松下政経塾 The Matsushita Institute of
Goverment and Management

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2002年2月

塾生レポート

卒塾にあたって
喜友名智子/卒塾生

 

問題意識の起点

 私の問題意識の原点は、基地問題に代表されるように、沖縄の政治が日本の中央政府や米国政府など、外部要因に振り回される傾向への疑問であった。

 基地問題を例にとると、基地反対派の人たちの運動は理解も共感もする。けれど、それを踏まえて、どんな沖縄をつくっていきたいのかは、私にはわからなかった。戦後、平和活動をしてきた人たちの思いが、次の世代、特に本土復帰後の世代にきちんと伝わっているのかに疑問を感じたし、"沖縄のこころ""沖縄の痛み""沖縄からの平和"で語られる沖縄像にもリアリティを持てなかった。

「沖縄問題」とは、在沖米軍基地の問題も含む、日本と沖縄の関係にまつわる問題ともいえる。だがその意識の根底を探ろうとすれば、清国の朝貢国家として存在した琉球王国時代に薩摩からの攻撃を受けて日清両属の位置付けになったこと、明治時代に琉球処分という過程を経て段階的に日本に組みこまれたこと、第2次世界大戦の敗戦から1972年の本土復帰までの27年間の米軍統治を経て再び日本の帰属となったという、「近代国家・日本」の枠組に関わる問題だ。沖縄問題=反基地運動、とするのはあまりに狭い視点である。

 また、経済面で最重要課題とされる失業率の高さ、本土復帰後の公共投資がなぜ「経済的自立」に結びついていないのか、を考えると、当面使える中央政府からの制度や補助金をいかに消化するかというフローの発想に終始し、社会資本のストックをつくるという考え方に欠けていた、つまりどういう社会をつくりたいのかという目標が持てなかったからではなかったか。もういい加減、この構造から抜け出さなくてはならないのではないか。

以上のような、現在の社会に横たわる問題の本質は何か、ということについての議論が表面でなされなかったことが、方向性の見えない原因であるように思う。このような不毛な思考回路から早く抜け出し、建設的な方向性へ進まなければ沖縄に未来はない、という危機感である。

沖縄の基地問題

 私は塾生でいる間、特に米軍基地問題をテーマに取り上げなかったし、取り上げたくないと思っていた。なぜか。政経塾の3年間で考えるにしては、あまりに大きな問題で手におえないし時間の無駄だと思ったからである。

 沖縄の米軍基地の問題は、日本全体で考えるならばアジアの安定や日本の安定の話になるだろうが、沖縄内―とりわけ沖縄本島内―で考えるならば経済・生活環境・住環境の話になる。国際情勢を含む基地問題ありきの発想からではなく、まずは沖縄社会の目指す姿を描きその中で基地の扱いも決めていくほうが本筋ではないかと考えたし、それは今でも変わらない。

 基地問題を取り上げたときの結論はたいてい2つの結果を示して終わる。「基地依存の経済体質を変える必要がある」「沖縄の基地負担を減らす必要がある」の2つだ。前者については沖縄自身が解決しなくてはならない問題だし、後者については日本国の安全保障政策のあり方に関わる。前者については沖縄の努力が結果を左右することだが、後者は日本のみならずアジア太平洋地域全体が関わるので沖縄の努力だけではどうしようもない。限られた時間を使うならば、経済面に焦点を絞ったほうがいいと考えた。

 だが塾生でいる3年間、自分から特にまちづくりや地域づくりの話をしているときは別として、自ら私に連絡を下さった方たちから最も多かったのは「沖縄をテーマにしているのに、なぜ基地問題をとりあげないのか」という意見だった。それぞれメールやお手紙、あるいは可能な方とは直接お会いして話をしたが、月例報告で一度、意見を述べる必要があると感じ始めた。

 1998年に稲嶺惠一氏が県知事に当選してから、県外では「沖縄は基地の存在を認めた」という見方が一般的だ。今年2月に行われた名護市長選挙も普天間基地の移設に賛成する岸本建氏が当選したことで、この見方はさらに強くなったといえるだろう。

 2001年5月に発表された、内閣府による県民意識調査(2001年2月に県内の成人2000人を対象に実施)によると、米軍基地の必要性を問う項目では、日本の安全のために基地は「必要だ」「やむをえない」として容認する者が45.7%、「必要ない」「かえって危険」とする者は、44.4%であった。1985年に基地についての調査項目を設けて以来、基地容認派が否定派を上回ったのは初めて、という結果になったが、数字を見る限り、基地問題に関しては県民の世論は賛成・反対で真っ二つに分かれているといえるだろう。(調査結果はこちら→内閣府大臣官房政府広報室『沖縄県民の意識に関する世論調査』

