論考

Thesis

あびこ、”21世紀北海道プラン”のヒント探しの旅に出かけるの巻

1. はじめに

 今回、HOKTACクラスター事業部主催の海外視察に、あびこも同行する機会を得た。クラスター事業部の人間に加えて、地域クラスター研究会にも声を掛け、総勢5名というメンバー構成になった。

 計画の段階で、まずどこに行くかを話し合うことにした。「行ったことが無いところ」に行くべきか、それとも「以前行ったところに、視察などで得た知識をもとに準備を進め、現在進行中の北海道産業クラスター創造事業を説明して、具体的な助言を得る」ために出かけるかという議論になり、結局後者に重点を置く視察に出かけることにした。その方が、先方にとって、我々から得るものが何かしらあるだろうし、今までの視察のように、「とにかく行って学んできました」というところから一歩踏み出したものにしようという意気込みで計画を立てはじめた。

 細かな報告書は、これから作成することになる(とはいっても、「報告書」を作るためだけに視察してきたのかという疑問はある。もちろん、視察に出かけて、何かしらの結果を残すことは必要だと思うが、報告書がいくら立派なものになっても、そこから実際に行動しなければ、「お勉強のための視察」になってしまいかねない。)が、今回の視察を終えて、あびこが今後、”あびこ版21世紀北海道プラン”を考える上で、ヒントになると思われたことをいくつか書き綴ることにする。今回の視察では、資金の流れや政策的なものなど、技術的な面で学ぶことも多かったが、それらは「報告書」に記すことにしたい。

 しかし、いくら制度が進んでいたり、システムが整っていたとしても、そこには、地域の産業振興に携わる人達の”意識”や、”思い”などが無ければ、地球の反対側から注目されることもないだろう。実際、今回の視察で、あびこが強く感心したのは、そういった人々の存在だった。彼らの「ことば」を取り上げながら、あびこがどのように感じたかを書くことで、今後の北海道をデザインする上での大前提になる話になるだろうし、それが”21世紀北海道プラン”づくりの第1歩になるのではないだろうか。

2.ドイツにて

① バーデン・ビュルデンベルグ州にて

 州内での産業支援を手がけている、シュタインバイス財団にて、クラスター事業部の役割と北海道内での取り組みの状況について説明したところ、「われわれも70年代初めまではそのように取り組んでいた。」とのこと。つまり、”日本初の取り組み”も、どんどん発展させていかないと、いつまでも彼らから一方的にアドバイスを受ける存在でしかないのかなぁと感じたが、何にもしなければ、それこそその差は広がるばかりだっただろうし、少なくとも自分達も実際に動いているということを示すことができた点で、やや救われた気がした。

 州内の大学構内にある、「技術移転センター」を2ヶ所訪問したが、でも、研究成果を企業へと移転する目的意識をはっきり持っている、大学の研究者やスタッフの姿勢は、道内の大学関係者もぜひ見習って欲しいと感じた。

② ヘッセン州にて

 さて、ヘッセン州では、州の経済交通開発省でのヒアリングに始まり、研究所(といっても、かなり企業向けの研究開発を行っている)や創業センターを訪問した。
 案の定、「バーデン・ビュルデンベルグ州の手法と我々は異なる。研究機関がイニシアチブを取って、技術移転に取り組む体制を我々は取っている」とのこと。良い意味でライバル意識が、はっきりと見て取れた。

 人口約600万人の州が、ヨーロッパ金融の中心地フランクフルトを抱えているとはいえ、州のGDPが各州の平均値より20%上回っているという生産性の高さは、北海道(人口約570万人)のそれと比べるのを躊躇してしまう。しかし、こういう規模でこれくらい実績を上げている地域があるというのは、北海道もやり方によっては、これくらいできるのかという希望を持った。

 ヘッセン州の技術移転の仕組みは、研究所の成果を企業に提供するというよりは、売れるモノ・技術を企業へ実際に売ることで、資金を獲得して活動にあてていることが特徴だ。シュタインバイス技術移転センターも技術移転を実施しているが、ヘッセン州の方が、ビジネスをかなり意識したものになっている。ドイツでは、産業界で5年間の実務経験が無いと大学教授にはなれないためにそういう研究者の姿勢があるのだろうが、クラスター事業部が大学や研究機関に向かって強くアピールしているのは、このような産学の連携というか、距離の近さを求めている点だ。

