松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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1999年12月

塾生レポート

あびこ、考えても考えてもフシギなことについて考える…の巻
我孫子洋昌/卒塾生

 
1.はじめに

 入塾して以来、あらゆる場面で「政経塾生のあびこです。」という自己紹介を何度もしてきた。相手の受け取り方はそれぞれなのだが、政経塾生と聞くといきなり政局の話をする人はほとんどなく、どちらかというと「君は将来は何をしたいのか」という話や、「これこれこういうことなんだけど、君はどう思う?政経塾にいるんだからそういうことを研究してるんでしょ?」といった、社会状況についての不満や疑問を直接ぶつけてくる方が多かった印象がある。

 こういう会話をする場合、相手がどういう方なのかということで話し方が変わってはいけないと思いつつ、どう話したら相手がわかってくれるかということに主眼を置いて話すことにしている。これまで会った人々を振り返ると、問題意識があってそれぞれ何らかの考えがある(と思われる)し、何らかの活動もしている(しようとしている)方が多い。

 また、友達や親戚といった身近な人々に会うことも何度もあったが、そういう場面でも「政経塾生」として、将来のビジョンを示す必要に迫られることも何度かあった。政経塾生というのはそういうものなのかということを何度も考えさせられた。「どんな人にもわかりやすく表現したい」ということを心がけると、話し方や取り上げる言葉も場面ごとに違って当然だけど、時には「あなたの言いたいことがなんだかよくわからない」と指摘を受けることがあった。振り返ってみると自分の知らないことやよく勉強していない分野について、ちょっとかじった知識だけで話すときにはそういうことが多かったと思う。

 そんなやり取りの中で、しばしば出てきたのは「景気回復もわかるけど、こんなに借金して大丈夫なの?」という話題だった。言うまでもなく中央政府、地方政府の抱える借金(国債、地方債)のことである。他にも、現在の社会問題について様々な疑問と持っている方が多く(逆に言えば何にも不満のない人はほとんどいないのだが)、こういった、潜在的な現在の社会に対する疑問や不満というものが多いんだということが実感できたといえる。あびこもそれらの話題に対しては「なんだかおかしいなぁ」と思っているが、勉強不足なこともあるので、ついつい自分がどう思うかという話で終始してきた感が否めないが、常にギモンに考えていることを今回の月例報告では列挙してみたいと思っている。

2.借金してまで景気回復なのか?

 毎年のように、年末には国の来年度予算が議論されるが、これまた毎年のように国債費がいくらなのかと伝えられるのも年末だ。予算がつかないと事業ができないということで、必死になって予算を獲得する姿を報道で知るわけなのだが、本当にそれらの事業は「借金してまで」今やらなければならないものなんだろうか?という疑問がわいてくる。もちろんそれぞれ(表面的には)正当な理由がずらーっと列挙されていて、一見「ふーん、なるほどねぇ」ということになるのだけど、仮に国債が発行できなくて、自前の資金でやれということになったら、「あれもこれも」ってことはないだろうなぁ…という気にもなる。

 たしか、借金してまで橋を架けたり山を切り開いたりということの理由としては「今借金して造っても(購入しても)、将来にわたって有効に利用できるから、後の世代もその利益を享受できるということで後の世代にも負担してもらう(つまり公債を発行して、後の世代の負担も加えることで当該事業を実施する)正当性がある」というものだったはずだ。

 とはいうものの、昨今の社会資本を巡る各種トラブル(トンネルの壁が落ちたり、予想を大幅に下回る稼働率のため採算が取れなくなった施設)をどのように正当化するのだろう?建物を造れば「ハイおしまい」というわけではなく、その維持保全のためのコストも当然かかる。「これは大丈夫。長持ちします」と言われても「想定外の欠陥」が起きてしまうことだってある。

 場合によっては、借金で造ったものの、いざ次の世代が使おうと思っても大幅に改修しないと使えなかったり、使い勝手が悪く、結局新たに購入したり造り直したりということさえある。外的要因によって使用が制限されたりすることさえある。下手をしたら借金だけ残って、使えなくなっているということさえある。テープカットの時には嬉しそうな顔をして出てきたオエラガタが、責任追求される時にはすでにこの世にいないか、いたとしても表に出て来ないということもままある。

