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2001年5月

塾報

脱工業化社会の地域づくり
喜友名智子/卒塾生

 ポスト大量生産・消費社会では、地域資源を用いて普段は触れることのない経験を提供することが価値を生む。これからの地域づくりは、地域資源や文化を発掘し活用することで発展する。その過程では、地域文化や住民と関わる「経験」が重要となる。

 

ワインを作る「美女の谷」

 昨年8月に、ハンガリー東北部にあるエゲルという地方都市を訪ねた。人口約6万人の高原の町である。年間約120万人が訪れ、ハンガリー国内の小学校の遠足地としても人気が高い。その理由は古い街並みが数多く残っていることにある。16世紀にトルコ人の襲撃に対して果敢に戦ったことで国民的ヒーローとされたドボー将軍にまつわる数々の歴史や、エゲル城を始めとした重要な文化財が数多く存在する。その数の多さは国内第3位である。町そのものが博物館ともいわれている。
 そこの中心部から歩くこと20分。住宅街を通り抜けて、なだらかな坂を登りきると、アルコールとブドウに湿った土の匂いが混じったような匂いがフッと鼻をつき、谷の斜面に沿って栽培されているワイン畑が目にとびこんできた。その風景を見ながら、谷に通じる急な坂道を下りていく。由来は不明だが「美女の谷」という名で呼ばれているこの地域は、車が1~2台通ることができる道の両側に、たくさんのセラーの穴倉が並んでおり、その独特な風景からこの町の観光スポットとなっている。ハンガリーのワインといえば、トカイ地方で作られるトカイワインと、ここエゲルで作られるエグリ・ヴィカベールが有名だ。穴蔵が建ち並んだ、非常に特徴のある風景は一種独特な雰囲気を醸し出しているが、「美女の谷」は意図的に建造された場所ではない。13世紀にブドウ栽培が始まり、15、6世紀にワイン作りが盛んになった頃には、すでにこのセラーの穴蔵が集積し始めていたという。
 私が訪れた8月下旬はちょうどブドウの収穫が始まる時期だった。そこで収穫作業中の農家(アルベ・シャンドールさん、62歳)を訪ね、3日間作業に加わらせてもらった。ブドウの収穫から始まり、手作業と機械を利用しての果汁絞り、発酵、ワインを詰める瓶や樽の洗浄と、極めて多忙な時期のワイン農家の生活を体験することができた。
 「美女の谷」には、このようにワイン農家を訪れ、そのことを楽しむ観光客が押し寄せるが、地元の人々にはこうした観光客におもねようという意識はない。谷の中心は、ワインを作り、それで生活を営むワイン生産者である。だがそれにも関わらず、この地を訪れた人々はこの土地のことを忘れないだろう。歴史の長いセラー群もさることながら、ここにはワインを作ることを中心としたライフスタイルがあるからである。「美女の谷」は、観光のための施設ではなく、ワインを作ることで生計を立てている人々の「生活の場」ということでその魅力を保っている。
 ここでは、時間はセラーの持ち主のペースで進む。観光客は、彼らの生活にちょっとお邪魔させてもらう、という感じだ。観光客相手にセラーを開け始めるのは早くて朝10時、ほとんどは正午だ。開いているセラーの持ち主は入口にあるテラスか、涼しい穴倉の奥で雑誌を見たり談笑したりしながらワインをあおっている。そして午後4時になると、いっせいに店じまい(セラーじまい)する。セラーと自宅を兼ねているところも数軒あるが、ほとんどの人は別な場所に自宅を持っているので、セラーを閉めて家へ戻っていく。ここに、何百年と続いてきたワイン農家の生活スタイルがうかがえる。ここでは、ワイン作りが何百年も続けられ、それはこの先もずっと続き、今この時は通過点にすぎないことを実感した。普段はなかなかできない、過去や未来に思いがとんだ。

「経験」が価値を生む

 米国の経営コンサルタントB.J.パインⅡとJ.H.ギルモアは、その著書『経験経済』(注1)の中で、興味深いことを述べている。
 経済は表1のように進化する。①最初は自然からの産物である動物、鉱物、植物(コモディティ)を収穫し市場で取引する。これらは加工されないままのものである。②その次の段階では、コモディティを用いて商品を作って提供する。加工物をつくるこの過程で、企業は商品を規格化し、大量生産することで「規模の経済」を達成した。③製造業部門が生んだ莫大な富と、膨大な数の商品がサービス需要を増大させた。④サービス部門の中で、「個人の要求」へのサービスが生まれる。消費者、企業は商品そのものの代わりに、自分たちが評価するサービス(外食など)を購入する。⑤サービスに費やしていたお金や時間を吟味し、もっと記憶に残る「経験」を選ぶようになってくる。⑥最終的には、「経験」を通して顧客が望む自分へと「変身」することを実現することが、企業が経済的価値として提供し得るビジネス形態である。
 この中で、ディズニーランドのようなテーマパークは「経験」経済の例として挙げられているが、彼らは「経験」経済を、決して単なる娯楽産業ではないと強調する。「経験は、自己のアイデンティティや達成しうる業績、あるいは目的に影響を及ぼす。私たちは自分を変える経験をもっと提案してほしいと企業に求めるようになる」という。
 単に顧客が求める必要性や利便性を満たすだけではなく、顧客の感性をも刺激するもの、人生や考え方にも影響を及ぼしうるものを提供することがこれからの経済にとって重要であると述べている。
 この本は企業経営者を対象として書かれたものではあるが、地域づくりにもこの考え方は大きな示唆を与えてくれる。

