松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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1997年11月

塾生レポート

英国政治スキャンダル考
平島廣志/卒塾生

 
1)イギリスの新聞業界
ベストセラー作家のジェフリー・アーチャーが、英国の政治家だったことは有名 である。
アーチャーは1969年に29歳で初当選して以来、80年代はじめに詐欺に引っ かかって破産しやむなく辞職するまでの歳月、保守党の下院議員として活躍して いた。
自らの体験をもとにした『百万ドルを取り返せ!』や『めざせダウニング街10 番地』などは世界中で訳されてミリンオンセラーのヒットを飛ばしている。
そのアーチャーの新作に世界のメディアを牛耳る二人のライバル、ルパート・マ ードックとハロルド・マクスウェル(1995年死去)の凄まじい覇権争奪戦を 小説化した『メディア買収の野望』(新潮文庫 上、下)がある。
アーチャーの作風は常に相対する二人のライバルを主人公として登場させ、その 出生から半生をテンポのよい軽妙な文章と下院仕込みの独特のユーモアで読者を 惹きつけて飽きさせない。
現実の世界も小説に描かれているように、世界のメディア王の座をめぐるマード ックとマクスウェルの世紀の買収合戦はぎりぎりのところでマクスウェルが破産 し敗れることで決着している。
その後マクスウェルは謎の事故死(自殺説も有力)を遂げ、事実上マードックが 勝利を手中にしたかにみえたが、多年にわたる無理な買収劇はそのマードックに も深手を負わせ資産整理と戦略の後退を強いられている。
しかしより重要なことは二人のメディア戦争の主舞台となったイギリス(主にそ の争覇は英語圏だった。)の新聞業界がこの十数年間に劇的な変化を強いられた ことであろう。
イギリスは読む新聞によってその人が属する「階級」がわかるとまで言われてき た。
イギリスは良くも悪くも「階級」の国である。
上流、中流、労働者階級の3つに大別されているといわれその階級間の利害の激 突、階級内・階級間の変化が近代議会政党の根底をなしてきたともいわれてい る。
上流階級や中流階級は決して「サン」や「ミラー」、「エクスプレス」といった 大衆紙は読まないし、また読むことを恥じとしてきた。
逆に労働者階級で「タイムズ」など読むのは希である。読んでも大衆紙と高級紙 の中間のような「デイリー・テレグラフ」やどう見ても労働党の御用新聞である 「ガーディアン」ぐらいであり、薄いピンクの紙が目印の「フィナンシャル・タ イムズ」など読もうものなら「あいつはスノッブだ!」と仲間から悪口をいわれ かねない。
かつて、私がMRAロンドン本部にそこの副会長氏を訪問したとき、私がたまた ま「ガーディアン」を持っていたことに目を留めて、実に厳かにかつ諭すように 「政治を学ぶ学生がそんな新聞を読んではいけない。君、『タイムズ』を読みな さい。」と言われて閉口したのを覚えている。その人に言わせれば「タイムズは 『紳士の新聞』」だそうである。

