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経済・産業・通商
2010年6月

真の成長戦略とは―METSELAプロジェクトの提唱
高橋宏和/卒塾生

少子高齢化などを背景に、経済的先行きは不透明なままである。そんななか、国家運営において成長戦略の重要性は増すばかりだ。真の成長戦略は国家百年の大計であるべきである。「科学技術による高齢化社会の克服」を主眼におき、長寿と高齢社会のための科学技術、社会学、倫理学的な多方面研究、METSELAプロジェクトを提唱する。

 

真の成長戦略とは

 2009年12月30日、「新成長戦略(基本方針)」が閣議決定された(1)。この中で、政府は、今後日本は課題解決型国家を目指すとし、第一の課題を地球温暖化対策、第二の課題を少子高齢化対策とした。そして第二の課題について、ライフ・イノベーションによる健康大国戦略を掲げ、主な施策として、医療・介護・健康関連産業の成長産業化、日本発の革新的な医薬品、医療・介護技術の研究開発推進、医療・介護・健康関連産業のアジア等海外市場への展開促進、バリアフリー住宅の供給促進、医療・介護サービスの基盤強化が挙げられている。

 「環境」と「健康」をキーワードに国家の成長戦略を立て、内外にその姿勢を示したことはよい。しかし実際に目を通してみると、首尾一貫した考えは見えにくく、様々な関係者が言っていることを文言に盛り込んだ印象を受ける。また、新戦略の中に謳われている他の項目であるアジア経済戦略や科学・技術立国戦略、人材戦略との有機的つながりも見えづらく、結果として印象に残りづらいものとなっている。

 成長戦略を国家百年の大計と捉えるならば、様々な施策に共通する思想が呈示され、しかも国民と世界にそれが理解されるものでなければならない。

 そこで私はこれからの日本の国家百年の大計として、「科学技術による高齢化社会の克服」を挙げたい。そして具体的取り組みとしてMETSELAプロジェクトというものを提唱する。

 METSELAプロジェクトを簡単に説明すると、「科学技術によって高齢者が健やかに自立して暮らせる世の中をつくる。超高齢化に対し、労働集約的アプローチではなく技術集約的にアプローチし、高齢者向けの製品・技術開発を無数に行う。これにより国内需要を喚起し、新たな輸出産業とする」ものである。

 以下その背景と詳細を述べる。

現在の日本の危機と諸問題

 現代日本が抱える最大の問題は何だろうか。言うまでもなく少子高齢化である。

 少子高齢化により国内の労働力と生産力は減少していき、社会の活力が減退する。社会保障制度のなかで支える人間が減り、支えられる人間が増えていく。少子高齢化により日本に対する先細り感が生まれ、それがなお国民に漠然とした不安をもたらしている。

 もう少し具体的に述べると、支える側が足りなくなるのは、年金制度というお金の問題だけではない。介護福祉士不足、看護師不足に代表されるように人的資源そのものとしても支える人間が足りなくなる。現状では身体の不自由になった高齢者に対し、介護福祉士やヘルパーなどが生活のサポートを行うが、こうした福祉・介護の分野というものは非常に労働集約的であり、場合によっては一人の高齢者の生活を支えるのにその数倍から十数倍の人々が関与する。約2580万人の高齢者に対し、高齢者の福祉・介護に従事している者は約197万人であり、そのままの比率でいけば平成26年までに約40万人から約60万人の従事者が不足する(厚生労働省ホームページ「福祉・介護人材確保対策について」より)。この福祉・介護分野の人手不足に対し、諸外国から招致する動きがあるが、二つの面で問題がある。

 政府は2008年よりインドネシア人の、2009年よりフィリピン人の、看護師・介護福祉士候補者の受入を始めた(2)。日本で本格的に働くためには日本の看護師国家試験をパスすることが要求されるが、日本語の壁は高く、2008年度の国家試験ではインドネシア人の受験生82名全員が不合格であったなど、課題は多い。しかも、前述のように超高齢化に看護師・介護福祉士は数万から数十万人単位で不足する可能性があるので、上記の程度の規模ではとうてい間に合わない。

 また、後述するように、高齢化が進むのは日本だけではない。アジアでは中国が2024~2026年に、インドが2043~2049年に高齢化率が14%を越え、高齢化率7%の高齢化社会から高齢社会に突入するとも言われている。