 一部の全国紙ではこれを肯定的にとらえ、「沖縄県民は、米軍基地の戦略的な重要性やこの地域の安全保障に貢献していることに気付いてきた」と在日米軍スポークスマンの言葉を紹介している。石川副知事も調査結果について「日米安保を容認し、日米特別行動委員会の合意事項を実施するという県の考え方が、一定の理解を得られた」とコメントしている。だがこれらの事実を持って安全保障の観点も含めて「沖縄県民が米軍基地を認めた」と判断するならば実に表面的な見方である。

 だいたい、県内のいかなる選挙においても、日本の外交政策・安全保障政策・アジア太平洋地域での米軍基地の必要性をまともに議論したことなどないのである。基地問題が議論されるのは、常にバーターとなる振興策・補助金のメリットとの関連においてのみだった。金が流れる限り、基地は容認される。それは同時に、金が流れなければ基地を容認する必要はないともいえる。「金の切れ目が縁の切れ目」は安全保障政策の手段であっていいのか。国際情勢の中で、日本が国家の独立を果たすために必要な防衛力を有するための安全保障政策、国防の議論でなければならないのではないか。

 私が"安全保障政策"と使っている言葉は、主に軍事力によるものを考えているが、その前提として武力によらない最大限の外交努力が必要である。米軍基地の必要性の根拠として、アメリカによる日本の軍事力増強への抑止、いわゆる「瓶のふた」論がある。一国に必要な防衛力を保持することへの近隣諸国の理解も得られない―自衛隊という軍組織を持っているにも関わらず―、その理解を米軍のプレゼンスによって得るというのは、政治の責任放棄であり、日本の外交政策の怠慢以外の何ものでもない。何がなんでも沖縄になくてはならない基地機能は今の規模よりもかなりの程度かぎられるはずだ。沖縄に存在する米軍基地については、今あるものを動かす必要はあるまい、という極めて消極的理由で維持されているにすぎない。

沖縄を説得するには

 私が考えるに、沖縄県民が最も警戒しているのは「米軍基地の永久固定化」である。

 朝鮮半島や台湾地域という地理的に近いところで紛争の可能性がある以上、短期的に武力が必要な場合もあることは、少なくない割合の県民に理解が得られると思う。その議論を無視するほど沖縄は「わからずや」ではない。

 しかしそれが中東地域への米軍出動にも対応する機能も有するとなると話は別だ。途方もない長期間の対立が続く中東地域への対応となるとほぼ永久的なものと理解せざるを得ない。第2次世界大戦後に現在の対立の線引きがされた朝鮮半島や台湾地域と違って、中東地域は宗教が根にあり、解決ができるかどうかすら疑わしい。それへの日本からの対応が果たしてアメリカの後方支援の形をとるにしろ、武力面からでよいのか。現在のブッシュ政権の政策に顕著に見られるように、アメリカの中東政策も恣意的なものである。それに追随する形で日米同盟を安易に使うのは日本の外交政策上、得策ではないと思われる。

 一体何のために沖縄に基地が存在しなくてはならないのか、どういう国際情勢に対応するために存在し、いかなるときに機能し、それが必要でなくなる国際的な条件とは何かを説明する責任が日本政府にはある。それが曖昧なままでは沖縄のみならず、日本どこの地方でも米軍基地の必要性を納得してもらうことはできまい。それなしに沖縄県知事選挙や名護市長選挙など一地方自治体の首長選挙の結果に、基地移転問題など安全保障政策の決定について下駄を預けるなどの事態は、日本にとっても沖縄にとっても不幸だ。

 また日本政府は米軍基地が県民の日常生活に与える影響を軽視しないことある。同時に、生活の問題がからむのだから、過剰に口出ししないことである。日米安保条約という国同士の条約に基づいての駐留であるとはいえ、だからといって生活環境そのものについてまで国におまかせでは不備が出てくる。生活面に関わることに関しては、中央政府から県レベルへと、米国政府や米軍との直接交渉権を認めることも考えてよいのではないか。
「基地の永久固定化」への懸念を取り除くこと、基地が必要な期間内でも沖縄県民の生活を優先させる政策をとること、の2点を行うことで日本政府の対沖縄政策は随分ラクになると考える。