2)大衆紙「サン」の持つ権力
イギリスの新聞は日本のように配達制度が完備されていない(配達してくれる場 合もある)。
新聞の部数競争は主に新聞スタンドなどが舞台であるが、それだけに各社とも特 ダネを求めて報道合戦が激しく、その中でも大衆紙がダイアナ妃に代表されるよ うな王室モノ、政治家や芸能人のスキャンダル、いかがわしい官能記事を売り物 にして部数を伸ばしてきた。
特にマードック氏の所有する大衆紙「サン紙」の勢いは凄まじく、その影響力も 部数とともに巨大になってきたのである。
ダイアナ妃の悲劇がその大衆紙の過熱報道合戦に原因があるのは誰の目にも当初 明らかであったが、妃が死んだら即座にそれまでの「ダイアナたたき」を忘れた かのように手のひらを返し、「民衆のプリンセス」と書き立て始めた。
デイリーテレグラフなどはほんの2週間ほど前には、ダイアナ妃が二人の息子 (王子)を伴って見に行った映画が、北アイルランドのカソリック派を賛美する ような筋書きだったというだけで騒ぎ立て、未来の国王たる王子たちの教育上、 ダイアナ妃が彼らに面会できる日を制限すべきだと論じた。妃が最愛の息子たち に会う権利を王室側が剥奪するのではないかと常に脅えていることを知った上で の論陣である。
そこにはダイアナ妃に対する「善人ぶった中学卒の馬鹿な女」という凝り固まっ た偏見が露骨に出ていて、そんな女に未来の国王の養育はさせられないという理 屈なのである。
それが死んだその日から「英国のバラ」である。私のような外国人でも怒りを感 じる程、恥知らずなのがこの国の大衆紙である。
しかも巧妙なのは、これら新聞各紙が王室範典に則って対処しようとするエリザ ベス女王ら王族を「冷淡だ。」として攻撃しだし、ダイアナ妃の死は王室の妃に 対する冷たい仕打ちが原因だといわんばかりのキャンペーンを張って世論を誘導 しだしたのである。
たしかに英国のマスコミは世論操作の術に長けているが、これほど鮮やかに悪役 を他になすりつけた例はないであろう。

この大衆紙の世論形成力に目をつけたのが、当時まだ野党の党首だったブレア氏 であり、彼の側近ピーター・マンデルソン氏である。
1992年の総選挙で労働党は世論調査では常に保守党に圧倒的差をつけつつも敗北 するという状態に追い込まれた。
選挙前の高支持率があっただけにこの敗北が労働党に与えたショックは大きかっ た。
ブレア氏らは敗因分析の一つとして大衆紙の力に注目したのである。
キノック(労働党党首で1992年の総選挙敗北で辞任)嫌いで、明らかにサッチャ ー女史に肩入れしているとしか思えない新聞王マードック氏は労働党の高い支持 率を覆すべく、配下の新聞各紙を総動員して同党を選挙期中、叩きに叩いていた からである。
93年以降保守党内で「メージャーおろし」の動きが加速すると、マードック氏は 今度はこれに乗じてメージャー叩きを始めるのであるが、何故かと言えばメージ ャー首相(当時)が明確にサッチャー路線と距離を置きはじめたからと言われて いる。
「オーストラリア生まれの外国人(マードック氏のこと)にこの国の政治を左右 されるわけにはいかない。」
メージャー首相はこの新聞王を毛嫌いしたが、これがすでに階級を越えて読者層 が拡大していたサン紙をしてブレア党首率いるニュー労働党に肩入れさせる結果 となり、転じてブレアブームの遠因をつくることになるのである。
そういう因縁もあって一面に半裸の女性ヌードを載せるようなお世辞にも品が良 いとは言えない大衆紙「サン」とブレア政権は今でも実に仲が良い。
今年(1998年)の年頭にはインディペンデントやタイムズ、ガーディアンなど並 み居る高級紙を押しのけて「サン」にだけブレア首相は国民へのメッセージを書 いているぐらいである。

問題は外国の首相がだからと言って「サン」のような極めて俗っぽい大衆紙に公 式のコメントを寄せてもいいのか、ということであろう。橋本首相のことであ る。
1月8日、「日本の首相『サン』に謝罪」という大見出しで一面を飾った。
英国では第二次大戦時の日本による英軍捕虜虐待問題が確かに元軍人らを中心に 燻っているのは事実である。しかも彼らの多くが「サン」をよく読んでいるとい うのも言われてみれば確かにそうかもしれない。
が、橋本首相が文中、ブレア首相を「トニー」とファーストネームで呼ぶような 実に胡散臭い、一国の首相としては余りにも軽すぎるこの謝罪文はサンの読者層 以外の多くの英国国民の失笑を買っており、事実政治的には中立であるインディ ペンデントをはじめ一斉にこの謝罪文をこきおろしている。
せめてもの救いは橋本首相の顔写真の横にいつものように半裸のヌード嬢が大き なお尻を見せていなかったことぐらいだろう。
このような国辱級の不始末をしでかすような無知な官邸をどうして外交当局は制 御できなかったのであろうか?
サンがどういう新聞か知っていたであろう日本大使以下、駐英大使館員の罪は極 めて深いと言わざるを得ない。
世界の指導者クラスの政治家で「サン」に戦後処理に関する様な重大な公式のコ メントを載せたのは橋本首相が最初であろうし、また最後であろう。
ヘルムート・コールやジャック・シラクらがどんなに英国の通貨統合参加を渇望 しようとも、英国民の関心を買うためにサンのような新聞に公式声明を出すこと は決っしてありえないのだ。