 すなわち、今のままの労働集約的なやり方をそのまま続けた場合、高齢化する世界の中で高齢者の看護・介護・福祉に従事する人材は、各国で奪い合いになることが予想されるのだ。

 また、少子化により国内の労働力が減少する傾向にあるなかで、高齢者の福祉・介護に国としてどれだけの割合の人的資源を割くかという問題もある。高齢者の増加に伴い確実にニーズは高まるが、高まったニーズにあわせて若年労働力をその分野に回し続ければ、他の分野で活躍する人材がその分減ってしまう。

 こうした問題は、超高齢化に対し労働集約的に対応しようとする限り避けられないことである。何か別のアプローチ方法を編み出す必要があるのだ。

 別の課題として、経済面では国内で「お金がうまく回っていない」ことが挙げられる。現在の日本では1400兆円もの個人資産があり、その過半が現金・預金とされている(3)。これは2009年度の税収40兆円の約35倍であるが、これらの資金の1割でも適正に市場にまわっていれば国内経済に与える影響は計り知れないだろう。さらに1400兆円の個人資産のうち、約8割を50歳以上が持ち、さらには65歳以上が830兆円もの資産を持っているとも言われることを忘れてはならない。

 残念ながらその巨大な個人資産が十分に活きていないのが日本の現状である。65歳以上がお金を使わないために、世の中にお金がうまく回っていないのではないだろうか。

 ではなぜ、65歳以上の人々はお金を使わないのだろうか。

 それは単純に言えば、イザというときにお金がないと不安だからであり、一方で欲しいもの、使いたいことが十分にないからである。

 前者について、2009年6月の内閣府世論調査を見ると、日常生活での悩みや不安について、68.9%の人が「悩みや不安を抱えている」と答えており、その人々の不安の最大のものは「老後の生活設計」(54.9%)、その次は「自分の健康について」(49.2%)である(4)。

 この世論調査だけから不安が消費を手控えさせていると結論づけるのは早計だが、NHKによる別の世論調査では、臨時収入があったときに「将来必要となるかもしれないから、貯金しておく」という人々が増えているという(5)。二つの調査から、将来不安が大きいほどみなが消費を手控え、市場にお金が回ってこない可能性が推測される。

 後者、すなわち欲しいもの、使いたいことがないことは、数十兆円にも上るともいわれる需給ギャップに象徴される。需給ギャップのすべてを個人消費の不活発さに帰すことはできないが、個人消費が占める割合が無視できないのも事実であろう。この需要の不足、言い換えると欲しいもの、使いたいことがないことについては企業側にも改善余地がある。

 高齢者向けに開発された商品として、使いかたがシンプルで文字表示も大きい携帯電話「らくらくホン」(6)などの例はある。しかし、こうした高齢者向けの製品開発が十分やりつくされているわけではない。高齢者向けの商品は、お年寄りは弱くて保護すべきもの、というステレオタイプに基づいて発想されるものも多く、その結果、効果的なマーケティングがされていない、ともいう(7)。

 麻生太郎もその著書の中で、企業が高齢者層向けの商品・サービス提供に本腰を入れていないと指摘し、レストランでも「お子様ランチ」はあるのに「老人ランチ」はない、高齢者向けに少量だが味がよく、入れ歯でもおいしく食べられるような「シルバーランチ」のようなものこそ、これから売れるのではないかと述べている(8)。

 また、高齢者向けの製品のニーズが十分に満たされていないことについて、法政大学大学院教授の坂本光司も著書の中でこんなことを述べている(9)。

 (略)かつて私は約500人のおじいちゃん、おばあちゃんを対象に「どんなものがほしいか」「どんな商品やサービスがあれば、あなたの利便性が高まるか」といった調査をしたことがあります。
 その結果を見たときに、「私たちは、なんて高齢者、体の不自由な人たちのことを知らずに生きてきたんだろう」ということを思い知らされました。
 たとえば、スーパーマーケットなどに買い物かごを乗せるカートがあります。あれは腰の曲がったお年寄りには使いにくいというのです。力も弱く、背も低くなっている高齢者にとって、商品は入れにくいし操作もしにくく、非常に疲れるのだそうです。
 このほかにも「こんな商品があればいい、今使っている商品はここが不便なのでこうしてほしい」というような要望が驚くほど多くありました。(中略)
 世のなか、不況だといいますが、そうではありません。前にも言いましたが、マーケットは創るものです。
 (坂本光司 『日本でいちばん大切にしたい会社』)

