松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2000年6月

塾生レポート

沖縄県での研修を終えて
喜友名智子/卒塾生

 
 3ヶ月に渡る沖縄県での研修を終えた。企業訪問をして県内企業についての認識を深めることと、県経済の最大の課題である若年層の失業について実態を知ることを中心に活動してきたが、それにとどまらず気づいたことをまとめてみたい。

 有効に活用されていない資源地域の経済がうまく循環するためには、その地域にある資源をうまく使うことが重要である。
 沖縄で最大限に活用されていない資源として、若年層を中心とした労働力があげられる。だが実際企業の求人を見る限り、最低条件として「コンピュータを扱える人」であったり、「理系で研究職の人」であったり、「アイデアを出して自分で行動できる人」であったりする。なかなか企業の求める人材像にあった求職者がいない。
 一方、当の"若年層の求職者"は熱心に仕事を探しているようには見えない。先日、就職が未決定の高卒者(2000名以上)に対して、県などが主催した企業の合同説明会が開かれた。19社から204名の求人があったにも関わらず、当日会場にきた人数は60名程度、うち内定したのは5名という結果が出ている。私も当日会場に足を運んで様子を見たり、求職に来た人に話を聞いたりした時にも、予想していたよりも埋まっていない会場にまさかと思った。
 高校の就職担当の方も来場していたが、今年卒業した学生だけではなく、既卒者にも電話をかけて連絡し、参加を呼びかけたにも関わらず、である。
 また説明会を開いたある会社の担当者に話を聞いた。幸い、この会社は1名採用することにしたそうだが、「正直なところ、一緒に働きたいと思う人がいない」とつぶやく。志望動機を聞いても、将来の希望を聞いても「会社に入って何をしたいのかがわからないんですよ」という。

 確かに会場を見渡すといわゆる「リクルートファッション」も目につくものの、中にはTシャツにサンダルの格好の学生もいて(さすがに少数だったが)、そういう格好で面接に現れる学生もいると話には聞いたことがあるが実際に目にして違和感を覚えた。少なくとも、私が就職活動のときには見かけなかったし、試験を受ける会社に対する礼儀を欠いている。
 高校の担当者に服装指導はしていないのかと問うと「高校生なんだから、それくらい自分で判断できると思っていた」という。その学生に聞くと「今日は会社の人と実際に話ができるとは思わなかった。資料をもらって帰ろうと思っていたから、特に服装は気にしなかった」。そもそも就職合同説明会のなんたるかが伝わっていなかったのだ。
 若年層の教育の重要さは、多くの振興策の中で「人材育成」という言葉で言い表されていると思うが、単に働くためのスキルを身につけさせるだけではなく、服装や言葉使いなど細かいところまでフォローする必要がある。あまりにマニュアル化しすぎた就職活動には賛成しないが、最低限のマナーが必要なことを自覚する機会があってもよい。
 この企業の求人と、求職者のミスマッチは8月の月例でも触れることにするので、詳細はそちらを御覧いただきたい。

地域ごとのすみわけが必要

 沖縄中を回っていながら、気になることがひとつ出てきた。
 それは「沖縄内での地域の特色」をどう考えていくかということである。特に県議選、衆議院選挙、いくつかの市町村選挙があり、それぞれの演説を聞く機会も多かったこともあって疑問に感じたのだ。各市町村があまりに自分の地域の特性にこだわっていはいまいか、ということである。例えば糸満市長選挙においては、市内にある工業団地の活性化についてもとりあげられていたが、隣の那覇市にある自由貿易地域など県内にある他にも企業誘致を進めようとしている工業団地との連携をどう考えているのかという視点は聞かずじまいだった。つい2~3年前には「全県FTZ論争(沖縄県全域を自由貿易地域にすることに関する論争)」として県内全体を対象とした激しい議論が交わされたのは今現在にどう続いているのだろうか。世界のみならず、アジアの中でも沖縄本島は非常に小さい島である。特に広大な米軍基地が横たわっているために本島内の工業団地など、すべてを併せてもそう大きい面積ではない。各地の工業団地や港湾施設を有機的に連携させて沖縄全体としてどういう工場や企業を立地させていくのかを、当該市町村町が共に構想を練る話があってもよい。

 地域をくまなく回ったり、観光ガイドブックを開けば見当がつくが、本島内は沖縄戦跡観光ができる南部、空港や首都機能がある那覇市、ショッピングセンターなどが集まりつつある中部、観光・リゾート施設が集中する北部、そして各離島とそれぞれ特徴がある。これだけ小さな島嶼群の中で市町村ごとに「地域の特徴を」と言っても、それだけでは限界がある。厳しい言い方ではあるが、沖縄県外からくる観光客にとっては、沖縄に来て触れたものすべてが「沖縄のもの」であって、必ずしも○○村や○○町のものではないのである。この市町村が集まって、広域行政的に、共にどういう地域をつくっていくのかを話しあうことが必要ではないだろうか。
 県議会議員の喜納昌春氏は「圏域ごとに振興策を考える場合は、北部・中部・南部ごとに市町村を集めて議論するべき」と指摘するが、各市町村長がそういったテーマについてリーダーシップをとってもよいし、県のほうでも機会を設けることでバックアップできると考える。

沖縄の伝統と、経済的成長を続けるアジアとの関係

 沖縄は将来の経済的発展を、アジアとのつながりの中に見出そうとしている。しかし現時点で見ると県内企業の競争力の弱さや県内経済への影響を考えると、急速な自由化によってアジアと結びつこうとするよりも、実態経済を徐々に開いていくことで、その関係をつくっていけるのだろう。
 ありがたいことに「沖縄は日本の中の異国」「どこかアジア的なものが残っている」とはよく聞く言葉であり、観光面で今後特色ある地域をつくっていく上では未だに優位性を持っているといえるだろう。しかし、それでも沖縄に戻ってくるたびに、その独特の雰囲気がなくなり「リトル東京化」している印象はぬぐえない。

 那覇市首里にある金城町の石畳は道が微妙な曲線を描いていることで風景に味わいを加えているが、そのような場所はもう数えるほどしかない。多くの観光客が沖縄の風景であると考える瓦屋根の集落を見るために、本島ではなく武富島に足を伸ばす。赤瓦を使う一般家屋も少なくなり、需要が減るにつれて瓦を扱える職人も少なくなっている。東京などの首都圏に比べるとまだまだ青い空と、透明な空気は残っているが、透明な海は離島でしか見れなくなるのではないか、と危機感を抱く。

 今後、"観光立県"を目指すのならば「沖縄的風景」がなくなったときに受けるダメージの大きさは容易に想像がつく。観光業は沖縄の産業振興のためにも、そして伝統的風景を残し、過去を未来に伝えるという意味でも、慎重にだが性急に取り組まねばならない分野である。
 そしてこの伝統的風景を残しながらも、アジア経済のダイナミズムにどう加わっていくかは非常に難しい課題である。シンガポール等を見ても欧米に負けず劣らず実力主義の競争社会であると聞く。一方で沖縄は、「いい意味での競争意識がない」ことがよく指摘される。これはアジア経済の中に入りこむにはプラスには働かないだろう。

2000年6月 執筆
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