3)サッチャー時代のスキャンダルとモラル
クリントン大統領の不倫・偽証強要疑惑を「インターン(実習生)ゲート・スキ ャンダル」と新聞によると言うそうだ。
なんでもかんでもホワイトハウスにまつわるスキャンダルは○○ゲートと名づけ たがるのも面白いセンスだが、いくらなんでも不倫の偽証で大統領弾劾というの はなかなか穏やかならざる話ではないだろうか。
金銭関係のスキャンダルは疑問の余地なく政治家としての進退に及ぶのは当たり 前の話ではあるが、男女関係(特に既婚者の不倫)を通して政治家の資質に言及 するのはなかなか難しい問題が有るように思える。
イギリスはプロヒューモ事件の昔から政治家の事件といえば「セックススキャン ダル」と相場が決まっている。
(最近ではエイトキン事件のようにやや金銭スキャンダルも増えている)
家族の価値を謳い、プロテスタンティズム的な禁欲的男女像を崇め奉るマーガレ ット・サッチャー元首相の時代など閣僚たちにとって不倫の発覚は即政治生命の 終わりを意味していた。
有名なのがサッチャー女史の最もお気に入りの側近だったセシル・パーキンソン 卿の不倫事件である。パーキンソン卿は党の幹事長として総選挙で不人気を極め ていたサッチャーの保守党を勝利に導いてきた実力者だったが、夫婦そろってテ レビに出演しサッチャーライト(サッチャー主義者)よろしく家族愛の大切さを 説き、長年連れ添った夫人との仲の良さをアピールした。
番組そのものは何の問題もなく、無事終了したが、問題はその番組を卿の愛人が 見ていたことだった。
これでもか、という程「夫婦愛の至高の尊さ」なるものを見せ付けられた愛人の 怒りは凄まじく、そのまま新聞社に電話して洗いざらいパーキンソン卿との関係 をぶちまけてしまったのである。

サッチャー首相(当時)はこれを許さなかった。
外相内定が固まっていたパーキンソン卿は、その座を取り逃がしただけでなく批 判の進行に耐え切れずやがて貿易産業相の職も辞任せざるをえなくなり、彼は一 時期サッチャーの後継者と目されていた程有望な政治家だったが、この挫折はつ いに取り返すことのできない大きな失点となった。
以来昨年春の保守党政権崩壊でウィリアム・ヘイグ氏が党首になり、その後見役 として幹事長にカムバックするまでのあいだ完全に表舞台から遠ざかることにな ったのである。

4)ドラッグ疑惑と家族の責任
麻薬問題は英国を蝕む病である。
大衆紙サン紙のライバルであるミラー紙はある有力政治家の息子がパブ(飲み 屋)で大麻の売買をしているというタレ込み情報を受け、女性記者を変装させて 目的のパブに送り込みまんまと売買中の写真を収めた。
ただ相手が未成年の17歳だったことで写真と名前は公表できなかったが、その報 道はブレア政権を震撼させるのに充分であった。父親は労働党政権の閣僚だった からだ。
一説にはライバル「サン」と蜜月状態の労働党内閣の閣僚ということでわざとミ ラー紙がしかけたとも言われている。(実否は定かではない。)

