松下政経塾 The Matsushita Institute of
Goverment and Management

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2000年12月

塾生レポート

世界経済システムへの一考察
小林献一/卒塾生

 
「人々が基準を持てなくなった時代、思想を持てなくなった時代、それがこの二十世紀末である。」(村上泰亮『反古典の政治経済学』)

1) はじめに

 10月の中間審査の際、加藤秀樹コメンテーターの最後のことばをいまでも時々思い出しています。

 「国益を賭けた国際交渉の場で、最後に勝負を決するのは哲学である。」

 加藤氏が用いた「哲学」ということばを、上記の村上氏の「思想」ということばで置き換えても、加藤氏の含意をそう外れないでしょう。村上氏は、「思想」を「物事をできるだけ筋を通して考える」こと、つまり自分の直面する世界についてのイメージ、生活世界像をできるだけ広く筋の通ったものにする努力と定義しています。新しい世紀に入り、私たちは、冷戦体制の崩壊や、急速な情報技術の発達に伴う経済の仕組みの変化を目にし、おぼろげながらも、文明の転換を告げるような「新しい現実」(P.F.ドラッカー『新しい現実』)が現れつつあるのを感じ始めています。
 けれどもその反面、ボスニア・ヘルツェゴビナにみられたような世界各地におけるエスノ・ナショナリズムによる民族対立、アジア通貨危機を始めとする経済危機などと、安全保障、世界経済などの面で、「新しい現実」の前に、従来の世界システムが音を立てて崩れてゆくのを見ています。私たちが直面する、この「新しい現実」をどのようにして広く筋の通ったものとして考えてゆくかが、私たち政経塾生には求められていると思います。

2) 設立趣意書から

 少し長くなりますが、松下政経塾設立趣意書の冒頭部分を引用したいと思います。

 わが国は戦後、経済を中心として、目をみはるほどの急速な復興発展をとげてきた。そして、今や一面に世界をリードする立場にまでなってきたのである。
 しかしながら、日本の現状は、まだまだ決して理想的な姿に近づきつつあるとは考えられない。経済面においては、円高をはじめ、食糧やエネルギーの長期安定確保の問題など国際的視野をもって解決すべき幾多の難問に直面し、また、社会生活面においては、青少年の非行の増加をはじめ、潤いのある人間関係や生きがいの喪失、思想や道義道徳の混迷など物的繁栄の裏側では、かえって国民の精神は混乱に陥りつつあるのではないかとの指摘もなされている。これらの原因は個々にはいろいろあるが、帰するところ、国家の未来を開く長期的展望にいささか欠けるものがあるのではなかろうか。
 そのような正しく明確な基本理念があれば、そこから力強い政治が生まれ、その上に国民の経済活動、社会生活も安心して営むことができ、ひいては国民の平和、幸福、国家の安定、発展ももたらされるのである。従って、今日の国の姿をよりよきものに高め、すすんでは国家百年の安泰をはかっていくためには、国家国民の物心一如の真の繁栄をめざす基本理念を探究していくことが何よりも大切であると考える。

 最近、政経塾の存在意義について様々な議論がなされています。正直なところ、政経塾の存在意義という問題は、私にはいささか大きすぎる問題ですが、少なくとも私自身にとって政経塾に所属していることは、「新しい現実」を筋の通ったものとして捉えることができるような基本理念を探求してゆくため、そしてそれを将来実行してゆくためと考えています。
 オルテガは、中世の貴族たちがそうであったといわれているように、自らの利益のためではなしに、自らの属する社会に対して責任を持ち、思想し、発言してゆく、「精神の貴族」の必要性を強調しています。恐らく、現在の日本にとって問題なのは、従来システムの制度疲労や社会モラルの低下といった、個々の症候そのものではなしに、むしろ、これらの症候を歴史的な流れの中に位置づけ、理解し、解決しようとする努力の方向と、その持続性にあるように思われます。貴族ということばを使うのは口はぼったい感じもしますが、私にとっては、他人の思想を口移しに借りてきたり、自らの専門分野という穴蔵に群がることによって生きてゆくエリートではなしに、自らの基本理念に基づいて一貫した筋道を追求してゆくことが、自らが政経塾で三年という時間を過ごした意味であると考えています。

3) 「新しい現実」と世界経済システム

 自らの基本理念について口にするにはまだまだですが、私は未熟ながらも「新しい現実」に対応できる世界経済システムの構築に貢献したいと考えています。世界貿易機構(WTO)の理論的な生みの親といわれているJ.H.Jackson教授は、「幾人かのノーベル賞経済学者たちも指摘しているように、世界経済は明らかに新しい枠組み(framework)を必要としている。この新しい枠組みを提示してゆくのが、私たち法律家の仕事である」と述べていますが、私自身も「新しい現実」の意味を捉え、洞察し、それにふさわしい国際システムを定位することに貢献したいと思っています。

