論考

Thesis

新制度で何が変わったか

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松下政経塾

1997/3/29

1年半にわたり取り組んできた研究結果を、1993年の中選挙区で行われた第40回衆議院議員総選挙(以下「前回の選挙」)と、新しいシステムで初めて行われた昨年秋の第41回総選挙(「今回の選挙」)との比較に絞り述べる。

96年の総選挙では、特に小選挙区において「セーフティー・シート」は存在しなかった。もちろん中選挙区制の下でも予想外の当落選は起きたが、96年の選挙ではそれ以上に「確実」というものがなくなった。皮肉なことに、今回の当選者は次回の選挙でかなり議席を保証されるだろう。小選挙区制で行われるアメリカの下院選挙を見ると、現職が90%以上の確率で有利となっている。96年の選挙は、2人以上の有力な現職議員が1つの議席を争った、初めてのそして唯一の選挙になるだろう。しかし無条件に現職有利というわけではない。効果的な政治活動とネットワークを築いた場合には「新人有利」の状況も起こり得る。一般に代議士の生活は東京と選挙区に二分されるが、この点で新人は選挙区の活動に全力投入でき、有利である。

 今回の選挙で小選挙区で議席を得た300人のうち219人が前職であった。元職は21人、新人は60人(20%)で、そのうち地方議員などの経験者は41人(68%)だった。当選した何人かは、勝因を政治的・社会的なネットワーク(個人後援会、企業、労働組合、宗教団体などからの支援)にあったと分析していた
 一方、前回の選挙で当選した512人の衆議院議員のうち新人は132人(26%)だった。そのうち55人(42%)は地方議会や参議院でのキャリアがあったが、このときは新党ブーム、中選挙区制、反自民党的といったことが追い風となった。
 つまり、前回の選挙に比べ今回の選挙は議員としての経験があるかどうかが、かなり有効だったことがわかる。また中選挙区制では、最下位で当選するだけの最小限のネットワークか、核となる強力な支援グループがあれば議席を得ることができた。しかし小選挙区制は非常に強力で広範囲な支持基盤が必要である。今回の新人の勝率は単純にいえば20%だが、新人同士で争った(したがって当選者は必ず新人)選挙区が18あったことを考慮しなければならない。前回このような選挙区は存在しなかった。

 ここで松下政経塾出身者の選挙結果を見てみよう。私は彼らに個別インタビューするとともに、選挙期間中、いくつかの選挙事務所でその活動を観察した。93年の場合、23人が立候補して15人が当選した。うち14人(93%)が新人で、現職は1人だけであった。15人のうち8人は地方議員としてのキャリアもなかった。支持基盤もそれほど大きくなく選挙期間に入って拡大した。
 それが今回の選挙では大きく異なる。96年の選挙には29人の卒塾生が挑戦し、14人が選した。15人の現職のうち11人(73%)が再選を果たした。新人は苦戦を強いられた。新人14人のうち10人は地方議員としての経験がなかったが、その中から当選したのは1人だけである。
 アメリカで下院議員が自分の選挙区をどのように認識しているかを分析した研究がある(RichardFennu”Home style:House Membersin Their Districts”)。それによると候補者は次の4つのレベルで自分の地区を見ている。

  1. 選挙区(都会か田舎か、工業地帯か農村か、人口や高齢化の度合、浮動票の存在など)。
  2. 有権者(自分に投票する可能性のある人、政党支持は同じだが支持度合の弱い人など)。
  3. 支持者(自分の強い地盤、支持組織、非常に強い政党支持者など)。
  4. 近親者(家族、スタッフ、親友など)。

 これらの明確な区分けは難しいが、私の考えでは中選挙区下での日本の衆議院選挙では、候補者は主として3つのレベルで選挙区を認識していた。
 たとえば5人区では20%の得票を得れば間違いなく当選できるのだから、重要なことは「支持者」を固めることで、「有権者」を考えることはそれほど必要ではなかった。つまり強力に支持してくれる個人とか固い層を持つことが何より大事だった。しかし、より多くの得票を必要とする新しいシステムでは、候補者の認識も上の4つのレベルに変わってくると思われる。比較的弱い支持層、たとえば政党に好感を持っている人などにも投票所に足を運んでもらわなければならない。
 候補者が選挙区の人々にアピールする方法は、都市部、農村部、そして両者の中間部によって異なる。農村部の候補者にとってはミニ集会や大規模な演説会が最も重要で、次いで紹介者による訪問、企業・組合・組織を固めること、ポスターとパンフレットとなる。これに対し中間部では駅や街頭での演説が最も重要と考えられる。中には現職で2千回を越す街頭演説を行った人もいた。都市部ではそれに加えてポスターやパンフレットが大きな意味を持つ。いわゆる桃太郎部隊が有効なのも人口密集地だ。こうした方法の選択は地域の特性と候補者の個性による。93年に有効だった方法も、96年には対立候補や小選挙区制の導入、所属する政党のイメージによって以前ほど効果をあげなくなっていた。政見放送もあまり有益とは考えられていない。
 また、松下政経塾の出身者とそれ以外の候補者との差は選挙運動のやりかたではないと感じた。政経塾の出身であることは有権者からの信頼を得るために有効で、その場合候補者の若さは前向きにとらえられることが多い。
 前回93年の選挙では、候補者は投票と支持を絶対的に最大化する必要は必ずしもなかった。しかし小選挙区制の下ではそのようことは許されない。候補者の認識はますます先にあげた4つのレベルになっていくだろう。

(DYRON K.DABNEY 1967年生まれ。ミシガン大学大学院比較政治学博士課程修了。)(訳・文責 編集部)

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