松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2001年7月

塾生レポート

地方からみた、産業者と社会の関係
喜友名智子/卒塾生

 
 ここにある2冊の本がある。
 フランスの思想家サン=シモンが著した『産業者の教理問答』と、カナダ在住のジャーナリスト・ナオミ=クラインの『ブランドなんか、いらない(原題"NO LOGO")』である。(「産業者」というなじみのない単語が出てくるが、ここでは「企業経営者」とほぼ同じ意味として扱うこととする。)
前者は企業経営者の管理能力を国家運営に活用すべきと主張し、後者は多国籍企業の横暴を痛烈に批判する、好対照の内容である。とはいえ、社会の中での産業(者)の位置付けを考えるために、この2冊は本質的な部分を議論・検証している。産業と社会の関係を論じているからである。
 産業の様相は、労働や雇用の形態、生産される財やサービスを通して、社会のあり方や個人のライフスタイルにも大きな影響を与える。
 国全体としても、それぞれの地方でも、経済の構造を変える必要があるという提起がなされて久しい。グローバリゼーションの進展によって、外資系企業の日本進出が進み日本の雇用形態にも変化が現れ始めた。かつての牛肉・オレンジ自由化、そして現在ではセーフガード発動に見られるように国内の生産物にも影響が出てきている。
地方の経済構造という視点から見ると、この趨勢とどう向き合えばよいのだろうか。

"最も管理能力にすぐれた"産業者

 サン=シモン(1760~1825年)は産業者が自らを組織化し、社会を主導するという産業主義思想家として知られる。『産業者の教理問答』によると、産業体制とは「享受しうる最大の平安を社会に保証することによって人類に最大の全体的かつ個人的自由を手に入れさせることができる体制」である。それに従事している産業者は社会にいる人々の欲求や嗜好を満たすために物質を生産したり働いたりする人たちである。そして、そのような産業者の中でも「最も重要な産業者たち」は、最も高い管理能力を持っている。社会の力を導いていくもろもろの構想は、管理に最も有能な人々によって生み出されなければならない。従って、公共財産の管理や国家財政を管理させる役割を担わせるべきである。
 以上がシモンの主張である。

"搾取する産業者"

 一方、カナダ在住のジャーナリスト、ナオミ=クラインは多国籍企業を取り上げて「搾取によって富を得る」と厳しく批判する。
 一国の政府を超えるまでに巨大化した企業が何よりも優先するのは株主の利益である。仮に社会の構造に影響を与えることがあっても、企業が社会に対して説明する仕組みはまだ完全ではない。あくまでも企業の「倫理観」に任されているのが現状である。日本国内での記憶に新しいところでは雪印の事件、大和證券の事件、そして現在の日本経済が停滞している原因となっている銀行の不良債権の問題もこれに通じる部分がある。
 グローバリゼーションの流れに乗って世界中を席巻する多国籍企業による影響は、過剰な広告、企業の買収や合併による大企業化で画一化されつつある財やサービス、フリーランスやパート雇用の増加で職の安定性がなくなっていくところに見えてくる。「公共空間、多様な選択肢、仕事――この3つが奪われたことが、いまの反企業運動の背景といえる。」がクラインの主張だ。
 これを日本国内での地方経済という視点から見ると、次のように考えることができる。

企業の経済活動と、地域住民の生活

 ほとんどの地方にとって企業進出が重要視され、前向きに捉えられているのは雇用が創出されるからである。企業による雇用を通して、住民の生活そのものに関わりを持つようになる。だが一方で、企業誘致というやり方は多くの場所で失敗してきた。
 その原因を考えると、いきつくところ、「職」そしてその集合体ともいえる産業に対する認識にあるのではないか。産業は単なる生活物資の生産手段ではない。財やサービスを生み出すためには、知的・精神的なものが必要である。地方に企業誘致を行う場合には、地方に与えられた資源を活用すると同時に、その住民がどういうライフスタイルを望んでいるのか、そのためにどういう地方をつくっていけばいいのかを考える、やはり知的作業が必要になる。大都市部になれば、職業の選択肢が増えてくるが、そうでない地方にとっては「なんでもあり」の選択などありえなない。
 現在の日本の地方は、人件費の高さによって、多国籍企業の工場が進出してくる可能性はあまりない。だが知識が価値を生む情報社会では、情報技術によって企業立地の選択に幅が出てくるので、いわゆる情報産業で活動する企業が進出する可能性は十分にある。地方にとって「どの企業を選択するか」は極めて重要な作業であることにかわりはない。
 社会を”管理”することは、誰であろうとできない。だが社会の目指す方向について、必要な情報を集め、考え、議論し、決定し、改善すべきところを修正していくことは可能である。産業者が一方的に社会を”管理”するのではなく、産業者に”搾取”されるのでもなく、住民の生活を豊かにするための手段として、産業をどう活用していくのか。地方経済にはこういった視点が必要である。

 
 
参考文献
サン=シモン著、森博訳『産業者の教理問答』岩波文庫、2001 年
ナオミ=クライン著、松島聖子訳『ブランドなんか、いらない』はまの出版、2001年
 

2001年7月 執筆
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