松下政経塾 The Matsushita Institute of
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人間観
2005年8月

塾生レポート

『人間を考える 第二巻』を考える
安田壮平/卒塾生

2回目の人間観レポート作成に当たり、前回の考察を踏まえて、『人間を考える 第二巻』についての考察を試みた。 人間観の各論と位置付けられる日本観・日本人観について、「新しい人間観」を実現していく大きな運命を負っていると、私は考えている。

 

はじめに

 松下幸之助塾主の人間観を考察するこの人間観レポートにおいて、私は前回、塾主の代表的な著書である『人間を考える』に沿って考察を進めた。そして、人間観を考察することの難しさに言及した上で、塾主の提唱する「新しい人間観」について考察を深め、その核となるものは、「衆知」と「素直な心」であり、その底流には、「お互いに」という共存共栄の思想があるのだろうという結論に至った。

 今回のレポートでは、上著の続編である『人間を考える 第二巻』に沿って考察を進めようと思う。この著書は、副題が「日本の伝統精神 日本と日本人について」とあるように、塾主の日本観・日本人観についてのものである。これはおそらく、人間観の各論としての位置付けだろうと察せられる。

 大上段にある「新しい人間観」から、一歩具体論に踏み込んでの、日本観・日本人観である。塾主は、これらについて、「人間の普遍性と国民性・民族性」と表現している。両者相俟ってはじめて、語られる人間像に具体性が出てくるように思う。『人間を考える』の巻末に収録されてある、各界の著名人の感想にも、「次は日本人論について書いてほしい」といったものが散見されるが、日本を愛し日本を憂う塾主自身、必ず書かなければならないものだったに違いない。

 そのような塾主の想いを感じながら、以下『第二巻』について考察を進める。その際、注意すべき点として、前回のレポートで佐藤悌二郎本部長(PHP総合研究所 第一研究本部)よりご指摘頂いたように、自分なりの解釈から、さらに創造的な議論を展開できるよう、心掛けようと思う。

塾主の日本観・日本人観

 以下、塾主の日本観・日本人観を大まかにまとめる。

 日本の歴史を考えると、この国は、天皇を中心として、終始一貫した発展の姿をもつ国だといえる。建国以来2千年もの長きにわたり主権を保ち続けてきたことは、他の国々と比較しても、誇りとすべき姿である。

 国家の中心たる天皇は、国家の根幹たる伝統信仰、すなわち神道による祭祀を司り続け、そこから派生する徳に基づく権威によって、国家を平和裡に治めてきた。政治の実権を握る者が代わっても、天皇は常に人々の精神的な拠り所として存在し、難局に当たっては、それを乗り越える求心力として働いてきた。そのような天皇の姿は、日本の伝統精神の象徴だといえる。

 そして、日本観・日本人観の核となる日本の伝統精神とは、以下の3つにまとめられる。

 1つ目は、衆知を集める、ということである。これは、物事を為すにおいて、多くの人々や万物からの知識や知恵を頂いた上で、行っていく姿勢・態度である。

 このことは、たとえば、神話にある八百万の神々による衆議、十七条憲法の第十七条、戦国時代の軍議・評定、五箇条の御誓文の第一条・第四条などに表れている。また、優れた業績を残した人々を神として祀ることも、この伝統精神の表れである。神仏儒の習合なども、この伝統精神の賜物である。

 2つ目は、主座を保つ、ということである。これは、周囲の環境がどのように変化しようと、自主性・主体性を保ち続けるということである。

 このことは、たとえば、外国からの様々な宗教の受容に際し、いずれをも国教としなかった天皇の姿勢や、隋の煬帝と対等に渡り合った聖徳太子の気概などに表れている。また、漢字をもとにして平がなと片カナを作った工夫、明治期の和魂洋才という姿勢などによって、日本は文化の面でも独自性を発揮してきたのである。

 そして、3つ目は、和を貴ぶ、ということである。これはまさに、平和や調和を大切にする、共存共栄の思想・精神である。

 このことは、たとえば、十七条憲法の第一条「和をもって貴しとなす」に端的に表れている。この精神はおそらく、狩猟民族とは異なって、集落ごとの狭い土地で稲作という共同作業を行ってきた農耕民族ならではのものだろう。対外戦争の経験も、二千年の歴史においては比較的少ないと考えられ、本来は争いを好まない日本人の精神が表れているといえる。