3.フィンランドにて

 オウル市を訪問した。世界的に有名な携帯電話メーカーのノキア社があるところだ。「産業クラスター構想」を説明する場合に、よく引き合いに出すのが、このオウル市およびノキア社の発展事例で、「仮に、オウルが積極的な産業支援政策を採っていなかったら、オウル市の人口は、現在(約11万人)より3万人少ないものになっていただろう」と言われるほど、世界各地から技術者や研究者が集まり、研究開発を続けている。しかし、技術を持つ人間の人手不足と同時に、失業率が依然として高いのが課題となっている。

 オウル市内および圏域で様々な産業支援・大学との連携の取り組みが進んでいる。以前、北海道から視察団を送った時(の報告書)に比べて、格段に進んでいるといった印象を受けた。絶えず動きつづけることが大事だというが、次から次へと新しい取り組みが動いていて、かなり刺激的だった。

 オウル大学では、大学のスタッフから、「大学の評価基準も、それまでは論文や、学位取得者の数だったが、文部省サイドも”どれだけ地域社会に貢献しているか”というものさしで、大学に対する補助をするとかしないとかを決めている。」とのことで、大学自身も自らの姿勢を変化させてきていることを聞くことができた。

 また、オウル大学の講座として開講された起業家教育で、学生を評価する際には、学生のビジネスプランが現実的かどうかで判断するとのことだった。しかし、実際には、あまり現実的でないアイデアを提出した学生に当然のごとく低い評価を下したところ、その学生が実際にそのアイデアで起業し、業績も好調とのことだ。だから、ビジネスは難しいと同時に面白いものだという。こういう話を大学のスタッフから聞けるというのも、良い経験になった。

4.スウェーデンにて

 スウェーデンでは、北部のオーンショルスビーク市を訪問した。そこでは起業家育成について議論する機会を持った。あびこは、現地の大学生に向けて北海道の現状、取り組みなどについて講義して、彼らも興味深く聞いていた様子だった。世界共通語としての英語の価値を再発見した。

 「このままでは、南に人が移動してしまう」というのは、オウルにも共通している、根底にある危機意識である。人は、好き好んで厳しい自然環境に住むのではなく、できるだけより良い居住環境として、冬は厳しくなく、夏は暑すぎず・・という地域に移動してしまうから、なんとかして、この町に産業を興し、雇用を確保したいというのだ。北海道の各地域にも共通している悩みだと思う。

 「幸い、小さなコミュニティだった」という話を、この視察中よく聞いた。たしかに、オウルは人口11万人程度。オーンショルスビークは人口約6万人なので、何かしようと思い、実際に動き出せば、大体この事項は誰と話をすれば良いのかということや、それまでは接点の無かった人間とも、自分のそれまで持っている人的ネットワークを駆使すれば、「友達の友達」という関係で、すぐに会うことができるという。そこからどう動くかは、実際に彼らの能力次第なのかもしれないが、小回りが利くという点で、規模が小さいコミュニティというのは、優位に立てる感じがした。

 別のキャンパスでは、今までの起業家教育に加えて、99年から、「Human Development」コースを設けるそうだ。それは、普通の学生より在学年限を長く設定し、入学直後に、まずインターンや課題対応型プロジェクトに取り組むことで、その学生が社会に出た時に、どのような資質を備えているのかを確認することができる。管理職がふさわしいのか、現場で技術職につくのがいいのか、自分自身の特質を自覚しながら、専攻(工学や、経済学など)を学ぶように促したいとのことだった。大学側に、かなり柔軟な対応が要求されるが、常に挑戦する姿勢に感心した。ちなみに、そのキャンパスも陸軍基地の跡地利用をしていた。

 移動の途中に、昨年度、政経塾に短期間研修に来ていた、ダイアナ・ミスクリン氏と話すことができた。彼女は、既にコンピューター関係の企業の経営(全部で3人の会社)に携わっていて、事業も順調に推移しているとのことだった。実際にこのような形で若い人が起業できる環境というのも、21世紀の北海道の姿としてぜひ参考したいと思った。

 オーンショルスビークでは、様々な人が「何事も、ビジョンを持つことが大事だ」という。…やはり、ここに行き着くんだろうなぁ。どれだけもがいていても、はっきりとした将来像がないと、ただ真っ暗な吹雪の中で行き先を失って、もがいているのと同じだからなぁと感じた。

 「しかし、何かしらの楽しみも必要だ」とも付け加えてくれた。…ここで、少しほっとした。楽しむことがないと、確かに息詰まる。仲間と、家族と一緒になって楽しめることがある方が、あらゆる意味で健康な地域づくりができる。