 シルバーランチや高齢者が押しやすいカートなど、ちょっとした工夫やアイディアさえも潜在的市場を掘り起こしていくはずであり、こうした高齢者向けの製品開発は、もっともっと強力に推し進められるべきである。

 さらに言えば、資産を持つ高齢者がお金を使わない理由である「老後の生活」と「自分の健康」への不安、欲しいものがない、ということを考え併せると、「老後の生活」と「自分の健康」に関する不安を解消する製品には大きなニーズがあるはずである。

 やや突飛なことを言えば、仮に「一生寝たきりにならない装置」や「一生認知症にならない薬」が発売されたとしたらどうだろうか。「老後の生活」と「自分の健康」に対する不安から消費を手控え、800兆円あまりの個人資産を眠らせている高齢層の消費は一気に動きだすのではないだろうか。

 「一生寝たきりにならない装置」や「一生認知症にならない薬」などあるわけがない、そんな画餅を国家戦略にするわけにはいかない、という意見もあるだろう。しかし、無ければ作ればよいのである。

日本は危機をどう乗り越えてきたか

 少子高齢化は日本の大きな危機である。この危機を我が国はどう乗り越えていくべきかは歴史が教えてくれる。

 昔、カリフォルニア州の自動車排ガス規制が強化されたころ、厳しい排ガス規制は自自動車販売の妨げになると考え、アメリカの自動車会社は100人の弁護士を雇うことで対抗し、日本の自動車会社は100人のエンジニアを雇うことで対抗しようとした、という笑い話がある。この話は、危機的状況には技術開発で対応する日本の姿勢を象徴している。この笑い話だけでなく、国内の人件費が相対的に高ければオートメーション化で対処し、ガソリン価格が上がれば燃費を向上させる努力をするなど、我が国は、危機に際し技術の力で乗り越えてきた。

 幸いにして我が国の技術力はいまだ十分高い。「高学歴ワーキングプア」と言われるように、博士号を取得したにも関わらず十分に活かせていない若い人材も多い。足りないのは超高齢化という不安に対し、どう乗り越えていくのかという国家的ビジョンではないだろうか。

 超高齢化という最大の不安に対し、最大の武器である技術力と最大の人口の持つ最大の資金、すなわち高齢層の持つ個人資産で挑むことこそが肝要である。

老いてゆくアジア、高齢化する世界

 今までの項で、日本の国内事情から高齢社会を解決するのに労働集約的な方法では限界があること、我が国の強みである技術力を活かして乗り越えていくべきことを述べた。

 これに加え国外の事情を考えてみたい。

 中国は現在、世界の工場兼巨大マーケットとして注目を集めている。日本の中位数年齢が43.78歳なのに対し、中国の中位数年齢は34.52歳と若く(10)、活力に満ち溢れた若い国として世界の中での存在感を急速に高めている。しかしながらこの若く巨大な国も、予測によると2024~2026年には高齢化14%を越え、高齢社会を迎える(11)。

 中国では人口抑制のため1979年より一人っ子政策が始められた。人口抑制の面からはこの政策はうまく行ったが、大事な一人っ子を両親や祖父母が徹底的に甘やかすために、「小皇帝」として“6つのポケット”を自在にあやつりわがままに育つ子どもが出るなどの社会問題をも生んでいる。

 この一人っ子政策のために、2010年現在の働き盛り世代が引退していくころになると彼らを支える人口が減り、単純に考えると成人した一人の「小皇帝」は、二人の両親、四人の祖父母を支えていかなければならない。

 また若い新興国の高齢化という面では、インドも同様に2020~2022年には高齢化率7%の高齢化社会、2043~2049年には高齢化率14%の高齢社会を迎えるといわれている。その他のアジア諸国でもいっせいに高齢化が進んでいく。1950年には4729万人であったアジアの高齢人口は、2050年には7億5005万人にまで急増し、アジアでは人口爆発の時代から「高齢人口爆発の時代」に入りつつ、と大泉敬一郎は指摘している(11)。

