Thesis
「そもそも世間というものがこの国には存在しないのです。」
スウェーデン在住20年になろうとするある日本人の方がおっしゃった言葉である。
「より正確に言うと世間体というものが存在しない。基本的に個人主義が徹底的に貫かれているので、離婚して世間に対して恥ずかしいとか、同棲して世間体が悪いとかそいう感覚は存在しません。あくまで個人が何をしたいかというのが重要なのであって他人に迷惑がかからない範囲であれば何をやっても全く問題にならないのです。」
彼自身が17年連れ添ったスウェーデン人の奥さんと離婚した(された)ばかりだという事実を差引しても、彼が言わんとしている事は事の善悪は別にしてなんとなく理解できるのである。
この国の平均離婚率は65%にのぼる。問題なのはこの数字が婚姻法に基づいて「正式に結婚していた」人々が「正式に離婚した」数字であり、スウェーデンでは結婚という形式を踏まない「同棲」というカップルが多く、その様な人々の「離合集散」は数字にでてこない。
日本では同棲という言葉自体あまり市民権を得ていないが、北欧では市民権どころか被選挙権まで得ている様な観がある。それはスウェーデン女性の第一子出産の平均年齢が結婚平均年齢を大きく下回っていることからも同棲が結婚と同等の立場にあることがうかがえる。
二度、三度と離婚、結婚を繰り返すこともめずらしくなく、当然兄弟姉妹親が違うなどというのは日常茶飯事であり、このことが理由で子供が社会的に差別されたり、学校でいじめられたりすることは絶無である。
ちなみにスウェーデン女性と結婚した日本人男性の場合深刻で限りなく100%に近い率で離婚している(されている)。
もちろんスウェーデンや北欧諸国も昔からこうだったわけではない。それはイプセンの小説「人形の家」を思い出すまでもなく戦前のヨーロッパでは女性の地位はまだまだ高いものではなく、彼女たちが「世間体に背いて」自由に生きる事は許されていなかった。
戦後の60年代~70年代のいわゆるウーマンリブ運動の盛り上りと、福祉国家の形成でようやく今日の「女性大国」が北欧にできあがったのである。
おもしろいことに今回のスウェーデンの移民政策を調査する上で様々な政治家、官僚、労組幹部、企業幹部、法律家に会ってインタビューをしたがそのほとんどが女性であった。スウェーデン女性の約8割が公共セクターで働いていることを後から知ってなるほどとうなづいたのであるが、最初は何故男性がどこにもいないのだろうと不思議に思ったりしたものだった。
スウェーデンでは「主婦」というものが存在しないと言われている。学生や年金生活者、失業者を除きすべての女性は働いているからである。当然男性は家事を分担することになり、そんな感覚についていけないスウェーデン女性と結婚した「日本男子」の皆さんは数年の試行錯誤の末、ある日離婚を宣告されるのである。
スウェーデンの女性が簡単に離婚する原因に彼女たちが仕事を持っていて男性から経済的に自立していることやまた離婚した場合の国家による手厚い保護が挙げられるといえる。通常両親が離婚した場合よほどのことがないかぎり母親に養育権が渡るシステムになっているが、別れた父親は養育費を毎月収入に応じて支払う義務があり、しかも子供は一人あたり16歳まで750Krが政府から母親に支給され、家賃やその他生活に必要な経費はかなりの額が政府の補助を受けることができるのである。
「女性は離婚したほうがもうかります。」(前出の日本人氏)
実際もかるかどうかは別にして女性福祉の充実が女性の選択の幅を広げていることは確かなようだ。
1994年9月の総選挙でイングバル・カールソン率いる社会民主労働党が3年ぶりに政権の座を奪回した。
そのカールソン首相が引退を表明したのが昨年(1995年)10月のことである。1986年に盟友オロフ・パルメ首相が暗殺されていらい10年近くにわたって社民党党首の座を守ってきたカールソンの突然の引退表明で次ぎの首相たる人物はだれかということに注目が集まった。
この時点で文句なく次期首相の一番手は副首相のモナ・サリーン。高校卒業後結婚し、ウェイトレスをしながら大学の夜学を卒業して政治家になったとい女性で二児の母親でもある。38歳という若さと弁舌のうまさで頭角をあらわし、社民党書記長として94年の選挙で政権奪還の立役者となったのである。
しかしスウェーデン史上初の女性首相誕生かとおもわれたのも束の間、サリーン副首相は無断で公金を借用していること(ほんの数万円)が新聞などの報道で暴露され、また駐車違反の罰金、電気水道などの公共料金を滞納していることなどずさんな金銭感覚も露見し、これらが致命傷となって社民党期待の星は首相の座どころか副首相辞任にまで追い込まれてしまったのである。
政治家とお金の関係には殊のほか厳しいお国がら故か、多くのスウェーデン人の口からモナ・サリーン批判を聞いたが、少数意見ながら彼女を擁護する意見もある。
「スウェーデン人は女性の政治家に完璧を求めすぎる。一日中フルタイムで大臣として政府の仕事をしたり、党の幹部として全国を飛び回ったりしながら、母親としての育児や夫と分担するといっても相応の家事もしなきゃならない。その上家計の管理まできちっとすることなんて普通できます?」
すくなくとも私にはできそうにないようだ。
Thesis
Koji Hirashima
第15期
ひらしま・こうじ