Thesis
「ダッチ・モデル」と呼ばれるオランダの経済・社会システムが注目を集めている。そのシステムになくてはならないのがNGO・NPOである。オランダにおけるNGO・NPOの役割と、日本のNGO・NPOについて言及する。
オランダにおけるNPOの役割
今年の5月9日、グリーンピース(注1)というオランダ・アムステルダムに拠点をおく環境NGOが、東京豊島区のゴミ焼却場に隣接する建物の壁に登り、「東京は世界のダイオキシン首都」(注2)と書いた垂れ幕を掛け、4名の活動家が逮捕されるという事件が起きた。
NGOのこうした活動は、オランダでは日常茶飯事である。オランダでは、NGO活動に対する規制は緩やかなので、おそらく同じことをしても検挙されることはなかっただろう。現在、欧米などでは、地域福祉、環境保全、教育、まちづくり、国際交流などの社会的な問題に対し、市民が直接自分たちの考えを示し、それを実行する存在として、NPO(Nonprofit Organizationの略 民間非営利組織)・NGO(Non-governmental Organization 非政府組織)(注3)の活動が盛んである。こうした活動に従事する有給就業者が世界で最も多いのは米国で、その団体数は114万を数える。しかし、非農業総就業者数に占めるNPO有給就業者の割合は、オランダが最も高く、10%を越えている(注4)。しかも、オランダは1600万人弱の全人口うち、12.4%の人がNGO・NPOでボランティアとして働いている(日本は3.5%、世界平均は4.9%)。
これほど多くの国民が関与していることからも推察できるように、オランダではNGO・NPOが極めて重要な役割を果たしている。彼らの活動は、政府の意思決定の一部に組みこまれており、それは広く国民に認知されている。NGO・NPOは、国民にとっては自分たちの意見を政策に反映させてくれる諮問機関であり、政府にとっては政策を実現に移す代行機関である。官民双方にとって重要な存在である。その活動は、社会福祉、教育・文化・スポーツ、国際交流・協力、地域社会、環境保全、保険医療と多岐にわたるが、例えば社会福祉では、サービスを提供する団体のほとんどがNPOという現状である。つまり、NGO・NPOなしには、オランダ社会はうまく機能しないといっても過言ではない。
なぜNGO・NPOは日本で発展しないのか
日本にNGOやNPOのような市民活動が現れたのは1970年代に入ってからで、現在、日本にある環境NGOの28.2%はこの時代に誕生したものである。しかし、こうした活動が広く人々に知れ渡るようになったのは、95年の阪神・淡路大震災からである。あの大災害をきっかけに、社会問題に対する市民活動に関心を持つ人が増え始め、ようやく98年に特定非営利活動促進法(NPO法)が制定された。このように、日本でのNGOやNPOの活動は、欧米に比べかなり遅れている。例えば、日本で最も大きな環境NGOは、1934年に設立された、会員および賛助会員数55,000人の「日本野鳥の会」である。これに対し、グリーンピースは、日本の会員は5,000人だが、オランダでは63万9000人の会員を持っている。
どうして、日本には欧米のように社会に大きな影響力をもつNGO・NPOが存在しないのだろうか。その理由を、グリーンピースジャパン事務局長の志田早苗さんに尋ねてみた。①日本は民衆と政府の間での革命の歴史がない。②政府によって、人々は常に調和を保つよう推進されている。そうした基準からはみ出ると排除される。③政府は常に正しいという信仰がある。④民間部門も政府部門も協同して問題に対処しており、外部のNGOが干渉する必要がない。
その他、仏教の伝統が啓蒙主義を開花させなかった、儒教の伝統が政府依存を強くさせた等々、様々な原因が挙げられたが、もう一つ、「非政府」という呼び方が、左翼グループ、無政府主義、共産主義、反政府運動を彷彿させ、人々の嫌悪感を招いているようである。確かに、グリーンピースの果敢な活動は、日本では少々過激なものとして受け止められている。しかし、実際の活動は、非暴力主義をモットーにした、問題背景の調査、教育、交渉など地味な作業が中心である。
順位 | 団体名 | 活動内容 | 年間収入(注1) | |
---|---|---|---|---|
A(注2) | B(注3) | |||
1 | フォスターペアレントプラン (Foster Parents Plan) | 発展途上国の子供などに対する里親手配など | 225745 | 6003 |
2 | ネーダーランドセ・カンカーベストライディング (Nederlandse Kankerbestrijding/kon. Welhelmina Fonds) | ガン対策 | 102592 | 34209 |
3 | ネーダーランドセ・ロード・クラス (Nederlandse Rode Kruis) | オランダ赤十字社 | 69707 | 71379 |
4 | フェレニギング・ナツールモヌメンテン (Vereniging Natuurmonumenten) | 自然保護活動 | 56839 | 180301 |