 さらにアジア外へと目を向けてみる。ドイツのマックス・プランク協会レポート『老いの探究』は、先進国の寿命についてこう分析する(12)。

 1840年以来、先進国の寿命は右肩上がりで延びている。女性の寿命が世界最長の国々では、過去160年間に1年に3カ月近く、驚くほど規則的に平均寿命が延びている。1840年にはスウェーデン女性が平均寿命45歳で世界のトップグループだったが、現在は平均寿命86歳弱の日本女性が最も長寿である。平均的に女性の方が長生きするが、1840年以来、男性の長寿記録も直線的に延びており、女性に引けをとらない速度である。
 (ペーター・グルース編『老いの探究 マックス・プランク協会レポート』)

 同レポートはこうも述べる。

 先進国の人々は自分の予想より長生きすると考えてよい。今日ドイツで生まれた子供が22世紀まで生きて、100歳の誕生日を迎える可能性は50%を超える。現在の基準での長寿は、将来の世代では特別なことではなくなる。現在30歳以下の若い人にとっては、90歳台の広範まで生きることが例外ではなく、むしろ当たり前になるだろう。
 (同上)

 上述したアジアと先進国の高齢化は二つのポイントで重要である。
 重複するが、一点目は人材の確保、特に若い人材の獲得競争が苛烈化するということである。

 現在、日本国内で不足する福祉・介護・看護人材を海外に求めようとする動きがあるが、これは前提に、若く相対的に安価な人材が国外に豊富に存在すること、そうした人材にとって我が国が魅力的な職場であることを必要としている。しかし、世界中で若い人材の割合が減り、人材供給元である母国やほかの先進国でもそうした人材が必要となるのであれば、わざわざ母国を捨て、数ある先進国の中から日本を選んでくれるかどうかは疑問である。そうした人材にとっては英語圏で福祉・介護・看護の経験を積めばいくらでも転職先はあり、引く手あまたになるのだ。日本が労働集約的に超高齢社会に対応しようとする問題点はそこにある。

 アジア、先進国の高齢化のもう一つの意味は、高齢者マーケットの急速拡大である。高齢者は多様で多彩であるが、一方で国境や言語、文化を越えた特性を持つ。どこに住み、どんな宗教を持とうと、人は必ず老いていく。世界の警察を自任する国の大統領であっても、世界一のビリオネアであっても、老いと死からは逃れることが出来ない。むしろそうした権力や財力のある人ほど、自分の力でどうにもできない問題として老いと死への恐怖は強いだろう。高齢者向けの製品・技術開発は、人間の根源的欲求に根差すという質的優位と巨大なマーケットという量的優位をあわせもつ分野なのである。

 人類の2000年間で最大の発明は何か、という問いに、心理学者のニコラス・ハンフリーは、こう答えた。「もっとも重要な発明は読書用眼鏡だ。それは読書や細かな仕事をする人の活動期間を事実上二倍に伸ばし、世界が四十歳未満の連中に支配されるのを防いでくれた」(13)。

 仮に読書用眼鏡、すなわち老眼鏡を作る権利を日本が独占している場合を夢想すれば、高齢者向けの製品・技術開発がどれだけの富を継続的に産み、どれだけの人々の助けになるかわかるだろう。

 また医療費や介護費用はかなりの部分が人件費であることを考えると、こうした高齢者の自立を手助けする製品や技術が普及し、その分介護人材の手を借りずに生活できるようになれば、総合的には社会保障費の増大の緩和にも役立つ可能性があるだろう。

 上記、国内・国外の事情を考えていくと、超高齢社会に対し、労働集約的にアプローチすることの限界と、科学技術を結集させて克服することの重要性、高齢者向けの製品・技術開発の持つ意義などがわかる。

METSELAプロジェクトとは何か

 ここでMETSELAプロジェクトを説明する。

 METSELAプロジェクトとは、Multi-fields Efforts of Technological, Scientific, sociological, and Ethical researches for Longevity and Aging societyの頭文字を取ったもので、「長寿と高齢社会のための科学技術、社会学、倫理学的な多方面研究」の略である。読んで字のごとく、高齢化社会における諸問題を技術的、科学的に解決しようという考えであり、同時に健やかな長寿を達成するための研究も意味する。

