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2021年12月

共同研究

2021年度松下政経塾⾃治体経営研究会レポート 〜超⼈⼝減少時代における⼭間地域の交通モデルの確⽴〜
須藤博文/卒塾生     波田大専/卒塾生     小林祐太/松下政経塾第40期生     中田智博/松下政経塾第41期生     伊崎大義/松下政経塾第42期生     日野原由佳/松下政経塾第42期生     水上裕貴/松下政経塾第42期生

 

松下政経塾 自治体経営研究会
 須藤 博文(39期)
 波田 大専(39期)
 小林 祐太(40期)
 坂田 健太(41期)
 中田 智博(41期)
 伊崎 大義(42期)
日野原 由佳(42期)
 水上 裕貴(42期)



<目次>
1.メンバー紹介
2.自治体経営研究会が目指すもの
3.研究背景、檜原村との出会い
4.檜原村について
5.檜原村の現状
 5-1.人口動態
 5-2.交通不便地域の存在
6.デマンドバス、外出支援サービスの現状
 6-1.デマンドバス、外出支援サービスについて
 6-2.デマンドバス、外出支援サービスの利用実態
 6-3.住民アンケート結果
7.ソリューション
 7-1.「あなやま」事業について
 7-2.事業設計、利用予測
8.期待される効果
9.まとめ
10.謝辞


1.メンバー紹介


須藤博文(第39期生)
千葉県市原市出身。千葉大学大学院専門法務研究科を修了後、なりた総合法律事務所にて弁護士活動を行う。依頼者とともに事件を解決していくうちに、不合理な法律や司法制度・更生支援のあり方に疑問を持つ。入塾後、再犯防止・福祉政策に注力し、活動している。



波田大専(第39期生)
北海道札幌市出身。北海道大学経済学部経営学科卒業後、ホクレン農業協同組合連合会を経て入塾。最先端のロボット技術とICTを活用したスマート農業の普及に向けて研究活動に取り組む。日本の食糧自給基盤を確立した上で、世界における食糧の長期安定確保の実現を目指す。



小林祐太(第40期生)
神奈川県横須賀市出身。立命館大学政策科学部卒業。在学中に故郷・横須賀が著しい転出超過に直面している現状を知る。入塾後、人口減少時代における郊外都市の在り方、少ない人口にあっても仕事や生活において一人ひとりが輝くことのできる街の実現について研究・実践している。



坂田健太(第41期生)
埼玉県さいたま市出身。青山学院大学法学部卒業後、神奈川県庁に入庁。社会構造の変化に伴い、複雑な課題が山積する地方自治体において、その組織の在り方に危機感を覚える。内部からのイノベーションを引き出す有機的かつ創造的な自治体組織の構築を目指す。



中田智博(第41期生)
神奈川県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。大学在籍中より、欧米諸国におけるポピュリズムの勃興と社会分断の現象に疑問を持つ中で、日本の変容しつつある社会を目にする。日本におけるポピュリズムの勃興の阻止と、その奥にある社会分断を克服し、調和のある社会の在り方を探求するため入塾。



伊崎大義(第42期生)
福岡県北九州市出身。大阪大学人間科学部卒業後、関西電力でエネルギー貿易、オトバンクでITビジネスに従事し入塾。この国の閉塞感を打ち破るには自立した地方政府の生み出す多様性こそが重要と考え、地域主権と国内外の都市間連携を通じた日本の繁栄を目指す。



日野原由佳(第42期生)
群馬県出身。早稲田大学大学院政治学研究科修了。ルネサスエレクトロニクスで勤務後、NGO、国連職員として中東及びアフリカにて人道・開発支援に従事する中で、社会に不平等や差別があることに問題意識をもつ。多様性や包摂性を尊重した共生社会の実現を目指す。



水上裕貴(第42期生)
北海道札幌市出身。東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。ドイツ留学での国際交流を契機に、日本における教育制度を抜本的に改革する必要性を実感する。教育内容の是正と教員の労働問題の改善という二つの柱から、これからの教育の在り方を探究する。