以前ホームステイした家庭はロンドン郊外のテムズ河畔にあり、町全体が一つの 庭園かと思われる程美しい場所だった。
ホストファミリーは私と同年代の息子が一人とその母親の片親家庭で、けして裕 福ではないが二人ともは働いていてそこそこに収入があり日本で言えば中流程度 のまずごく普通の家庭である。
息子のマーカス(仮名)とは歳が同じということもあって、家でTVゲームをや ったり、その友人たちと近くのパブ(飲み屋)に行ったりしたが、ひとつだけど うしても馴染めなかったのが、彼らがごく普通にまるで煙草でも吸うように気軽 に大麻をやることだった。
母親は顔をしかめるものの軽度の大麻は違法でないらしく特に強いて止めさせよ うとはしなかった。
誤解を恐れず言うならば麻薬(種類は千差万別であるが)は既にイギリスのサブ カルチャーの一部になっている観がある。
軽度の大麻を常習しているのは、けして一部の不良や犯罪者グループもしくは昔 のヒッピーの生き残りの様な人たちというわけでもなく、ごく普通の家庭の子女 なのである。
ブレア首相は就任以来、麻薬撲滅運動を強力に推進してきた。
特にこれまではサブカルチャーか不良の「象徴」程度に見られてきた大麻の汎用 を重要視し、この対策に全力を挙げてきた。
その右腕となって敏腕を振るっていたのがブレアの党首就任以来の同志であるジ ャック・ストロー内相である。
若者の麻薬常習は家庭の問題であり、親の責任であるとし、麻薬撲滅には家族の 絆が大切だと内相は就任以来訴え続けてきた。
話は変わるがスコットランドはイングランドとちがい未成年の年齢は16歳以下と 法律でさだめられている。
まるで飢えたオオカミのようにスキャンダルを求めてやまない英国の大衆紙はこ の差をついた。文頭に出てきた大麻を取り引きした閣僚の息子の氏名(つまり父 親である閣僚の氏名)をスコットランドの系列新聞社の新聞にスッパ抜いたので ある。
イングランドの各新聞社はもはやスコットランドで少年の実名が報道された以 上、イングランドだけ匿名報道を続けるのは意味が無いと高等法院に訴え、世論 を盛り上げて報道規制の解除を勝ち取った。少年の名前が出れば、当然親である 閣僚の名前もでる。
これが何とあれだけ麻薬の罪業と親の責任を説いてきたジャック・ストロー内相 の一人息子だった。議会は当然紛糾した。
「今こそ内相は、親の責任を取れ!」と野党は激しく責め立て辞任をせまった。
こういう時しか見せ場がないのでしかたはないが、野党保守党はにわかに活気づ いた。
結局首相が最後の最後まで内相を庇い切り、辞任にはいたらなかったもの今後麻 薬問題への取り組みが極端に難しくなったように思える。
「謝罪する機会を得ることができてホッとしている。息子は充分悔恨しており。 家族の力で立ち直らせたい。」
公式な記者会見で短いコメントを読み上げた後内相は、側近に語ったそうであ る。
「法を曲げ、世論を煽り高等法院の決定を覆すことが、果たして報道機関の為す べきことなのだろうか。」