 以上が、塾主の日本観・日本人観の概略である。

 続けて、塾主は、問題を提起している。つまり、日本の伝統精神を見失いつつあるところに、社会の混乱・混迷の原因があるのではないか、と。そうなってしまったのは、戦後のGHQによる占領政策や、物質的な繁栄のみを追求してきたわが国の発展のあり方などに因るものと考えられる。そして、日本と世界の発展のためにも、日本人としての伝統精神を取り戻し、今日に生かしていくことの大切さを提唱して、本論を締め括っている。

3つの伝統精神の考察

 私はまず、塾主のいう3つの伝統精神について考察してみようと思う。

 塾主は、この3つ以外にも、報恩の念のあつさやきめこまかな心配り、勤勉さなどを日本の伝統精神の例として挙げつつも、やはりこの3つが核であるといっている。

 私も、この3つについて異を唱えるつもりはない。むしろ、ここで注目したいのは、「新しい人間観」とこの3つの伝統精神の関係である。3つの伝統精神には、「新しい人間観」の中核たる「衆知」と、その底流にある「お互いに」という共存共栄の思想が、「衆知を集める」・「和を貴ぶ」として入っていると考えられる。このことの意味は、非常に大きい、と私は考える。

 これはつまり、日本人は、日本の伝統精神を回復して十分に発揮することによって、「新しい人間観」を体現するという大きな責任があるのだ、ということだと考えられる。衆知を集め、和を貴ぶことを得意とする日本人だからこそ、「新しい人間観」をよりよく実現できるのだ、ということではないだろうか。

 ここで私は、日本人だけが「新しい人間観」を体現できるのだ、とは考えていない。決して偏狭なナショナリズムに与しようとは思わない。しかし、衆知を集め、和を貴ぶことを伝統精神として持っている日本人は、他国の国民と比べても、「新しい人間観」を体現しやすいと考えられるのである。

 その理由の一つは、塾主が日本人であり、「新しい人間観」が日本語で書かれていることである。至極当然のことではあるが、決して見過ごしてはならない事実だと考える。「新しい人間観」が日本語で考案され、日本語で記述されているのだから、日本人が一番よく理解できるはずだと考える。

 塾主が、「日本人としての運命を心に定めよ」といっているのは、広い意味でこのようなことも含まれるものだと、私は考える。単に、日本人として生まれたから、日本の伝統精神を大切にする運命にある、というだけではない。松下幸之助塾主や私たちが日本人として生まれ育ち、共に「新しい人間観」というものを共有するに至った。そこにおいて、衆知を集め、和を貴ぶことを伝統精神としてもっている私たちが、世界に先駆けて、この「新しい人間観」を実現する運命にあるのだ、ということだと私は考える。

 ここで私は、「新しい人間観」を世界最高の人間観であるとは考えていない。ただし、世界最高級の人間観の一つではあろう。それを学んだ私が、それを実現するために、または、それを乗り越えてさらに新しい人間観を追究するために活動していくことは、松下政経塾生として、あるいは、「新しい人間観」に感銘を受けた者として、当然の務めであると考える。

 そしてまた、他国には他国なりの、「新しい人間観」を実現する道があるのだろう。それは、他国の伝統精神に基づいて行われるものかもしれない。しかしながら、そのことは、日本人が「新しい人間観」を実現するのに非常に近い位置に存在するということを妨げるものではない。

 なお、3つの伝統精神のうち、主座を保つ、についても触れなくてはならない。私は、主座を保つことができてこそ、よりよく衆知を集め、和を貴ぶことができるのだと考える。つまり、衆知や調和だけを追求したら、妥協・馴れ合い・もたれ合いといった負の側面が強くなる恐れがある。そこに歯止めをかけ、自主自立の心意気を発揮するのが、主座を保つということである。これは、周囲に左右されず、物事の本質をとらえるという点において、「素直な心」にも通じるものがあるのではないか。とにかく、衆知を集める・主座を保つ・和を貴ぶということがバランスよく発揮されてこそ、日本の伝統精神がよりよく発揮され、ひいては「新しい人間観」がよりよく実現されるものと考えるのである。