2.自治体経営研究会が目指すもの

 松下政経塾の研究会活動は、現役塾生が4学年の壁を越えてそれぞれの塾生が興味ある分野ごとにチームを組み、研究を行う取り組みです。2021年度は自治体経営研究会のほか、外交安全保障研究会、社会保障研究会の3つの研究会が立ち上がりました。私たち自治体経営研究会は、超少子高齢社会を迎え、日本における自治体の多くで人口減少がはじまっている現状に危機感を覚えました。人口減少による税収減少や働き手不足が深刻化することを防ぐために、自治体をどのように経営していくべきかを考えなければなりません。さらに、自治体経営を行う主体は、首長や役所などの行政機関だけでなく、地方議員や民間企業、NPO、ひとりひとりの住民を含めたすべての人々であると考えています。地域の課題を発見し、地域の方々とともに解決していけるように、研究・研修を行っていくことを目的として活動しています。


3.研究背景、課題意識、檜原村との出会い

 本年度の研究会活動を開始する際、現在の人口減少社会が進んでいく上での影響についてメンバー内で話し合いました。その中で話題にのぼったのが「交通」の分野でした。
 電車やバスをはじめとした公共交通機関は都市部において蜘蛛の巣状に張り巡らされています。一方、郊外の街ではモータリゼーション、すなわち自家用車の活用とバス路線の活用による生活が成り立っています。我々が着目したのはそのどちらでもない過疎地域です。過疎地域においても郊外地域と同じように自家用車の移動が主流ではあるのですが、高齢化が進んでいることや急峻な地形等を理由に自力で自動車を運転できない方も多く、最寄りの駅やバス停まで向かうことが難しい方々がいらっしゃったり、反対に免許返納をしたくても地理的な事情でできない方の存在を知りました。こうした最後の少しの距離=「ラストワンマイル」や、中心部や郊外都市とその周囲をつなぐ「フィーダー路線」をキーワードに、今後ますます加速する過疎地の交通問題に対して自治体経営はどうあるべきか、という課題意識での研究・研修を行うこととしました。
 こうしたテーマに合致するフィールドとして東京都檜原村が候補にあがり、2021年12月6日から12月17日までの間、集中して現地調査を行うこととしました。


4.檜原村について

 檜原村は東京都の西部、西多摩郡に属する村です。島しょ部を除いた東京都唯一の村として知られており、約2000人の方が暮らしています。高齢化率が50%と非常に高いことも特徴です。面積の93%が森林であり、山を隔てて北檜原・南檜原と呼ばれるエリアに分かれていることが特徴です。最寄り駅はJR五日市線の武蔵五日市駅(あきる野市)であり、路線バスに乗って約30分ほどで村の中心部にアクセスすることができます。村は大きく北部と南部に分かれ、広大な面積に集落が点在しています。
 こうした土地の豊かな自然である山の幸や秋口の紅葉、払沢(ほっさわ)の滝、神戸(かのと)岩などが観光資源として知られています。


5.檜原村の現状

5-1.人口動態

 檜原村の総人口は、戦争による疎開の影響で人口流入の続いた1945年の7,103名をピークに一貫して減少を続けており、2015年時点での総人口は2,209人となっております。
 高齢化率は2015年時点で全国平均を大きく上回る47.1%に達し、都内では奥多摩町(48.2%)に次ぐ水準です。

 また、2020年には年少人口(0~14歳)と生産年齢人口(15~64歳)の減少に加え、老年人口(65歳~)の減少も始まりました。一般的に、人口減少は

 ・第1段階:老年人口の増加(総人口の減少)
 ・第2段階:老年人口の維持・微減
 ・第3段階:老年人口の減少

の3つの段階を経て進行するとされています。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、「第3段階」への移行は全国平均で 2060 年以降に訪れるとされており、既にこの「第3段階」に突入している檜原村は、日本全体の40 年先を進む課題先進地域といえます。

 なお、下図の通り、老年人口の絶対数は減少するものの、全人口における高齢者割合は引き続き上昇を続けるため、そうした人口動態を踏まえた社会制度設計が求められています。


国立社会保障・人口問題研究所(2018年3月推計)データより作成

5-2.交通不便地域の存在

 人口減少・高齢化に伴う社会課題の一つとして、交通不便地域の存在が挙げられます。利用者が減少する中で路線バスの縮小・撤退が続いているほか、高齢化により自家用車の運転が困難となった村民、バス停までの距離が遠いために徒歩での移動が難しい村民など、移動に困難を感じる村民が増え続けています。  2021年現在、檜原村には13箇所の交通不便地域が存在しております。


