松下政経塾 The Matsushita Institute of
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1998年12月

塾生レポート

あびこ、批判から何を生み出すのか…の巻
我孫子洋昌/卒塾生

 
 今回の月例報告では、他の人の動きについての意見を述べた後、あびこ自身の活動について反省してみることにしたい。「他者を批判してばかりでは何も創造的なものは生まれない」ということをよく耳にするが、他者への批判というよりは、自分自身への戒めとして書き綴りたい。

その1 海外視察の持つ意味…「横のものは、縦にはならないのか?」

 先月の月例報告でも記載したが、今年もクラスター事業部を含め、あらゆる団体から海外へ、また国内での"先進事例"に学ぼうと、視察、研修、調査へと出かけている。クラスター事業部の海外調査については、前回触れているので省略するが、他の方々の視察は実際にどのようにその後の活動に行かされているのだろうか?と考えてみた。
 「横のものを縦にする」という言葉は、単純に「横のもの」=「外国の事例・論文」をそのまま、日本語に翻訳して伝えるという作業を指しているのだと、あびこが大学にいた頃に先生から聞いた言葉で、昔ならそれで「知識人」として確固とした地位が得られていたが、現在は、ただ日本語にするだけでは駄目だという事になっているというふうに聞いていた。いかにして魂を注ぎ込むことができるかにかかっているのではないだろうか。

 現在、各議会の議員視察や、先進事例の視察をみると、あまりにも生産的でない、非効率な視察を繰り返しているのではないか(中には違うところもあるのでしょうが)と考えてしまった。比率の問題かもしれないが、全部が全部、公務に当てるということは、訪問先のスケジュールや体力の面から見ても難しいだろうが、「視察その後」というものを見ると、行ってきた意味があるのかなぁと思ってしまうことさえある。
 視察の後で、「あの国は、もともとそういうことができる素地があるから。」などという感想を聞くと、それなら日本(北海道)では、どうするとそういった方向に進めるのかという指針のようなことについても聞きたくなる。しかし、そういった議論になると、教育だとか社会の仕組みが違っているだとか、宗教が違うという方向になってしまう。
 「そんなことは、お金をかけて視察に行く前からわかっていることなのに…」という気になってしまう。なぜ"先進"事例としてその地が知られているのかは、資料として理解できる部分と、実際に行かなければわからない部分があるのではないだろうか?現地の人の視点でものを見たり、街を歩くことで理解できるものもあるだろう。現地の人間と話をすることで、見えてくるもの、学ばなければならないもの、取り入れた方が良いということを持ち帰って生かすのでなければ、団体バスでポイントごとに立ち寄る観光旅行と差が無いのではないだろうか?

その2 講演、シンポジウムについて

 先述の「視察その後」に通じるかもしれないが、「いかにその後につなげるか」ということになるだろう。別な言葉で表現すると、どれだけ現実に立ち向かうことができるのかということになるのではないだろうか?
 あびこも出席した、地方自治に関する講座では、自治体職員が多く参加しているが、当該圏域外からの首長(及び経験者)や、大学教授などを講師として招き、時折チクリとするコメントを聞くことで、いい気持ちになって帰るといった一面もあるのではないだろうかと感じた。
 現場を知る人間が集まって、現状に対する不満の部分を刺激するのは、聞いていて心地いいのだろう。これは、誰もが思っているなぁということを、それなりの肩書きを持っている人に来てもらって発言してもらう。みんな、そうだなぁと感じることができる。
 たしかに、自分のところの町長や市長が壇上で「地元の役場職員の作業能率は…」などと言おうものなら、講義どころではなくなるのだろう。逆に自分の所属する職場の非効率性やおかしなところは、なかなか思いきった指摘も難しいのだろう。
 耳の痛い話を聞いた後、実際にどれくらい(すこしずつでも)変化の兆しがあるのだろうか?ただ、「講演会を企画しました。たくさんの聴衆が参加しました。いい話を聞きました。おしまい」というのでは、"講演会のための講演会"になってしまう。言い換えると"勉強のための勉強"にすぎないのではないだろうか。…問われるのは、「その後」ではないだろうか。

その3 あびこ自身を振り返る

 「人の振り見て我が振り直せ」という言葉がある。ついつい他者の批判・批評に染まってしまいがちな報道を目にすると、「批判する方は楽だよなぁ」とさえ考えてしまう。ある仕事に携わっている人間を批判して、その人が辞めてしまえば、それで報道の役割はおしまい。次の人間がまた失敗すればそこを突く。「批判するなら、あなたが代わりにやってうまくいくのかい?」と言おうものなら無責任だと叩かれる。
 98年を振り返ると、経済構造や行政の仕組みなど、北海道は変えなければならないことがたくさんあり、そういったものの改革が必要だという議論が毎日のようにマスコミや講演会で繰り返された。その議論を受ける側も、確かにそのとおりだと思うことには違いない。しかし、実際に痛みを伴う改革を受け入れるかどうかということに関しては、まだまだこれからなのではないだろうか?

 あびこも、塾主の残したお金で研修している身分だから、そもそもこのような批判する資格はないことはわかっている。しかし、固執するような地位も名誉もほとんど無いからこそ、言えることもあるだろうと思っている。ただ、このように他の人に対して、意見を述べるということは、翻ってみると、彼ら以上に、自分の行動に対して厳しく臨まなければならないということではないだろうか。
 さまざまな研修の場面で考えたこと、感じたこと、不思議に思ったこと、憤ったことを「生かす」のでなければ、言い換えると、現状に対しておかしいと思うことがあれば、良い方向へ動かすためにそれらに立ち向かわなければ、塾生としての研修が、「研修のための研修」になってしまうのではないだろうか。

 はたして、あびこは、どれくらい「立ち向かう」ことができる人間になるのだろうか?

…書き終えて、身が引き締まる思いがした。こういう思いを持ちながら98年が終わった。

1998年12月 執筆
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