 個々の分野においては現在でもそれぞれの研究がなされているが、国家のプロジェクトとして多分野間で連携し、産業にまでつなげていくところに意義がある。

 超高齢社会は、個々人の努力や善意だけで乗り越えるとするのではなく、個人と社会と国家との協力のもと、科学技術の力を使って乗り越えていくべき課題ではないだろうか。現在の日本社会を覆う漠然とした不安感、「少子高齢化により日本は先細りではないか」という感情を払拭するには、国家が超高齢化に正面から取り組み、積極的に関与すると宣言することそのものが、国民を力づけることになる。すなわち、METSELAプロジェクトは、単に経済的な成長戦略というだけではなく、今現在の日本の危機に対する処方箋でもある。

 もう少し具体的に述べる。

 METSELAプロジェクトでは即時的、短期的、中期的、長期的、超長期的な取り組みに分かれる。実現時期と内容の大きさはある程度相関し、今すぐ実現できるものは現実的だが比較的小粒で、実現時期が先になればなるほど革新的で影響力が大きいものになる。

 即時的取り組みとして、まずは先述のシルバーランチや高齢者が使いやすい商品群の開発など今すぐできる工夫、アイディアを製品化していく。

 この際大事なのはパッケージ化、ブランド化である。世界的な大ヒット商品、iPodを例にとって説明したい。

 599ドルのiPhone 4は、合計187.51ドルの部品で出来ているという(14)。製品価格599ドルと部品総額187.51ドルの差は411.49ドルであり、その差411.49ドルを生むものこそアイディア力であり、ブランド力であり、パッケージング力である。個々の企業がそれぞれ独自に超高齢化に対する良質の製品を開発するということはもちろん大事だが、それはiPhone4でいえば部品一個一個の価値を高めていることに過ぎない。今、日本の研究・産業政策で必要なのは、優れた部品を組み合わせ、まったく新しいライフスタイルをパッケージで生みだしブランドとして確立する力、わかりやすく言えば「大風呂敷を広げる」力なのである。

 METSELA プロジェクトは現実的な商品開発から高齢者が暮らしやすい街づくり、社会システムの整備、法制度の研究、さらには超高齢社会における倫理、哲学の研究といったもの全てを包含する。重要なことはそれぞれの研究、製品開発をまとめ、一つのMETSELAブランドの元に世に送り出すことである。そのことによって、超高齢化という難問に国家を挙げて取り組むという姿勢を国民に示し、同時に世界の市場での存在感を増すことが出来る。

 そして即時的に商業ベースに乗ったMETSELA製品群に一定のブランド使用料を課し、それを研究部門に再投資していくことで、プロジェクトを継続させていく。製品の品質管理、ユーザーとの近さ、国内雇用の確保の観点から、国内生産されたもののみにMETSELAブランドを認めることも考えられるだろう。METSELAブランドは複数の研究機関、企業などで運営されることになる。一つのコンセプトのもと他業種が商品を提供していく先行事例としてアフリカのエイズ救済のためのREDブランド(15)や、日本のWiLLプロジェクトがあり、参考になるだろう。

 3年~10年の短期~中期的な研究・開発分野としてはロボット技術やIT技術の活用がある。すでに筑波大学大学院の山海教授らは、筋肉を動かす際に筋表面で発生する微弱な電位信号をとらえて、筋肉の動きと一体となってパワーユニットを動かし、身体機能を増幅するロボットスーツシステムHAL(Hybrid Assistive Limb)を実現し、CYBERDYNE社として商業ベースに乗せつつある(16)。

 5年~20年の中期的な研究・開発としては医薬品分野が主になるだろう。日本発の高齢者市場向けの成功例として、軽症・中等症アルツハイマー病の治療薬『アリセプト』がある(17)。『アリセプト』は、脳内神経伝達物質アセチルコリンの分解酵素の働きを抑えることで記憶障害などの認知症の症状進行を遅らせる薬で、2011年度の世界売上予測は2750億円に上る(18)。この日本発の「アリセプト」は、日本の持つ科学技術の力によってアルツハイマー病で苦しむ世界中の患者とその家族に救いを与えた例である。