日本の伝統精神と「新しい人間観」の実践を目指して

 それでは、私たちが3つの伝統精神を取り戻し、そして、「新しい人間観」を実践していくためにはどうすればよいか。

 まずは、自分自身を日本人だと「自覚認識」することだろう。この「自覚認識」は、「新しい人間観」においても重要に位置付けられている行為である。そして、そのためにも、歴史と伝統をあたためることである。会田雄次氏によれば、民族のアイデンティティを強化するためには、歴史・道徳・宗教を継承していくことだ、として、ユダヤ民族の例を挙げている。逆にいえば、GHQの占領政策によって失われたものは、これらではなかっただろうか。

 日本人が伝統精神を取り戻すために、歴史と伝統をあたためるべきことは間違いない。その姿こそ、「衆知を集める」というわが国の伝統精神の発揮に他ならない。そして、他国の文物ではなく、自国の歴史と伝統にこそ、肌に合った、活用しやすい知恵や見識が見出されるだろう。

 私は、自国の歴史と伝統に基づいてこそ、何においても本当の改革ができると考えている。そうしてこそ、自国の特質にあった、長期にわたって継続可能な改革の姿がもたらされると思う。だから、歴史と伝統に基づかない改革など、小手先だけの根付かない改革だと思うのである。この考え方は、塾主が霊山歴史館に掲げた「歴史の継承と発展」という思想に合致するものと確信する。

 そして私は、自国の歴史と伝統に基づいてこそ、他国の歴史と伝統が分かり、相手を認め合えると考える。相手を容認し、処置処遇する姿が生まれてくると考える。本来の自国の姿が分からずして、どうして他国の姿が分かろうか。

 よって、まずは、自分自身を日本人だと「自覚認識」し、日本の歴史と伝統をよく見直すことが重要である。その先に、伝統精神の回復だけでなく、わが国の本当の改革、他国の容認と処置処遇、そして、「新しい人間観」の実践があるのだと考えるのである。

「日本型民主主義」の実現について

 わが国がよりよい繁栄を実現するためにも、わが国の伝統精神を回復し、そして、「新しい人間観」を実践していくことが望ましいし、また、自分でもそれを目指して活動していこうと考える。

 そのためにも塾主は、わが国の伝統精神を活かした、「日本型民主主義」の実現の必要性を強く訴えている。それができてこそ、わが国が繁栄し、そして、アジア繁栄の受け皿になることができると考えているようである。この「日本型民主主義」という言葉は、様々な文献で見られ、塾主にとって非常に重要な概念あるいは理念だったに違いない。

 では、なぜ、塾主は「日本型民主主義」に対し、強いこだわりを見せたのだろうか。私が考えるに、一つには、わが国において、まだ本当に「民主主義」が理解されていない、実現されていないと認識していたからではないだろうか。先の大戦以前は、わが国は基本的に天皇主権であり、本格的に民主主義が取り入れられたのは、戦後においてであった。その際、GHQによる急激な民主化政策が採られ、十分な議論を経ることもなく、選挙・議会・行政・地方自治などの面で「制度」としての民主主義から先に取り入れたため、より重要な「理念・精神」としての民主主義が浸透しきれなかったのではないか、と考えるのである。

 一般に、民主主義は、プロセスを重視するあまり、非常にスピードの遅い、非効率的な政治の形態だといわれる。しかし、そうであるにもかかわらず、人類が見出した最高の政治形態だともいわれる。民主主義の核心とは何か、そう簡単に答えの出る問いではないだろう。そこを塾主は、未来を生きる私たちに問いかけているのではなかろうか。

 まして塾主は、「日本型」の民主主義でなくてはならないと考えている。それは、何を意味するのだろうか。一つには、それは「日本の伝統精神に則った民主主義」を示しているのではないだろうか。衆知を集める・主座を保つ・和を貴ぶ、という3つの伝統精神に則って、政治・行政・司法などの統治機構が運営され、それに適合した制度が設計・運用されていくことだろう。

 しかしながら、具体的にどうやってそれを実現していくのか、また、どのような制度が日本の伝統精神に則った制度なのか、考案し、そして検証していくことは、大きな難問である。というのも、その理由の一つが、評価基準を見出しにくいからだ。誰が、どのような手法によって、「日本の伝統精神に則った民主主義」が実現されているかどうかを判断するのだろうか。それらを含め、塾主は私たちに、課題を与えているのである。

 非常に難しい課題ではあるが、今後私も真剣に考え、自分なりの回答を持とうと思う。その際は、様々な面からアドバイスを頂ければありがたいと思う次第である。

参考文献

『人間を考える 第二巻』(松下幸之助)
『人間を考える』(同上)
その他、講義資料 など
2005年8月 執筆
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