松下政経塾 The Matsushita Institute of
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1999年10月

塾生レポート

あびこ、森を育てるために木を切る…の巻(しもかわ通信③)
我孫子洋昌/卒塾生

 
1.あびこ、いよいよ山に入る。

その1.「フォレスト・コミュニケーション・イン・しもかわ」で枝打ち体験

 前号でも報告した、「フォレスト・コミュニケーション・イン・しもかわ」が3日間の日程で開催された。あいにくの雨で、当初の計画を多少変更したものの、無事に日程を終えることができた。
 町内の木材加工場などを見学し、Uターン、Iターン者との交流会を持った初日に引き続き、2日目は、午前中に枝打ち、除伐といった作業を体験した。参加者と一緒に鋸を手に町有林(五味温泉体験の森)の中に入った。森林組合の小日向さん、斎藤さん、岡村さん(みなさん「森人類」のメンバー)から、枝打ちの目的や方法について説明してもらった後、実際に作業を行った。
 人工林を育てていくためには、人が絶えず手を掛けてあげることが重要なのだ。「育てるために、手を掛ける」のであって、決して自然破壊をしているのではないのである。仮に、植えっぱなしで放っておくと、ある程度まで育った後、栄養が十分に届かずに、それそれの木が細いまま成長し、風水害、雪害を受けやすくなるのだそうだ。
 イベント自体は、参加者も10名ほどで、それほど仰々しいイベントでは無かったが、町内の様々な人たちとの協力のおかげで、3日間を終えることができた。『ぜひ、下川へ』とは声高に叫ばなかったが、それでもイベント終了後は、実行委員会宛てに「ぜひ移住したいので相談に乗ってほしい」という手紙が来ている。なんとも不思議な魅力を持つ町なのだとつくづく感じたイベントだった。

その2.「さーくる森人類(しんじんるい)」に参加…植樹作業で汗を流す。

 とある日曜日、あびこは「さーくる森人類」に参加した。
 朝8時半に集合したが、皆揃いのヘルメット(先月参照)。ずらりと並んだピンクヘルメットの集団。異様といえば異様だが、さほど変な気がしない。ふだんは、山の中の造材現場で働いている人たちも、家族を連れてきているせいもあって、表情が和やかだ。子供と一緒に、家族と一緒に、山に入る。皆いい汗をかいた。笑い声が絶えなかった。
 今回は植樹を行った。午後からは、見晴らしの良いところでお弁当をひろげてハイキングを味わった。森林NPOを目指すということで、さーくる森人類にはマスコミからの取材が頻繁にやってくる。実際に下川まで来て取材をするならまだいいが、電話取材を昼間、仕事をしている時間帯に生中継にのせるからというやり方で行う放送局もある。今回は、その時の録音テープを皆で聞いた。

2.あびこ、林家の時間感覚に圧倒される。

 このタイトルで、「林家」を正しく「りんか」と読んだ人が何人いるだろうか?世の中には、農家や、画家、作家、政治家…という言葉で表される職業が多いが、林家(りんか)というのは、生まれて初めて耳にした。確かに林業を営むので林家。なるほど納得なのだが、ついつい演芸中継に親しんでいると「はやしや」と読んでしまう。
 東京の奥多摩から林業講演会の講師として田中惣次氏がやってきた。初雪の舞う夜に、下川の公民館で開催された講演会に、あびこも顔を出した。「しんりんぎょう」もこれからは、「新林業、信林業、親林業」という言葉で表現する時代になっているとのことだ。実際、彼の森には都市部から、「わざわざお金を(田中氏サイドに)払って、作業するために来る」のだそうだ。田中氏の弁を借りれば、人々は"行動の豊かさ"をもとめることで"心の豊かさ"を得ようとしているのだそうだ。この動きはこれからも続くという。

 他には、ダムを建設しても、上流域に森が無いとすぐに土砂が堆積して、ダムの貯水量を左右し、場合によっては危険な状況をもたらすことになる。しかし、森林を管理することで、堆砂率に違いが現れるとのことだ。
 この他にも、彼の口から発せられたメッセージに感心することが多々あった。その中でもあびこの胸に響いたポイントは、

 「林家」の時間軸は、樹齢と同じ300年!
 人生は長くても、せいぜい100年がやっと。
 そうなると、自分の所有する木によっては、自分の役割は、ただ手入れをして後世に残すというものもあるというのだ。先祖が植え、子孫がそれを売って市場へ出す。こんなに長期のことを考えている業界というのはあまりない。ところが、森や木を育てる人々は、そのような時間軸で日々暮らしているのに、せいぜい何年、何十年、下手をすると、何ヶ月、何日とかいう時間軸でものを考え、利益を出していこうという人たちに翻弄されている。先代から相続したといっても、自分は手を掛けるだけで、次の世代へと引き継ぐ役目で相続した林家が相続税のために山を手放し、木を切ってしまうという事態が起きているとのことだ。これでは、森林保全もままならない。環境がどうのこうの言っている中央の人間もこの辺のことは、どのように考えているのだろうか。
 「木の側に立って考える」…ということは、いかに木に手を入れるかということになる。ただ放っておいてもダメで、適度に手入れしないと、育たない。これは、本当に木の側に立って考えることができるかということなのだそうだ。
   「木を育てるためには、人を育てなければならない」…先述したように、300年という時間軸でモノを考えるときに、きちんとした後継者が育たないと、簡単に森がダメになるということだってある。これは、林家に限らないのだろうが、やはり『人材』の重要性をここで再認識することになった。

3.おわりに

 林業講演会の時に降っていた雪が、翌日は一日中降り続き、東京なら大雪警報モノの積雪になった(この時期としてみれば地元の人間もびっくりしたが)。食事に誘われていたので、長靴にアウトドア用のジャケット姿で、すっかり冬景色で人通りの少ない商店街を通り抜けて、目指すお宅へと向かった。

 ある朝起きてみたら、やたらと寒い日があった。眠い中聞いたニュースでは、道内での最低気温(-5℃)とのことで、びっくりした。一気に冬へ向かっているのは間違いない。まだまだ根雪には日が遠いが、冬に向けて下川はその姿を変えている。山の色や風の冷たさ、星の光、札幌にいた時には意識しなかったことにも目が向き、心が向くようになっている。予期していなかった感覚が刺激されているようだ。

 …それにしても、林家のタイムスパンは300年。今月のキーワードはこれに尽きる。星空を見上げる。久しぶりに星座をたどってみる。星の光は、かなりの時間を旅してあびこの目に飛び込んでくる。自分が今見ている星の光が発せられた時の北海道はどんなふうだったのだろう?
   自分の人生は長生きしたとして100年。残された時間はあと70年間だが、実際に北海道のためにバリバリ活動できる時間はせいぜいその半分もないだろう。あと30年で、300年後の北海道をどう描いていくのか、気が遠くなるようでもあり、わくわくする気持ちにもなる。

1999年10月 執筆
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