 そんなに景気回復が大事なんだろうか?『アリとキリギリス』の話を持ち出すわけではないが、一代でパーっと使い切ってそれで後はのたれ死ぬのなら、当人の責任ということで片付けられるが、今の日本の状況を見ると、そのツケがアリの子孫に回ってきそうな感じがする。これでは納得がいかない。後先考えずに使ったものが勝ちだなんて、「近頃の若者は将来のことを考えず今さえ良ければよい」風潮だといって嘆くジイサマ達も、若者のことをあれこれ言えないのではないか。やっていることは本質的に変わりない。今の景気回復さえ図れればよい。将来のことは後送りだ。これでは任される若者世代もとてもじゃないがやってられない。

 単発的な景気回復策。長続きしない政策。同期の矢板君が「日本の外交政策は政策ではなくて、その場しのぎの対策だ」ということを言っていたが、これは外交に限った話ではないだろう。この国をどうしようということを考えている人が果たしてどれくらいいるのだろうか?みな目先のことばかりに追われている。

「そりゃ、理想を追うのは悪くないが食うものに困ってはねぇ…。」という声もあるだろう。

 でも、今自分たちが食ってしまったが為に後の世代が食うのに困ってしまうのだったら、問題の先送りでしかない。ひょっとしたら、今の若者たちは苦労を知らないで大きくなっているから、年をとった時にうーんと苦労をさせようという企みが密かに進行しているのかもしれない。

3.勲章って欲しいものなのかなぁ?

 「やっぱり紅白歌合戦に出場することが歌手としては嬉しいものなのかなぁ…」と、大晦日に家族と一緒にNHK紅白歌合戦を見ながらぼんやりと考えていた。それぞれ独自のやり方で人気を獲得し、「○○第1位」とかを獲得してきたのに、それでも紅白なんだなぁ。日本の歌手が1年頑張ったかどうかの目安は、紅白に出場できるかどうかなのかなぁ。逆に出場辞退するのも話題になるくらいだから、結局は日本で歌手の功績を判断する大きな指標の一つは「紅白に選ばれるかどうか」ということになるんだろう。

 様々な仕事の中での達成感はどこにあるのだろうか?会社を立ち上げたのなら、その会社が社会に有益であって、従業員を養うことができ、自社の商品・サービスが消費者に評価され、事業を通して自己実現が達成されることではないだろうか?儲かった後にそのお金の使い方までとやかく言う筋合いにはないが、「一発当てたい」とか「金儲けしたい」というのは、ごく自然な目標設定といえる。

 儲からない事業だとしても、「やりとげた」という充実感がもたらされればそこがゴールになるのではないか。各種ボランティア活動にしても、自分の仕事が誰かの役に立っているのだということが実感できると、それで当人は満足できるはずだ。

 その分野の権威によって認められるもの、例えば「○○の殿堂」とか「ノーベル賞」、「芥川賞」とかなら話はわかる。この分野で努力して一定の業績を残したということを表彰するのだから。「運も実力のうち」というから、努力の外にも認められる何かがあってこういう結果につながっていくと思われる。

 そうすると、「勲章」って一体どういう意味があるのだろう?

 官僚出身者なら、「お国のために(実際は省、局のために)」長いこと頑張ったのだから、再就職先をあてがわれて、その上ご褒美までもらえるというのか。本来なら、自分の仕事でどういう人々の暮らしが良くなったのか、守られてきたのかを退職後にでも訪問して回ることができれば、それで十分ではないだろうかと思う。彼らの職業意識がどういうところに立脚しているのかはわからないが。たしか「全体の奉仕者」なのだから、奉仕した人たちから誉められるような仕事をしたかどうかで彼らを評価するのが筋といえよう。客に誉められないような従業員は社長からも誉められないというのが自然な考え方だと思うが、そうではないのかもしれない。

 また、「この道何年」という人にも「勲○等△◇章」というものが送られる。そういう人達は、(本人に聞いたことが無いからわからないが)自分の仕事で喜んでくれた人からの感謝の一言と、会ったこともない人から送られる勲章とどっちが嬉しいのだろうか?国からご褒美をもらってうれしいのかなぁ?そりゃ、誉めてもらうことは人間誰でも嬉しいだろうけど、この道一筋という人は自分の仕事で直接関わる相手からの評価(○○職人なら、その○○を手にした人からの評価)が最も嬉しいものではないかなぁ。国から貰うといっても、「国って何?」という議論がまた必要になる。未だに「お上」意識の名残なんだろうか?

