創造する必要があり、そしてこれまで自らの身を削るような厳しい努力を営々と続けてきた。そのような努力が限界に達し、怒涛のような海外直接投資が始まったのは1985年のプラザ合意以降であった。

 通産省が3月31日に発表した海外活動基本調査(速報)によると、日本の製造業が海外に置く現地法人全体の売上高は、96年度には前年比11.5%増の41兆2130億円になる見通しで、海外生産比率は同0.8ポイント増の9.9%と、約1割を占める。地域別には、北米の売上高15兆4千億円に対し、アジアが15兆千億円と肩を並べた。経常利益ではアジアが北米を凌駕する。

 日本の産業はますます海外生産比率を高めていくことだろう。先に示した弱い立地競争力と、米国やドイツの海外生産比率が3割程度であることを考えれば、多少の円安基調が続いても海外脱出傾向は変わるとは思えない(事実、通産省のアンケートでは、海外で部品を調達している企業の7割が「日本での調達はもはや考えていない」と答えている)。

 問題はこれをどう捉らえるかである。『日本経済新聞』5月1日の社説は、トヨタや松下の海外子会社からの経営指導料を含む特許料収入が年間1千億円前後と、かつての収入源だった金融収支を上回ったと伝えている。同時に特筆すべきは、トヨタの従業員がこの5年間で定年退職など自然減で4千人減っただけの7万人であることだ。米国のGMがこの10年間で50万人から30万人と20万人近くの人員削減を図ったのとはまさに対照的である。

 国際競争力を保ちながら、日本的経営の良さを残していく道はあるのではないか。空洞化という言葉にはそれ自体マイナスイメージがあるが、企業の海外進出を妨げるいかなる力もない。ならば、問題は日本全体としての競争力をどう保っていくかであろう。この問題はボーダレス時代の「国」と「企業」という問題を孕んでるが、ここではこれ以上立ち入らないこととする。

◆企業が出て行くだけの日本

 経済は基本的には労働と資本を投入することによって成長するが、それだけでは説明できない部分がある。それは技術進歩などの効率性である。これを「全要素生産性」(TFP)という。日本のTFPはバブル崩壊後(91年以後)製造業全業種で低下あるいはマイナスに転じ、米国の上昇・プラス転換と著しい対照を見せている。この面に警鐘を鳴らしている1997年度版の『通商白書』は人的資源、研究開発活動、インフラ、経済システムの4点を問題点として挙げている。
 同時に白書が指摘しているのは、外国企業による日本への直接投資の異常な低さである。95年の対日直接投資の水準は米国の1000分の1、英国や中国の500分の1程度である。自国企業が海外に進出することにより生じる空洞化は日本だけでなく先進国共通の現象であるが、出て行くだけで入ってくる企業がない、というのが日本の特徴である。こうして本当に空っぽになっていくのだろう。

 もし自分たちが外国の企業であったとして、日本の現状をどう感じるか。ここでまず問題となるのは、日本国内に存在する様々な規制である。たしかに経済的自由度と国際競争力の間にはある程度の相関が感じられる。また、法人税負担の1%引き下げは、6~15%の対日直接投資の増加につながるとされる(日本開発銀行の試算による)。
 外国企業が実際に日本へ投資を行うことは無論重要だが、本当に大切なのはなぜ日本に魅力が無いのかを考えることだ。「なぜ、日本からは企業が出て行くだけなのか」。日本の国際競争力回復の鍵はそこにある。

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