6.デマンドバス、外出支援サービスの現状

6-1.デマンドバス、外出支援サービスについて

(1)デマンドバス
 檜原村では、平成24年4月より村営のデマンドバス「やまびこ」が運行しています。村でデマンドバスが導入された背景には、路線バスの利用促進があります。村内には、地域間幹線系統として西東京バス(株)の路線バスが運行しており、最寄りの鉄道駅であるJR武蔵五日市駅(あきる野市)への移動や、村内の村役場、病院への交通手段として利用されています。しかし、近年の人口減少や高齢化に伴い、利用者が大幅に減少していることから、路線バスの撤退も危ぶまれる事態となりました。また、路線バスは国土交通省の地域公共交通確保維持事業の補助を受けて運営されているため、1日あたりの輸送量が一定数を下回ると村の財源で補てんする必要があり、利用者が減少することで村の財政支出が増大するという事情がありました。そこで、地域内フィーダー系統としてデマンドバスを導入し、路線バスが運行していない地域に居住する村民に対しても、路線バスの利用を促進することとしました。
 デマンドバスの運賃は1回100円で、平日のみ運行しています。運行ルートは、①神戸線、②藤倉線、③笛吹・上平線、④泉沢・日向線の4ルートです。

(2)外出支援サービス
 檜原村の高齢者等外出支援サービスは、道路事情等により路線バス又はデマンドバスの運行がない地域に居住する高齢者及び障害者に対し、路線バス等に代わる移動支援サービスを提供することにより、当該高齢者等の日常生活の負担軽減と在宅福祉の増進を図ることを目的とする事業です。利用料金は無料で、65歳以上の高齢者や身体障がい者を対象としています。利用の2日前までに事前の予約が必要となります。


6-2.やまびこバス4路線の利用状況(データ分析)

(1)神戸線
 平成20年度から運用開始した神戸線は平成24年度に利用者数のピークを迎え、年間5684件もの利用がありました。当時は、神戸地区に小中学生も多く居住しており、雨の日などはバス停までのスクールバス機能も有していました。しかし、やまびこバスの利用者は年々減ってきており、決まった時間に走行する定時便10便、予約が入ったときのみ運行する予約便4便をあわせ、令和2年度は1809件となり、1か月平均150.8件、運行日1日につき平均7.4件となりました。1便の乗客数がゼロのバスということも増加してきました。

 令和2年度において、月150.8件のうち、109.8件を通学が占めていました。令和3年中旬、通学で利用していた小中学生の家族が転居をしたため、神戸線における通学利用者はゼロとなりました。

 実際、令和3年11月現在の最新データにおいても、一般利用者が56件、通学利用者はゼロとなりました。運行日1日あたり1.9件となり、1日14便として1便あたりの乗客数を計算すると、0.14人となりました。現在の利用者は高齢者の方々のみとなり、乗降客数も全盛期の約10%程度となっています。

(2)藤倉線

 平成20年度から運用開始した藤倉線は平成22年度に利用者数のピークを迎え、年間2240件もの利用がありました。当時は、神戸地区同様、藤倉地区にも小中学生も多く居住しており、藤倉地区は急斜面の山道であるため、バス停までのスクールバス機能としても大きな役割を果たしていました。しかし、運用開始数年後には、通学で利用する者もいなくなりました。

 さらに、藤倉地区からの転居者等が増加し、やまびこバスの利用者は年々減ってきており、定時便4便、予約便2便をあわせ、令和2年度は216件となり、1か月平均18.0件、運行日1日につき平均0.9件となりました。1便の乗客数がゼロの日も増加してきました。平均すると1便あたりの乗降客数が0.15人という非常に少ない状況となっています。

(3)笛吹・上平線 平成22年度から運用開始した笛吹・上平線は、神戸線や藤倉線とは異なり、完全予約の月曜・水曜・金曜週3回、1日最大6便の運用で、平成27年度に利用者数のピークを迎え、年間554件の利用がありました。当時は、神戸地区・藤倉地区同様、小中学生も多く居住しており、急斜面の山道もあるため、バス停までのスクールバス機能としても大きな役割を果たしていました。しかし、現在、通学で利用する者は1名となりました。