5)大物閣僚の不倫
ギョロっとした大きく威圧的な目に不適な含み笑い、顔いっぱいの髭。
外相ロビン・クックがただ者ではないということを理解するのに、その異相(悪 相?)を見ればさほど時間はかからないであろう。
トニー・ブレア首相もこの筋金入り党活動家あがりの大先輩が実は煙たくてしょ うがない、ということはイギリス国民なら皆知っている「周知」の事実である。
一言でいえば、何かとうるさいのである。組閣早々、ブレア首相の肝いりで政権 に実業界から欧州担当閣外大臣を迎えることになったが、これが「親欧州」派財 界人でジャガー社役員のジョフレー・ロビンソン氏に内定した。
クック外相はこのことが二重の意味で気に入らなかった。
1)ロビンソン氏が有名な欧州委員会のシンパで、クック外相のとる「欧州との 適切な距離(つまり反・欧州)」的態度と真っ向から衝突すること。特に実業界 が期待する早期の欧州通貨統合加盟に関してロビンソン氏が政権入りすれば、氏 がこれを強力に推進することは火を見るより明らかであった。
2)この人事に関してブレア首相は事前に何の相談も同外相にしなかったのであ る。
首相としては閣僚の任免権は当然自分にあるのだから、いちいち外相に諮る必要 はないというのが理由であろうが、問題の欧州担当閣外相のポストは外相の指揮 下にある。
これはあきらかに欧州問題における「クックはずし」だと直感したのであろう、 その悪相に凄みを利かして反対しだした。
クック外相はブレア執行部の中で主流を占める、いわゆる「モダナイザー(労働 党の近代化を目指す若手改革派グループ)」に属さない「外様」である。
と、いってもただの外様ではない。
1979年から1992年まで超長期間、党首の座にあったニール・キノック氏の「影の 内閣」で影の環境相をはじめ党の要職を歴任している超大物「外様」なのだ。
彼がキノック党首のもとで「影の閣僚」を勤め、吠えるように演説するサッチャ ー女史の閣僚たちと議場で舌戦を展開していた頃、今のブレア首相など新人議員 に毛が生えた程度の存在でしかなく、後ろの方のバックベンチに座り(英国議会 は日本と違い有力議員が最前列に座る)、黙然とだまって討論を眺めるか、時折 野次を飛ばすかするだけだったのである。
ブレア首相がクック外相を苦手に感じるのも無理のない話であろう。
政治家としての「格」というか、存在感だけでいうならば、若いだけにブレア氏 もブラウン氏も比較にならない。
この存在感に閣内でなんとか匹敵しうるのは、副首相として政府の半分の権を握 るとまで言われる重鎮ジョン・プレスコット氏だけである。

ブレア首相もクック外相がつむじを曲げたことには苦慮したようだ。
彼らは政策面でももともと相容れない。
特に経済政策を中心にサッチャーの手法を受け継ごうとするモダナイザーたちに 対して、「ニューケインズ主義」掲げ、いまだに財政出動の有用性を主張して憚 らない。
クック外相はクレア・ショート海外開発相(女性)などとともに政策グループを 形成し、これを同氏の名をとって「クッカイト(クック主義者)」と呼ぶむきも ある。
経済政策ではモダナイザーの急先鋒ゴードン・ブラウン蔵相との激突もしばしば であり、98年度予算をめぐっても大胆な福祉改革を推し進める蔵相に反旗を翻し ている。
結局、ロビンソン氏の欧州閣外相就任は潰れた。クック外相が無理矢理ねじ込ん だのである。
トニー・ブレア首相も政権発足早々でもあり、この党の大先輩に気をつかわざる をえなかったのだろう。
もっとも後にちがうポストを新設し、改めてロビンソン氏は政権入りを果たして いる。

このクック外相に不倫が発覚した。
スッパ抜いたのは夕刊紙イブニングスタンダードである。クック夫人の談話とし て一面ぶち抜きで報じており。不倫相手は外務省の大臣官房に勤める秘書とのこ と。
翌日は当然各紙一面で報じており、カメラマンたちに健気な笑顔を向ける乗馬ス タイルのクック夫人の写真と、本人はごく自然に振る舞っているのに何故か「悪 辣かつ不敵」に見えてしまう外相の写真をならべて載せ、ついでに相手の美人秘 書ガイナー嬢の写真まで載せている。
記事はどの新聞も夫人の長年にわたる内助の功などつつましやかな「美談」を書 き立て、返す刀で外相批判の大合唱である。
クック外相はこの秘書が愛人であることを認め、かつ現在の夫人と離婚して美人 秘書と結婚するつもりだとスコットランドの自分の選挙区でコメントをだした。
この時期、訪米を控えていたことをとらえ、マスコミや野党は「愛人・離婚騒動 をかかえた外相を派遣するのは米国に非礼である。」などとどうでもいいような 理屈をねじつけてクック氏の追い落としを始めたが、そうこうする内に何とはか らずも訪問先の米国大統領が前代未聞のセックススキャンダルをおこしたのであ る。
クリントン大統領のスキャンダルの凄まじさにイギリス国民はクック外相の不倫 騒動がいかに程度として可愛いらしいものか理解した。しかも外相はその娘ほど 歳の差の秘書嬢を心から愛していて、責任を取って結婚するとまで言っているじ ゃないか…。
そしていつのまにか外相追及劇はうやむやになってしまった。
命拾いした、と外相は感じていることであろう。ひそかに米大統領に感謝したか もしれない。
イラク制裁への英国の突出した対米共同歩調はこれが理由であるかどうかは、も ちろん、わからない。