<総理府賞勲局のホームページより>
 現在の栄典制度の中心となっている春秋叙勲では、毎回約4,500人の方々が受章されていますが、この中には、多年にわたり人目につきにくい分野で業務に従事し、世の支えとなって永年苦労されてこられた方々も多数受章されています。

 最近の叙勲の例を見てみますと、43年余にわたり雨量観測業務に従事し、洪水予防及び治水事業の推進に尽力された方、23年余にわたり特別養護老人ホームの寮母として老人の養護に尽力された方、50年余にわたり消防団員として業務に精励するとともに後進の指導育成に尽力された方など、多数の方々が受章されています。

 一方、褒章についても、25年余にわたりホームヘルパーとして在宅の老人の方などの日常生活の支援介護に努められた方、39年余にわたり船舶の水先業務等に従事し、航行の安全と海難防止に尽力された方、33年余にわたり自然公園指導員として自然公園の保護に努め、自然保護の推進に寄与された方など、多数の方々が受章されています。

 各市町村、都道府県が「○○栄誉賞」「名誉○○」というものを時々、全国制覇した高校野球チームやらオリンピックのメダリストに贈ることがある。このような"郷土の誇り"といった類のものは理解できる。外部に対しての自慢だったり、内部へのアカラサマなPR効果狙いという感は拭えないが、それが見え隠れしている分、こちらも受け止めやすい。

 先述したが、会社を大きくしてきたとか、何かに貢献したといっても、それを税金で表彰してもらうってのはどうかなぁ…と思う。税金を納める側には表彰されない人、勲章をもらい損ねた人もいるわけだし。『平等』が原則なはずだったんじゃないかな?って思う。もう少しで事業が成功したかもしれなかったのに…という人から見れば納得いかないだろう。また、それらの経営者もお上のために会社を大きくしたかったのだろうか?「勲章レース」みたいなものがあって、勝ち負けを誰かと競っているのだろうか?

 不祥事を起こした省庁や業界からは受章者が多く出ないということも聞いたことがある。そのように勲章というものが社会情勢に左右されるものだったら、そもそもの評価基準がはっきりしていないということではないか。どうしても叙勲制度が必要だというのなら、いっそのこと『何をしたからコレ』という具合に情報を開示する必要があるのではないだろうか。

 叙勲の対象者がそもそも原則70歳以上というのだから、これを渡されるということは、『あなたの仕事はこれでおしまい。あとは後進に道を譲りなさい』という意味なのかと思いきや、勲章をもらった人間はまだまだ現役。一体何なのだろう?民間で頑張っても最後は官から褒美をもらって「あがり」。

 実は、『歌手業界における紅白歌合戦の位置付け』と同じくらい、『日本における勲章の位置付け』が国民にとって重要で、意義のあるものなのかもしれない。こういう感覚のないあびこのほうがよっぽど変なのだろうか?

4.おわりに

 こんなことを考えているが、やはり考えても考えてもフシギだ。これからもフシギだなぁと考えながら暮らすことになりそうだ。

 自分の子供に借金を残そう残そうと一生懸命な親には会ったことがない。しかし、これが直接知らない人になると、一向に構わないのだろうか?とはいえ結局まわりまわって自分の子供達が背負うということは意識しないのかなぁ…。

 勲章をもらった人々は実際どういう気持ちなんだろう?塾主には直接話を聞くチャンスはないが、もらった人はただ嬉しいのだろうか?それとも誰かに「もらったぞ、やった!」と見せたいのだろうか?それともあびこの知らない叙勲制度の秘密が存在しているのだろうか?

 こんなフシギなことは、いつかはっきりさせないとならない。ハッキリさせるにはもっと考えなければならない。これからも考えつづけたい。

1999年12月 執筆
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