 さらに、笛吹・上平線の利用者も年々減ってきており、令和2年度は年間利用者246件となり、1か月平均20.5件、運行日1日につき平均1.7件となりました。平均すると1便あたりの乗降客数が0.28人という非常に少ない状況となっています。

(4)泉沢・日向線
 平成29年度に運用開始をした泉沢・日向線は、火曜・木曜・土曜の週3回、定時6便・予約2便の運用で、平成30年度には利用者数779件と最大となりました。

 しかし、令和2年度は年間利用者410件となり、1か月平均34.2件、運行日1日につき、平均2.8件となりました。1便あたりの平均乗車人数は0.35人となります。なお、現在、泉沢・日向線を通学で利用している学生は2人のみであり、利用頻度も高くありません。

●やまびこ4路線の概略地図

6-3.住民アンケート結果

●やまびこバス4地域周辺の村民アンケート結果
 やまびこバス4地域居住の60代以上の方54人にアンケートを取らせていただきました。
 デマンドバス「やまびこ」を知っている人は51人(94.4%)でした。
 デマンドバス「やまびこ」の利用頻度は、月1回未満は1人(1.9%)、月1~2回は4人(7.4%)、月3~4回は3人(3.7%)でした。

●デマンドバス4地域の村民の声

 デマンドバスを利用して、買い物や診療所へ行っている高齢者の方々は、免許返納していたり、そもそも免許を持っていないなど様々なご事情があり、口々にデマンドバス「やまびこ」がなければ困るとお話されていました。  他方で住民の多くは、ご自身で運転されたり、家族・知人の運転により外出しており、利用したことがないとの回答でした。ただし、将来、免許返納した場合には使うかもしれないとの声も多く聞かれました。

●高齢者等外出支援サービスとは
 道路事情等により路線バス又はデマンドバスの運行がない地域に居住する高齢者及び障害者に対し、路線バス等に代わる移動支援サービスを提供することにより、当該高齢者等の日常生活の負担軽減と在宅福祉の増進を図ることを目的とする檜原村が実施主体となる檜原村高齢者等外出支援サービス事業のことです。
●高齢者等支援サービスの利用料金
 無料

●高齢者等支援サービスの利用対象者
・おおむね65歳以上の高齢者のみの世帯の者で、同居する親族による送迎が得られない者
・身体障害者福祉法(昭和24年法律第283号)第15条第4項に規定する身体障害者手帳の交付 を受けた者で、当該身体障害者手帳に掲げる身体障害者等級表の級別が1級又は2級であ り、家族等による送迎が得られない者
・その他村長が特に必要と認める者

●利用方法 → 利用には事前の予約が必要です。ご利用の2日前が締め切りとなります。

●利用可能日 → 1地区につき月2~3回
        (檜原村社会福祉協議会が定めた日、原則水曜日もしくは金曜日のみ)

●高齢者等外出支援サービス9地区の概略地図

●高齢者等外出支援サービス9地区の村民アンケート結果
 高齢者等外出支援サービス対象9地区居住の60代以上の45人にアンケートをとらせていただきました。
 高齢者等外出支援サービスを知っている方が23人(51.1%)いらっしゃいました。
 実際に高齢者等外出支援サービスの利用頻度は、月1回未満の利用1人(2.6%)、月1~2回の利用 7人(17.9%)となっています。

●高齢者等外出支援サービス9地区の村民の声

 利用者は「ありがたい。診療所や役場、コンビニに寄ってもらえて便利。何より自宅まで迎えにきてくれるのが嬉しい。」とおっしゃっていました。
 多くの方は、利用したことがないと答えました。利用しない理由については、決まった日付でしか利用できず、使い勝手が悪いとの声も聞かれました。

●西東京バス停沿線住民の村民の声
 上元郷、下元郷、本宿地域の方々からは、「村内移動はあまりないし、役場・やすらぎには歩いて行ける。」との声や、「西東京バスのバス停も比較的近くにあるので、西東京バスもしくは自家用車で村外へ行くことがほとんどです」との答えが多くありました。村内移動のみの新サービスができるとしても、あまり使わないという意見も出ました。