表1.経済システムの進化

経済的オファー コモディティ 商品 サービス 経験 変身
経済 農業経済 産業経済 サービス経済 経験経済 変身経済
経済的機能 抽出 作る デリバリー ステージング ガイドする
提供されるものの特徴 代替可能 有形 無形 思い出に残る 効果的
重要な特性 自然物 規格品 カスタマイズ品 パーソナル 個人的
供給方法 大量貯蔵 在庫 注文に応じて配布 ある期間見せる 長時間持続する
売り手 取引業者 メーカー プロバイダー ステージャー 誘導者
買い手 市場 ユーザー クライアント ゲスト 望みを抱く人
需要の源 性質 特徴 便益(ベネフィット) 感動 人格
B.J.パインⅡ、J.H.ギルモア著、電通「経験経済」研究会訳『経験経済』;p.245より

地域は「経験」を提供できるか?

 自治省は、昭和五十八年度から毎年、地域づくり関連事業を積極的に推進する目的で「地域づくり自治大臣表彰」を行っている。表彰部門は、「住民参加のまちづくり」、「活力のあるまちづくり」、「世界に開かれたまち」、「個性的で活力のある広域行政圏」、「地域づくり団体」、「優良情報化団体」の六つに分かれている。このうち、昨年度、「地域づくり団体」部門で、「個性豊かな魅力ある地域づくりを推進し、地域の発展に寄与した住民主体の地域づくり団体」として13の団体が表彰された(注2)。次にそのうちの二つを紹介する。
 北海道倶知安(くっちゃん)町は全国でも有数の豪雪地帯だが、この雪を町のPRに利用している。豪雪地帯では"やっかいもの"の雪を、町が誇れる"天からのめぐみ"ととらえて住民のこころに根付かせる。雪の貯蔵方法を考え出し、銀座や福祉施設で雪だるまをつくるイベントや交流を行うなど積極的に外部と関わり、地域づくりを行っている。
 愛媛県双海町は、昭和61年に無人化が決定し、将来は廃線も懸念される伊予下灘駅のプラットフォームを利用して「瀬戸内海に沈む夕日をバックに音楽コンサート」を開催している。これまで15回の開催を重ね、双海町を代表するイベントとなった。音楽を通して新しい文化を創りだし、町をアピールしている。
 ここで注目したいのは、これらの活動が、それぞれの地域において共有できる「経験」あるいは「体験」を作りだそうとしていることである。単に特産品や名所をつくるだけではない、それ以外の価値をイベントや歴史を通じて共有しようという動きである。住民が地域をアピールするために、地域の資源を発見する。"雪"や"夕焼け時のプラットフォーム"などを使ってイベントを行うことで、住民同士の間に地域資源に対する「経験」がつくられる。
 都市部と地方部の情報のやりとりが大量になり、流通その他の影響で生活文化が平準化した現代においては、そこにどういう資源があるのか、住民ですら意識しなければ見えなくなっている。一方で、平準化された生活ゆえに、違った経験が、価値のあるものとみなされるようになってきている。
 これからの魅力ある地域とは、住民が発見した地域資源や文化を活用することでつくられる。その過程で住民同士、あるいは住民と観光客が一緒になって地域を「経験」する。それができれば、旅行者はその地を去った後でも、記憶の中に訪れた地の生産物や思い出をいつでも思い返すことのできる「経験」として持つことができる。それが、単発の訪問だけでは終わらない、継続的な地域の記憶を持ってもらうことである。
 これまでの地域づくりは、大企業の誘致に頼ったり、大規模開発を行う策を中心に進められてきた。だが多くは地元の発展に結びつかない結果となっている。現代は、大量生産・消費の構造が変わろうとしている時代である。普段はえられない「経験」をいかに提供するかが価値を持つようになる。そのとき重要な役割を果たすのは、地域資源や文化である。
 

(注1)B.J.パインⅡ、J.H.ギルモア著、電通「経験経済」研究会訳『経験経済』流通科学大学出版 2000年;p.236
(注2)(財)地域活性化センターホームページ「月刊地域づくり」2001.03 第141号参照 http://www.chiiki-dukuri-hyakka.or.jp/

2001年5月 執筆
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