沖縄の役割

 沖縄の役割を、日本国内・国外の枠組で考えた場合、以下のものがあるのではないかと思う。

(1)国家を相対化する目
 沖縄は1972年に日本という国に入ることを自ら選んだ。私は復帰後に生まれた世代だが、この事実を自分に関係ないことだとは思えない。ほんの4年、先に生まれていたら私の国籍は日本国ではなく琉球政府だったのである。時代のちょっとしたタイムラグで変わる国の籍というものが、自分自身にとって、そして社会にとって、優先順位を持つ発想には疑問を持つのだ。

 明治時代からの近代国家・日本の歴史の中で、日本・清国への両属、アメリカ軍による統治と、日本とは別の統治形態を経た沖縄にとって、その経緯から得た最も重要なことは、日本という国を相対的に見ることができる視点だと思う。それが日本にとってマイナスになるとは思えない。国とは別の社会意識を持つ土壌が、沖縄には強く残っているし、その視点が逆に国家としての強さにつながるのではないか。

(2)島嶼地域としての発展
 私は沖縄が島嶼地域であるということにこだわりたい。限られた土地、比較的少ない人口など地理的特徴・制約を受けやすい。大規模開発をすると自然環境面に比較的すぐに影響が出る。温暖化によって領土が海に沈むという問題を抱える地域もある。同じ地理的条件を抱える沖縄が経済的にも、環境面でも持続的に発展可能な社会をつくり、互いに協力したりすれば、島嶼地域の発展に貢献できる。これは国境を限定しない、地域の特色を生かした他地域との関係の構築である。

(3)安全保障と日常生活
 限られた土地の中で大規模な基地が存在し、生活に密着する距離で共存してきたのは沖縄社会の貴重な経験である。日常生活の中で軍事施設と生きることについての経験を持っている。今後は有事法制ともからみ、地方自治体の協力も議論だけではなく具体的な内容になっていくだろう。そのときに沖縄の経験が生かせることがあるのではないか。

 私は、基地問題のみが政治的課題としてとりあげられる沖縄の状況に、強い違和感と沖縄社会の根底にある脆さを危惧している。

 松下政経塾の塾是「真に国家と国民を愛し」の部分が、私は未だに腹に落ちていない。国家とは統治組織の一つであり、愛する対象ではないのではないか。塾生である間、「国家とは単なる組織ではなく、自分を育むふるさとといった国土やそこに住む人を含むものだ」「愛することは、盲目的なことではなく、そこには理性も必要である」という議論を交したのは一度や二度ではない。だから「真に国家と国民を愛」することは可能、という理屈になるのだが、やはり"国家は組織""国民は法の下にある存在"であり、国家・国民に地域の風土や住民の存在をいれることは重要だが、イコール国家・国民とするのは単純ではないか。あくまで、人が愛するのは自分が生まれ育ったり、何かしら関係を持った郷土であり風景であり、人である。そのような地域や地方という要素は、国家にまるごとのみ込まれるものではなく、ましてや全く同化するものでもない。別々の要素ではあるが相互に重なる部分を持ち、社会を構成する異なる要素として、"くにのかたち"というものに多様性を持たせるものなのではないか。

 "関西独立論""九州独立論"は「気概があってよろしい」となるが、"沖縄独立論"となると途端にアレルギーらしき反応に変わる。さまざまな文化・文明を取りこんで発展してきた日本には、これくらい受け入れる度量があっていいはずだ。日本国という存在から、つかず離れずの地域もあってよい。国家に対して別の統治形態を持つ地域を恐れるのは日本らしくはない。

 沖縄を日本国の領土とし、沖縄住民を日本国民としたいという意志を持つならば、沖縄住民のつくる沖縄が、自らの帰属先として日本国を選ぶような国づくりをしていけばよいのだ。その中で、私が貢献できることといえば、社会の方向性を決定するときの健全な議論ができる環境をつくることと、米軍基地がなくなったときの影響―特に経済面―でのインパクトを最小限に抑えるしくみをつくることだろう。

 地域経済やまちづくり、といったことに対しては「地域の生活文化」「地産地消の経済構造」「自然環境の持続性」様々な角度から問題意識は持っているが、最も大きいのは「地域の生活をよそに預けず、自ら責任をもつシステムをつくること」である。何をするにも「経済力がない」「金がない」と言い、解決策のなさを嘆く声を聞くこともあるが、自分たちの地域の現状はどんな理屈をつけても、これまで行ってきたことの結果である。それを省みたり、改善することもせず「現実はそうはいかない」という人たちが言う"現実"に屈したくないし、どの地域にも解決策とそれを実行する人たちが現れて社会を創っていくのだろうと信じたい。

2002年2月 執筆
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