7.ソリューション

7-1.「あなやま」事業について

 以上の檜原村の現状やデマンドバス・外出支援サービス事業の利用状況から、私たちが坂本村長に提案したのが「あなたのお家に、やまびこ。」事業(以下、あなやま事業)となります。その事業内容は、村民1人ひとりのきめ細やかなニーズにより対応するため、デマンドバスやまびこを発展的に解消し、高齢者向け村営タクシーの新設(従来の外出支援サービス事業を拡大)するといったものです。現在のデマンドバスやまびこの利用者は事業開始時と異なり、利用者のほとんどが高齢者となり、通学や通勤の手段から移動手段のない高齢者へのサポートという意味合いが強くなっていました。そこであなやま事業は福祉サービスとして位置づけ、高齢者へサービス対象を絞ることにより、従来の半分以下の費用でバス停間移動だけでなく、自宅と特定の目的地まで乗り換えなく移動できるというサービスの質向上を実現しています。あなやま事業の詳細は次のとおりとなります。

7-2.事業設計、利用予測

 今回の制度設計と従来の現行のデマンドバスサービスを比較すると、対象者・対象地域に加え、無料で利用できる点が大きな変更点です(デマンドバスは乗車料金100円)。また、アンケートの結果から、村内移動の主な目的地は村役場前と檜原村やすらぎの里に集約されることが判明したため、この2か所を目的地として固定しています。これまでデマンドバス利用者は幹線道路までやまびこで出た後、西東京バスに乗り換えてこれらの目的地に向かっていましたが、その乗換が不要になることに加え、目的地を集約することにより必要車両台数を抑えることも狙いです。
 なお、あなやま事業は「自家用有償旅客制度」の利用を想定します。自家用有償旅客制度とは、過疎地域での輸送や福祉輸送といった、地域住民の生活に必要な輸送について、バス・タクシー事業によっては提供されない場合に、市町村、NPO法人等が自家用車を用いて有償で運送できることとする制度です[1]。この制度を利用するメリットは2つあります。1つは、2種免許が不要となるためドライバーの確保が容易になることです。現行のデマンドバスやまびこにおいてもドライバー確保に苦労しているほか、「ノッカルあさひまち」に取り組む富山県朝日町ではこの制度を利用したことにより、22名のドライバー確保に成功しています。また、別の調査結果[2]では「ドライバーとして働きたいか」とのアンケートに「働きたい」「まあ働きたい」が70%を占めており、新たな雇用を生むことも期待されます。もう一つは、緑ナンバーの車両が不要ということです。これにより、現在村の公用車や場合によっては職員の自家用車等も利用可能となり、事業のイニシャルコストを下げることができるほか、公用車の小型車両を利用することにより、従来のデマンドバスでは侵入できなかった地域へのサービス提供も可能になります。
 次に、あなやま事業を実施した場合の利用者予測と事業積算についてです。

◆「あなやま事業」利用者予測と事業積算について

パターン①


パターン②

 今回は2つのパターンを想定しました。はじめに、事業設計にもあるとおり対象地域を13に絞った場合、1日のタクシー利用者数は10.8人、事業費は約9,700,000円となりました。また、あなやま事業の対象地域を村全域に広げた場合、1日の利用者数は26.8人、事業費は約19,800,000円となり、この場合でも現行のデマンドバス事業(事業費:2千万円)よりも少ない予算で実施できる見込みとなりました。いずれにせよ、従来のデマンドバス事業は更に魅力的なサービスとなる可能性を多分に秘めており、坂本村長からも、2023年度予算編成においては十分に考慮するべき内容であると前向きなお言葉をいただきました。 

7-3.西東京バスとの競合関係

 上掲(6-1)等において問題とした西東京バスとの競合関係の回避が本提案としては障壁となりますが、この懸念は杞憂に過ぎないのではないか、あるいは、より広範な視点からすれば、同社への村内住民の送客という既存の方針を転換されねばならないのではないのではないかということを申します。
 懸念に対するいくつかの回答は次のようになるかと存じます。西東京バス利用者は、村外に位置する武蔵五日市駅への利用が多い(68.8%)とのアンケート結果を得ましたが、この結果からは村内移動を支援する本提案は顧客を大きく横取りしないと言えます。
 また、同アンケートからは、実はフィーダー路線として西東京バスに送客していた住民はシルバーパス保有者が大部分を占めているということがわかりました*。東京都のシルバーパス制度上、同パスの保有者は輸送客数に加算されません。つまり、デマンドバスによる市内移動の送客は、実は客数と売り上げという観点ではほとんど寄与できなくなってしまっているということなのです。つまり、本提案はこの観点からも競合関係に位置しないと判断できます。