 また、アルツハイマー病に関しては、現在ワクチンによる治療が国内でも複数開発中であり、東京都神経科学総合研究所のチームでは「理論的には現在の形でヒトにすぐにでも臨床応用が可能」としている(19)。

 加齢に伴う課題として、高齢者の筋力低下も科学的アプローチが可能である。筋委縮に働くとされるMAFbx(muscle atrophy F-box protein)やMuRF-1(Muscle-specific RING finger-1)などの物質の働きを抑える薬品が開発されたら、加齢や長期の寝たきりによって筋肉が衰えていくことを防げるようになるかもしれない。

 20年~50年の長期的な目標としては、超高齢社会における都市計画、社会デザインや法規制の完成が挙げられる。高齢者が例外ではなく大多数となった社会において、都市はどのように計画・設計されるべきか、「振り込め詐欺」に代表されるような高齢者をターゲットとした犯罪はどのように防ぎえるのかといった社会デザインや法規制の問題も解決していかなければならない。

 METSELAプロジェクトはこうした多分野連携、長期的・複合的取り組みであり、わかりやすい目標として「100歳でも健やかに自立し尊厳を保てる社会を作り出す」というスローガンのもとに物事を進めていくとよいだろう。

 「人類を月に送り込む」という荒唐無稽なアポロ計画は、アメリカ国民と全人類に夢を与えた。METSELAプロジェクトもまた、超高齢社会に対し国家が全面的に取り組む姿勢を見せることで国民の不安を払拭することが期待される。アポロ計画が人工透析技術やフリーズドライ食品など一般社会に役立つ多くの副産物を生んだように(20)、METSELAプロジェクトもまた、多くの副産物を生むだろう。

 『創世記』において、メトシェラはその969年の生涯のうちにレノクをはじめ多くの子どもたちを生んだ(21)。METSELAプロジェクトもまた、たくさんのものを産む。そしてもしかしたら、METSELAの子孫たちの中から、全ての生命をさらなる災厄から救うノアさえも生まれてくるかも知れない。

METSELAプロジェクト-その究極の目標

 METSELAプロジェクトの短期的~長期的な取り組みにより、おそらく日本人の寿命、しかも健康寿命は少しずつだが相当に延びていく可能性がある。前述のマックス・プランク協会レポートでは、「人類史では長い間、寿命が20歳から30歳の間を上下していた」と述べている(12)。そのころの人類からみると、その数倍の寿命を持つ超高齢社会は疑似的な不死社会とすら言えるだろう。人間は有史以来、常に不死を夢見てきた。METSELAプロジェクトは擬似的に実現する。そして、実はこのプロジェクトの究極的目標は、その疑似不死社会における新しい倫理や哲学の追求なのである。

 疑似不死社会を実現した上で、人間の寿命は何歳までが望ましいのか、人間というものはどう生き、老いていくのがよいのか、超高齢社会はいかにして維持可能性を高めていくのか。そうした倫理的、哲学的なものについて実地で研究し思索を深めていく。

 「死すべき存在」の人間は、長寿の先にいかに死と向きあい存在を完成することが出来るのか。そうした命題に対し、ほかのどの国よりも早く解を見出し、普遍的なものとすることがMETSELAプロジェクトの超長期的で究極的な目標となのである。

疑似不死としての長寿

 人類の歴史を振り返ると、あちこちに老と死への恐怖と不死への憧れを示すエピソードが見られる。西洋の錬金術では、人間を不老不死に導く賢者の石が夢想されていたし、東洋の仙人も死を超越した者である。日本最古の物語、竹取物語にも不死の薬が登場する(22)。つやのある肌や増毛を謳うテレビコマーシャルを見れば、老いと死への恐怖が今も存在していることを確認できる。

 複合的なMETSELA技術によって、老いへの備えが十全になされたとき、そこに何が現れるだろうか。老いに伴う体の衰えをやわらげ、病いを一つ一つ克服できたとしたら、必然的に寿命は延長されていく。その疑似不老不死社会はいったいどんな社会になり、そこで暮らす人々はどのような人々なのであろうか。

 ハインラインが描いたような、他人の何倍もの経験を積み賢さを身に付けた「長命族」(23)が暮らす社会なのか、それとも藤子不二雄が描いたように、超長寿を実現したが故に生きることにあきあきし、存在を抹消するために自ら0次元への道に身を投じてしまう超文明人(24)がそこに現れるのだろうか。

