松下政経塾 The Matsushita Institute of
Goverment and Management

日本語英語


塾生レポート 一覧へ戻る
2000年11月

塾生レポート

WTOにおける民主主義の欠缺
小林献一/卒塾生

 
(はじめに)

 冷戦の終了は、多くの変化をもたらしたことはいうまでもない。そのうちのひとつに、大衆の関心の変化がある。冷戦期には、「Love and Love」と叫び、核施設を人の輪で囲み、人々は平和の問題に対して大きな関心を払ってきた。これにより安全保障の問題は、政治家にとっても大きな政治問題となっていった。けれども、湾岸戦争の勝利に酔いしれていたはずのブッシュ大統領が、予想外の大敗をクリントンに被ったことが示唆しているように、人々の関心は徐々に変化しつつある。経済政策を全面に打ち出したクリントン政権の登場とその成功は、ある意味でエッポク・メーキングであったといえる。人々の関心は、安全保障から経済問題へと移りつつある。このように、経済問題が、大衆の関心事となり、政治家にとっても優先順位の高い政治問題となることで、世界の経済・貿易ルールを扱うWTOに注目が集まっている。本月例報告においては、このような政治上の関心の高まりを念頭におきつつ、WTOにおける意志決定過程とその問題点について、報告する。

(WTOにおける三権)

立法機能:
WTOおよびGATT協定をみても明らかなように、WTOは各国政府をメンバーとする国際機関である。WTOの意志決定は、全会一致によると定められており、全会一致が得られない事項については、一国一票による多数決がとられる。通常、これらのWTOにおける立法、すなわち協定締結は、このメンバーである政府間での交渉によって取り決められる。WTOの前身であるGATTにおいては、十年に一度程度割合で、ラウンドと呼ばれる交渉が加盟国間でもたれ、加盟国の関税の大幅な削減などとともに、アンチ・ダンピングや補助金にかんするルールの策定や、サービスや知的所有権分野における新たな協定の締結がなされてきた。

司法機能:
WTOの特色は、国際機関でありながら、加盟国に対して強制力をもつ司法機能を有することが挙げられる。WTOの前身であるGATTにおける紛争解決は、全会一致を前提としていた。このため、貿易紛争が起こり、GATTのパネル(紛争解決機関)がその問題に対して決定を示したとしても、加盟国の全会一致がない限り、その決定は採択されないものとされていた。これにより、パネルの決定で敗訴した当事国が、その採択を阻止することができ、GATTの司法機能は、非常に限定されたものであった。これにたいして、WTOは、ネガティブコンセンサス方式をとり、全加盟国が反対しない限り、自動的にパネル、および上級委員会の決定は採択されることになった。少なくとも、当該紛争事件において勝訴した国は、その採択に合意するものとおもわれるので、ほぼ、すべての決定は自動的に採択されるものと言ってよい。

行政機能:
加盟国によって締結された協定、およびWTOのパネルによって下された決定は、加盟国によって実施される。この意味では、WTOの行政機関は加盟国自身であるといえる。WTOの組織の中で、交渉やパネル決定の準備などに関して大きな役割を果たしているのが、事務局であるが、事務局はあくまでも加盟国やパネルの補佐としての機能を有するのみであり、実際のアクターは加盟国のみである。

(WTOによる政策遂行と国家主権の侵害)

 次に、加盟国によって締結された協定がどのように実施されてゆくかを、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)を例にして、概観したい。
 TRIPSは1994年、ウルグアイ・ラウンドの成果として、マラケシュにおいて加盟国によって採択された。TRIPSにより、加盟国は一定の内容を有する知的所有権保護法の制定を義務づけられることとなった。これにより、WTO加盟国は、自国の知的所有権の保護が他の加盟国において不十分な場合には、WTOパネルの場でこれを争うことができるようになった。例えば、米国が、ポルトガルの知的商権の保護が不十分であるために、自国の利益が阻害されたとしてWTOパネルに訴えることができるようになる。

 W.ウィルソン大統領の言葉を引くまでもなく、従来の国際法・国際関係は主権国家を単位として構成されてきた。国際法上における主権国家は、唯一、絶対の主権を有するものとされ、内政不可侵が国際関係の基本となっている。一方、知的所有権法の制定は、当然、加盟各国の内政そのものであるといえる。TRIPSという合意に基づくとは言うものの、主権国家の内政事項を審査し、その内容の協定適合性を判断してゆくWTO司法機能は、従来の国際社会の枠組みを越えているといえよう。

 このようなWTOの権限強化ともに、WTOは、一般市民の生活に大きな影響を及ぼす事柄にまでその管轄範囲を広げはじめている。一例を挙げれば、日本の酒税ケースでは、日本の焼酎とウィスキーとの税率の違いがWTOにおいて協定違反と決定がなされた。この決定に基づいて、ウィスキーの税率が引き下げられ、日本における小売価格も下げられたことは、記憶に新しい。このように自らの生活に密接に関連する事柄が、日本から遠く離れたジュネーブにおいて、しかも自らの知らない交渉担当者やWTOの裁判官達によって決定されてゆくことになる。ここで問題となるのが、EUと同じ、民主主義の欠缺である。

(グローバル経済と民主主義)

 ここで指摘するまでもなく、世界経済はグローバル化しており、それに伴いグローバルなレベルでの経済ルールの制定が不可欠になっている。これにより、自らの生活に直結することがらが、自らの知らない国際機関という場で、決定されるということが現在、起こりつつある。この問題を解決するためには、従来の主権国家を単位とした国際社会の枠組みを変えてゆくことが必要なのかもしれない。アンシャンレジームの時代、国家の意思決定に参加できるのは、王族と貴族だけであった。平民が国家の意思決定に参加するなどと言うことは、まったく省みられていなかった。けれども、ルネッサンスを発端とする啓蒙思想の影響、そして産業革命等による市民階級の経済的な台頭によって、国家の意思決定過程は劇的に変化することになる。

 2000年のGeneral Councilにおいてカナダは、WTOの意志決定過程の透明性に関して提案をする中で、遠い将来の目標として、WTOにおける議会設立を提案している。地域統合の先進例、EUにおいては、直接的な立法権は有さないものの、直接選挙によるEU議会が設立され、民主主義の欠缺解消へむけて機能し始めている。EU議会の例が示しているように、意思決定権は、加盟国政府に残しつつも、チェック・アンド・バランスの役目を果たす、ご意見番としての議会の設立は、政府間国際機関の中で民意の反映に関して、ある程度有効であろう。グローバル化という大きなうねりの中で、私たちには、新たな世界枠組みの創出という課題が課されている。主権国家による構成される国際機関に、国際議会を設置するということの意義とその機能を、高度に経済のグローバル化した現代社会の枠組みの中で考察し、実現へむけた土台作りを行うことが不可欠である。

2000年11月 執筆
  1. HOME >
  2. 卒塾生一覧 >
  3. 小林献一 >
  4. WTOにおける民主主義の欠缺
ページの先頭へ