 少し脱線しますが、むしろ広い視野に立てば、急速に人口が減少するなかで、村内からの西東京バスへの送客という既存の方針はもはや「ジリ貧」戦術ではないのかと私たちは考えてもいます。「本案により余剰となった予算を用いて、村外旅客(観光客)を誘致する観光施策を拡充したほうが旅客数の増加が期待できる」と。

「パイの減る村民需要から、外需への発想転換を!」

※村民アンケート(デマンドバス地域)n=54のうち、デマンドバス利用者⋀シルバーパス非保有者⋀西東京バス利用者は1名、対してデマンドバス非利用者⋀シルバーパス非保有者⋀西東京バス利用者は6名でした。
簡単な推計になりますが、サンプルサイズが地域の1/4を代表するとしてシルバーパス非保有者でデマンドバスが送客しているのは4名の顧客となります。この4人ののべ利用回数は…4人*1.5回/月(平均の利用頻度)*12か月=72乗車/年間。この推計からは、つまり、営業益をもたらす顧客をほとんど送客出来ていないと判断できます。


8.期待される効果

 本提案事業を実施する上で期待される効果について、住民の方々の利用者目線と事業を実施する行政の視点から展開します。
 本事業を実施するにあたり、住民(利用者)は様々なメリットを享受できると考えられます。デマンドバス(やまびこ)から本事業への移行により、これまでボトルネックであった西東京バスの運行時刻に伴うデマンドバスの時刻表が必要なくなることで住民が都合の良い時間に利用することができるようになります。同時に、自宅から役場ややすらぎの里への村内施設への移動ではデマンドバスから西東京バスへの乗り換えも不要になります。さらに、本事業は自宅前までの送迎を含むため、自宅からバス停までの移動が困難な住民にとっても便利性が増すことが予測されます。自宅から役場及びやすらぎの里等への村内施設移動であれば家族や近隣住民による送迎も必要ないため、自家用車や周囲による移動手段がなくても自立した生活を促すことができます。というのも、本報告書作成のために実施した住民アンケートにおいて約6割の住民が主に自分で運転する自家用車で移動と回答しています。内閣府「高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査」の結果においても都市規模が小さい自治体ほど移動手段を自分で運転する自動車と回答する者が6割前後となっています[3]。そのため、免許返納によって移動困難者となるリスクや高齢者の交通事故リスクを減らし、免許がなくても移動できる手段の確保が村民の生活にとって非常に重要になってきます。本事業は移動困難者並びに免許返納者が抱えるリスクへも対応しているため、高齢者の免許返納を考えるきっかけや将来的な免許返納率にも貢献する可能性があります。
 本事業の実施を通して、村内移動サービスの向上のみならずさらなる副次的効果も挙げられます。やすらぎの里は村内唯一の診療所に加えて福祉や保健医療サービスが受けられる場所であり、住民専用の温泉設備や住民同士の交流ができる多目的ホールも併設されています。本事業の実施にあたり、やすらぎの里に関する施設利用の増加、つまり住民の外出を促進することが大きく期待されます。外出頻度が多い人ほど歩行障害や認知機能低下リスクを軽減することができ、より自立した生活を送ることができます[4]。したがって、外出機会を創出することは住民の健康増進に寄与します。
 次に、行政側が本事業によって得られる効果に触れていきます。公共交通へのアクセスが困難な住民の交通支援を実施することで、移動困難者を減らすことができます。結果として住民の行政に対する満足度の向上が予測されます。対象地域を拡大することでさらなる相乗効果も見込むことができます。住民サービスの向上は、行政職員のモチベーションも同時に促進することが期待されます。財政面においてもソリューションで言及している通り、現行事業の予算の半分程度の規模で本事業実施を算出していることから財政負担を増やさずにサービスを向上することができます。役場や事業者等のステークホルダー間の同意があれば人員や運営体制を維持することができるため、現行事業から大規模な変更を伴わないことも可能です。本事情は、デマンドバス事業者や西東京バスへの採算への影響を最小限にすることもでき、村外移動に必要な西東京バス路線の維持に貢献することができます。


