松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2000年8月

塾生レポート

なんのための”地域振興”か?
喜友名智子/卒塾生

 
 中央省庁からの補助金による従来の地域振興政策が行き詰まりをみせ、地域が主体となった政策が求められるようになっている。
 だが何のための、そして、何を目指しての"地域振興"なのかは必ずしも明確ではなく、誘致した企業の数やそれに関連した雇用数などだけが目標になってはいまいか。いったい"地域振興"は何のためにあるのか、それを考えてみたい。

経済振興とは何か、何を目指すのか

 地域振興の必要性は、主に、大都市に労働力となる若者が集中することでの地方における過疎化をはじめとした都市部と地方間での"不均衡な発展"、そして戦後驚異的な経済成長を遂げながらも実感としての"生活の豊さ"を実感できず、歴史や文化や自然環境にかこまれた地域の価値を見なおそう、ということから出てきたものであろう。
 さらにキャッチアップ型・成長志向型の地域開発への一つのアンチテーゼとして、「地域経済の内発的発展」論が提唱され、さらにグローバリゼーションの進展とも重なって国民経済の枠組みを超えた「地域自立論」など、多様な地域の多様な価値観に基づいた発展の道への模索が続いている。
 その中で最も重要なことは「地域の資源を有効に活用して持続的な発展をする」ことであろう。これは日本国内の多くのまちおこし・むらおこしの関係者が目指して来たり、実践してきたことであると思う。

 そしてもうひとつ私が挙げたいのは、表現するのは容易ではないのだが、「個人がやりたいこと、自分の能力を生かして生活できる(=お金が稼げる)地域であること」である。なぜ地域に残ってほしい人材が都市部にいついたままになるのか。なぜ都市でなくてはならないのか。仕事あるいは収入を得るために都会へ出るということは、そのぶん、仕事=自己実現・自己表現としてとらえている人が多いことでもあるのではないか。そうすると、現在の地方には単に仕事がないというだけにとどまらず、自己実現する場がないという、仕事がないということ以上に社会としての深刻な問題を抱えていることになる。
 地域の振興は例えば失業率が下がったとか、誘致した企業数だけが目的ではなく、その地域はいったいどういう生き方を個人に提供できるのか、という視点からも考える必要がある。

地域経済のあり方は、その社会の生き方である

 「人はそれぞれの環境の中で、それぞれが生きる場所を作ってきている。その努力と英知には頭の下がるものがある。自分一人が住むのではなく、子孫をそこに長く住まわせるだけの世界を作りあげている。そこに文化がある」(宮本常一『私の日本地図 周防大島』より)。

 あるひとつの地域のあり方は、そこに住む人の考え方や行動様式にも影響を与えるものだ。そういう意味では「人の生き方をある程度規定する」という言い方もできるだろう。 したがって地域をつくる、ということは、単に数字だけで見た失業率を下げたり、所得水準を上げたりすることではない(むろん表に出てくる数字も判断材料として重要だが)。地域をつくることは、生活の豊さを追求するためのプロセス、ひいては人間の生き方を模索するプロセスなのである。
 「ローマ人の物語」を執筆している塩野七生氏はあるインタビューでこう言った。「職業に貴賎はないと思うが、生き方には貴賎がある」。この場合の"生き方"とは、自分のやるべきことをきちんとわかってそれを行っていくこと、であるという。これを地域にあてはめると、地理的なことやその他の理由で都市や地域の"上下"を決めることにはならないが、それらのあり方においては差がある、ということになる。

 最初に述べた「何のための、何を目指しての"地域振興"なのか」ということ、そして「誘致した企業の数やそれに関連した雇用数などだけが目標となっている」ということは、数多い地域経済の研究において、どのような産業がどのようなシステムで、どの段階でどういうふうに変化していくのかを論じているものが少ないからであると考えられる。M.J.ピオリ、C.F.セーブルの『第二の産業分水嶺』では大量生産システムへの転換によって失われた地域の自立性と、機械を中心としたシステムによって失われた人間性を、高度なクラフト的生産システムによって回復することを示唆した。しかしさらに具体的に個別の地域経済に活用していくためには、養蚕地帯から製糸機械、一般機械、精密・光学機器まで発展している諏訪・岡谷地区、和紙などの紙加工からファッションへと発展している愛媛県の東予など、実際に地域にあった資源を活用し、発展してきた例をとりあげ、どのような産業がどのようなシステムで、どの段階でどういうふうに変化していくのかをも検証する必要があるだろう。

 そしてその際、発展の境目で、そこで働いている人たちの考え方にどういう影響を与えたのか、など個人に与えた影響も同時にとらえていかなければ、”地域振興”や”産業振興”の本当の目的が達成されたかどうかの評価もできないのではないだろうか。

2000年8月 執筆
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