トニー・ブレア首相は訪日直後であったが、東京からわざわざ「クック外相を支 持する。辞任はこれを望まない。」というメッセージを送っている。
首相の気持ちの内ははかり難いが、どうであれ日増しに大きくなる閣内の亀裂を 思えばメッセージの文言通りではけしてあるまい。
金銭スキャンダルに関しては、例えばモハメド・サーワー議員の選挙違反事件の ように俊敏にして厳格な処置をとるブレア首相だが、先のストロー内相の問題や クック外相のスキャンダルなど相次ぐ重要閣僚の事件にはサッチャー元首相と違 い寛容な態度を維持しているようである。

6)イギリス政治は政治腐敗とは無縁か?
もう何年も前になるがNHKスペシャルで「かくして政治はよみがえった」とい う番組が放送された。
ちょうどリクルート事件やその後の佐川急便事件など日本で政治腐敗がその腐臭 を極めた時期で、イギリスの「政治腐敗防止法」制定の経緯を時の法相ヘンリ ー・ジェームス卿の活躍を中心に描いたこの番組に、学生だった私は強く感銘を 受けた記憶がある。
その時からイギリスといえば「金銭スキャンダル、政治腐敗とは無縁の国」とい うイメージがあった。
丁々発止のディベートで政策を争う議会政治への憧憬もあり、やはりはじめてこ の国の下院を見学したときは正直、感動をおぼえた。

が、残念ながらイギリスでも日本のように構造的なものではないが政治腐敗はあ る。
「花ニ十日ノ紅ナシ、権ハ十年久シカラズ」
と、この場合言うべきか。
サッチャーとメージャーの保守党両政権18年は多くの実績をあげたが実に長すぎ た。
絶対的な権力は絶対的に腐敗する、の格言通りこの長期政権のもとで保守党議員 の中にも汚職に手をだす者がでてきたのである。
代表例がジョナサン・エイトキン元大蔵省主計担当閣外相である。
メージャー政権のラモント、クラークの両蔵相につかえた切れ者の政治家で、激 しいリセッションと同時に政権をスタートさせねばならなかった不人気のメージ ャー内閣をよく支え続けた人物である。
有能であるが惜しいことに、その能力の中でも「利殖」の才が最もたけていた。
また主計担当閣外相は国家予算を取り仕切る文字どおり政権の中枢部にあたる。
この人物の汚職が発覚し、しかも裁判では偽証したため総選挙を目前にしていた 保守党は計り知れない打撃を当時受けたのである。

政治腐敗事件はこのエイトキン議員にとどまらず、メージャー政権末期には業者 から献金をもらってその業者に有利な質問を議会でしたりする者も現れ、総選挙 における保守党政権瓦解の一因は有権者が保守党議員たちの金銭スキャンダルに 嫌気がさしたことにもあるといえよう。
歴史的題敗北から36歳のウィリアム・ヘイグ党首による全党的出直しを目指すこ ととなった保守党であるが、そのヘイグ党首以上の人気を誇るといわれ「次」の 党首を窺う最後の香港総督クリス・パッテン氏にも香港時代の暗い噂が流れ保守 党員を暗澹とさせている。
インディペンデント紙はその「噂」を解明すべく一面に大きく麻薬の注射器の写 真を掲載した。
現在、それでなくても落ち目の野党保守党をさらに痛打する「イースタン・エク スプレス社献金疑惑」が初めて公になったこれが最初の日である。
ことの発端は香港返還をひかえて香港の有力紙「サウス・チャイナ・モーニング ポスト紙」が経営者交代で親北京寄り路線に転換したことにはじまる。
このことに危機感をいだいた時の香港総督パッテン氏は、在港の実業家マ・チン クワン氏に親英路線の新聞を発行するよう要請した。マ氏はこのため「イースタ ン・エクスプレス紙」という親英的な新聞社をつくり積極的に事業にのりだし た。
問題はここからはじまる。やがてマ氏はパッテン総督を通して時の保守党政権に 食い込むようになり、多額の政治献金を保守党に対して行うようになったが、マ 氏の目的はただ一つ、麻薬の密輸に手を染め指名手配となったいる父親のマ・シ ックチュン氏を逃亡先の台湾から香港に戻れるよう取り計らってもらうことであ った。
総選挙で政権交代がおこりマ氏の父親の件は当然うやむやになってしまったが、 今度はマ氏の側がおさまらず、献金した金の全額返還を訴えるという珍事になっ たのである。
マ氏は保守党からの献金領収書もご丁寧にインディペンデント紙に提供してお り、麻薬に関係したブラックマネーが保守党の政治献金の一部に流れ込んでいた ことをはしなくも証明したのである。
パッテン元総督はマ氏との親密な関係を全面否定しているが、「保守党最後の期 待の星」のイメージ失墜は避けられそうにない。