9.まとめ

 ここまでの取り組みを通じて我々にとって特に大きな獲得、学びとなったのは大きく分けて3点です。

①事業見直しをより短い周期で行う
 檜原村のデマンドバス「やまびこ」は事業開始から約10年ほどと比較的新しい仕組みにも見えます。しかし人口動態や年齢層は当時から急激に変化しており、そのスピードは我々の想像よりもはるかに早いものでした。「やまびこ」の想定していた客層も当初は通学の補助でしたが現在は高齢者の足になっているとのことでした。こうした状況に対応し、政策を考えていくためには従来の長期的なスパンでの検証では追いつかなくなっている側面があります。とくに人口減少のペースが早い過疎地では事業や政策の実施と検証、見直しをきめ細やかに、より短いスパンで行う必要があると感じました。
②部門横断的な事業設計を描く
 我々は今回交通政策をテーマに檜原村で活動をさせていただきましたが、ヒアリングやアンケートを通じて主に話題になっていたのは移動補助や生活維持のためといった福祉の側面での交通でした。今回の提案にも言えることですが、高齢化が進む過疎地域においてはもはや「交通政策=福祉政策」であると痛感しました。しかし、こうした状況にある多くの自治体では交通分野を所管する部局と福祉分野を所管する部局が別に存在しています。まずは第三者的な目線で各部門の行っている事業の棚卸をする必要があります。現在の事業所管にとらわれることなく、役所全体を俯瞰したうえでスクラップアンドビルドを行い、実態に即した事業やサービスをつくっていくまさに経営の目線が今後さらに重要になっていくと考えます。
③内需でまわすのではなく、外需の呼び込みに注力する
 過疎地に限らず、我が国の多くの場所では人口減少が続いています。その中で住民の利用を増やして交通インフラを維持したり活性化することには限界があるといえるでしょう。しかし地域住民の足は守らなければなりません。こうして補助金を出さなければならない、という状況に陥ってしまうことが多いと考えられます。その連鎖から脱却するためには住民以外の方により多く使っていただく投資や施策が必要です。観光はその大きな例といえるでしょう。その原資を確保するためにも①や②で挙げた効率性・生産性の向上が不可欠です。こうして内から外へと発想を転換していくことで交通事業者の業績を底上げし、地域住民の足を確保することへもつなげていくことが必要だと考えます。
 ここで挙げた学びは檜原村に実際に入ったからこその収穫でした。松下政経塾の創設者、松下幸之助塾主の考えはまさに国家や地方を経営していくように考えるというものです。我々塾生たちも、素志や立場はそれぞれですが、塾主の考えや理念と今回のような現場での実践、経験を通じてビジョンの実現に向かっていくべく研修や行動を続けて参ります。


10.謝辞

 今回の研修を通じてはヒアリング・アンケート等様々な面でたくさんの方にお世話になりました。快くお受入れいただきました坂本義次村長、檜原村役場、檜原村社会福祉協議会、檜原おいねハウス、西東京バス株式会社、横川観光株式会社、大谷商事有限会社、山梨県小菅村役場、富山県朝日町役場、国土交通省関東運輸局、座談会にお越しいただきました皆様、檜原村議会議員の皆様、野村材木店、指定介護老人福祉施設桧原苑、檜原村民の皆様、檜原村を訪れていた観光客の皆様に改めて感謝申し上げます。

2021年12月17日付 西多摩新聞 3面


2021年12月23日付 西の風新聞 2面




[1]「バス・タクシー事業によっては提供されない場合」について、事業者が存在する場合も地域公共交通会議等において事業者と合意形成できれば、当該制度の利用が可能。(2021年12月15日 国土交通省担当者ヒアリングより)
[2]東京理科大学経営学部「どこでも!マイタクシー~高齢者ドライバーと地域の活性化:檜原村の研究~」(2019)村民53名を対象。
[3]内閣府(2018)『平成30年度 ⾼齢者の住宅と⽣活環境に関する調査結果』pp. 103-104 https://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h30/zentai/pdf/s2.pdf>(2021年12⽉16⽇アクセス)
[4]藤⽥幸司、藤原佳典、熊⾕修、渡辺修⼀郎、吉⽥祐⼦、本橋豊、新開省⼆(2004)「地域在宅⾼齢者の外出頻度別に⾒た⾝体・⼼理・社会的特徴」『⽇本公衛誌』51(3)、pp.168-180
2021年12月 執筆
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