 人類が不老不死に憧れつづけたのは事実であるが、一方で不死はもしかしたらろくでもないものかも知れない、という考えも散見される。スウィフトは『ガリヴァ旅行記』に、死ぬことはないが永遠に老い続け、記憶力や判断力の減退などが永遠に進んでいく「すべての人間から忌避され、憎まれている」不死人間、ストラルドブラグを登場させた(25)。ボルヘスは不死であるが故に一切は無意味と捉え、廃墟の街で何もせず思索にふけり続ける不死の人を描いた(26)。また先述のハインラインの作品では、長命族ハワード・ファミリーは、その長寿をねたまれ迫害されることになる(23)。

 METSELAプロジェクトの行きつく先が疑似不老不死社会で、その結果生まれる疑似不老不死があまり望ましいものでないかも知れないのであれば、この計画に意義はあるのだろうか。

 だからこそやる価値があると、私は思う。老いと死への恐怖が人類共通のものであるならば、老いを克服し死を遠ざける総合技術の開発は日本がやらなくても必ず誰かがやるだろう。もちろん、人類の叡智により疑似不老不死に生じる様々な問題は解決できるかもしれない。あるいは、疑似不老不死社会というのは結局のところろくでもないものであり、人間というものはやはり寿命を天与のものとして老いと死を粛々として受け入れるほうが幸せだ、という境地に達し、その結果、未来の人類は全てのMETSELA技術を封印するかもしれない。竹取物語は、帝が部下に命じて不死の薬を富士の山で燃やしてしまう場面で幕を閉じる(22)。

 もしMETSELA技術を追求し続けた結末が技術の封印であっても、それは西洋的な科学的思考と技術を徹底的に追求した先に、東洋的な「足るを知る」に至るという非常に興味深いプロセスになることだろう。

 私個人としてはこの技術の行きつく先は案外、中庸というところで落ち着くように思う。しゃかりきになって疑似不老不死を追い求めるのではなく、病いや老いをやわらかに受け止め、必要な技術を用い、百二十歳くらいのところで健やかに生涯を閉じるようになるのではないか。

 聖書で一番の長寿者メトシェラが登場する「創世記」にはこうある。

 そこでヤハウェは言われた、「わたしの霊はいつまでも人の中に留まることは出来ない。人といっても彼は肉であるから。その寿命は百二十歳にきめよう」
 (『創世記』)

真の成長戦略、そしてその先にあるもの―普遍的価値で世界の尊敬を

 METSELA技術により、人類が夢見続けた不老不死を擬似的に実現することは世界中の役に立つ事業である。そしてその擬似不老不死とどう付き合うか、そもそもそれは良いことなのか否か、そうした問題を倫理的・哲学的に実証して得られるものは、高齢化する世界のなかで人類共通の普遍的価値観になるだろう。

 藤原正彦は普遍的価値についてこう述べる(27)。

 イギリスという国を見てください。世界中の国が、イギリスの言うことには耳を傾けます。しかし、イギリスが現在そんなに凄い国かと言えば、それほどではない。イギリス経済は二十世紀を通して、ほとんど斜陽でした。最近は少し調子がいいのですが、日本のGDPの半分くらいの規模にしか過ぎません。
 日本の言うことには誰も耳を傾けないのに、なぜ経済的にも軍事的にも大したことのないイギリスの言うことに世界は耳を傾けるのでしょうか。イギリスの生んできた「普遍的価値」というものに対する敬意があるからと思います。
 例えば議会制民主主義という制度はイギリス生まれです。文学のシェイクスピアやディケンズ、力学のニュートン、電磁気学のマックスウェル、進化論のダーウィン、経済学のケインズ。みんなイギリス人です。
 それからコンピュータもジェットエンジンもレーダーもみなイギリス発です。ビートルズもミニスカートもイギリス生まれです。
 (藤原正彦『国家の品格』)

 ミニスカートとMETSELA技術のどちらが人類にとってより普遍的価値を持つかは今のところ不明だが、普遍的価値を生み出した国は例え経済的に斜陽になっても世界中から敬意を持って接せられるというのは事実である。