7)それは果たしてスキャンダルなのか。
今まで述べてきたようにイギリスにも金銭スキャンダルがあるし、不倫やその他 スキャンダルなら日々これに事欠くことはない。
また議会政治の範とされたイギリスが誇る「政治腐敗防止法」にも限界があるこ とは上記の例でもよくわかる。
やはり真の腐敗防止は適切な政権交代なのであろう。
ある議員が言った「政権交代こそ最大の政治改革なのだ。」という言葉は印象的 だった。
またスキャンダルに対しては一切の遠慮をしない英国のマスコミも腐敗の防止に (個々の行き過ぎがあっても)一役買っていることは厳然たる事実である。
ただ金銭問題とは別に政治家がどこまでモラルの面で完全でならなければならな いのか、不倫は政治家として辞任すべき事柄なのか、それとも個人の問題なのか なかなか判別は難しい。
サッチャーはパーキンソンを断罪したが、それはイギリス政界における明確な規 範に則ったわけではなく、単に彼女一人の宗教的モラルに従ったまでである。
また「背信者」を果断に断罪するリーダーを大衆は好感を寄せる。サッチャーを して「権威的ポピュリスト」と呼ぶのはこのためだろう。
我々がヒステリックに怒ってることは、果たして本当に許されざることなのか。 それは我々自身の不寛容がなせるわざなのではないか。
この自問自答がなければ、この国ではスキャンダルを食って巨大化する大衆紙と その背後にあって、報道とは金もうけの手段にすぎないと言い切る新聞経営者た ちに躍らされるだけであろう。
すでにマードックとマクスウェルという二大巨人が新聞界に登場して以来、かつ ての「読む新聞によって階級がわかる」といった牧歌的な時代は永遠に過去のも のとなったのである。かの名門タイムズでさえアスター一族の手を離れ、マード ック系列の配下に降っている。
サッチャーと違い、ブレア首相がストロー、クックの両閣僚を辞任させなかった のも一つにこの問題は個人に帰属するべきものとの認識があり、もう一つは世論 形成に隠然たる力を持つ大衆紙「サン」を押さえることで世論の過熱化を回避で きる力を持っていたことである。
それはそれでまた新たなマスコミと政治の関係を考えなければならない課題を指 し示しているようだ。
ユーモアの衣に包れた旺盛な批判精神のあるマスコミはイギリスの神髄と呼ぶべ きものである。
国営放送BBCといえども王室、時の政権関係なく徹底的に笑い飛ばしこき下ろす 様は日本と英国の国情が違うとは言え、一種の敬意すら覚える。
例えばNHKが同じ事をすれば会長の首はいくつあっても足りないであろう。
しかしそこには確実に「ある種の危険」があることも明記すべきであろう。
それがいったん何かを追いかけはじめたら、法律さえもねじ伏せ、一人の王妃の 命さえも奪う力を持ちはじめているのだから。

1997年11月 執筆
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