 フィンランドの人達は、サウナだったり、夏の野外活動だったり、アイスホッケーだったりするが、スウェーデンの人にしてみても同様に、地域のことを思い、活動する人間が「擦り切れる」ことなく持続的に携わっていける環境がある。それでいて競争力のある地域づくりをするというのは、一見すると難しいかもしれないが、彼らにできることが北海道の人々にできないはずはない。だからやってみようよというのがあびこの変わらない気持ちだ。

5.再び札幌にて/帰国して

 ヨーロッパ各地を巡ると、そこで活動する人に、地域に対する誇りがあり、ライバルの存在がある。それぞれ、他の地域の施策について良く知っているし、実際に、オーンショルスビークを訪問する前にオウル市を訪問したといえば、「あそこの○○さんとは、会ったばかりだけど、良くやっているね」という具合に、距離が近い(スウェーデンとフィンランドはちょうど向こう岸にある)せいもあるだろうが、それぞれお互いを良く見ている。各地の「顔」を良く知っている。しかし、そのまま真似をするということはしない。それぞれ、まず自分の地域はどういう特性があるのかを調べ、それに根付いた方策でやっている。

 道内に10ヶ所ほどある、地域のクラスター研究会も、「横並び」意識ではなく、それぞれ個性を持って、活動していけば特色ある地域の魅力が生まれる(見出す)ことになるだろうし、個性を持った産業の集積やネットワークが生まれるはずだ。「幸い」札幌圏と違い、それぞれの地域の規模はあまり大きくないので、役場の人間も大学の人間も産業界の人間も、積極的に交流しようとすれば出来ないことはないので、お互いの殻に閉じこもらないで「地域のために」という共通の目的のために協力できるはずだろう。

 あとは、どれだけ既存の制度に対して立ち向かう勇気と柔軟さが求められるのではないだろうか。「コミュニティの崩壊」を防ぎたいという意識が、特にオウルやオーンショルスビークなど、首都から離れた地域に強かった。道内でもこういう危機意識を持っている地域は少なくない、というかほとんどそういう地域だから、根底に流れているものは一緒のはずだ。

 今回の視察で感じたことは、それぞれの地域が中央を見ながら、しかも他国の地域も同時に見ていることだ。もちろん、EUを絶えず意識した取り組みを行っていることはいうまでもなく、しかも、市場は世界規模で、技術移転に関しては、途上国に対してアドバイスも行うところさえあるというのには、びっくりした。

 余談になるが、フィンランドは、かつてスウェーデンから独立したという経緯を忘れないようにしているようだ。国際比較データを出すときには、必ずスウェーデンを引き合いに出す。かといって、そのスウェーデンは、フィンランドももちろん気になるようだが、国際比較という時には、ノルウェーが登場する。彼らは、本音かどうかは計り兼ねるが、フィンランドはあまり気にしていないらしい。通貨統合を控え、EUという枠組みは心配しているようだ。

 日本大使館の方から聞いた話だと、フィンランドもロシアとの貿易額が大きい。フィンランドと接するロシア西部は、裕福な層が多く、北海道と接するロシア極東部はそうではないから一口には比較できないが、さらに参考となるのは、「ロシアとは、貿易はするけど、投資はしない」という一言だった。北海道のいくつかの企業がロシア極東部へ投資して、トラブルに巻き込まれているのを見ると、なるほど・・という感じがした。

 札幌に戻ると、厳しい経済状況だといいながらも、華やかなホワイトイルミネーションが輝いていて、すすきのには(少なくなったといっても)大勢の酔客がいる。見た目にはどのくらい深刻な経済状況の中にあるのかはわかりにくいが、だからこそ、より事態は深刻なのだろう。データとして表れる指標は厳しいものがあるが、商店街には品物が溢れ、特に仕事をする訳でないが、派手な車に乗った若者が街に溢れている。

 訪問先では、皆、口を揃えて「何で今頃来たの?次回は夏に来るともっと色々なものを見せてあげられたし、色々な楽しみもあったのに」と言う。たしかに11月の北欧は日照時間が少なく、寒く、クリスマスシーズンでもないために、観光するには最も相応しくない季節だったかもしれない。しかし、見物気分の視察と一線を画し、なぜこのような厳寒の地に積極的な産業政策、起業システムが必要なのかを、身を持って知るには、最も相応しい季節の訪問だったのではないだろうか。

 いろんなことを見て学んで、共感したり驚いたりした旅から戻り、そこで得た様々な思いを抱きつつ、あびこはこの冬、”あびこ版21世紀北海道プラン”づくりに取り掛かりはじめている。

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我孫子洋昌の論考

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Hiromasa Abiko

我孫子洋昌

第18期

我孫子 洋昌

あびこ・ひろまさ

北海道下川町議/無所属

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