 「新しい現実」は、様々な局面で顕在化しており、それに伴う新しいシステムも千差万別です。経済の面に限っていえば、これまで月例報告でレポートしてきたWTOにおける世界競争ルール策定の試みや、WTOの紛争解決過程へのNGOの参加なども新しい世界経済システム構築への動きといえるでしょう。競争ルールに関していえば、国境を越えて生じつつある世界規模での独占やカルテルに対して、WTOをとおして統一的に規制してゆこうというEU、二国間の協力で対応しようとする米国、そして新たな規制に対して懐疑的な途上国と、その立場は様々です。けれども、歴史的な流れのなかでこの動きを考えてみると、国際独占やカルテルという「新しい現実」を、従来の主権国家の枠組みで処理してゆこうという米国や途上国、これに対して自らのEU域内での統一競争政策の成功を基礎に、主権国家の競争規制に関する権限を相互に共有(pool)して対処してゆこうというEUとの対立とも捉えることが可能です。
 また、WTOへのNGOの参加に関しては、米国は積極的なのに対して、EUや途上国は消極的であるといえます。WTOの紛争解決機関は、加盟国に国内法を変更させるほどの権限を有しています。そして貿易の深化と多角化、さらには環境問題等の世界化に伴って、WTOが扱う問題も従来の純粋な関税という一部専門家のみが関心をもつような分野から、環境政策や競争政策など、一般大衆である私たちの生活に直結する事柄となりつつあります。
 ここでは、この紛争解決の過程に、加盟国ではないNGOを参加させることの是非が問われています。WTOがそもそも主権国家によって構成されていることを強調し、主権国家以外の組織に発言権を与えることに反対しているEUや途上国は、主権国家の枠組みのなかで「新しい現実」に対応しようとしているといえるでしょう。これに対して、米国はWTOの管轄権が、環境などの世界規模での問題にまでおよぶという「新しい現実」は従来の主権国家間の枠では対処できず、もっと広くNGOなどをも加えて論議すべきだとしています。

 また、日本ではITということばが、様々なところで飛び回っており、通産省はWTOにITに関する作業部会設置を訴えかけています。このITに関連して、Brooklyn Journal of International Law の2000年11月号では、2000年2月に開かれたシンポジウムをもとに特集を組んでいます。このなかで、R.T.NimmerはInternational Information Transactions: An Essay on Law in an Information Societyと題して、デジタル革命によってもたらされている様々な「新しい現実」をどのように法的に捉えてゆくかについて検討しています。Nimmerは、オンライン・デジタル・システムは「距離の無効化」(death of distance)の役割を果たしていると指摘します。この距離の無効化は、ビジネスをどのように営むか、そしてヒトや組織がどのように相互に作用してゆくかに影響を与えています。そして、これは当然、法律がどのように規定されてゆくべきかにも影響を与えます。
 例えば、インターネットによって、売り主と買い手とは何千キロもの距離を越えて、簡単に取引ができるようになっています。ここでは、従来の物質的な取引地は無効化されてしまいます。このことは、取引に関して紛争が起こった際、また課税の問題を考える際に、どの国の法律が適用されるべきかという、法の選択の問題へと行き着きます。ここでも、競争政策やNGOの場合と同様に、主権国家の概念をめぐった思想レベルでの争いを予想することは困難ではありません。

4) おわりに

 「一つの考えを持つ以上はその全ての含意を引き受ける覚悟が必要だといっているに過ぎない。」(村上、前掲書)

 本月例報告では、加藤氏のコメントをもとに、本年度研修をおこなってきたテーマの背景にある思想レベルでの対立に焦点を当ててみました。それぞれの点について、概略に過ぎず、まだまだあらゆる意味で成熟にはほど遠いですが、卒塾を三ヶ月後に控えたこの時期に改めて考えさせられている事柄をまとめました。
 先輩の塾生の一人が、「政経塾は、徳を高めるところだ」といわれたことが思い出されます。「新しい現実」を歴史の流れの中で思想的に把握することとは、徳を高めること、すなわち、私的に解釈すれば、みずからの選択した基本的な理念の全ての含意を引き受ける覚悟をもって思想してゆくことと、密接に関わり合っているのだと、今更ながらに思わされています。

2000年12月 執筆
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