論考

Thesis

アフターコロナ時代に求められる子どもの貧困対策 ~財政に依存しない子ども・子育て支援の探求~

2020年、新型コロナウイルス感染症が世界経済に多大な打撃を与え、多くの人々の生活が脅かした。このような不況の折に考えなければいけないのは、大きく二つあると考える。一つは、職を失ったり、切り詰めた生活を余儀なくされる立場の弱い方たちの「今」の生活を守ることだ。現在の状況をフォーキャスト的に分析し、問題に対し、適切な対応を行うことが必要ではないかと考える。もう一つ、筆者が重要だと考えるのは、今後同様の事態が起きた時にリスクを少しでも軽減させるために、バックキャストの観点で対策を立てることだ。そこで本レポートでは、コロナ禍を再考の機会ととらえ、筆者がテーマとして取り組む子どもの貧困対策について論じていきたい。

 2008年9月15日、「米大手証券会社、リーマン・ブラザーズが倒産」という衝撃的なニュースが世界を震撼させた。関係する金融機関は巨額の損失を被り、その甚大な影響はたちまち世界へと広がった。日本では、実質GDPがリーマンショック発生前から8.6%下落し、「雇い止め」や「派遣切り」と呼ばれる社会問題にまで発展。2008年の年末に派遣切りによって住まいを失った人の支援として東京の日比谷公園で行われた「年越し派遣村」の活動には約500名が支援を求めて集まったと言われ、社会に大きな衝撃を与えたことは記憶に新しいのではないだろうか。

 筆者が研修テーマとして取り組んでいる「子どもの貧困」という問題に焦点が当たったのも、この年である。リーマンショックという世界的不況によって多く人が生活困窮者になり、これまで「自己責任」として扱われ、潜在化していた貧困という問題に対する社会的関心も高まった。中でも、子ども世代に焦点を当てた報道や書籍は特に注目を集め、翌年にはNHKスペシャルやクローズアップ現代などでも特集された。「生まれた環境によって、子どもの未来が左右されてはいけない」という共感性の高いメッセージが発信されたことで、子どもの貧困という問題が、緊急性のある社会課題、政策問題として認識されたのだと筆者は考える。

 こうした社会の大きな波と支援現場からの力強い訴えにより、2013年6月に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」(以下、子どもの貧困対策推進法)が成立するなど、日本の子どもの貧困対策が大きく動き始めた。民間では子ども食堂が全国に広がるなど、子ども支援が社会的なムーブメントとなった。2019年には、長年議論されてきた教育無償化に政府が切り込み、幼児教育の無償化が実現、翌年には私立高等学校や大学の授業料減免にも支援が拡がるなど、約10年間で様々な制度が整備されてきたといえる。

 一方で、まだ解決されていない課題も多く残されている。子ども・子育て支援の幅は少しずつ拡大されてきつつあるものの、子育てや教育に関する公的負担の割合は依然低く、金銭的にも精神的にも子育て世代への負荷は大きい。OECD(2019)によると、日本の初等から中等教育、中等後教育(高等教育を除く)における教育支出の90%以上は公的資金によるものであり、これは OECD 平均に近い。しかし、高等教育段階の教育支出については、53%が家計負担であり、公財政支出が占める割合はOECD諸国の中で最低水準の31%である 。さらに学校教育に加え、学校外教育の利用ニーズも増加している。高校受験を控える中学3年生などは顕著であり、約7割が学習塾に通っていることが分かっている 。またベネッセ教育総合研究所(2017)によると、高校生では学校偏差値が高いほど通塾率が増加している ことが指摘されており、学校外学習の有無が教育格差につながっていると推察することができる。したがって、所得と密接に関わる雇用や労働者支援の在り方についても考えていかなければいけない。

 2020年、新型コロナウイルスの世界的流行による経済への影響はリーマンショック時よりも深刻であることが予想されており、加えてその歪みは非正規雇用などの立場が弱い人に大きな影響を与えているという点に強い危機意識を抱いている。総務省発表(10月30日)によると、9月の完全失業者数は、前年同月比42万人増の210万人に上る。特に、パートやアルバイトなど非正規の労働者で顕著だということが多くの有識者からも指摘されている 。コロナ以前から特に貧困率が高い母子世帯の多くは、育児との両立が余儀なくされるため、シングルマザーの多くは非正規労働者である。子どもの貧困という観点から見ても、非正規労働者や失業者に対するセーフティネットの強靭化がいっそう求められているという認識を今一度強く持ちたいと思う。

 筆者はこうした状況において、コロナショックを機に子どもの貧困対策を再考し、不況にあってもゆるぎない支援を続けるために財政に依存しない子ども・子育て支援を模索しなければいけないと考えている。2020年10月に基礎課程を終え、これから実践活動を始めるにあたり、まず初めに教育コストの削減について取り組んでいる。前述したとおり、日本の子育てや教育に関する公的負担の割合が低く、多くの子育て世代が頭を抱えている現状については以前から課題として認識していた。わが国の2019年における国内出生数は86万4000人となり、1899年の統計開始以来初めて90万人を下回る結果が厚生労働省より発表された 。この要因の一つに教育に関わる家計負担率が高すぎることが挙げられており、厚労省が実施している「第15回出生動向基本調査報告書」 では、56.3%が「子育てや教育にお金がかかりすぎる」と回答していることからも、半数以上の夫婦が出産や子育てに対する不安感を抱えていることが分かる。したがって教育に関わる家計負担を削減することは少子化対策としても急務であると言える。ここであえて筆者が「教育コスト」と表現したのは、授業料や学校教育費には含まれない様々な費用を表すという目的のためである。知人との教育費の削減についての議論の中でも「日本は教育の水準も高く、義務教育内で必要な知識を得ることができる。また近年は教育費無償化も進んでいるのにこれ以上国が負担する必要があるのか」という意見を耳にすることがある。しかし実際には、教育政策で国から負担される費用には含まれない、多くの家計支出によって学校教育が成り立っていると言っても過言ではないのである。例えば制服や体操服、学用品、修学旅行費(さらには修学旅行の際に着る衣服も関連コストと言える)など、様々なコストが必需品として子育てに必要であるが、それらはあくまで「任意」というニュアンスでとらえられることが多い。これらを教育コストとしてとらえ、公費で負担すべきもの、民間と連携し支援できるものなどを整理して考えたいというのが、現在筆者が取り組んでいる活動だ。NPO団体や学校関係者にご協力いただき、地域のネットワークを活用して使わなくなった学用品や教材のリサイクル、シェアリングの仕組みを作ることに挑戦している。

 教育費のすべてを国に求め、財政に依存することは持続可能とは考えられない。すべてを公費に依存するのではなく、今ある資源を有効に活用し、それでも賄いきれない分と、教育における公平性を保つための費用を、適切に国家が負担するようにすべきではないか。ただでさえ少子高齢化の厳しさが増す今日の日本で、いついかなる有事の際でも、ゆるぎない子育て支援を続けるためには、公費負担、家計負担の正しいバランスを確立することが必要だと考える。子どもたちが育つ環境に左右されることなく、充実した日常生活を過ごせる環境を作るための可能性を、長期的な視点を持って模索していきたい。

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中山真珠の論考

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Shinju Nakayama

中山真珠

第40期

中山 真珠

なかやま・しんじゅ

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