松下政経塾 The Matsushita Institute of
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1999年10月

塾生レポート

価値を提示してゆくために ~EU日本クラブ・シンポジウムの報告~
小林献一/卒塾生

 
1)はじめに

 国際貢献は三種類に大別できる。経済や技術援助等の貢献、国際ルールづくりへの貢献、そして、世界に価値を提示してゆく貢献である。戦後、日本は特に前二者において大きな貢献を果たしてきた。だが、21世紀を目前に控え、日本が真の意味で国際社会のリーダーとなるためには、世界に価値を提示する面での貢献が不可欠である。この貢献のひとつのかたちを、10月27日から三日間にわたってフィレンツェで開催されたEU日本クラブのシンポジウムにおいて河合隼雄氏が示した。

2)EU日本クラブについて

 1980年代、日欧は緊張した貿易摩擦に苦しんでいた。これを憂えた有志によって、日欧間の相互理解を深めるために設立されたのが、EU日本クラブである。現在、日欧は当時の緊迫した状態を解消し、さらには来るWTOの次期ラウンドにおいて協調的な立場をとることで双方が合意するまでに至っている。このような、日欧関係の良好化に、同クラブが背後で果たした役割は小さくない。元欧州委員会対外総局長のクレンツラー氏や駐EC日本政府代表部大使の木村祟之氏、日文研所長の河合隼雄氏らのほか、実際に現場で日欧関係を構築しているひとびとがそのメンバーである。月に一度の交流会や年に一度のシンポジウムを通して、政治経済から文化一般にまでわたる範囲で、このメンバー達の間で、真摯な意見交換が継続してなされてきたことの意義は計り知れない。

3)フィレンツェ・シンポジウム

 今回のフィレンツェでのシンポジウムは、上述のクレンツラー氏のほか、柿沢浩二元外相らを迎えてもたれた。テーマは「グローバル社会の未来」である。同クラブの設立趣旨、また参加メンバーの構成などから、議論は自然とユーロやアジア通貨基金、そしてWTOの次期ラウンドなど政治経済に関わる事柄が中心となっていた。だが、そのなかでひときわ異色を放ち、参加者の注目を集めていたのが、河合隼雄氏の発言であった。河合氏は、グローバリゼーションがアメリカナイゼーションになっているとの指摘からはじめ、それぞれの地域の特性を保持した上でのグローバリゼーションを訴えた。と、ここまでは、どこにでもある、聞き慣れた議論である。けれども、氏はさらにその具体策を世界各地にある神話に求める。神話は世界中に存在し、その上、それぞれの地域の人々が本来持つ本質的な特質を現している。これらの神話を検討することによって「グローバルな価値」、つまり世界大で通用する価値を探り出そうというのである。グローバリゼーションというと、どうしてもまずはWTOなどで交渉されている貿易・投資ルールなどのグローバル・スタンダードが思い浮かんでくる。事実、同シンポジウムでもこのグローバル・スタンダードという観点からグローバリゼーションが語られることが多かったように思われる。けれども、河合氏は、スタンダードの背後にある価値のグローバル化を問題としたのである。

4)名のない神

 河合氏は、神話を通してのグローバルな価値の発見の一例として、当のアメリカにおいて最近、注目されはじめているアメリカン・インディアンの神話のひとつを挙げる。これはある部族に伝わる、創造の神話である。はじめに、二人の神がいた。ひとりはトラワジといい、もう一人の神は名前がなかった。トラワジは、額に汗をしつつ、ありとあらゆることを行った。畑を耕し、木を切り、水をくみ、そして家を建てた。けれども、何も生み出さなかった。これに対して、名のない神は、何もせずにただ、たばこをくゆらせていた。すると、そのたばこの煙の中から、家が生まれ、その家の中から女の人が出てきた。この名のない神は、彼女と結ばれ、子をなし、世界がはじまった。河合氏は、この話をかたりながら、以下のように締めくくった。「本当に価値のあるものは、努力からではなしに、何もしないことからうまれる」。

 この河合氏の発言に対し、当然のごとく、「何もしなければ、何も生まれないのではないか。これは何もしない、責任もとらない、という態度が、日本の一部の指導者といわれる人々の間で横行している現状を考えれば明らかである」等、様々な意見が出された。これに対し河合氏は、「正確にいえば名前のない神は、何もしなかったのではなく、たばこを吸っていた。私が言いたかったのは、努力をするにしても、その際、心の中心では『何もしない』ということから、真に価値のある事柄が生まれるということである」と答えた。河合氏は指摘していなかったが、インディアンにとってたばこを吸うということは、宗教行為である。名のない神が、たばこを吸うことで神または自然との交流をはかっていた、と考えれば河合氏が「何もしないことから、真に価値のある事柄は生まる」ということ言葉でいわんとしていたことが見えてくる。

5)おわりに

 マックス・ウェーバーは、資本主義の精神とはプロテスタンティズムの禁欲的な勤労主義から宗教的価値が抜け落ち、労働それ自体が価値あるとされるようになったものであると指摘した。そして現在、この資本主義の精神に立脚した、そしてウェーバーが人間性を阻害するものとして危惧していた高度に発展した官僚制社会すら揺らぎつつある。このような時代の中で「何もしないことから真に価値のあるものが生まれる」という提言は、グローバルな価値をさぐる指針であるといえないだろうか。グローバル化、国際貢献という言葉が氾濫している。だが、日本が真に世界のリーダーとして貢献してゆくためには、グローバルな価値の提示による貢献が不可欠となるだろう。そして、これは私たち、次代を担う世代の課題である。

1999年10月 執筆
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