 藤原はこうまとめる。

 このようなイギリスの生んだ普遍的価値に対し、世界の人々は尊敬の念を持っているということです。大いなる普遍的価値を生んだ国に対する尊敬は、一世紀間くらい経済が斜陽でも全然揺るがないということです。
 逆に言うと、日本が今後五百年間、経済的大繁栄を続けようと、それだけでは世界の誰一人尊敬してくれません。羨望はしても尊敬はしない。やはり、普遍的価値というものを生まないといけないということです。

 もし我が国が、今後も「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」のであれば、世界に先駆けて突入する超高齢社会に対し、科学技術を用いて正面から立ち向かい、世界に通用する普遍的技術を次々に開発していくことこそ百年の大計である。そして技術だけでなく、「死すべき存在」である人類がいかにあるべきかという普遍的価値を打ち立てることこそ、王道ではないだろうか。

 真の成長戦略は単に経済だけを成長させるためのものではなく、超高齢化という日本と世界の問題に正面から取り組み、我が国がどのように人類の歴史に貢献できるかを問うべきものである。経済を成長させ、文化を成長させ、国民と社会、国家そのものを健やかに成長させられるものこそ、真の成長戦略と言えるのではないだろうか。

引用・参考文献

(1)経済産業省ホームページ「新成長戦略(基本方針)~輝きのある日本へ~」
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g100225a08j.pdf
(2)厚生労働省ホームページ「経済連携協定に基づく外国人看護師・介護福祉士候補者の適正な受入れについて」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/other22/index.html
(3)日本銀行ホームページ「国際比較:個人金融資産1400兆円」
http://www.boj.or.jp/type/exp/seisaku/exphikaku.htm
(4)内閣府大臣官房政府広報室「国民生活に関する世論調査」平成21年6月調査
http://www8.cao.go.jp/survey/h21/h21-life/index.html
(5)NHK放送文化研究所「第8回 日本人の意識・2008」調査 http://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/shakai/shakai_09021302.pdf
(6)NTT docomo らくらくホンシリーズ
http://www.nttdocomo.co.jp/product/foma/easy_phone/
(7)村田裕之「団塊・シニア向け商品」が売れないのはなぜ?(DIAMOND online 2008年2月18日)
http://diamond.jp/series/senior-biz/10005/
(8)麻生太郎『とてつもない日本』新潮社 2007年
(9)坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社』あさ出版 2008年
(10)国立社会保障・人口問題研究所『世界・主要国の将来人口推計』
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Mokuji/4_World/W_List.asp?chap=2&title1=
(11)大泉啓一郎『老いてゆくアジア』中央公論新社 2007年
(12)ペーター・グルース編『老いの探究 マックス・プランク協会レポート』日本評論社 2009年
(13) ジョン・ブロックマン編『2000年間で最大の発明は何か』草思社 2000年
(14) IT media News 6月29日「iPhone 4を分解調査、部品コストは188ドル」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1006/29/news020.html
(15)世界基金支援日本委員会 プロダクト(RED)とは
http://www.jcie.or.jp/fgfj/productred/
(16)CYBERDYNE社ホームページ
http://www.cyberdyne.jp/
(17)エーザイ株式会社『アリセプト』くすりのしおり より
http://www.rad-ar.or.jp/siori/kekka_plain.cgi?n=12831
(18) プレジデントロイター 2007年7月18日『「アリセプト」2011年度売上高は25%減に=エーザイ』
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-26919020070717
(19)東京都神経科学総合研究所ホームページより 『アルツハイマー病に対する新ワクチン療法の開発』
http://www.tmin.ac.jp/medical/14/alzheimer3.html
(20)NASAホームページ 『APOLLO SPINOFFS』
http://www.sti.nasa.gov/tto/apollo.htm
(21)関根正雄訳 『旧約聖書 創世記』 岩波書店 1956年
(22) 阪倉篤義校訂『竹取物語』岩波書店 1970年
(23)ロバート・A・ハインライン『メトセラの子ら』 早川書房 1976年
(24)藤子・F・不二雄『21エモン』(文庫版)小学館 1997年
(25)スウィフト『ガリヴァ旅行記』新潮社 昭和26年
(26)ホイヘ・ルイス・ボルヘス『エル・アレフ』平凡社 2005年
(27)藤原正彦『国家の品格』新潮社 2005年

2010年6月 執筆
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