5 | ネーダーランドセ・ハルトスティヒティング (Nederlandse Hartstichting) | 心臓病対策 | 54839 | 17700 |
6 | アルツエン・ゾンダー・グレンツエン (Artsen zonder grenzen) | 世界中の被災地・無医村などへの医師派遣 | 51825 | 41898 |
7 | ユニセフ (Unicef) | ユニセフ活動 | 45632 | 56125 |
8 | ヴィーレイド・ナツール・フォンズ (Wereld Natuur Fonds) | 世界野生保護基金 | 43292 | 49070 |
9 | スティヒティング・レゲール・デス・ヘイルス (St.Leger des Heils) | キリスト教福祉協会 | 41200 | 218600 |
10 | ノヴィヴ (Novib) | 人権、性差別、環境等の開発援助 | 34436 | 241708 |
11 | グリーンピース・ネーザーランド (Greenpeace Netherlands) | 有害物質の排除、啓蒙など | 30189 | 4246 |
12 | メミサ・メディクス・ムンディ (Memisa Medicus Mundi) | 第三世界の医療援助など | 28836 | 47828 |
日本独自のNGO
日本には欧米のように社会的に大きな影響力をもつNGO・NPOは存在しないが、その一方で、欧米にはない素晴らしい環境NGOがある。「生活クラブ事業連合生活協同組合連合会」(略称生活クラブ連合会)(注5)である。生活クラブは1965年に始めた牛乳の共同購入を皮切りに、鶏卵の産直、石鹸利用運動など、消費材の開発、一括購入、配送、それに付随する諸事業を行っている。1999年3月現在、組合員数は25万人である。彼らは、政府がなにかしてくれるのを期待する前に、自分たちで安全な食品や衣料品などを生産している。ダイオキシンの安全レベルについても、政府の行動を待たず、カナダの会社などを通して、独自にダイオキシン濃度の調査をまとめ、発表している。
生活クラブの目標は、①安全な環境と安全な食品を子供たちに提供すること、②民主主義と男女同権を確立するための政治をつくること、③退職後の生活を幸せにするための福祉活動である。活動は、近隣の主婦を中心に小グループ(班)を作り、生活に密着した問題に現実的に対処しる。オランダにも生活協同組合はあり、中には安全な野菜など食品を配給するところもあるが、「班」を使った組織的な方法をとっているところは知らない。これは、政治に直接働きかけることで何かを変えようとする、いわゆる欧米型のNGOとは異なる方法である。
また、生活クラブは彼ら自身の経済ビジョンや政治ビジョンを持っており、人々にそれを「もう一つの方法」として提示している。経費・エネルギーの節減、環境負荷の軽減のために、配送センターは持つが店舗は持たない。
生活クラブのやり方は、現実社会に対する影響はまだ小さいかもしれないが、もっと推奨されてしかるべきだと思う。
日本型と欧米型を使いこなす
日本のNGO・NPO活動を調査研究するうちに、私は、NGO・NPOが社会を変えていく方法には少なくとも2つのやり方があることに気づいた。一つは、グリーンピースのように、政治に直接働きかけるやり方。もう一つは、地道ではあるが、安全な生活必需品、サービスを実際に消費者に供給することを通して、社会を変えていく方法である。もっと研究すれば、別なやり方もあるだろう。
私は、日本が必ずしも欧米と同じやり方をする必要があるとは考えていない。理想は、目的に応じて、日本型、欧米型、あるいはまた別な方法を使い分けることだろう。そう考えると、法制度をより市民の生活にあったものに変えたいというとき、ある種の強い監視や進言によって政府や企業に働きかける欧米型のNGO・NPOが、有効な手段である。日本人は、市民社会と民主主義の成熟に向けて、NGO・NPOをどう政府との交渉、チェックに活用し、それにどう参加するか、真剣に考えるべきである。それには、欧米型のNGO・NPOを取り入れ、利用すべきだと考える。今、その時期が到来しているように思う。
(注1) http://www.greenpeace.org/
(注2) 国連環境プログラムによれば、日本が排出するダイオキシンやフロンなど汚染物質は、世界の40%を占めるという。
(注3) 両者の活動は、基本的には同じものと考えてさしつかえない。大きな違いは非営利を強調するか、非政府を強調するかという点と、前者が、米国の文化や制度を背景として誕生し、主に国内組織を指すのに対し、後者は国連から生まれ、国際的な活動に行う組織に用いられるという点である。『イミダス2000』集英社より)。
(注4) 山内直人編『NPOデータブック』有斐閣 参照
(注5) http://www.jca.apc.org/seikatsu/index.html
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