松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

日本語英語


塾生レポート 一覧へ戻る
1997年9月

塾生レポート

ブレアリズムを考える ~made in UKの再生~
平島廣志/卒塾生

 
「おー、ちゃんと生きとったねー。良かった、良かった。」
その日突然、同期の岡田和男塾生から電話があった。聞けばカーディフからロン ドン行きのサウスホール鉄道が事故を起こし、7名の死者を出したとのこと、私 が前日にウェールズの住民投票の取材にカーディフ行きを話していたのでもしや と思ったようだ。
幸運にも10期の高橋仁塾員が訪英するということで、その日の予定をたまたま繰 り上げていたのだが、通常の予定であれば確かにちょうどロンドンに帰ってくる 時間帯だったので背中に寒いものが走った。

10月2日のインディペンデント紙は第一面に6枚の写真をならべて、「Six Disasters, 368 people dead , no successful prosecutions , Now the government acts (6つの災害で、368人が死んでいるのに、何も追求されてい ない、政府よ今こそ行動せよ!)」という表題をつけた。
今回労働党大会の最大の山場である、ジョン・プレスコット副首相(環境・運 輸・地域政策担当)の行政改革・民営化案を巡る攻防がその前日行われた。
その中で同副首相が今後、安全のための設備投資を怠るなど無責任な企業経営が 引き起こす災害について経営者に過失致死罪を適用する強力な法整備を行なうと 演説したのを受けての記事である。
本来政治的な中立を売りにしてきたインディペンデント紙があえて声援を送るほ ど、運輸政策の改革は国民が待望してきたものだったのである。
6枚の写真には先程のサウスホール鉄道事故(1997年9月、死者7名)に始まり、 ブラッドフォードスタジアム大火災(1985年5月、死者56名)、ゼーブルージ ュ・フェリー事故(1987年3月、死者188名)、クラハム・ジャンクション鉄道 (1988年10月、死者35名)、客船『侯爵夫人』号沈没事故(1989年8月、死者51 名)、そして史上最悪の地下鉄火災として有名なチャリング・クロス駅大火災事 故(1987年11月、死者31名)などである。
多くの民営化された(一部は公営のものもある)交通機関がコスト削減のため、 安全性に疑いのあるまま運営されていると論じ、これは「Corporate Killing (企業による殺害)」であると主張している。
たしかに上記のチャリング・クロス駅の大火災も原因は木製のエスかレターの油 に誰かの煙草の吸い殻が引火したことによるものであり、施設の老朽化が被害を 拡大する原因になったと指摘されている。
経験から言わせてもらうと、ロンドンの地下鉄は世界一の歴史を誇っているが、 設備も世界一古く、利用者の快適度は世界一最低である。
とにかくトラブルが多い。それもほとんどが設備のボロさからくるものである。 先程木製のエスカレーターと書いたが、チャリング・クロス駅だけが木製だった わけではなく、多くの地下鉄の駅で現在でも使われている。
絶対時刻表通り運行されないだけでなく、しょっちゅう止まる。それも暗闇のト ンネルの中、10分や20分はざらであり、最高記録は6時間だそうである。
何故とまるのか一切説明されないので原因は分からないが、IRAのテロの電話予 告の所為などまことしやかに噂が流れているが本当のところは、多くは配電関係 の故障によるものだそうだ。
あと、乗客と職員のモラルがおそろしく低い。乗客は乗客で所かまわず社車内に ごみをすてるし、職員は職員で一切拾おうともまた捨てる人を注意しようともし ない。
このロンドン地下鉄公社に対して、プレスコット副首相は行革・民営化を打ち出 し、党大会でもかろうじて採択された。もはやこの公社の赤字体質を改善するに は市場原理しかないという結論に多くの党員がいたったわけである。
同時に左派系議員や労働組合が主張した鉄道の再国有化案をきっぱりと退けるこ とに成功した。この提案を含め左派の提示したプランは前月紹介した今回の党大 会では一つ残らず否決され、政策レベルではブレア執行部の完勝に終わったとい える。

英国製造業の再生はサッチャー女史の悲願でもあった。
「産業の大英博物館」とまで自国の産業界をこけおろし、競争原理の導入でその 再建に全力を傾注したが、結果はイギリス市場に於でさえ外国勢と争わざるを得 なくなった英国企業の完全崩壊であった。
ジャガーをはじめ英国の名だたる大企業は次々と外国資本の軍門に屈し続け、企 業合併などによって英国大企業の中で純粋にイギリス企業だといえるものは実に 少なくなってしまっている。
また急激な社会資本の抑制は、いまだに前世紀の地下鉄の駅や車両をそのまま使 用するという惨状を呈しており、上述したチャリングクロス駅大火災の原因にな った木製のエスカレーターなどダウンタウン周辺を中心にまだまだたくさん残っ ている。

プレスコット副首相は、環境、地方自治、地域政策、運輸政策など内閣の実に半 分の権限を一手に握る“スーパーミニスター”と呼ばれている。
高校卒業後、ロンドンで有名な二階建バスの車掌(前首相のメージャー氏も一時 期やっていた)やブリティッシュ航空のパーサーなど職を転々としたあと、一念 発起して30歳でオックスフォード大学に入学、その後労働党の活動家に転身した 政界の変わり種である。
当初プレスコット氏が労働党が野党時代には組合寄りのスタンスをとってきたこ とで、副首相への登用を反対する声も多かったが、ブレア首相は組閣に臨んで 「余人をもって代え難し」とし、行革の指揮官であり組合との激突も予想される 閣僚ポストに任命した。

就任早々、困難が予想されるロンドン地下鉄公社の民営化を打ち上げてその辣腕 ぶりを発揮しはじめた同氏であるが、早くも組合や左派からは「裏切り者」とし て激しい攻撃を一身に浴びている。
豪放磊落にして細心の気配りと果断さを併せ持つこの“スーパーミニスター”に イギリスの行革と経済の再生はかかっているといえる。

1997年9月 執筆
  1. HOME >
  2. 卒塾生一覧 >
  3. 平島廣志 >
  4. ブレアリズムを考える ~made in UKの再生~
ページの先頭へ